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<概要>
 原子力発電所等の事故による放射線被ばく放射性物質による内部・外部汚染、熱傷等の救急医療を、スムーズに行えるような緊急時被ばく医療に資するため、基礎的・臨床的研究として、(1)放射線による急性効果の治療法に関する研究、(2)内部被ばくの防護・低減化の研究、(3)放射線障害の基礎的・臨床的研究、(4)放射線事故等による緊急医療措置に関する調査研究を推進することとしている。環境放射能安全研究年次計画(以下「本年次計画」という)では、従来生物影響研究で区分していた緊急時医療に係わる研究を、「緊急時被ばく医療対策の研究」として生物影響研究から独立させ、緊急時被ばく医療に関する研究の体系付けを行っている。
<更新年月>
1997年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 本年次計画の策定に当たっては、従来生物影響研究として区分していた緊急時医療に係わる研究を「緊急時被ばく医療対策の研究」として生物影響研究から独立させ、緊急時被ばく医療に関する研究の体系付けを行っている。本年次計画では、原子力発電所等の事故による放射線被ばく、放射性物質による内部・外部汚染、熱傷等の外傷、一般疾病の悪化等を受けた患者(一般人、作業者を問わない)の救急医療を、医師・看護婦(士)が、何らの心理的な低抗もなく、医療人の良心に従ってスムーズに行えるような緊急時被ばく医療に係わる基礎的臨床的研究を推進することにしている。
 従来、我が国の緊急時被ばく医療については、昭和55年(1980年)6月に原子力安全委員会が決定した「原子力発電所等周辺の防災対策について(平成4年6月一部改定)」により、原子力発電所等周辺住民の安全を守るための整備が進められ、原子力発電所等の従業員及び応急対策に従事する自治体職員等への緊急時被ばく医療は、事業者あるいは関係自治体等が独自に行うとしてきた。しかし、チェルノブイル事故等の経験から、サイト内外の緊急時被ばく医療を一つにまとめて行う方が、効率的かつ有効であることがわかった。さらに、緊急時医療に係わる研究では、急性放射線障害治療に関する基礎的研究のみならず、事故時に環境中に放出された放射能(線)からの線量推定、内部被ばくの防護と低減化及び原子力施設の事故を想定した公衆の心理学的研究等、幅広い分野をカバーするために、総括的かつ有機的な研究を進めて行くことの重要性が明らかになった。そのため、緊急時被ばく医療では、被ばくあるいは汚染したすべての患者の治療を最優先とすることを目標に、安全研究をより高度化させるために以下の研究課題を設定し、推進することにした。
 これらの研究については、放射線医学総合研究所、公衆衛生院、放射線影響研究所、大学等が分担・実施する( 表1 参照)。
1.放射線による急性効果の治療法に関する研究
 日本国内で原子力発電所等の事故が起こる確率は極めて低いとされているが、万が一事故が発生し、被ばくした患者が出現した場合を想定して、我が国のみならず世界的にも最も優れた治療を施するために、全身被ばく時の急性障害に関する基礎的研究と、治療法を一層発展させるための臨床的研究を推進する必要がある。特に、チェルノブイル事故以降、全身高線量被ばくに放射線熱傷、重症感染症が合併した急性放射線症侯群の治療が課題となっている。このような複合的放射線障害に対応するためには、学際的な研究の推進が不可欠である。また、核燃料再処理施設の万一の事故を想定すれば、放射性核種で汚染した化学薬品による熱傷の治療研究も必要となるものと考えられる。そのため、放射線熱傷あるいは化学熱傷の基礎的・臨床的研究を推進する。
 具体的には、(1)「急性放射線症の研究」、(2)「急性放射線症の治療的研究」、(3)「放射線皮膚障害に関する研究」、(4)「内部被ばくの防護・低減化の研究」についての研究を実施する。
2.内部被ばくの防護・低減化の研究
  特定の放射性核種に対する防護剤や除去剤が開発・研究されているが、それらの大部分は我が国でいまだに保険医療上の治療薬として認められていない。それ故、効果あるいは副作用を検討し、原子力施設等の事故時に、それらの薬剤を問題なく使用出来るようにすることはもとより、重金属中毒患者等にも臨床的に使用出来るようにするための研究を行う。
 具体的には、(1)「放射性物質除去剤の臨床的研究」、(2)安定型ヨウ素剤の投与量と効果に関する研究」について研究を行う。
3.放射線障害の基礎的・臨床的研究
 放射線被ばくによる人体影響の研究では、急性影響の研究のみならず、がんや遺伝的影響などの晩発影響の研究も重要である。栄養の過不足や放射線防護剤の投与等被ばく初期の治療の影響も検討しておく必要がある。また、ビキニ被災者、トロトラスト患者や放射線治療患者の予後の臨床経過観察の続行も重要である。放射線事故に際しては、患者個人の被ばく線量の推定が治療する上て不可欠であるが、通常の線量計による推定が不可能な場合に備えて、血液、染色体、歯牙等を用いた線量推定法(バイオドシメトリー)を確立しておく。
 具体的には、(1)「放射線被ばく患者の予後に関する基礎的研究」、(2)「ビキニ被災者等についての健康影響調査」、(3)「放射線被ばく時のバイオドシメトリに関する研究」について研究を実施する。
4.放射線事故等による緊急医療措置に関する調査研究
 緊急時被ばく医療体制の構築には、原子カ発電所等の事故のみならず過去のあらゆる被ばく事故の治療の実際を知ることが重要である。我が国での被ばく事故の発生は極めて少ないが、諸外国の事故の報告は少なからずあり、これらの事例を記録し、特に急性放射線障害の治療状況を把握し、検討しておくことが必要である。また、阪神・淡路大震災等のような大規模な環境の変化においては、ヒトは心理学的なストレスを受けることが知られているが、原子力発電所等の事故時には、例えそれらが小規模であったとしても、周辺住民は他の火事や地震、洪水等による大災害には見られないようなパニックに陥る可能性が指摘されている。そのため、一旦事故が起こったときの対応策に役立てるために、日頃から原子力発電所等の事故を想定した公衆の心理学的研究を実施する。
 具体的には、(1)「事故による急性放射線障害データべースの構築に関する研究」、(2)「原子力施設事故時の周辺住民の心理学的研究」について研究を行う。なお、この研究は、被ばく者の対処のみならず緊急時被ばく医療に従事する原子力施設立地の自治体職員、医療スタッフの心理的ストレスの克服に対しても重要である。
<図/表>
表1 環境放射能安全研究年次計画(平成8年度〜平成12年度)4.緊急時被ばく医療対策の研究
表1  環境放射能安全研究年次計画(平成8年度〜平成12年度)4.緊急時被ばく医療対策の研究

<関連タイトル>
環境放射能安全研究年次計画(平成3年度〜平成7年度) (10-03-01-04)
環境放射能安全研究年次計画(平成8年度〜平成12年度)生物影響研究 (10-03-01-12)
環境放射能安全研究年次計画(平成8年度〜平成12年度)特定核種の内部被ばく研究 (10-03-01-13)
環境放射能安全研究年次計画(平成8年度〜平成12年度)安全評価研究 (10-03-01-15)
環境放射能安全研究年次計画(平成8年度〜平成12年度)環境・線量研究及び被ばく低減化研究 (10-03-01-16)
環境放射能安全研究年次計画(平成13年度〜平成17年度) (10-03-01-19)

<参考文献>
(1) 科学技術庁原子力安全局(編):原子力安全委員会月報 通巻第207号、p.44-46、62-63、大蔵省印刷局(1995)
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