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<概要>
 1986年4月26日に起きたチェルノブイル原子力発電所事故の教訓から、国際原子力機関(IAEA)は、緊急時対応を具体化し、二つの原子力事故関連条約、すなわち「原子力事故早期通報条約」と「原子力事故援助条約」を1986年9月の総会において採択した。原子力事故が発生した場合には、「原子力事故早期通報条約」に基づいて、加盟国は事故の発生事実、種類、時刻、および場所を速やかにIAEAに通報し、事故の関連情報を提供する義務を負う。またIAEAは受け取った通報および情報を加盟国等に速やかに提供する。
 併せて「原子力事故援助条約」に基づいて、加盟国は他の加盟国またはIAEA等国際機関に援助の要請を行うことができる。また、IAEAは要請に応えるとともに、加盟国間の仲介、調整を行う。
 IAEAは、これらの責務を履行するため、事故および緊急事態対応センター(IEC:Incident and Emergency Centre)をIAEA本部に設置し、24時間体制で対応する体制を整えている。
<更新年月>
2007年09月   

<本文>
1.背景
 1986年4月26日に起きたソ連(現、ウクライナ)のチェルノブイル原子力発電所4号機事故の教訓から、国際原子力機関(IAEA)は、原子力事故発生で緊急事態(原子力緊急事態)になった場合の対応策を具体化し、1986年9月の総会において二つの原子力事故関連条約、すなわち「原子力事故の早期通報に関する条約」(原子力事故早期通報条約、同年10月発効)と「原子力事故と放射線事故の緊急事態における援助」(原子力事故援助条約、1987年2月発効)を採択した。
 原子炉等の原子力施設または放射性物質の輸送等に関係する事故が発生した場合には、「原子力事故早期通報条約」に基づいて、「原子力事故早期通報条約」加盟国は事故の発生事実、種類、時刻、および場所を速やかにIAEAに通報し、事故の関連情報を提供する義務を負う。またIAEAは受け取った通報および情報を加盟国等に速やかに提供する。
 さらに「原子力事故援助条約」に基づいて、「原子力事故援助条約」加盟国は、他の加盟国またはIAEA等の国際機関に援助を要請することができる。要請を受けた加盟国または国際機関は援助活動の条件を提示するとともに、IAEAに通報する。IAEAは提供できる専門家、資機材等の情報を収集・提供するとともに、加盟国間の仲介、調整を行う。また平常時においては、原子力防災(緊急時対応)演習への専門家派遣、緊急時対応策計画策定への支援、緊急時対応セミナーの開催などの活動を行う。これらの活動を中心になって行う部門として事故および緊急事態対応センター(IEC)を設置し、原子力事故と放射線事故の緊急事態に対してその発生原因にかかわらず、24時間体制で対応している。
 IAEAは、この二つの原子力事故関連条約のもとで世界保健機関(WHO)、世界気象機関(WMO)と協力しており、国連食料農業機関(FAO)とも全面的に協力している。1989年以降これらの国際組織が協力して「緊急通報および援助技術操作マニュアル(ENATOM)」を作成し、IAEAが刊行した。このENATOMにおいて、IAEAは、IAEA、条約締約国およびIAEA加盟国の間を調整し、条約の責務を確実に実行するための準備、手順について記述した。その後IAEAは多くの国際機関と協力して、2000年には「国際機関における原子力緊急事態管理プラン(JPLAN)」を作成した。このプランには、原子力緊急事態における対応の目的、対応する機関名、責任と権限、国際機関と各国の通信方法、運営概念等が国際機関別に記述してある。また、援助条約の実際の実行をサポートするためのIAEAの計画の一部として、事務局は、グローバルな緊急対応ネットワークを2000年に確立した。初期においては、基本的に原子力または放射線の緊急事態に対する地域的な対応であったが、その後色々な援助に対応するよう見直しを行い、2005年に「緊急時対応援助ネットワーク(RANET)」として整備された。
 これらのENATOM、JPLAN、RANETの文書は、IAEAにより2年毎に見直しが行われ、再発行されている。
2.IAEAの原子力防災に関する活動
2.1 原子力防災に関する責任と機能
 IAEAは「人間の健康を守り、生命と財産への危険を最小限とし、申し出た要請に対応するような安全基準」を制定する法的義務をもっている。さらに、二つの原子力事故関連条約、「原子力事故早期通報条約」および「原子力事故援助条約」のもとで、IAEAは特に原子力事故と放射線事故の緊急事態に対応する機能を果たすことが求められている。これらの緊急事態に関し、IAEAは国連人道問題調整事務所(OCHA)と覚書を交わしており、これにはIAEAとOCHAとが原子力緊急事態に際し特別の責任があると記載されている。その内容は、
1)IAEAとOCHAとが協力しての災害救援活動を行う、
2)災害援助の要請を行う、
3)災害地での共同活動および災害地へ調査団を派遣する、
4)情報を交換する、
5)機密情報を維持する、
6)資金を調達する、
である。
 とくにOCHAの役割は、あらゆる災害救援支援面における全体の調整者であり、IAEAの役割は原子力事故発生後の適切な技術的・科学的援助の調整における運営面での責任を果たすことである。要請に基づいて、IAEAはOCHAに対し救援職員がしなければならない特別な予防措置または準備について助言する。また原子力事故後の緊急事態下では、IAEAは、国連災害評価・調整(UNDAC)チームに参加し、関連する技術的・科学的要件の評価についての責任を持つためのメンバーを選任する。OCHAは、技術的・科学的事項以外の緊急時の救援に必要なものを実地評価するため、OCHAの判断において災害地域に代表者を送る。
2.2 原子力防災に関する役割
 IAEAは、二つの条約のもとで、特に原子力事故または放射線緊急事態の場合に、特別な責務を与えられている。その責務を履行するため、事故および緊急事態対応センター(IEC)をIAEA本部に設置し、24時間・週7日間の体制で緊急時の援助要請に応え、発生原因にかかわらず放射線の影響が発生するかもしれないあらゆる状況に対してIAEAによる迅速な対応を管理している。
 事故および緊急事態対応センター(IEC)は、以下の4つの機能を持っている。
(1)事故情報の収集とその共有化を行う。事故や緊急事態についての情報の受領、検証、修正、そして適切な共有のため、一元管理され安全で信頼できる基盤を開発し24時間体制で運用しそれを維持する。現在、IAEAは、主なものとして下記のシステムを運用している。
 1)緊急事態通報および援助条約のウェブサイト(ENAC Website)は、原子力事故または放射線緊急事態に関する情報交換のためのものであり、加盟諸国等の連絡部門の利用に限定されている。
 2)原子力事象に関するウェブ上のシステム(NEWS:Nuclear Event Web−based System)は、原子力および放射線に関わる事象についての当局の公式情報を開示するものであり、全原子力施設を対象に国際的原子力事象の指標(INES:International Nuclear Event Scale)を使用して評価している。このウェブサイトは、利用者の限定がされていないため一般公衆もアクセスできる。
(2)緊急時対応システムを開発する。ここでは、原子力事故または放射線緊急事態における対応システムを開発し、運用・管理するとともに、効果的な対応を確実に行うための訓練や演習および組織内の基盤整備を行う。また、今後の対応を改良するための事故情報の共有および調査報告書の作成等のフォローアップと評価を実施している。
(3)政府間および関係機関の問題を調整し、解決する。緊急事態に対する準備と対応に関する政府間および国際的取り決めを継続して改良するため、条約の整備、緊急事態に対する行動計画の作成、全体の枠組みの中での各国際機関の役割の明確化を行う。また、国際協力による大規模な訓練を実施し、課題等の報告書を作成する。
(4)各国の準備体制を強化する。従来の貴重な経験をレビューして得られる情報の共有、安全基準文書としての安全要件および安全指針等の文書の作成、特定の要求についての評価を行い調和させることにより、強化をはかる。また、関連するプログラムを確実に実行することについての、助言、評価サービスおよび支援を行い強化に寄与する。
2.3 IAEAの緊急事態対応組織
 IAEAの緊急事態対応組織を図1に示す。
(1)国際機関の連絡責任者が中心となって、情報交換の目的および他の機関から援助の申し出の授受のため、IAEAと他の関連する機関の間の通信網を確保する。
(2)緊急事態対応マネージャーは、対応に関する作戦と戦略の管理を中心となって行う。
(3)広報部長は、各メディアや広報刊行物の公開に関して、中心となって行う。
(4)IEC運営グループは、緊急事態に対する対応行動を監督する。
3.IAEAの緊急時対応における能力
3.1 緊急時対応における責任と機能
 IAEAは「健康を守り、人命および財産への危険を最小限とするための安全基準の確立、およびこれらの安全基準の適用を提供する」ことを行うよう規則に定められている。
 IAEAは、他の国際機関と協力して、FAO/IAEA/ILO/OECD(NEA)/PAHO/WHO「電離放射線防護および放射線源の安全のための国際的基本安全基準」およびFAO/IAEA/ILO/OECD(NEA)/OCHA/PAHO/WHO「安全要件:原子力または放射線緊急事態に対する準備と対応」を刊行するとともに、加盟国との公式協議を行い関連した安全指針として発行した。またIAEAは原子力事故早期通報条約、および原子力事故援助条約を遵守する立場であり、緊急事態対策活動について特別の義務をもっている。
(1)IAEA加盟諸国等から次の2項目の情報を収集・配布する。
 1)原子力事故または放射線事故の緊急事態発生の場合において利用可能な専門家、機器および物資に関する情報
 2)原子力事故または放射線事故の緊急事態に関連する方法論、技術および利用可能な研究成果の情報
(2)IAEA加盟諸国から原子力事故または放射線緊急事態における緊急対応計画および適切な法律制定を準備するために、要請に応じて要請国への援助を行う。
(3)原子力事故または放射線緊急事態に対応する人員への適切な訓練プログラムを開発する。(WHOと協力して作成する放射線緊急事態の医療訓練プログラムと資料を含む)
(4)適切な放射線のモニタリングプログラム、手順および基準を開発する。
(5)適切な放射線モニタリングシステムを設置するための実現可能性調査を実施する。
(6)事故関連情報とデータの取得および交換のため、関連国際機関との連絡部門を設置・維持し、各国の関係団体、IAEA加盟諸国の組織一覧表を作成し利用できるようにする。
(7)各国の当局および関連国際機関との連絡先一覧表の最新版を作成し、各国の関係団体、IAEA加盟諸国および関係国際機関へ配布する。
3.2 緊急時対応における能力
 法に定められた義務により、IAEAは下記の事項を行う。
(1)緊急時対策・対応のためのマニュアル、技術レポートおよびドキュメントの発行。
(2)技術協力支援の基本となる関連する訓練資料およびコンピュータ・ツールの発行。
(3)緊急時対策・対応に関する二国間または多国間条約に関して、IAEA加盟諸国等を支援するため法律上の助言の提供。
(4)国家緊急事態対応計画や緊急事態対応訓練の妥当性を評価するための緊急事態対策レビュー(EPREV:Emergency Preparedness Review)サービスの実施。
(5)最近の研究成果、政策方針と手引き、実務的手配、および加盟諸国等との協議に関する情報交換の機会を提供するため、会合、会議およびシンポジウムの開催。
 「原子力事故早期通報条約」と「原子力事故援助条約」のもとでは、その責務を支援するに当って、原子力事故への対応に関する関係機関間の委員会(IACRNA:Inter−Agency Committee on Response to Nuclear Accidents)の事務局をIAEAが務め、定期的に会合を開き、緊急時のモニタリング方法、手順と方針、緊急事態対応計画の作成と、それに付随した訓練資料に関するガイダンスを加盟諸国および関係機関に提供するとともに、2年毎のJPLANの改訂を実施する。
3.3 緊急事態対策に対する組織
 原子力事故または放射線緊急事態への対応についてのIAEAの対策、および緊急事態への準備と対応の基準を作成し加盟国でそれを実施することに対する総合的な責任は、ウィーンにあるIAEAの安全・危機管理部門を担当する副事務局長にある。IECのセンター長は、事務局の対応準備に限定された責任を負っている。
(前回更新:2001年3月)
<図/表>
図1 IAEAの緊急事態対応組織
図1  IAEAの緊急事態対応組織

<関連タイトル>
米国スリー・マイル・アイランド原子力発電所事故の概要 (02-07-04-01)
国際原子力機関(IAEA) (13-01-01-17)
国連食糧農業機関(FAO) (13-01-01-20)
世界保健機関(WHO) (13-01-01-21)
原子力安全条約(原子力の安全に関する条約:Convention on Nuclear Safety) (13-03-01-08)

<参考文献>
(1)IAEA:Joint Radiation Emergency Management Plan of the International Organizations,Jan.1(2007)
(2)IAEA:The IAEA Emergency Response System,(2007.5)
(3)IAEA:Emergency Notification and Assistance−Technical Operations Manual,EPR−ENATOM Feb.1(2007)
(4)IAEA:Incident and Emergency Centre,http://www-ns.iaea.org/tech-areas/emergency/incident-emergency-centre.htm(2007.8)
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