計算科学技術部

材料科学 創薬・バイオ

革新的水処理膜の性能を、大規模シミュレーションで解明

背景と課題

世界の水不足と、既存水処理膜が抱える限界

持続可能な社会を脅かす、世界的な「水の危機」

このプロジェクトの背景には世界各地で発生している深刻な水不足にあります。

水に関する世界的な課題として、

  1. 1. 世界で11億人余りが安全な飲料水にアクセスできず、また農業水が十分に確保されない等で9億人余が食料不足にさらされている
  2. 2. 経済発展に必要な工業用水や資源開発用水の確保に加えて、資源算出時の排水処理や水汚染問題は国際的な環境課題であり循環して利用する新技術が求められている
  3. 3. 世界的に見ると水が偏在化しているが、それ以上に人口の偏在化も起こっており、需要と供給のバランスがとれておらず、「水の危機」が問題視されている
  4. 4. 水不足を補う水源として、海水・かん水等が注目されているが、海水・かん水の淡水化等の造水においては、低コスト化、省エネ化が普及を阻害している
  5. 5. かん水、海水等には有用資源も含まれており水圏有用資源の採取が不十分となっている

などがあげられます。

世界的な水不足を解消するために注目したのが、海水、随伴水、かん水という3つの水源で、これらはすべて塩分をとり除く技術に集約されるため、脱塩のためのテクノロジーが革新的な水処理膜開発には必要です。

従来技術が直面していた「耐久性」と「コスト」の壁

半透膜と呼ばれる膜をはさんで淡水と海水を入れておくと、塩分濃度が低い淡水側から塩分濃度が高い海水側へ水が膜を介して移動し、両サイドで水位差(浸透圧)が生じます(図1左)。半透膜にはおおよそ1〜2nmのサイズの細孔があるために、水分子だけを選択的に透過します(図1右)。海水側にこの浸透圧以上の圧力をかけると、今度は海水側から淡水側へ水が移動する逆浸透現象が生じます。この機能を水処理に応用したのが逆浸透膜です。

例えば塩分3.5%を含む海水の浸透圧は28.3気圧なので、28.3気圧以上の圧力を海水側にかければ淡水側に水は浸透します。海水の半分の量を淡水にする場合、海水は最終的に塩分7%まで濃縮されますから、56.6気圧程度の圧力を掛ける必要があります。

海水を淡水に処理する水処理膜の性質をもつ高分子素材として、ナイロン膜、芳香族ポリアミド膜があり、工業的には芳香族ポリアミド膜を逆浸透膜として利用する方法が広く使われています。

しかし、多量の海水を処理すると、海水に含まれるプランクトンなど死骸が水処理膜の細孔に入り込み(ファウリング)、透水性が低下し、さらにこの汚物を次亜塩素酸で洗浄すると膜の細孔構造を破壊し、脱塩率悪化を引き起こし性能低下を引き起こすことが課題となっています。

RIST計算科学技術部のアプローチ

スパコンによる原子レベルの解析で、新素材のメカニズムを可視化

実験とシミュレーションの連携による、革新的複合水処理膜の開発

信州大学では実験技術と大規模シミュレーションの連携により、耐久性の優れたロバストな構造なカーボン材料からなる複合水処理膜の開発に取り組んでいます。その結果、芳香族系ポリアミドにカーボンナノチューブ(CNT)を分散させて革新的な水処理膜:CNTポリアミド複合膜を開発しました。多量のCNTをポリアミド膜に分散する実験技術は信州大学固有な技術で世界で初めて成功しました(論文1)。

分子動力学法による、水処理メカニズムの微視的解明

さらに、実験データをもとにした膜の原子構造データ構築し、これらの膜がなぜ水・イオン分離機能に優れているかを、膜と水・イオンとの原子間相互作用に基づく分子動力学法により膜の耐久性、透水性、耐塩素性、ファウリングなどを計算機シミュレーションにより水処理メカニズムを微視的に把握することにも成功しました(論文2)。シミュレーションの結果を図2に示します。CNTが内部に存在する場合でも従来のポリアミド膜単体の水の拡散係数に近い値を得ました。これはCNTが水の拡散を大きく阻害しないことを意味します。CNTの一番大きな影響は、ポリアミド部分のフレキシブル性への影響であり、CNTが存在する場合にはポリアミド部分が動きにくくなっています。ポリアミド単体の場合、ポリアミドを構成する炭素は激しく動くのに対し、CNT複合膜の場合にはポリアミド部分は動きづらくなっており、このポリアミド部分の拡散の抑制が塩の除去率に影響すると考えられます。

実際に塩の侵入率をシミュレーションしたところ、CNT入りのポリアミド膜は塩が中に侵入しづらい結果となりました(図3参照)。

このような透水、脱塩シミュレーション以外にも、油分の吸着シミュレーションも行っています(論文3)。シミュレーションの結果を図3に示します。これは信州大学で開発した天然黒鉛から得られる膨張黒鉛(空隙の大きい黒鉛)を使った一次随伴水処を想定したシミュレーションで、油が選択的に膨張黒鉛に吸着する様子を再現しています。解析の結果、吸着のメカニズムは黒鉛(グラフェン)と油分子の間のファンデルワールス力だけでなく、油分子を水/黒鉛界面に押し出す疎水性の性質も大きく寄与していることが分かりました。

図4 油滴が選択的に膨張黒鉛に吸着する様子
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革新的材料のメカニズムをシミュレーションで微視的に把握することは科学的に十分な意義があります。

1. 信州大学 スーパーコンピュータ
計算機 PRIMERGY RX200 S8 PRIMEHPC FX10
計算ノード数 16 12
理論演算性能 6.758 T Flops 2.5 T Flops
総メモリ容量 4TB 384GB

2. 海洋研究開発機構 地球シミュレータ

本プロジェクトは「地球シミュレータ公募課題」に採択され、大規模シミュレーションを実施しました。

得られた成果

革新的材料の科学的裏付けと、持続可能な社会への貢献

本シミュレーションにより、CNT複合膜が持つ優れた性能の科学的なメカニズムが解明されました。この成果は、実験グループのさらなる性能向上への明確な指針となり、革新的な「造水・水循環システム」開発の基盤構築に大きく貢献しました。この技術は、将来的に、世界中の人々が安価に清潔な水を手に入れることを可能にし、持続可能な社会の実現に繋がるものです。

学術的成果

本共同研究から生まれた、主要な学術論文

本共同研究の成果は、Nature Nanotechnology誌をはじめとする、以下の権威ある学術論文として発表されています。

※太字:RIST所属研究員

  1. 1. Antifouling performance of spiral wound type module made of carbon nanotubes/polyamide composite RO membrane for seawater desalination Juan L.Fajardo-Diaz, Aaron Morelos-Gomez, Rodolfo Cruz Silva, Akito Matsumoto, Yutaka Ueno, Norihiro Takeuchi, Kotaro Kitamura, Hiroki Miyakawa, Syogo Tejima, Kenji Takeuchi, Koichi Tsuzuki and Morinobu Endo Desalination 523 (2022) 115445
  2. 2. Enhanced Antifouling Feed Spacer Made from a Carbon Nanotube- Polypropylene Nanocomposite Hiroki Kitano, Kenji Takeuchi, Josue Ortiz-Medina, Rodolfo Cruz-Silva, Aaron Morelos-Gomez, Moeka Fujii, Michiko Obata, Ayaka Yamanaka, Syogo Tejima, Masatsugu Fujishige, Noboru Akuzawa, Akio Yamaguchi, and Morinobu Endo ACS Omega, 2019, 4, 15496-15503
  3. 3. New Insights in the Natural Organic Matter Fouling Mechanism of Polyamide and Nanocomposite Multiwalled Carbon Nanotubes-Polyamide Membranes Rodolfo Cruz-Silva, Yoshihiro Takizawa, Auppatham Nakaruk, Michio Katouda, Ayaka Yamanaka, Josue Ortiz-Medina, Aaron Morelos-Gomez, Syogo Tejima, Michiko Obata, Kenji Takeuchi, Toru Noguchi, Takuya Hayashi, Mauricio Terrones, and Morinobu Endo Environ. Sci. Technol. 2019, 53, 6255-6263
  4. 4. Effective Antiscaling Performance of Reverse-Osmosis Membranes Made of Carbon Nanotubes and Polyamide Nanocomposites Yoshihiro Takizawa, Shigeki Inukai, Takumi Araki, Rodolfo Cruz-Silva, Josue Ortiz-Medina, Aaron Morelos-Gomez, Syogo Tejima, Ayaka Yamanaka, Michiko Obata, Auppatham Nakaruk, Kenji Takeuchi, Takuya Hayashi, Mauricio Terrones, and Morinobu Endo ACS Omega, 2018, 3, pp 6047-6055
  5. 5. Water Diffusion Mechanism in Carbon Nanotube and Polyamide Nanocomposite Reverse Osmosis Membranes: A Possible Percolation-Hopping Mechanism Takumi Araki Rodolfo Cruz-Silva, Syogo Tejima, Josue Ortiz-Medina, Aaron Morelos-Gomez, Kenji Takeuchi, Takuya Hayashi, Mauricio Terrones, and Morinobu Endo Phys. Rev. Applied 9, 024018
  6. 6. Antiorganic Fouling and Low-Protein Adhesion on Reverse-Osmosis Membranes Made of Carbon Nanotubes and Polyamide Nanocomposite Yoshihiro Takizawa, Shigeki Inukai, Takumi Araki, Rodolfo Cruz-Silva, Noriko Uemura Aaron Morelos-Gomez, Josue Ortiz-Medina, Syogo Tejima, Kenji Takeuchi, Takeyuki Kawaguchi, Toru Noguchi, Takuya Hayashi, Mauricio Terrones, and Morinobu Endo ACS Appl. Mater. Interfaces,2017, 9,pp 32192–32201
  7. 7. Effective NaCl and dye rejection of hybrid graphene oxide/graphene layered membranes Aaron Morelos-Gomez, Rodolfo Cruz-Silva, Hiroyuki Muramatsu, Josue Ortiz-Medina, Takumi Araki, Tomoyuki Fukuyo, Syogo Tejima, Kenji Takeuchi, Takuya Hayashi, Mauricio Terrones & Morinobu Endo, Nature Nanotechnology(2017)
  8. 8. Nanostructured carbon-based membranes: Nitrogen doping effects on reverse osmosis performance Josue Ortiz-Medina, Hiroki Kitano, Aaron Morelos-Gomez, Zhipeng Wang, Takumi Araki, Cheon-Soo Kang, Takuya Hayashi, Kenji Takeuchi, Takeyuki Kawaguchi, Akihiko Tanioka, Rodolfo Cruz-Silva, Mauricio Terrones and Morinobu Endo NPG Asia Materials,8,(2016)
  9. 9. Molecular Dynamics Study of Carbon Nanotubes/Polyamide Reverse Osmosis Membranes: Polymerization, Structure, and Hydration Takumi Araki, Rodolfo Cruz-Silva, Syogo Tejima, Kenji Takeuchi, Takuya Hayashi, Shigeki Inukai, Toru Nogushi, Akihiko Tanioka, Takeyuki Kawaguchi, Mauricio Terrones and Morinobu Endo Applied Material & Interfaces, 2015, 7, 24566 ニュースリリース :「カーボンナノチューブ(CNT)とポリアミド(PA)の複合RO膜の分子動力学に関する研究 ~本学スパコンを活用した革新的なRO膜科学への展開~」 (2015年11月18日)
  10. 10. Oil sorption by exfoliated graphite from dilute oil–water emulsion for practical applications in produced water treatments Kenji Takeuchi, Masatsugu Fujishige, Hidenori Kitazawa, Noboru Akuzawa, Josue Ortiz Medina, Aaron Morelos-Gomez, Rodolfo Cruz-Silva, Takumi Araki, Takuya Hayashi, Mauricio Terrones, Morinobu Endo Journal of Water Process Engineering 8, 91-98(2015) ニュースリリース :「膨張黒鉛(EG)による随伴水一次処理法の開発~環境影響が少ない資源採掘に前進~」(2015年10月16日)
  11. 11. Carbon Nanotubes/Polyamide Composite Membranes for Reverse Osmosis Authors et al. Scientific Reports (2015) ニュースリリース :「カーボンナノチューブ・ポリアミドのナノ複合膜による高性能、多機能性逆浸透(RO)膜の開発に成功」(2015年9月8日)

担当研究員

本プロジェクト担当研究員

本共同研究におけるシミュレーション解析は、以下の研究員が担当いたしました。

担当研究員:河東田 道夫 河東田 道夫 部長
担当研究員:山中 綾香 山中 綾香 研究員
担当研究員:手島 正吾 手島 正吾 研究員

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