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<概要>
 1995年の核不拡散条約NPT)再検討・延長会議で採択された、5年毎のNPT運用検討会議の第1回目が2000年4月から5月にかけて国連本部で開催され、核廃絶を「究極的」目標としてではなく各国の「明確な約束」とすることが採択された。しかし、包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効は目途が立たず、米国等の核兵器国の臨界前核実験(未臨界核実験)が依然として継続されている。2002年10月にキューバがNPTを批准し、NPT未加盟国はイスラエル、インド、パキスタンの三か国のみとなった。なお、第2回目が2005年5月に開催されたが、合意文書も作成されなかった。IAEAの保障措置は、追加議定書の発効に必要な44か国の批准がえられず、追加議定書は未だ発効していないが、着実に署名・批准した国の数は増加し、IAEAによる統合保障措置の実施に向けた取組みが精力的に行われている。日本も1998年12月4日に追加議定書に署名し、1999年12月16日に批准した。次いで、2000年6月に追加議定書第2条に基づく冒頭報告を提出し、それに伴う補完的アクセスも受け容れている。また、MOX燃料を使用しない軽水炉に対する統合保障措置の適用に向けてのリハーサルの実施等、統合保障措置実施に向けての取組みが行われ、2004年9月からわが国の原子力活動に対して統合保障措置が適用されることとなった。
<更新年月>
2006年01月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.核兵器の不拡散に関する動き
 米ロ両国は1998年、兵器級余剰プルトニウムの段階的削減に関する共同声明を発表し、これに基づき2000年9月には「プルトニウム管理処分協定」に調印した。これを受けて、米国は2002年1月23日、兵器級余剰プルトニウムを混合酸化物(MOX)燃料に転換して原子炉で燃焼することとしたと発表した。
 1995年の核兵器の不拡散に関する条約(NPT:Non−Proliferation Treaty of NuclearWeapons)再検討・延長会議後、はじめてのNPT運用検討会議が2000年4月24日から5月20まで国連本部で開催され、核廃絶を「究極的」目標としてではなく各国の「明確な約束」とすることとなった。2000年NPT運用検討会議で採択された最終文書の概要を表1−1及び表1−2に示す。また、2002年4月8日から19日にかけてNPT運用検討準備委員会が開催され、包括的核実験禁止条約(CTBT:Comprehensive Test−Ban Treaty)を早期に発効させることの重要性を再確認し、核軍縮と核不拡散の緊急性の高まりを指摘する議長総括が発表された。米国はこの会議に参加し、核実験凍結の継続を表明した。また、5月24日には米ロ首脳会談が開催され、戦略攻撃兵器削減条約が調印された。これは「モスクワ条約」と呼ばれ、米ロ両国が保有する6000発以上の戦略核弾頭を2010年までに1700〜2200発の範囲に大幅削減する内容である。しかしながら、本条約は削減する核弾頭を将来的な再配備に向けて保管することを認める内容であり、また、米国は臨界前核実験(未臨界核実験)を1997年7月から継続実施していることもあり、核兵器廃絶を約束した2000年NPT運用検討会議での決議に逆行するとの批判を浴びた。
 米国が2002年6月7日に実施した臨界前核実験は、核兵器を長期間安全に保管し、実際使用した場合に想定どおりの破壊力を保証することを目的としたオーボエ・シリーズと呼ばれた実験の最後のものとなったが、2002年8月29日には、地下深くまで貫通能力のある小型新型核兵器を開発し、短期間で地下実験を再開できる態勢を整備するため、核兵器の安全性と信頼性を保つためのデータを収集することを目的とした新シリーズであるマリオ・シリーズの第一回実験を実施した。このように核兵器の垂直拡散の防止に関しては際立った前進があったとは言いがたいが、水平拡散の防止に関しては、2002年10月7日にキューバがNPTを批准し、更なる前進が見られた。これによりNPT未加盟国はイスラエル、インド、パキスタンの三か国となった。表2に核兵器の不拡散等をめぐる国際情勢簡略年表を示す。
 2005年5月2日から27日まで、国連本部で2005年NPT運用検討会議が開催されたが、手続き事項(議題、補助機関設立等)の採択に時間を費やし、実質的事項に関する議論が行われたが、中東問題(イスラエルの扱いなど)やイランの核問題、CTBTを初めとする核軍縮については、立場の隔たりは収斂せず、実質事項に関する合意文書を作成することが出来ず、また議長声明も行われなかった。
2.IAEA保障措置に関連する動き
 2000年5月のNPT運用検討会議において、包括的保障措置協定及び追加議定書を一体化した文書として取り扱うことが合意された。2002年8月現在、国際原子力機関(IAEA:International Atomic Energy Agency)との間で追加議定書を発効させた国は26か国であり、IAEAは、これらの国から申告されたその国の原子力活動全般や関連する施設情報に基づき、その完全性と正確性を確保するための補完的アクセスと呼ばれる立入りを実施し、当該国内に未申告の原子力活動がないことを確認している。IAEAは、追加議定書を発効させた国で、包括的保障措置協定に基づき申告された核物質の転用がなく、また、追加議定書に基づく措置により未申告核物質及び原子力活動がないことの結論が導出された場合にのみ、その国に統合保障措置を適用することとしている。
 日本は、1998年12月4日に追加議定書に署名し、1999年12月16日に批准した。次いで、2000年6月に追加議定書第2条に基づく冒頭報告を提出し、それに伴う補完的アクセスも受け容れている。この補完的アクセスは2001年には日本を含む13か国で88回実施された。2002年3月IAEA理事会において統合保障措置の適用方法に関する基本概念が採択されたのを機に、IAEAと混合酸化物(MOX)燃料を使用しない軽水炉に対する統合保障措置の適用方法につき協議を開始し、同タイプの軽水炉に対する統合保障措置のリハーサル、保障措置技術に関する研究開発の実施やIAEAの検討作業への積極的取組、環境試料の高精度な分析サービスの提供などの協力を積み重ねてきた。また、毎年、核燃料サイクル関連研究開発、原子力関連資機材の製造・組立等に関する情報提出、直前の通告により原子力施設等に立ち入る「補完的アクセス」を実施してきた。こうしたことを受け、2004年6月のIAEA理事会において、わが国の原子力活動については包括的保障措置協定及び追加議定書に基づく検証活動の結果、保障措置下におかれた核物質の転用を示す兆候も未申告の核物質および原子力活動を示す兆候もないとの「結論」が得られ、同年9月15日より、わが国の原子力活動に対して統合保障措置が適用されることになった。当面、統合保障措置はMOX燃料を使用しない商業用発電炉、研究炉及び使用済燃料貯蔵施設に対して実施されるが、このほかの施設についても準備が整い次第、順次実施される見通しである。2004年12月末現在、統合保障措置が適用されている国は、日本の他、オーストラリア、ハンガリー、インドネシア及びノルウェーの5カ国のみである。
3.包括的核実験禁止条約(CTBT)
 1999年10月13日、米国上院は共和党の反対により包括的核実験禁止条約(CTBT:Comprehensive Test−Ban Treaty)の批准を否決した。2000年の国連総会で、日本は、これまでの「究極的核廃絶決議」に代わる新たな核廃絶決議案「核兵器の全面的廃絶への道程」及び小型武器決定案の二本を提出し、同年12月15日、両方とも圧倒的支持を得て採択された。2000年「核兵器の全面的廃絶への道程」決議を、表3−1及び表3−2に示す。
 2001年1月にブッシュ共和党新政権が誕生し、ブッシュ政権がCTBTからの離脱を検討しているとの報道もあり、CTBTの先行きは益々怪しくなってきた。そのような状況のなか、2001年9月25日から国連本部で開催予定のCTBT発効促進会議は、9月11日の米国同時多発テロの影響を受けて11月まで延期された。米国はこの会議に欠席し、会議では「早期発効に努力する」とのCTBT宣言しか採決できず、目標とされていた2003年の発効は事実上困難となった。CTBTの発効には、同条約の指定する44カ国の批准が必要であり、早期批准を働きかけることが重要である。そのため、2003年9月には、ウイーンで3回目のCTBT発効促進会議、2004年9月にはCTBTフレンズ外相会議などが開催された。
 2004年12月現在、CTBTの署名国は174か国(2002年11月現在:166か国)、批准国は120か国(同:97か国)である。なお、本条約に規定された国際検証体制の構築を行うために、1996年11月に、署名国をメンバーとしたCTBT機関準備委員会を設置することが決定し、1997年3月、暫定技術事務局がオーストリアのウィーンに設置されている。この準備委員会は、CTBTが発効するまでの組織であり、最高意志決定機関であるプレナリー会合(年3回)及び常設執行機関として前述の暫定技術事務局がある。また、整備・運営計画を検討しCTBT機関準備委員会への報告及び勧告を行う作業部会A(行財政担当)、作業部会B(検証技術担当)及び諮問委員会が開催されている。
4.兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)
 1993年の国連総会で採択された核兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT:FissileMaterial Cut-off Treaty)の重要性は、1995年に開催されたNPT延長・再検討会議及び2000年のNPT運用検討会議のいずれにおいても、確認されており、特にNPT運用検討会議ではFMCTの即時交渉開始及び5年以内の妥結を含む作業に合意することが奨励された。FMCTの交渉は、ジュネーブで開催される軍縮会議で行われているが、条約案の起草までに至っていない。米国のミサイル防衛(NMD)開発に対し、中国が「宇宙空間における軍備競争の防止」についての特別委員会の設置を主張し、米中の対立により2001年に入ってもなお「FMCT特別委員会」は設置されず交渉は開始されていない。
5.北朝鮮の核開発問題
 朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO:Korean Peninsula Energy Development Organization)によるプロジェクトは、2001年9月1日には北朝鮮当局から軽水炉による原子力発電所の建設許可を受け、2002年8月には軽水炉建屋本体の着工式が行われ建設本格化の段階に入っており、完成見込みは2008年となっている。しかしながら、北朝鮮が提出した冒頭報告の正確性及び完全性を確認するための活動に関する協議は、2002年まで何度となく重ねられてきたがほとんど進展がみられなかった。そのような状況の中、2002年9月17日、平壌(朝鮮民主主義人民共和国:北朝鮮)での日朝首脳会談において、北朝鮮は問題となっている施設へのIAEAの査察受容れ((注)及び表4参照)を示唆し、本問題が大きく進展するかと期待されたが、その後に開かれた2002年10月の米朝会議において、北朝鮮が核開発を実施していることを認めたと米国が発表したため、今後の成行きは不透明となっている。北朝鮮は2003年にかけて、核関連施設に設置されていた監視装置や封印の撤去、IAEA査察官の国外退去の措置、2003年1月に再びNPTからの脱退を表明した。これに対し、2003年4月には米中朝三者会合、また同年6月、2004年2月及び6月には日韓露を加えたる六者会合が行われるなど、解決のための国際的な努力が行われている。
(注)日朝平壌宣言の「朝鮮半島の核問題の包括的な解決のため、関連するすべての国際的合意を遵守する」が根拠である。
6.イラクの核再開発問題
 国連決議に基づくイラクへの大量破壊兵器査察実施は、IAEAにとっても重要な任務とされている。1999年12月17日、国連監視検証査察委員会(UNMOVIV:United Nations Monitoring,Verification and Inspection Commission)が設置され、IAEAイラク・アクション・チームはその下で働くことになり、国連決議に基づく活動が再開されたときの準備を含む各種作業を実施している。しかし、1998年の米英両国のイラク空爆直前以来査察は中断されており、核兵器製造にかかる疑念は解消されたと保証し得ない状態が続いている。このため、IAEAはイラクとの包括的保障措置協定に基づいて、2000年1月及び2001年1月にイラクの保障措置対象施設の査察を単独で行い、イラク国内で封印・監視下に置かれ保管されている核物質等がそのままの状態で存在していることを確認した。2002年10月、米ブッシュ政権は最近の衛星写真によりイラクが核再開発を実施していると非難し、武力行使の意向を示したが、国連安全保障理事会の合意が得られていない。これに対し、10月1日にはイラクが国連査察の全面的な受容れを合意し、軍民両用核施設に関する情報公表を示唆した。2002年11月採決の大量破壊兵器完全破棄に関する即時無条件、無制限に査察に協力し誠意を示すべきという国連決議に基づき査察が再開されたが、イラク側は必ずしも協力的ではなく、さまざまな形の遅延・妨害があったとして2003年3月アメリカが主体となり、イギリス、オーストラリア等が加わり、イラクに対して侵攻した。
7.エルバラダイIAEA事務局長及びブッシュ米国大統領提案
 2002年以降、北朝鮮がウラン濃縮計画の存在を認める趣旨の発言を行い、また、その後、NPT脱退宣言を行ったこと、イランにおいて大規模原子力施設の建設、ウラン濃縮及びプルトニウム分離等をIAEAに申告せずに行っていた事実が明らかとなったこと、リビアが核兵器計画を有していたこと等の核問題、及び、パキスタンのカーン博士を中心とする「核拡散の地下ネットワーク」の存在が国際社会の注目を集め、NPT体制強化の必要性が指摘されている。
 このような状況において、2003年秋には、エルバラダイIAEA事務局長が国際核管理構想を提案し、2004年2月にはブッシュ米大統領が大量破壊兵器の不拡散に関する7項目の提案を行うなど、NPT体制を強化するための方策が模索されている。
<図/表>
表1−1 2000年NPT運用検討会議最終文書の概要(1/2)
表1−1  2000年NPT運用検討会議最終文書の概要(1/2)
表1−2 2000年NPT運用検討会議最終文書の概要(2/2)
表1−2  2000年NPT運用検討会議最終文書の概要(2/2)
表2 核兵器の不拡散等をめぐる国際情勢簡略年表(1998〜2002年)
表2  核兵器の不拡散等をめぐる国際情勢簡略年表(1998〜2002年)
表3−1 国連決議「核兵器の全面的廃絶への道程」(2000年12月15日)(1/2)
表3−1  国連決議「核兵器の全面的廃絶への道程」(2000年12月15日)(1/2)
表3−2 国連決議「核兵器の全面的廃絶への道程」(2000年12月15日)(2/2)
表3−2  国連決議「核兵器の全面的廃絶への道程」(2000年12月15日)(2/2)
表4 日朝平壌宣言(2002年9月17日)
表4  日朝平壌宣言(2002年9月17日)

<関連タイトル>
IAEAの保障措置 (13-01-01-05)
国際原子力機関(IAEA) (13-01-01-17)
核兵器不拡散条約(NPT) (13-04-01-01)
包括的核実験禁止条約(CTBT) (13-04-01-05)
核兵器の不拡散等をめぐる国際情勢(〜1998年) (13-05-01-03)
保障措置のあらまし (13-05-02-01)
包括的保障措置協定の追加議定書 (13-05-02-20)
統合保障措置 (13-05-02-21)

<参考文献>
(1) IAEA:INFCIRC/540、MODEL PROTOCOL ADDITIONAL TO THE AGREEMENT(S) BETWEEN STATE(S) AND THE INTERNATIONAL ATOMIC ENERGY AGENCY FOR THE APPLICATION OF SAFEGUARDS(1997)
(2)(財)核物質管理センター開発部(編集・発行):核物質管理センターニュース(月刊)、核不拡散をめぐる国際情勢、Vol.30,No.10(2001年10月)p.9−11、遠藤哲也。「原子力の平和利用と日本」、Vol.31,No.8(2002年8月)p.1−3、核不拡散をめぐる国際情勢、Vol.31,No.10(2001年10月)p.12−13、ほか

(3) 小田哲三ほか:CTBT国際検証体制整備の現状と課題、第23回核物質管理学会日本支部年次大会要旨集、核物質管理学会日本支部(2002年9月)p.14
(4) 谷 弘:核不拡散に関連した最近の国際情勢、第23回核物質管理学会日本支部年次大会論文集、核物質管理学会日本支部(2002年9月)p.13−14
(5)(財)核物質管理センター(編集・発行):核物質管理センター30年史、平成14年6月、p.61−79
(6) 外務省:2000年NPT運用検討会議最終文書の概要、http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku/npt/saisyu.html」2000年「全面的核兵器廃絶への道程」決議、http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/un_cd/gun_un/ketsu_2000.html」日朝平壌宣言、http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_koi/n_korea_02/sengen.html
(7) (社)日本原子力産業会議(編集・発行):原子力年鑑、2000/2001年版(2000年10月)、p.275−278,2001/2002年版(2001年11月)、p.59−62,2003年版(2002年11月)p.67−71
(8) 原子力委員会:原子力白書 平成16年版(2005年3月)
(9) 外務省ホームページ:軍縮・不拡散 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/hosho.html
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