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<概要>
 放医研の緊急被ばく医療研究センターは、原子力防災体制の枠組みの中で、三次被ばく医療機関としての使命を担っている。各種のネットワークにより関連機関との連携強化に努め、被ばく患者受け入れ体制の整備、緊急時対応の取り組みを行っている。また、緊急被ばく医療の研修活動も行っている。ここでは、放医研における緊急被ばく医療研究センターの位置、センター内の組織構成および、業務内容、さらに緊急被ばく医療施設内各部屋の役割と備えている機器について紹介する。
<更新年月>
2005年06月   

<本文>
1.放医研
 放医研は2001年に独立行政法人として新しい組織体制を作り、現在は3つのセンター、放射線安全研究センター、重粒子医科学センター、緊急被ばく医療研究センターを持っている。この緊急被ばく医療研究センターは、研究活動と共に、原子力防災に対応する業務を担うため、調整管理室、被ばく医療部、線量評価研究部という組織から成り立っている。
 被ばく医療部と線量評価研究部は、原子力災害、あるいは放射線災害のときに、車の両輪のように助け合って、患者の受け入れ、その治療、線量評価を行う体制となっており、また緊急被ばく医療施設を備えている。
2.原子力防災体制
 我が国では、防災基本計画に基づいて原子力防災体制という枠組みが作られている。この体制のなかには、初期被ばく医療機関、二次被ばく医療機関、三次被ばく医療機関、という位置づけがあり、放医研の緊急被ばく医療研究センターはこの三次被ばく医療機関に位置付けられている。2004年3月から広島大学が日本の西半分をカバーする三次被ばく医療機関と位置付けられた。三次被ばく医療機関である放医研を支える体制として、放医研は三つのネットワーク会議を持っている。(図1
 被ばく患者発生時の高度専門治療方針を検討するための緊急被ばく医療ネットワーク会議は幸いなことにJCO事故の発生前に組織されていて、事故時には大いに活躍することができた。染色体ネットワーク会議は、被ばく患者の血液を採取し、血液中の染色体異常を計測することにより線量評価を行うための研究者間のネットワークである。物理学的線量評価ネットワーク会議は、それ以外の全ての線量評価手法のための協力を行うネットワークである。放医研ではこれら三つのネットワーク会議を組織し、三次被ばく医療機関としての責任を担う体制を築き上げている。さらに、初期被ばく医療機関、二次被ばく医療機関、および三次被ばく医療機関の間の連携強化のために、すなわちスムーズな患者の搬送、適切な助言、援助を迅速に行えるように、「地域緊急被ばく医療連携協議会」を立ち上げ、定期的な会合を開催している。
3. 緊急被ばく医療を支える設備
 図2に示す緊急被ばく医療施設は、三次被ばく医療機関としての患者受け入れは勿論、線量評価、緊急被ばく医療訓練施設としても重要な役割を担っている。緊急時に所内ヘリポートに到着した患者は専用救急車で本施設まで搬送される。また、施設内で待機している専任の医師、看護師、放射線管理要員、保健物理要員らは指揮者のもと、ただちに緊急被ばく医療行為、除染、線量評価を行う。処置はあくまで医療行為を最優先しながら、体表面汚染除去、吸着剤・キレート剤等の投与、預託実効線量評価のための体内放射能測定等が行われる。次に施設内の各部屋の用途について説明する。
(1) トリアージ室
 この部屋は受け入れ患者の体表面汚染の有無、今後の処置方針を判断する場所で、β・γ線放出核種による汚染を自動測定できる薄型プラスチックシンチレータを用いた体表面汚染モニタを備えている(図3)。口・鼻スメアによるα線放出核種による汚染検査もここで実施される。又、歩行困難な患者に対しては、放射線管理要員がストレッチャー上でサーベイメータによる汚染測定を行う。一方、患者受け入れ直前まで、スタッフへのブリーフィングと段取り確認がなされるのもこの部屋である。
(2) 汚染患者処置室
 この部屋は汚染患者に医療行為を施す場所である(図4)。救急用の医療設備に加え、多くの専門家が同時に情報を共有出来るようテレビモニタシステムと音声指揮システムが、また、傷口用α/β線モニタ等が配備されている。
(3) 除染室
 体表面汚染を除染する場所で、除染槽、洗髪台、シャワー設備、汚染物用ランドリーが配備されている。除染にはオレンジオイル、酸化チタン、中性洗剤等が用いられ、除染確認のサーベイも実施される。これらの排水はすべて地下の専用タンクに貯留され、所内の廃液処理施設で放射性物質が取り除かれる。
4. 体内放射能測定
 体表面汚染だけではなく、放射性物質が体内に取り込まれたと予想される場合、体内からの速やかな放射性物質の排出を目的とするキレート剤の投与判断、並びにICRP代謝モデルに従った預託実効線量評価のためには、速やかな体内放射能評価が不可欠である。当施設では体内汚染評価のため、種々の放射線測定機器を如何なる時にも安定して使用出来る体制を整えている。
 体内放射能評価には、作業環境での放射能濃度から計算する方法の他、図5に示すように人体に取り込まれた放射能を実測する方法がある。鼻スメアは鼻腔内を丸めた濾紙でこすり、表面に付着した放射性物質を測定する。体外計測は人体を体外より直接測定する。また、バイオアッセイは人体からの吐瀉物や排泄物中に含まれる放射能濃度を測定する。
4−1. 体外計測
(1) 全身カウンタ
 全身カウンタは体内に取り込まれた放射性物質から放出されるγ線を人体外部から直接計測する装置である。体外計測室1と2にはすばやく全身の放射能を計測出来る立位型全身カウンタ(図6)と椅子型カウンタが配備されている。さらに高精度の放射能計測が必要な場合は地下の遮蔽室内にある精密型全身カウンタを使用する。これらの装置には、感度の高いNaI(Tl)シンチレータとGe半導体が検出器として用いられている。
(2) 局所モニタ
 人体の特定部位に取り込まれた放射性物質から放出されるγ線を直接計測するのが局所モニタである。ヨウ素は選択的に甲状腺に取り込まれることから、放射性ヨウ素の計測には甲状腺モニタが用いられる。体外計測室1にはNaI(Tl)シンチレーション検出器を用いたベッド型甲状腺モニタ(図7)に加え、エネルギー分解能力の優れたGe半導体甲状腺モニタ、可搬性のよいGe半導体ポータブル甲状腺モニタを配備している。
 一方、プルトニウム、アメリシウム等の計測には内部被ばく実験棟内の遮蔽室に設置されている肺モニタを用いる(図8)。この装置にはホスウィチと呼ばれる特殊なシンチレーション検出器が使われており、α線放出核種から放出される低エネルギーX線を検出することが出来る。
4−2. バイオアッセイ
(1) ガンマ線測定装置
 生物試料を迅速に直接計測するのがγ線測定装置で、試料中のγ線放出核種を定量する。当施設内には4系統のGe半導体がスペクトロメータ用検出器として常時稼動している。この検出器は常にマイナス190℃以下に冷却しておく必要があり、電気冷却と液体窒素冷却の2方式を採用している。
(2) アルファ線測定装置
 生物試料を化学処理した後、電着させた試料中のα線放出核種を定量するのがα線測定装置である。当施設には6系統のSi半導体がエネルギー分析用検出器として常時稼動している。これらは空気によるα線吸収を抑えるため、真空チェンバー内で使用される。
(3) ベータ線測定装置
 生物試料を湿式灰化あるいはフリーズドライ化処理により、濃縮粉末としたものの中にあるβ線放出核種を定量するのがβ線測定装置である。当施設では放医研で開発されたピコベータ(図9)と呼ばれるβ線エネルギー分析装置が稼動している。この装置はプラスチックシンチレータとガスフローカウンターの2重検出器を用い、β線スペクトルのみを測定することが可能である。当施設の3階ではH−3、C−14といった低エネルギーβ線放出核種の定量用に液体シンチレーションカウンタが稼動している。これは液体シンチレータ中に直接生物試料を混入させて計測出来ることから非常に高い計数効率を持っている。
<図/表>
図1 原子力防災体制
図1  原子力防災体制
図2 緊急被ばく医療施設
図2  緊急被ばく医療施設
図3 体表面汚染モニタ
図3  体表面汚染モニタ
図4 汚染患者処置室
図4  汚染患者処置室
図5 内部被ばく線量評価
図5  内部被ばく線量評価
図6 立位型全身カウンタ
図6  立位型全身カウンタ
図7 ベッド型甲状腺モニタ
図7  ベッド型甲状腺モニタ
図8 肺モニタ
図8  肺モニタ
図9 ピコベータ
図9  ピコベータ

<関連タイトル>
放射線医学総合研究所 (10-04-05-02)
緊急時の医療活動 (10-06-01-07)

<参考文献>
(1)内閣府政策統括官(編):防災基本計画、中央防災会議(2002年4月)
(2)原子力安全委員会:原子力施設等の防災対策について(報告書)(2003年7月)、p.31
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