<解説記事ダウンロード>PDFダウンロード

<概要>
 メキシコは豊富な石油資源を有しており、世界有数の石油輸出国である。外貨を獲得できる石油資源の温存と国内消費量を抑制するために1960〜70年代に原子力発電の積極的な導入が計画され、1990年と1995年にラグナベルデ原子力発電所1号機と2号機が運転を開始した。しかし、その後の経済情勢や世論の変化などの幾つかの要因により、新たな原子力発電開発計画は立てられず、ラグナベルデ原子力発電所の安全性向上や出力増強、運転寿命延長計画が実行されている。
 2000年に入り電力需要の増加や地球温暖化対策に対応するため、2026年以降をめどに100万kW級原子炉2基の増設が計画されたが、北部コアウイラ州境で大規模なシェールガス田が発見され、天然ガスパイプラインの建設が具体化したことから、原子力の評価は発電コストやリードタイムなどの点で低下した。また、ラグナベルデ発電所の2基が2011年3月に事故を起こした福島第一発電所と同じGE社製BWRであることから、地元住民との十分な話し合いが必要との見識が生じ、2011年11月には原子力発電拡大構想が撤回された。2014年時点の総発電電力量に占める原子力の割合は5%程度である。
<更新年月>
2015年10月   

<本文>
1. メキシコの原子力発電開発の背景
 メキシコは豊富な石油資源を有し、世界有数の石油輸出国である。政府は外貨を獲得できる石油資源を温存するため、1938年にエネルギー部門を国有化した。国営石油会社であるPetroleos Mexicanos(PEMEX)は炭化水素資源の探査・開発から販売・輸出までの事業を独占し、民間企業への鉱業権の付与や外資の導入を禁じた。しかし、石油資源は大規模なオフショアや他の成熟油田の資源減退を背景に、2004年にピーク生産量の約383万バレル/日を達成後、その生産量及び輸出量は着実に減少してきている。2014年には約278万バレル/日まで下降してきた(図1参照)。
 BP統計によると、2014年のメキシコの原油の確認埋蔵量は111億バレル(可採年数10.9年)であり、主要油田からの随伴ガス(全体の60%)およびガス田開発(非随伴ガス)を主体とする天然ガスの確認埋蔵量も油田の減退に伴い減少傾向にあり、12.3tcf(0.347tcm)となっている(tcfはテラ立方フィート、tcmはテラ立方メートル)。また、米国EIAの報告では、メキシコのリスクを含むシェールガス原始埋蔵量(Gas In Place;GIP)は2,366tcf、リスクを含む技術的可採埋蔵量(Technically Recoverable Resources;TRR)は681tcfで、世界のTRRの10.3%を占めて世界第4位となっている。PEMEXは、最高裁の合憲判断を経て、2011年から徐々に民間企業との油田開発に取り組んでいる。
 メキシコのエネルギー政策は、エネルギーの安全保障と経済効率の向上、環境負荷の低減を達成するため、自国が有する石油・天然ガス資源の生産の維持、地球温暖化対策を考慮したクリーンエネルギー利用拡大によるエネルギーミックスの多様化、省エネを基本政策として進めている。
 近年、天然ガスを利用したコンバインドサイクルの発電所の建設や、既存の発電所燃料の天然ガス化など、天然ガスがエネルギーの重要な役割を果たしている。2014年の天然ガスの国内消費量は85.8bcm、および国内生産量が58.1bcmであり、2000年時点の消費量40.8bcmと比較するとほぼ2倍である。国内消費が伸びるにつれ、米国からのパイプラインを経由した天然ガスの輸入量も急増しており、2018年までに総延長4,374kmのパイプライン強化プロジェクトが進行中である。
2. ラグナベルデ原子力発電所の建設
 メキシコには1990年7月に営業運転を開始したラグナベルデ1号機(Laguna Verde1、BWR−5)と1995年4月に営業運転を開始したラグナベルデ2号機(Laguna Verde2、BWR−5)の2つの原子炉が、メキシコ湾のベラクルス市の北西約70kmに位置している。
ある。図2にラグナベルデ原子力発電所の概要を示す。
 1960年代に原子力委員会(CNEN)と連邦電力委員会(CFE)が、複数の原子力発電所立地点を調査し、1969年初めに既設計の60万kW原子力発電所をラグナベルデに建設する入札要請を原子炉メーカー8社に行った。この当時、石油が高価すぎて発電用には使用できないと考えられており、原子力プログラムは、石油消費節減の一部をなすものであった。1972年になって、米国のジェネラル・エレクトリック(GE)社に675MWeのBWR2基、三菱重工にタービン発電機を発注することを決定。建設開始は1号機が4年後の1976年で、2号機がさらに1年後の1977年である。
 しかし、政治・経済的問題およびプロジェクト管理の問題が原因で、工事が大幅に遅れ、建設費が高騰した。当初のアーキテクト・エンジニアはバーンズ・アンド・ロー社であったが、エバスコ社に引き継がれた。エバスコ社が建設工事の援助を開始し、エンジニアリングの責任を取り始めて以来、CFEが建設に対する直接の責任をもった。
 ラグナベルデ1号機の建設は1987年7月に終了し、IAEA(国際原子力機関)によるOSART(Operational Safety Review Team:運転安全性評価チーム)の調査結果より、1987年9月にIAEAは良好という評価を下した。又、同機は米原子力発電協会(INPO)の検査にも合格している。これを受け、メキシコ政府は1988年10月に燃料装荷許可を出し、同年11月に臨界を達成、1989年4月に送電線に接続、1990年7月29日に営業運転を開始した。
 2号機は、1994年8月に燃料を装荷し、臨界を経て、1995年4月10日に営業運転を開始した。2号機の建設工事は1号機の経験を踏まえ改善を行うため、1982年から2年間中断したことで、建設費は利子を含み35億ドル増加し、総建設費は当初の約3倍に膨れ上がったとされている。
 2014年時点、運転中のラグナベルデ原子力発電所1・2号機の発電電力量は93億1161万kWh、総発電電力量に占める原子力の割合は5.64%であった。
3. 出力増強および寿命延長計画
 2007年2月、メキシコ連邦電力委員会は6億500万米ドルをかけて、ラグナベルデ発電所の出力20%増強および運転寿命延長のための契約をスペイン・イベルドローラ(Iberdola Engineering&Construction、受注金額97%)社およびフランス・メキシコ法人アルストム(Alstom Mexico、受注金額3%)社と締結した。工事期間は2008年から2011年1月にわたり、各ユニットの4つの蒸気加熱器の取替え、2主蒸気再熱器(MSR)の取替え、主復水器パイプ(Cu−Ni)のチタン製パイプによる取替え、タービン建屋HVAC系の再設計、高圧及び低圧タービンの取替え、発電機の取替え、復水蒸気エジェクターの再設計、復水浄化系へのさらなる2段階の追加、復水ポンプ及びブースター復水ポンプの追加、逃がし安全弁(SRV)の補強、一次格納容器HVAC冷却系の再設計及び改良が行われた。また、ステライト製ジェットポンプ・ウエッジの交換や原子炉水浄化系の運転により、原子炉冷却材と接触する配管、弁及び機器の内部表面に沈着した不溶性コバルトの継続的な増加に起因する汚染物質の除去が行われた。これらの改良により発電所全体の出力は約1,330MWから1,600MWに拡張され、1号機は2029年まで、2号機は2034年までの運転が可能となった。
4. 原子力発電開発計画
 メキシコの原子力発電開発は1960〜1970年代に積極的導入が計画された。西暦2000年迄に2,000万kWの原子力発電所の導入を目指し、ラグナベルデ1号機・2号機が着工した数年後の1982年に同3、4号機の入札を行った。しかし膨大な対外債務(1987年8月:1,035億ドル)と経済不振から、同年中に外貨不足を理由に、3・4号機の建設計画はキャンセルされた。その後、経済情勢の悪化や世論の変化などの幾つかの要因により、新たな原子力発電開発計画は立てられなかった。
 2000年に入り、電力需要の増加から(表1および図3参照)、2012年3月にエネルギー省が発表した「2012年から2026年までの国家戦略(ENE)」では、既存のラグナベルデ原子力発電所に原子炉2基を増設する案を含め、今後15年間に原子力と風力を組み合わせ、総電力需要の23%を賄う政策が提案された。しかし、北部コアウイラ州境で大規模なシェールガス田が発見されると、天然ガスパイプラインの建設が具体化したことから、発電コストが高く(表2参照)リードタイムの長い原子力の評価は低下した。
 また、ラグナベルデ発電所の2基が2011年3月に事故を起こした福島第一発電所と同じGE社製BWRであることから、地元住民との十分な話し合いが必要との見識が生じ、2011年11月には原子力発電拡大構想が撤回された。
 2014年3月にエネルギー省が発表した「2013年から2027年までの国家戦略(ENE)」では、エネルギー供給保証と環境影響的配慮から原子力の利用は維持されるものの、原子力発電所の新規建設がなかった場合、原子力の設備容量は2012年の3%から2027年には1.8%に縮小されることになる(図4参照)。
(前回更新:2005年1月)
<図/表>
表1 メキシコにおける電力需給バランスの推移
表1  メキシコにおける電力需給バランスの推移
表2 メキシコにおける電源別発電コスト
表2  メキシコにおける電源別発電コスト
図1 メキシコの一次エネルギー生産量の推移
図1  メキシコの一次エネルギー生産量の推移
図2 ラグナベルデ原子力発電所の概要
図2  ラグナベルデ原子力発電所の概要
図3 メキシコの電力需要増加の推移
図3  メキシコの電力需要増加の推移
図4 メキシコにおける発電システムの拡張計画
図4  メキシコにおける発電システムの拡張計画

<関連タイトル>
メキシコの原子力開発体制 (14-08-01-01)
メキシコの電気事業と規制・監督 (14-08-01-03)
メキシコの核燃料サイクル (14-08-01-04)

<参考文献>
(1)(社)日本原子力産業協会:原子力年鑑 2015年(2014年10月)、メキシコ
(2)(社)日本原子力産業協会:原子力年鑑 2005年(2004年10月)、メキシコ
(3)(社)日本原子力産業協会:世界の原子力発電開発の動向 2015年版、
(2015年4月)
(4)国際エネルギー機関(IEA):Mexico,Electricity and Heat for 1990−2013、

(5)(社)日本原子力産業会議:原子力資料No.299(1999年1月)、
OECD/NEA加盟国の放射性廃棄物管理計画、メキシコ、p.95−103
(6)メキシコ連邦電力委員会(CFE):Costo de Generacion por Tecnologia、

(7)BP:BP統計(2015年6月)、http://www.bp.com/statisticalreview
(8)メキシコエネルギー省:Prospectiva del Sector Electrico 2013−2027
(2013年3月)、http://docplayer.es/docview/13/24459/#file=/storage/13/24459/24459.pdf
(9)国際エネルギー機関(IEA):Mexico Energy Production、http://www.iea.org/stats/WebGraphs/MEXICO3.pdf
JAEA JAEAトップページへ ATOMICA ATOMICAトップページへ