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<概要>
 放射線は産業界、農業、医学および科学の分野で広く利用されている。各種放射線の照射により、新物質の創成、化学反応の促進、溶接部等の検査および物質の組成分析、放射性核種壊変するときに放出するエネルギーを利用した熱発電、さらに、放射線照射による食料品の貯蔵期間の延長、医療機器や汚水の殺菌、病気の診断および放射線治療などが可能となった。宇宙衛星コスモスに搭載したオリオン−1は、ポロニウム−210の壊変により発生する熱を、熱電コンバータにより宇宙衛星の電力源として使用するため、1965年に製作され、衛星に搭載された。また、1969年に製作された放射性同位元素による加熱装置は月面車ルナホートに装備され、機器コンテナ内部の温度調整に使用された。核医学分野において放射線照射が医療に応用できることは非常に重要である。モスクワの理論実験物理研究所は、ロシアで最初の陽子線照射治療センターを設立し、既存のシンクロトロンの陽子線ビームをがん患者に照射し、目のがんの治癒率95%を達成した。また、前立腺腫瘍の治癒率は75%であった。
<更新年月>
2005年04月   

<本文>
1. 放射線の利用方法
 産業界、農業、医学および科学などの分野において放射線照射が広範囲に利用されている。現在、アルファ粒子、ガンマ線、陰電子陽電子、陽子、中性子などを照射に利用している。これらの粒子を発生させるには幾つかの方法がある。実用的には、放射性壊変核種により各種の粒子が得られる。ポロニウム−210、プルトニウム−238、キュリウム−242等の重元素の放射性同位元素はアルファ壊変をしており、強いアルファ線を放出している。医療用には、加速器によって得られる強い電子ビームや陽子ビームが最適である。線源となる陽子は、リング状加速器および線形加速器で加速される。中性子線およびガンマ線は、主に原子炉の中で発生させる。さらに原子炉の中では、放射性同位元素が生成され、これらはアルファ線源、陰電子線源、陽電子線源、ガンマ線源として製作され、適切な条件下で治療などに使用される。
 各種の放射線照射により、新物質の創成、化学反応の促進、溶接部等の検査および物質の組成分析、また放射性核種が壊変するときに放出するエネルギーを利用した熱発電、放射性核種を利用した植物の成長研究および食料品の貯蔵期間の延長、医療機器や汚水の殺菌、病気の診断および放射線治療などが可能となった。
2. 放射性同位元素を利用したエネルギー源
 ポロニウム−210やプルトニウム−238はアルファ粒子を放出するので、広範囲に使用している。ポロニウム−210の半減期は138日、プルトニウム−238の半減期は87.74年で、アルファ粒子の放出エネルギーはポロニウム−210が5.3MeV(百万電子ボルト)、プルトニウム−238が5.5MeV(72%)と5.46MeV(28%)である(参考文献1)。例えば、1gのポロニウム−210は、放射性壊変により約140Wの熱エネルギーを発生する。ポロニウム−210およびプルトニウム−238は、宇宙船スプートニクスの熱エネルギーおよび電気エネルギー源として使用された。この装置の名称はRTG(Radioisotope Thermoelectric Generator)で、放射性同位元素源による電気エネルギー発生装置である。このように熱電コンバータは、熱エネルギーを電気エネルギーに変換するのに使用されている。
 RTG技術は、モスクワのボチヴァール記念無機材料研究所(VNIINM:ロシア語の英語表記)で開発され、ヴォルガ・ビャトカ地域ニジェゴロド州サロフにあるアヴァンガルド電気機械プラント(Avangard Electromechanical Plant:旧プラントNo.551、以下アヴァンガルドという)で製作された。
2.1 コスモス衛星で使用した加熱装置「オリオン」
 アヴァンガルドで1965年に製作されたオリオン−1(Orion−1)は、ポロニウム−210を利用しており、宇宙技術衛星のコスモス−84とコスモス−90に装備され、衛星内の機器の電力源として利用された。ポロニウム−210の壊変により発生した熱エネルギーは、熱電コンバータで電力を発生するのに使用された。これらは約8カ月間、問題なしに稼動した(参考文献2)。なおコスモス−90での稼動日数は220日に達した。また、電源のパラメータは外界の条件変化にほとんど左右されなかった。図1にオリオン−1の構造を示す。
2.2 月面車ルナホートの加熱装置
 アヴァンガルドは、1969年と1973年に放射性同位元素を用いた加熱装置を3箇製作した。このうち2箇は、ソ連が月へ打ち上げた月面車ルナホート−1(Lunohod−1)およびルナホート−2に装備された。この加熱装置は、機器コンテナ内部の温度条件を正常に保つために使用された。地球の日数でいえば約14日間続く夜の間、マイナス130度以下という極めて低い温度の月面でも機能した。
 この装置は、熱交換器を備えた放射性同位元素の熱源で、加熱ユニットは月面車の外側に取り付けられており、加熱用の熱は、コンテナ内部の温度が許容値以下まで低下した時に、ガス状の熱媒体が熱交換器を通過することによって得られた。余分な熱エネルギーは、熱交換器の外面から直接宇宙空間に放出された。この際、熱交換器の外面の温度は摂氏100度に達していた。図2は月面車ルナホートに装備された放射性同位元素を用いた加熱装置である。この装置は、ファンによって熱交換器を通過する熱媒体の量を調節し、加熱用熱量を加減できるように工夫された。核種の半減期が短いので月面車の作業時間も制約されたが、作業期間中は放射性同位体の熱出力の変化も、月面車の熱条件に悪い影響を与えることは無かった。放射性同位体の加熱装置は、ルナホート−1号、2号とも十分な熱エネルギーを月面車に供給した。1号の場合、加熱装置が機能した期間は10カ月半であった。これは設計により保証された期間よりはるかに長期間であった。
 現在、火星へ飛行する宇宙船のエネルギー源として、ポロニウム−210、キュリウム−242およびカリホルニウム−248を使用する可能性が検討されている。これら放射性核種の特性を表1に示す。参考文献4の評価によると、ポロニウム−210はエネルギー密度が高く、宇宙船の補機に対する放射線照射による安全性、摂氏1,000度以上の温度に対する熱抵抗および受入可能な寿命を考慮すると、受入の可能性が最も高い。
3. 放射性核種による放射線治療
 各種の放射線を利用することにより核医学が発達して有用な薬品が開発され、放射線を利用して診断や放射線治療ができるようになった。基本となる核種に色々な放射線を組み合わせる(RPP)ことにより、従来治療が出来ないような人の臓器に対するユニークな治療の可能性が出てきた。現在、主要な診断方法として、ガンマ線や陽電子線を使用したコンピュータによる断層写真が利用されている。第一の方法は、1個の光子放出を利用したコンピュータによる断層写真(SPECT)で、第二の方法は、陽電子放射断層撮像法(PET)である。表2に、放射線診断に利用する放射性核種の半減期とガンマ線エネルギーを、表3に放射線診断に利用する陽電子を放出する放射性核種の半減期を示した(参考文献6)。最も広範囲に使用されているテクネチウム−99mとヨウ素−123は、脳、腫瘍および炎症の診断に利用しており、さらに最近の20年間におけるテクネチウム−99mを使った診断数は、全診断数の約80%であった(参考文献5、6)。陽電子を放出する核種で最も広く使用しているのは、炭素−11、窒素−13、酸素−15、フッ素−18である。これらの核種のもつ代表的な特性は、半減期が短く、診断時の照射による影響が少ないことである。
 表4に放射線治療に使用する核種の半減期と壊変形式(陰電子、陽電子、電子捕獲、アルファ線)および平均エネルギーレベルを示した。
 陽子線照射による治療は、腫瘍の治療に非常に効果的である。モスクワにある理論実験物理研究所(Institute for Theoretical and Experimental Physics:ITEP)は、ロシアで最初の陽子線照射治療センター(PRTセンター:Proton Radiation Therapy Center)を設立し、既存のシンクロトロンから(70〜200)x100MeVのエネルギーをもつ陽子線ビームを取り出し、がん患者に照射して治療している。このため特別の治療装置を製作し、腫瘍やがんの位置を正確に位置決めして治療している。陽子線は人間の体内を通過するので、そのエネルギーを患部に集中し、患部以外の組織を破壊しないようにする必要があるので、患部の位置決めは非常に重要である。中性子、電子およびガンマ線と比較して、陽子線の照射は患部だけを破壊するので非常に有効である。
 この35年間、理論実験物理研究所の陽子線照射治療センターは、脳、目、女性の乳房、男性の前立腺にできたがん患者3,500人を治療した。この治療は、他の治療法と比べて非常に効率が良かった(参考文献7)。例えばPRTセンターは、様々な目のがん患者500人に陽子線照射治療を施し、95%の患者の目を救うことができた。前立腺腫瘍の陽子線照射治療による治癒率は75%である。現在、ITEPの専門家達は、モスクワの第62病院に、陽子加速器と陽子のエネルギーが70〜250MeVの治療設備を設置する計画を立てている。
<図/表>
表1 ポロニウム−210、キュリウム−242およびカリホルニウム−248の特性
表1  ポロニウム−210、キュリウム−242およびカリホルニウム−248の特性
表2 診断用放射性核種の半減期とガンマ線エネルギー(陽電子核種を除く)
表2  診断用放射性核種の半減期とガンマ線エネルギー(陽電子核種を除く)
表3 診断用放射性核種(陽電子)の半減期
表3  診断用放射性核種(陽電子)の半減期
表4 治療用放射性核種の半減期と線種およびエネルギー
表4  治療用放射性核種の半減期と線種およびエネルギー
図1 放射性同位元素をエネルギー源としたオリオン−1
図1  放射性同位元素をエネルギー源としたオリオン−1
図2 月面車ルナホートに装備された放射性同位元素の加熱装置
図2  月面車ルナホートに装備された放射性同位元素の加熱装置

<関連タイトル>
医療分野での放射線利用 (08-02-01-03)
原子力電池(アイソトープ電池) (08-04-02-08)
ロシアの原子力政策 (14-06-01-01)

<参考文献>
(1)The Physical values. The Reference book. M., Energoatomizdat, 1991, p.994−1044.
(2)The Memorials of the science and technology. M., Znanie, 1999, p.120−121,128.
(3)Nuclear industry of Russia. M., Energoatomizdat, 1991, str.415−416.
(4)Petrov B.V., Abakumov A.S. Atomic−power Unit for Long Space Flights. Atomic Energy, v85, No.6, 1998, p.921−924.
(5)Sergienko V.B. Radiopharmacology − a condition, prospects, ecology. The proceeding of reports on 2−nd research conference ”Ecology of nuclear branch”, Moscow, Minatom, 6.6.2001, p.117−121.
(6)Isotopes. The characteristics, production, application. Under editing V.YU.Baranova. M., Izdat, 2000, pages 392−433, 642−683.
(7)The booklet of Scientific and technical ”Medical physics of ITEP ”, M., ITEP.
(8)原子力工業 1989年3月号「ソ連における原子力利用:宇宙開発と原子力(3)、p.71,72 大田憲司、木下道雄(原典:Atomic Science and Technology of USSR Atomizdat 1977, p.94, 95(原文はロシア語)
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