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<概要>
 現在、スイスでは一般住宅、共同住宅、工場、農場など、約2,400ユーザー(約2万人)がベツナウ原子力発電所の地域熱供給システム(REFUNA)を利用している。また、ゲスゲン原子力発電所を利用した工場への蒸気供給では、年間15,000トンの燃料油の節約が実現している。いずれも1970年代の石油危機の経験を踏まえてスタートしたプロジェクトであり、原油高騰時代の原子力エネルギー有効利用のスイスモデルといえる。
<更新年月>
2006年08月   

<本文>
1.スイスのエネルギー事情と原子力発電
 スイスは、面積4.1万km2(北海道の1/2の面積)、人口740万人の内陸国で、石油など一次エネルギーの約60%を輸入に依存している。一次エネルギー供給の内訳は、石油50.7%、原子力(熱エネルギー換算)25.3%、水力10.9%、天然ガス8.8%、その他4.3%である。電力供給では、豊富な水力資源を利用し、水力発電が総発電量の約60%を占め、次いで原子力発電が約36%を占める。火力発電は4%以下にすぎず、水力と原子力を合わせてスイスの電力需要の大部分を賄っている。しかし、冬期間はダムが凍結するため、10月〜3月は原子力シェアが約45%と増える一方、消費電力の約15%を輸入に依存している。
 1969年にスイス初の商業炉であるベツナウ発電所1号機(PWR:365MWe)が運転を開始し、原子力発電の時代を迎えた。1970年代の石油危機によって原子力発電の重要性が再認識され、1984年には5号機となるスイス最大のライプシュタット発電所(BWR:1,165MWe)が商業発電を開始し、現在に至っている。なお、最近10年間のスイスの全発電所の平均設備利用率は約90%であり、世界のトップレベルである。
2.石油危機を契機とした原子力地域熱供給計画とその実現
 第一次石油危機を契機に、表1に示すように、原油依存からの離脱を目標にスイスの全ての原子力発電所で廃熱を利用する大規模な地域熱供給計画が提案された。しかし、1980年代半ばに始まった石油価格の大幅下落の時代を迎えて、ミューレベルグ発電所とライプシュタット発電所の計画は立ち消えになった。ベツナウ発電所のプロジェクトは、規模は大幅に縮小されたものの、以下に述べる経緯で今日まで原子力による地域熱供給の実績を更新し続けている。また、ゲスゲン発電所の蒸気供給プロジェクトも規模は50%に縮小されたが、実績を更新している。
 ベツナウ発電所の地域熱供給が実現に至った重要なポイントの一つは、ポール・シェラー研究所(Paul Scherrer Institut:PSI)が発電所の近くに設置されていたことである。1980年10月、PSIからベツナウ発電所の所有者である北東スイス電力(NOK)に対して、PSIに熱供給を行うパイロットプロジェクトが提案された。PSIからの提案は、ベツナウ発電所の廃熱を利用する大規模プロジェクトの一部の地区、すなわち、原子力発電所に隣接している8つの地区(11km×9kmの地域)に限定して熱供給を実現化するための第一ステップであった。隣接する8つの地区は、原油価格が上昇している中で、原子力発電所の廃熱を利用することが長期的に利益であると判断し、広範な地域を対象にした大規模プロジェクトの実現に時間を費やすことなく、小規模な地域熱供給の早期の実現を望んでいた。
 1981年4月には、地域熱供給を希望する地区に限定したコンソーシアムが設立され、種々の課題が検討された。その結果、同年12月の希望地区の冬期自治体議会において、この実施計画に対して90%の賛成票が得られた。1983年には、下アアレ渓谷地域熱供給会社(Regionale Fernwaerme Unteres Aaretal AG:REFUNA AG)が、地区自治体51%、NOK10%、民間39%の出資で設立された。このような順調な進展の背景には、PSIに限定した地域熱供給の費用をNOKが引き受けたことが挙げられる。すなわち、初期投資のリスクを発電所所有者が引き受けたことにより、スタート時点での最大の懸案事項が解消された。また、PSIまでの熱供給ライン2kmの予定通りの完成(1983年11月8日)と熱供給の成功が、個人レベルでの疑いや態度留保に対して、明快な回答を与える結果となった。翌1984年〜1985年の冬季間に一般住宅を中心とするパイロットユーザーが熱供給を利用し始めた。この実績に基づき、3年後の1987年からの冬期間には、ユーザー数が約1,100件に達した。
 REFUNAプロジェクトでは、最初から熱供給設備の詳細技術、財務および経営管理業務等の全ての情報が公開された。系統的な情報は、地区住民の集会で、コスト、環境問題、地域経済の活性化を含めた総合的な検討を可能にした。それらの内容は、地域熱供給工事の進捗状況も含め、メディアの記事として取り上げられ、日本からの取材もあったと記録されている。
3.REFUNA熱供給システムとその実績
3.1 ベツナウ発電所の熱供給システム
 ベツナウ発電所1、2号機は、チューリッヒの北西約35kmに位置するスイス最大のアアレ川の島に設置されている(図1)。1号機は1969年12月に、2号機は1972年3月にそれぞれ営業運転を開始した。本発電所は、累積で280体のMOX燃料集合体の装荷実績を持つ。
 図2に発電所からユーザーまでのシステムを示す。1次系から数えると、一般家屋で使用する温水は5次系となる。地域熱供給ネットワークから戻ってきた約50℃の循環水(3次系)は、タービン建屋内の低圧タービンから抽気された蒸気(92℃)を加熱源として低温側熱交換器により85℃に加熱される。次の高温側熱交換器では、高圧タービン出口で抽気された130℃の蒸気により加熱され、125℃、16barの高温加圧水としてREFUNAポンプステーションに供給される。最大負荷は冬期間に生じ、2ユニットの何れからも熱供給が可能であるため、夏期に行なわれる発電所の定期点検の間も熱供給は保証される。
 地域熱供給ネットワークへの供給温度は、冬場が125℃で、夏場は低温側熱交換器のみを使用して85℃に下げられる。熱供給ネットワークの圧力(16bar)は、高圧タービンの出口の抽気圧力(2.8bar)よりも高く維持されており、蒸気発生器と熱交換器内の同時漏えいを想定しても地域熱供給のネットワーク中に放射性物質を持ち込むことはない。また、ポンプステーション内の主供給管に隔離弁が設置されており、熱供給ネットワークで圧力低下を伴う循環水喪失が起こった場合、これらの隔離弁が6barの圧力で自動閉止する。このようなシステム構成のため、主供給管には放射線モニタリングなどは設置されておらず、差圧管理のみによりシステムを運用している。
3.2 REFUNA熱供給ネットワークと実績
 図3にREFUNAの主供給管と熱供給区域(灰色の区域)を示す。ベツナウ発電所のポンプステーション(●印)からスタートした2系統の主供給管(直径40cm)が、アアレ川の北部地域及び南部地域にそれぞれ熱を供給する。Leuggernに至る北部地域は、ユーザー数が約1,000件である。南部地域は、さらにRiniken、ABB Turgi及びEndingenに至る系統に分れ、ユーザー数は約1,400件である。主供給配管の全長は約30kmで、供給範囲は南北11km、東西9kmに及ぶ。図1のベツナウ発電所右後方が北部Kleindoettingen地区(ユーザー約350件)である。供給域の広さがこの写真からもわかる。
 両ユニットから熱供給できない場合を想定して、緊急用ボイラが用意されている(図3の■印)。北部地域の主供給管には容量28MWtの油焚きボイラが用意されており、南部地域の主供給管にはPSIおよびABB Turgiの設備を含めて合計38MWtのボイラが設置されている。最も遠い熱供給地区はベツナウ発電所から12km程離れており、合計9個のブースターポンプステーション(図3の○印)が設置されている。
 一般家屋のユーザーは、通常、3次系と4次系の熱交換器により熱を建屋内に取り込み、建屋暖房と給湯用に利用している(図2)。各ユーザーへのローカルネットワークは、累積で約100kmに達している。配管は、熱損失を最小にするために、プラスチックカバー付きポリウレタンを保温材とし、地中に埋設されている。全ての配管は、保温材の中に組み込まれた漏えい検知電極(湿分検知)を有しており、漏えいの主な原因は、配管の溶接不良によるものである。熱供給ネットワーク中の循環水体積は2,700m3、熱損失は15%、主供給管の温度降下は5km当たり1℃である。
 1994年からの契約熱量とユーザー数の推移は図4の通りである。1995年にはユーザー数が2,000件を超えている。原油価格が1バレル当たり20ドル前後で推移した90年代後半も、契約数は増加している。現在、ユーザー数は2,400件に近づいており、約20,000人がREFUNAシステムを利用している。ユーザーの75%は一般家庭であるが(図5)、大規模工場(例えば、ABB Turgi)、集合住宅、農場などでも利用しており、契約熱量は現在77MWt弱である。また、図6に示すように、昨年度の合計熱供給量は過去最高であった。
 現時点のユーザーの熱利用料金は0.056スイスフラン/kWtであり、最近の原油高の影響のため灯油焚きシステムより割安である。原油価格の影響を受けないREFUNAシステムの有利性は、今後一層明らかになると予想される。環境面ではREFUNAシステムの利用により、CO2排出量約50,000t/年、SO2排出量約100t/年、NOX排出量約50t/年が削減されている。1970年代の石油危機以降のこの実績は、原子力エネルギー有効利用のスイスモデルと言える。
4. ゲスゲン発電所の蒸気供給システムとその実績
 ゲスゲン発電所は、バーゼル市の南東約35km、ベツナウ発電所と同様、アアレ川沿いに位置する(図7)。本発電所も累積で136体のMOX燃料集合体の装荷実績を持つ。1979年に営業運転を開始して以来、高圧タービン入口からの抽気により熱交換器、過熱器を介して生成した蒸気(12bar、220℃、40MWt)を2km離れたダンボール工場の乾燥用熱源として供給している。
 25年間の蒸気供給量は3,700GWtに達しており、工場では約15,000t/年の燃料油を節約している。また、供給蒸気の一部は、ダンボール工場内の熱交換器を介して靴メーカーBallyなどの大口ユーザーが集まる工業地域の暖房用熱源(16bar、120℃、7MWt)に利用されている。図7の右後方がダンボール工場と工業地域である。工業地域までの配管長は約2kmで、各ユーザーは、REFUNA同様、個別に熱交換器を用意している。バックアップとして重油ボイラ20MWt、ごみ焼却炉10MWtを備えている。発電所の熱利用料金は、原油高騰以前に、すでに、灯油システムによる熱供給より安価なレベルに達している。
<図/表>
表1 当初の原子力地域熱供給計画と実現したプロジェクトの概要
表1  当初の原子力地域熱供給計画と実現したプロジェクトの概要
図1 ベツナウ発電所全景
図1  ベツナウ発電所全景
図2 発電所を含めた地域熱供給システム
図2  発電所を含めた地域熱供給システム
図3 地域熱供給ライン
図3  地域熱供給ライン
図4 契約熱量とユーザー数(図中数値)の推移
図4  契約熱量とユーザー数(図中数値)の推移
図5 一般家庭内の給湯設備
図5  一般家庭内の給湯設備
図6 総熱供給量の推移
図6  総熱供給量の推移
図7 ゲスゲン発電所全景
図7  ゲスゲン発電所全景

<関連タイトル>
スイスのエネルギー政策と原子力政策・計画 (14-05-09-01)
スイスの原子力発電開発と開発体制 (14-05-09-02)
スイスの電気事業および原子力産業 (14-05-09-05)

<参考文献>
(1)杉山憲一郎、他:原子力地域熱供給、スイスの実績、日本原子力学会誌、Vol.48、No.2、119−124(2006)
(2)Schweizer Kernenergie:(http://www.atomenergie.ch/
(3)E..Fischer: ”Nuclear district heating:The Swiss experience”, District Energy,Vol.90,No.3,18−21(2004)
(4)M.Graf et al.:1/3 Technik 1/3 Politik 1/3 Psychologie 20 Jahre REFUNA AG, Munda−Verlage, Brugg (2004)
(5)K.H.Handl:75 MW Heat Extraction from Beznau Nuclear Power Plant(Switzerland),
(6)21st REFUNA Geschaeftsbericht:(http://admin.transmission.ch/download/dokumente/refuna/21._Refuna_Geschaeftsberic.pdf
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