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<概要>
 1999年に茨城県東海村で発生したウラン加工工場臨界事故対応の教訓を踏まえて「原子力災害対策特別措置法」が新たに制定されるとともに、「環境放射線モニタリングに関する指針」、「緊急時環境放射線モニタリング指針」が一部改訂され、中性子線量測定に関する項目が加えられた。上記指針の改訂などに伴い、環境放射線モニタリングの現場においても中性子線測定用サーベイメータや連続モニタの整備が急速に進められている。また、2001年から2005年にかけて日本全国での測定調査も実施され、環境における中性子線量の水準が把握された。
 ここでは、環境放射線モニタリングに係る中性子線量の測定方法、用いられる測定器、日本における全国調査の結果などについて紹介する。なお、紹介する内容は、文部科学省の委託により、財団法人日本分析センターが実施した調査結果の一部である。
<更新年月>
2007年02月   

<本文>
1.中性子線量測定方法および測定器
 中性子は電荷を持たないため、電気的な手法で直接測定することができず、陽子やα線などに変換して測定を行うのが一般的である。利用できる変換方法は中性子のエネルギーによって異なる。エネルギーの低い低速中性子による核反応としては、10B(n,α)、3He(n,p)および6Li(n,α)等があり、検出器としてはBF3比例計数管、3He比例計数管およびLiFを原料とするTLD等がある。また、エネルギーの高い高速中性子を測定するのに有効な方法は、中性子と水素との弾性散乱の結果生じる反跳陽子を測定するもので、反跳陽子シンチレータ(液体またはプラスチック製の有機シンチレータ)や反跳陽子比例計数管などがある。また、核反応によって生成した放射性物質の放射能を測定する放射化検出器(これについては次章で詳しく述べる。)などもあり、測定方法はさまざまである。
 中性子線を測定する際に、そのエネルギースペクトル(以下「スペクトル」という。)は非常に重要な要素である。目的とするエネルギーに合わせた測定器を選択する必要があり、選択を誤ると大きな誤差を生じる。臨界事故を対象とすれば核分裂スペクトルが基本になるが、物質を通過する際にスペクトルが大きく変化することがある。中性子線が水を通過する際のスペクトルの変化を図1に示す。JCO臨界事故時の評価では、ある程度離れた場所ではスカイシャイン成分が大きな寄与を占め、スペクトルはやはり核分裂スペクトルとは異なっていた。
 現在、中性子線測定用サーベイメータや連続モニターとして最もよく使われているのは、低速中性子線測定用検出器の周囲をポリエチレン減速材で覆い、減速材の厚さや熱中性子吸収材を調整して、エネルギーレスポンスを線量換算係数のカーブに近づけたもの、すなわちレムカウンタと呼ばれている測定器である。環境放射線モニタリングにおける線量単位は、一般的に1cm線量当量(周辺線量当量H*(10))、中性子フルエンスから線量への換算はICRP publ.74の数値が用いられる。レムカウンタのエネルギーレスポンスとICRP publ.74の線量換算係数を図2に示す。レムカウンタは、1eV〜100keVの中間的なエネルギーでは若干過大な応答を示すものの広いエネルギー範囲(熱中性子〜20MeV)を測定することのできるモニタリングに適した測定器といえる。緊急時環境放射線モニタリング指針ではこのレムカウンタの指示値をもって暫定的に中性子線による実効線量とみなすことになっている。中心部に入れる検出器としては、日本では3He比例計数管が主流になっている。
 個人被ばく線量測定用として現在よく使われている中性子線測定器は、中性子線用電子線量計や中性子線用ルクセルバッジなどである。これらは、高速中性子線測定用に水素を多く含む高密度ポリエチレン板(陽子ラジエータ)を配置し発生する反跳陽子を、低速中性子線測定用にホウ素を含んだフィルム(αコンバータ)を配置し10B(n,α)反応で発生するα粒子を、それぞれSi半導体検出器やCR-39を用いて測定するものである。
2.環境放射線モニタリングにおける中性子放射化検出器を用いた積算線量測定
 ウラン加工工場臨界事故を踏まえ、2000年8月に一部改訂された原子力安全委員会の「緊急時環境放射線モニタリング指針」等には、異常事態発生の際に中性子線が放出される可能性がある施設周辺には金箔・硫黄タブレット等の中性子放射化検出器を設置することおよびそれらの測定方法の概要が記載された。
 放射化検出器として利用可能な各種素材のうち、放射化断面積、生成核種の半減期等を考慮すると、熱中性子線および中速中性子線の測定には金が、速中性子線の測定には硫黄またはニッケルが適している。利用する核反応等を表1に示す。金およびニッケルは生成核種がγ線を放出するのでGe半導体検出器によって、硫黄は生成核種がβ線を放出するので低バックグラウンドβ線測定装置によって測定を行う。金は、熱中性子線を遮へいするためのカドミウムカバーを被せたものと被せていないものを1組として使用する。カドミウムカバーを被せていない金の測定値には熱中性子線および中速中性子線の寄与が含まれており、カドミウムカバーを被せた金の測定値には中速中性子線のみの寄与が含まれている。従って、カドミウムカバーを被せた金の測定値から中速中性子線量を、両者の測定値の差し引きによって熱中性子線量を評価することができる。
 金箔や硫黄タブレット等の放射化検出器の一番の特徴は、機械的あるいは電気的な部分がないので故障がないということである。中性子積算線量測定で候補になる測定器としては、放射化検出器の他に、電子線量計、固体飛跡検出器(CR-39等)およびTLD 等がある。しかし、電子線量計は電池で駆動するためどうしても故障のリスクを伴い、定期的な電池交換や故障のチェックが必要となる。CR-39は材質の劣化があり環境場に長期間設置することができない。TLDは、線量に大きく寄与する高速中性子線を測定するために厚い減速材で囲む必要があり大型になってしまう。このようなことを踏まえると、故障や劣化の恐れがなく設置のスペースをほとんどとらない放射化検出器は妥当な測定器といえる。
 放射化検出器による測定は、放射化断面積が大きなエネルギー依存性を持つため中性子スペクトルに応じて補正係数を求める必要があるなど測定法に難しい面もあるが、積算線量計の収納箱等の片隅に設置しておくことで、事故時には線量評価上有効な測定データを提供することになる。この測定法については、文部科学省の測定法マニュアルとして公開される予定である。
3.日本全国での測定
 環境における中性子線量率のレベルと変動要因を把握することを目的として、全国での測定調査が実施されたので、その結果を紹介する。
 調査は人が居住する場所を対象として2001〜2005年にレムカウンタを用いて実施された。中性子線量率は、緯度、高度、周囲の状況によって変化し、2.9nSv/h (東京都・小笠原村)〜21.8nSv/h (静岡県・富士山5合目)の範囲であった。47都道府県庁所在地の測定結果を用いて算出した日本の平均値は4.0nSv/hであった。都道府県庁所在地の測定結果を基に県別に色分けしたマップを図3に示す。長野県(長野市)、山梨県(甲府市)は標高が高いので他県と比較して中性子線量率が若干高く、この2県以外では緯度が高い(北の地域)ほど中性子線量率が高い結果であった。高度による変化および緯度による変化をそれぞれ図4および図5に示す。
 また、環境における中性子エネルギースペクトルは1MeV付近に最も大きなピークがあり、100MeV付近にもピークがあることが知られている(図6参照)。一方、調査に使われたレムカウンタの測定エネルギー範囲は熱〜約20MeVなので、測定値は若干過小評価になっており、その程度については現在解析が進められている。なお、環境における中性子スペクトルは、緯度や高度が変わっても大きく変化しないことが報告されている。
 測定データは、インターネット上(「日本の環境放射能と放射線」http://www.kankyo-hoshano.go.jp/kl_db/servlet/com_s_index)で公開される予定である。
4.環境での連続測定
 環境における中性子線量率は太陽活動によって変動しており、BARTOL RESEARCH INSTITUTEによってBF3比例計数管を用いて世界各地で地上の中性子線レベルが連続測定され、測定結果がインターネット上に公開されている。日本では、財団法人日本分析センターによってレムカウンタおよびボナーカウンタ(スペクトロメータ)を用いて千葉市で2002年から中性子線量率の連続測定が実施されている。
5.高空での測定
 最近は航空機搭乗に伴う宇宙線被ばくが注目されており、線量評価のための計算コード(文献参照)の開発が進められるとともに、航空機内での宇宙線測定が世界中で実施されている。そして、高空では中性子線の寄与が大きいことが知られている。
 日本での中性子線の測定としては、中村らが1985年に航空機内で、長岡らが2004年に気球を用いて測定した例がある。気球での測定では、高度15〜20kmまでは高度の上昇と共に中性子線強度が高くなり、それ以上の高度では逆に低くなる傾向が確認された(図7参照)。これは、環境における中性子線が一次宇宙線(主に陽子)と大気との相互作用により生成するので、大気が極端に希薄な高空では中性子が生成されずにそのレベルが低いことを示している。2004年8月時点での高度約20kmの中性子線による周辺線量当量率は1.5μSv/h(レムカウンタのエネルギー特性を補正した値)で最近の計算コードによる計算値とほぼ一致することが報告されている。また、中性子線測定用電子線量計は宇宙線陽子に応答してしまい、レムカウンタよりも10倍以上高い値を示すので注意が必要であると報告されている。
<図/表>
表1 中性子放射化検出器の核反応等
表1  中性子放射化検出器の核反応等
図1 水を通過した際の核分裂中性子スペクトルの変化
図1  水を通過した際の核分裂中性子スペクトルの変化
図2 レムカウンタのエネルギーレスポンスと線量換算係数
図2  レムカウンタのエネルギーレスポンスと線量換算係数
図3 中性子線量率測定結果(nSv/h)
図3  中性子線量率測定結果(nSv/h)
図4 宇宙線(中性子成分及び電離成分)の高度による変化
図4  宇宙線(中性子成分及び電離成分)の高度による変化
図5 中性子線量率等の緯度による変化
図5  中性子線量率等の緯度による変化
図6 環境における中性子スペクトル
図6  環境における中性子スペクトル
図7 日本における中性子線量率の高度分布
図7  日本における中性子線量率の高度分布

<関連タイトル>
環境放射線の測定法 (09-01-05-03)
宇宙放射線の計測 (09-01-06-03)
環境放射線モニタリング (09-04-08-02)
緊急時環境放射線モニタリング (09-04-08-04)

<参考文献>
(1)原子力安全委員会:環境放射線モニタリングに関する指針(2001年3月)
(2)原子力安全委員会:緊急時環境放射線モニタリング指針(2001年3月)
(3)長岡和則:環境における中性子線量測定の現状、Isotope News(2006年9月)
(4)長岡和則ほか:日本における環境中性子線量率の高度及び緯度等による変化、保健物理、39(4)、352-361(2004)
(5)平出功ほか:環境における中性子線量率の全国調査、第47回環境放射能調査研究成果論文抄録集(平成16年度)
(6)長岡和則ほか:環境における中性子線量率の全国調査、第48回環境放射能調査研究成果論文抄録集(平成17年度)
(7)日本アイソトープ協会:ICRP Publication 74 外部放射線に対する放射線防護に用いるための換算係数 (1998)
(8)IAEA:TECHNICAL REPORT SERIES No.211(1982)
(9)J. Saegusa et al.:Evaluation of energy responses for neutron dose-equivalent meters made in Japan,Nucl. Instr. and Meth., A,516,1,193-202(2004)
(10)T. Nakamura et al.:Realization of a high sensitivity neutron rem counter,Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A,241,554-560(1985)
(11)T. Nakamura et al.:Altitude variation of cosmic-ray neutrons, Health Phys., 53,509-517(1987)
(12)BARTOL RESEARCH INSTITUTE:NEUTRON MONITOR PROGRAM,http://neutronm.bartol.udel.edu/
(13)T. Sato and K. Niita:Analytical functions to predict cosmic-ray neutron spectra in the atmosphere,Radiat. Res. 166,544-555(2006)
(14)GSF-National Research Center for Environment and Health:European Program Package for the Calculation of Aviation Route Doses
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