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<概要>
 タイでは経済発展に伴って電力需要が急激に増加した。そのため、新規の電源開発が急務となっている。しかし、国内資源である天然ガスはタイ湾とアンダマン海で産出しているが、産出量は次第に減少し、30年ほどで枯渇することが予想されている。そこで、石炭火力と水力発電の利用拡大が検討されたが、地元の強い反対などから、開発は計画通りには進んでいない。
 このような状況下、タイエネルギー省は2007年2月、国家電力開発計画(PDP2007)として3,230.7万kW〜3,287.7万kWの発電設備の増強計画を発表した。増強のオプションとして、2020年〜2021年頃に合計500万kWの原子力発電所の運転開始を行うとし、建設準備が進められ、国家エネルギー政策委員会(NEPC)の下に原子力発電基盤準備委員会(NPIPC)が設置された。しかし、2011年3月の福島第一発電所事故を受けて原子力発電の導入計画に関する再検討が進められ、さらに原子力開発に反対するタイ貢献党を中心とした新政府が発足すると、2012年6月には原子力発電所の完成時期を2026年に先送りすると発表した。
 なお、タイは1977年から2MWの研究用原子炉を持ち、中性子を利用した研究やヨウ素131など医療用ラジオアイソトープの生産などに使用し、安全管理を徹底しつつ、積極的に原子力技術開発を進めている。
<更新年月>
2014年12月   

<本文>
1.タイの国情
 タイはインドシナ半島の中央部とマレー半島の北部にわたる面積51万4,000km2(日本の約1.4倍)の国土を持ち、中央平野は東南アジア随一の穀倉地帯となっている。タイは昔シャムと呼ばれ、13世紀中頃から独立と王制を維持、現在でも立憲君主制を敷く東南アジアの王国で、人口は6,593万人(2010年国勢調査)、首都はバンコクである。人口の大多数が仏教(94%)を信じるタイ族で、その他には華僑、マレー族、山岳少数民族等で構成される。
 タイは、1980年代後半から外国投資を梃子に急速な経済発展を遂げる一方、経常収支赤字が膨張し、バブル経済が現出した。1997年7月、為替を変動相場制に移行するとバーツが大幅に下落し、経済危機が発生。タイ政府は、IMF及び日本を始めとする国際社会の支援を受け、経済再建に努力した結果、経済は回復基調に転じた。
 その後発足したタクシン政権(2001年2月〜2006年9月)は、従来の外資誘致による輸出主導に加え、農村や中小企業の振興策など国内需要拡大に努めたが、職権濫用や汚職問題などが深刻化し、2006年9月にはクーデターが勃発。政治的・経済的な混乱を招いた。インラック政権(2011年8月〜2014年5月)の誕生により、憲法改正、国民和解法案の促進、インフラの大規模整備に取り組んだが、タクシン元首相の強制大赦をきっかけに政治情況は一変した。現在、軍を中心とする「国家平和秩序維持評議会(NCPO)」が全統治権を掌握し、民政復帰に向けた「ロードマップ」が発表されている。インラック政権当時国内経済の強化を目指したが、北・中部地方で大規模な洪水の発生や、バンコク周辺の工業団地の浸水から経済活動は低迷。復興による内需拡大政策が効を奏し、経済は回復したが、再び政治情勢の悪化から、経済成長率は低迷している(図1参照)。
2.エネルギー政策及びエネルギー事情
 タイの2012年時点の一次エネルギー供給量は石油換算1億2,656万トンで、エネルギー自給率は59.8%、エネルギー源別一次エネルギー供給量の構成は、石油が39.0%、天然ガスが27.9%、石炭が13.9%となっている(図2参照)。BP(英国石油)の統計によると、エネルギー資源埋蔵量は、オイルシェールを含む原油が5,185万トン、石炭12億3,900万トン、天然ガスが2,849億m3、ウランが5トンで、タイのエネルギー供給量は国内需要に追いつかず、エネルギーの純輸入国となっている。
 このため、タイのエネルギー政策は、資源開発を推進しつつ、エネルギーの効率的な利用により、エネルギー資源の輸入依存度を低下させることが基本方針とされる。2009年に公表されたエネルギー政策では、エネルギー安全保障、代替エネルギーの導入、燃料価格の監視、省エネルギー、環境保護が主要項目であった。なお、タイのエネルギー政策において、原子力発電はエネルギー自給力を高める手段とみなされており、経済的優位性と国民の理解が得られた場合、詳細な調査結果に基づいて、導入の決定が行われる。
3.電力事情
 電力需要は、経済成長に伴って年々増加しており、電力消費量は2002年〜2012年の間に年平均5%程度の伸びを示した。電源開発が急がれているものの、地元住民の反対などもあり、なかなか進展していない。政府は、(1)省エネルギー・プログラムの推進、(2)ピーク時の最大電力を抑制、(3)エネルギー源の多様化などで、安定的な電力供給を確保することを目指している。
3.1 電気事業体制
 タイには、タイ発電公社(EGAT:Electricity Generating Authority of Thailand)と、首都圏配電公社MEA(Metropolitan Electricity Authority)、地方配電公社PEA(Provincial Electricity Authority)の3つの電気事業者がある。表1にEGATの電力販売状況を示す。
 EGATはエネルギー省の管轄下にある国営企業で、タイ全土の発送電事業を担当している。また、MEAはバンコク首都圏(隣接するサムトプラカーン県とノンタブリ県を含む)を供給エリアとして配電事業を、PEAはMEAエリア以外の全72県で配電事業を担当するほか、部落単位の地方電化を進めている。なお、MEAとPEAは、内務省管轄下の国営企業である。
 タイ政府は1990年代に入り電力部門の民営化に着手、1992年12月に具体的な民営化計画を策定した。1996年までにEGAT、MEA、PEAの電力3社はそれぞれ分社化し、完全民営化を計ったが、民間事業者による電源開発以外にあまり進展が見られなかった。
3.2 発電設備(表2参照)
 タイの電気事業者の発電設備容量は2013年末時点で33,681MWで、このうちタイ発電公社(EGAT)が全体の約45%の15,010MWを所有、ほか独立電力事業者(IPP)が38%・12,742MW、ならびに小規模発電事業者(SPP)が10%・3,525MWを所有している。なお、EGATの電源構成は、水力が10%・3,436MW、火力が14%・4,699MW、コンバインド・サイクルが20.4%・6,866MW、ディーゼルが0.01%・4.4MW、再生可能エネルギーが0.02%・4.5MWとなっている。
3.3 電力需給バランス(表3参照)
 2012年度におけるタイの電気事業者の発電電力量は1,666億kWhで、国内供給電力量は、隣接国との融通電力量(輸入103億kW、輸出19億kWh)の84億kWhを加えて、1,750億kWhである。
 消費電力量は国内供給電力量から発電所内の電力の53億kWhと送配電損失量の95億kWhを差し引いた1,617.5億kWh。その内訳は、住宅用が366億kWh(比率22.6%)、商業用が563億kWh(同34.8%)、工業用が671億kWh(同41.5%)、農業用が3.8億kWh(同0.2%)等となっている。また、発電電力量の電源別内訳では約7割は天然ガスである。天然ガスはタイ湾とアンダマン海で産出しているが、産出量は次第に減少し、30年ほどで枯渇することが予想されている。代替燃料として石炭の利用拡大が検討されたが、1990年代にメーモ火力発電所の公害問題が発生して以降、反対運動が強まり、石炭火力の立地は進展していない。
4.原子力政策
 タイ政府は同国の電力需要が年平均4.22%増加し、2030年には約3,500万kWhに達すると予測している。また、総発電電力量に占める天然ガスの割合が高いタイでは、国内にガス田が確認されているものの、近い将来枯渇することが予想されている上、発電用の天然ガスを輸入している。こうした状況を踏まえ、首相を委員長とした「国家エネルギー政策委員会(NEPC)」により、「国家電力開発計画(PDP)」が策定されている。
 2007年6月に政府が承認した国家電力開発計画(PDP2007、2007年〜2021年)では、電源開発のオプションとして4基・400万kWの原子力発電所の導入が計画され、2020年と2021年にそれぞれ2基ずつ営業運転の開始を目指して準備を進めることになった。
 2009年3月のPDP2007改訂版では、2基・200万kWに縮小したが、2020年と2021年にそれぞれ1基ずつの営業運転開始を目指した。
 2010年3月に政府が承認した国家電力開発計画(PDP2010)では、2020年〜2030年に5基の原子炉(各100万kW)を稼動開始する方針で、初号機(100万kW)は2020年に、2号機(100万kW)は2021年に営業運転開始することを目指している。
 しかし、福島第一原子力発電所事故の発生により、2011年3月14日、当時のアピシット首相は原子力発電の導入計画に関する再検討をエネルギー省に指示。エネルギー省は4月25日、国際原子力機関(IAEA)から法令整備や国民的合意が不十分との指摘を受けたとして、1基目と2基目の原子炉の運開時期を2023年と2024年に変更することを発表した。
 一方、初の原子力発電所建設に向けて米国Burns & Roe社が行ったフィージビリティ・スタディ(FS)は2010年7月に完了して政府に提出、原子力発電の導入を決定する予定であったが、2011年5月9日に下院が解散したことから、導入に関する意思決定は次期政権に委ねられることとなった。その後、原子力開発に否定的な立場のタイ貢献党を中心とした新政府が発足。新政府は2012年6月、PDP2010を見直し、原子力発電所の完成時期を、従来計画の2023年から2026年に先送りすることとした。図3にタイ電力公社(EGAT)による発電設備の将来推移の見通しを示す。
4.1 原子力開発体制
 タイでは、1954年頃から放射線・ラジオアイソトープ技術の利用を図ることを目的に原子力開発・研究が開始され、1956年3月には米国と「原子力の非軍事利用に関する協力協定」を締結した。1962年には原子力利用の基本原則である「原子力平和利用法」が施行され、首相が委員長を勤めるタイ原子力委員会(Thai AEC)が本格的な原子力政策の推進と原子力開発を目的に設立された。原子力委員会(AEC)の下には、科学技術環境省の管轄下の機関として、放射線・ラジオアイソトープの製造及び管理をはじめ、原子力研究開発の教育・訓練などを実施するタイ原子力庁(OAEP、後にOAPに改組)が設立された。タイ原子力委員会の原子力開発政策は、国際原子力機関(IAEA)の戦略に準拠しており、原子力技術平和利用のための政策、戦略、指針及び技術計画の策定がタイ原子力委員会の主な業務である。
 2001年初めの政府組織の再編に伴い、タイ原子力庁(OAEP)は政策・企画部門及び安全・保障措置部門と、研究開発促進部門に分離することが決定された。2002年10月、科学技術省の管理下にタイ原子力庁(Office of Atoms for Peace:OAP)と、タイ原子力技術研究所(Thailand Institute on Nuclear Technology:TINT)が設置された。
 また、2007年策定のPDP2007で2020年に商業用原子炉の運転開始が規定されると、国家エネルギー政策委員会(NEPC)の下に原子力発電基盤準備委員会(NPIPC)が設置された。NPIPCは原子力発電計画推進のため、法令・規制体系・国際的枠組みの整備、商工業基盤整備、海外からの技術移転及び人材育成、原子力安全及び環境保護、パブリックアクセプタンスへ向けた広報活動、建設に係わる具体的項目(組織、発注先選定、燃料調達、廃棄物管理、立地選定、資金調達、設計、運転、廃炉準備)などの方針を決定し、省庁間の調整等を行うほか、NEPC業務に対して監督・指導の役割を担う機関である。図4にタイの原子力開発・規制組織を示す。
(1)タイ原子力庁(OAP)の役割(図5参照)
 タイ原子力庁は、単一の規制機関として、国内外の平和と安全保障及びタイの社会・経済開発のため、1)原子力平和利用のための政策調整と戦略計画立案、2)原子力技術利用のリスク低減と安全規制、3)国際的な基準・標準の国内導入などの強化と現行原子力平和利用法(1962年)の見直しなど、核拡散防止条約(NPT)体制と国際基準に適合した安全規制及びIAEA基準の導入・施行ができる体制を整えることを主な業務としている。なお、将来の原子力発電導入に関する許認可手続きを担当する原子力規制組織の体制づくり、放射性物質核燃料に関する許認可手続き業務、原子力の安全性に重点を置いた許認可業務はタイ原子力委員会(AEC)へ移管され、AECは原子力の推進と規制を行う統括組織となった。
(2)タイ原子力技術研究所(TINT)の役割
 旧タイ原子力庁(OAEP)の改組に伴い、原子力の研究開発部門として設立された。研究炉と放射線照射施設を持ち、研究活動は医学及び公衆の健康調査、バイオテクノロジー、農業分野、材料科学、工業分野、環境及び安全分野で行われ、原子力技術サービスとして、核分析、試験、測定、アイソトープの生産、食品・医療用の照射サービス、ガス検出器照射サービス、廃棄物サービス、サーベイメーターの製造、較正、メインテナンスなどを実施している。
4.2 原子力研究開発
 タイの研究炉は、1962年に米国の支援を受けてTRR-1(スイミングプール型、1,000kW、高濃縮ウラン板状燃料)が旧タイ原子力庁(OAEP)の研究炉として建設され、その後1977年にTRIGA燃料を用いるTRR-1/M1(TRIGA Mark-III、2MW)形式に改修された。この研究炉は、炉物理研究や放射線利用、ヨウ素131など医療用を中心としたラジオアイソトープ製造などに利用されている。1989年にはカナダ原子力公社(AECL)の技術協力を得てタイ照射センター(コバルト60線源・1.665×1016Bq)が運転され、農業・食品・その他の製品の照射利用研究のほか、1993年から食品照射や医療用具の滅菌などが大規模に行われている。
 なお、タイではオンガラク新原子力研究センター(ONRC:Ongkharak Nuclear Research Center)の建設計画が進行中である。1997年6月には、米国のゼネラル・アトミック(GA)社が多目的TRIGA型研究炉(10MW)及び付帯実験施設を、日立・丸紅が放射性廃棄物の貯蔵・処理施設を、オーストラリア原子力科学技術機構(ANSTO)がラジオアイソトープ製造施設を、バンコクの北東約60kmのナコーン・ナヨク県オンガラク郡サムール地区に建設する計画であった。2003年9月に建設認可を取得したが、反対運動等により建設は中断されている。
(前回更新:2007年8月)
<図/表>
表1 EGATの電力販売状況
表1  EGATの電力販売状況
表2 タイにおける発電設備システム
表2  タイにおける発電設備システム
表3 タイにおける電力需給バランス
表3  タイにおける電力需給バランス
図1 タイにおける経済成長率の推移
図1  タイにおける経済成長率の推移
図2 タイにおけるエネルギー供給量の構成
図2  タイにおけるエネルギー供給量の構成
図3 タイにおける電源別発電設備容量の将来推移
図3  タイにおける電源別発電設備容量の将来推移
図4 タイの原子力開発・規制組織図
図4  タイの原子力開発・規制組織図
図5 タイ原子力委員会(AEC)とタイ原子力庁(OAP)の組織図
図5  タイ原子力委員会(AEC)とタイ原子力庁(OAP)の組織図

<関連タイトル>
海外における食品照射の現状 (08-03-02-05)
タイ王国におけるコバルト60による放射線被ばく事故 (09-03-02-17)

<参考文献>
(1)日本原子力産業会議:原子力年鑑2014(2013年10月)、タイ
(2)海外電力調査会:海外諸国の電気事業 第二編 2000年(2000年3月)、タイ
(3)外務省:各国・地域情勢 アジア タイ王国、
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/thailand/index.html
(4)EGAT(タイ電力公社):Annual Report 2013 Key Statistical Data(2013年3月)、http://www.egat.co.th/en/images/annual-report/2013/134_egat-annual-eng-2013.pdfなど
(5)タイ原子力庁(OAP):Organization of OAP
(6)国際エネルギー機関(IEA):Statistics for 2004 Thailand、

(7)アジア原子力協力フォーラム(FNCA):FNCA Consolidated Report on RWM (Thailand)、2007年3月、http://www.fnca.mext.go.jp/english/rwm/news_img/rwm_cr03-08_r004.pdf
(8)タイ電力公社(EGAT):Current Status of Thailand’s Nuclear Power Program
(9)国際通貨基金(IMF):World Economic Outlook Database(2014年10月)、http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2014/02/weodata/weorept.aspx?sy=1980&ey=2014
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