<大項目> 海外情勢
<中項目> 旧ソ連・東欧各国
<小項目> アルメニア
<タイトル>
アルメニア大地震とアルメニア原子力発電所の閉鎖 (14-06-04-03)

<概要>
 アルメニア共和国は1991年の旧ソ連邦の崩壊に伴って独立したコーカサス地方に位置する小国である。1988年12月7日にアルメニア北部で発生した大地震は、歴史上に残る大惨事となった。地震の規模はMSK震度階で10を超え、その被害は、震源地に近いスピタクの町が壊滅したほどであった。地震発生時、震源地から約90kmにあるアルメニア原子力発電所は運転中であったが、被害はなく、その後も正常な運転を継続していた。
 アルメニア原子力発電所の炉型は旧ソ連の第一世代型VVER440/V-230タイプの耐震性を改良したV-270型である。同発電所は1986年のチェルノブイル事故以降、住民の反対運動や閉鎖論の高まり、ソ連閣僚会議の政治的判断などから、運転停止が検討されていたが、今回の地震を契機に翌1989年運転を停止することになった。
<更新年月>
2008年12月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.地震の状況
 地震が発生したのは1988年12月7日午前11時41分だった。震源地は旧ソ連アルメニア共和国第二の都市レニナカン(現、ギュムリ)市から東方50kmの地点で、震源の深さは3kmだった。地震の規模はMSK震度階12階級のうちで10とされ、マグニチュードに換算して6.9に相当する。スウェーデンの地震計には大きい縦揺れが3回、約8秒間隔で襲ったことが記録された。表1に旧ソ連文献での地震のMSK震度階を示す。これは暫定的な国際震度階として1964年の地震工学政府間会議で使用が決定された震度階と類似している。
 首都エレバン市では特別大きな被害はなかったが、人口29万人のレニナカン市では、町の75%が崩壊、人口16万人のキロバカン市では、町のほぼ半分が崩壊した。震度階が10.7に達した人口7万人のスビタク市は、被害が最も大きく、町は壊滅。このアルメニア地震では25,000人を超す犠牲者を出した。
 アルメニアを含むコーカサス地方は、アラビアプレート、アフリカプレート、ユーラシアプレートが衝突するプレート会合地域にあり、いわゆるアルプス−ヒマラヤ造山帯の西側にあたる現在でも活発な造山帯に位置する。また、アルメニアは地盤災害の危険度の高く、自然・人為の両面に誘起された地すべり被害が頻発していた。図1にアルメニアの地質および地すべり分布図を示す。
2.アルメニア原子力発電所
 アルメニア(OktemberyanまたはMedzamor)原子力発電所は首都エレバン市から西方約30km、メツァモール村に立地している。ソ連型軽水炉(VVER-440)2基からなるこの発電所は、出力それぞれ40.8万kW、1号機は1976年12月22日に初臨界に達した後、1977年10月6日に商業運転を開始し、2号機は1980年1月5日に初臨界に達した後、1980年5月3日に商業運転を開始した。図2にアルメニア原子力発電所の位置図を示す。
2.1 旧ソ連邦原子力発電所の耐震設計
 旧ソ連では、敷地の地震活動が震度階9以上と予測される地域での原子力発電所の建設を禁止している。また、アルメニア原子力発電所は、同地域に発生しうると予測される震度階8までの地震を想定して建設された。標準的ソ連型PWR(VVER-440/V-230)に耐震補強を行ったV-270型で、震度階6以上の地震で緊急防護装置が作動し、自動的に停止する設計である。
2.2 地震発生時のアルメニア発電所の状況
 同発電所のバルタニャン所長は「震度階6以上で緊急防護装置が作動するが、今回の地震で、発電所は停止することなく正常に運転していた。発電所の震度計は200秒にわたって震度階5.5の断続的な揺れを記録し、その後震度階3のピークが6回あったことを示したが、その間発電所は定格出力で運転していた。すべての装置は正常に作動していた」と報告している。アルメニア発電所2基は運転中だったが、震源地から90km離れており、ロシア震度階で5.5であったため、地震による被害はなかったものと思われる。
2.3 V-230の設計上の特徴(文献2)
 V-230は、ソ連で最初に標準化されたPWRである。常に、原子炉2基を収納する原子炉建屋、およびその他のプラント機器を収納する共通機械ホールと補助建屋という構成で建設されている。原子炉蒸気供給設備は、原子炉圧力容器および6基の横置型蒸気発生器から構成されている。設計基準事故として、口径10cmの1次系配管の破断が想定されているが、緊急炉心冷却設備(ECCS)がないため、1次冷却水への補給は、通常の補給および抽出設備で行われる。また、圧力容器はその材質から照射脆化を極めて受けやすく、格納容器がないため、事故時に核分裂生成物が環境へ放出されるのを抑制する機能は極めて限定されているという特徴がある。VVER-440/モデルV-230のプラント構成を図3および図4に示す。
3.アルメニア原子力発電所の閉鎖
 発電所の地震による直接被害はなかったが、旧ソ連閣僚会議は「アルメニア原子力発電所の停止と対コーカサス諸共和国の電力供給の保証措置について」と題する決議を採択した。その結果、1号機を1989年2月25日に、2号機を同年3月18日に運転を停止することを決定した。同時に原子力関連の省庁は、停止した原子炉の安全確保、建造物の耐震性を向上させる措置を検討し、年内中にそれらの措置を行なうことが義務付けられた。
 アルメニア発電所の運転中止は、地震の発生以前の1988年10月にはほぼ決定していた事項で、同発電所は、1986年のチェルノブイル事故以来、反原子力運動の焦点であり、民族運動が高揚しているアルメニアでは、民衆の抗議デモのターゲットの一つとなっていた。
3.1 旧ソ連邦原子力発電計画へのアルメニア地震の影響
 1988年12月23日、ルコーニン・旧ソ連原子力発電相は「敷地の不適切さから当初計画されていた6か所の原子力発電所の建設計画を放棄する」と発表した。
 これによると、地震問題を理由に計画が放棄されるのはアゼルバイジャン計画、グルジヤ計画、南ロシアのクラスノダール計画で、その他に設計上の安全問題を理由に白ロシア共和国のミンスクとウクライナ共和国のオデッサで建設中の熱供給用原子力発電所が放棄されることになった。また、アルメニア発電所のサイト内に2基の追加建設が予定されていたが、この計画も放棄されることになった。
<図/表>
表1 旧ソ連文献での地震のMSK震度階
図1 アルメニアの地質および地すべり分布図
図2 アルメニア原子力発電所の位置図
図3 VVERプラント断面図(VVER-440/モデルV-230)
図4 VVER原子炉概略図(VVER-440/モデルV-230)

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<関連タイトル>
アルメニアの国情およびエネルギー事情 (14-06-04-01)
アルメニアの原子力発電開発と原子力政策 (14-06-04-02)

<参考文献>
(1)(社)海外電力調査会(編集発行):海外電力(1989年3月号)
(2)(社)日本建築学会(編集著作):建築物の耐震設計資料、丸善株式会社(昭和56年4月/第1版第1刷)
(3)(社)日本原子力産業協会:世界の原子力発電開発の動向 2007/2008(2008.4)、p.76-77
(4)国際安全基準専門委員会(事務局:財団法人原子力安全研究協会):IAEA安全シリ−ズNo.50-SG-S1(Rev.1)「原子力発電所立地に関連する地震と付随する問題」安全指針(1992年3月)
(5)日本原子力研究開発機構:海外原子力施設事故・トラブル情報、http://eventinfo.jaea.go.jp/plant/detail.php
(6)ソ連邦閣僚会議附属測地および地図作成総局:ATLAS USSR(MOSKVA,1983)
(7)日本工営社:こうえいフォーラム第15号/アルメニア共和国・全国地すべりGISデータベースの構築(2007.2)、http://www.n-koei.co.jp/library/pdf/forum15_006.pdf、p.50
(8)International Nuclear Safety Center(INSC):VVER-440 Model V230 Plant Layout,http://www.insc.anl.gov/neisb/neisb5/3g_sb.pdf,p.251-259,http://www.insc.anl.gov/sov_des/v230.php,http://www.insc.anl.gov/neisb/neisb4/vver.gif
(9)Nuclear Threat Initiative(NTI):Armenian Nuclear Facilities,http://www.nti.org/e_research/profiles/Armenia/5290.html
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