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<概要>
1.緊急時モニタリングの概要
 原子力発電所や再処理施設等の放射性物質を保有又は取り扱う原子力施設の周辺環境で放射線の影響を日常的に監視するため、モニタリングスポストなどの連続監視設備を設け、また、空気中のちり等の環境試料中の放射性物質濃度などを測定することを「環境放射線モニタリング」と言います。
 普段から、平常時モニタリングとして、年度計画に定められた測定地点や測定対象について、周辺環境中の放射線量率の測定を行います。また、空気中のちり、水、農畜産物や水産物、植物、土などの試料(「環境試料」といいます。)を採取し、分析施設で放射性物質濃度を測定します。さらに、効率的に測定を実施するため、自動化された測定器(原子力施設の排気モニタや排水モニタ、施設敷地の内外に設置された固定型モニタリングポスト)や移動しながら測定できる測定器等を搭載した車両(モニタリングカー)も用いられています。
 一方、緊急時モニタリングは、放射性物質を保有又は取り扱う原子力施設において災害が発生し、施設外へ放射性物質が放出されたとき、またはそのおそれがあるときに、施設周辺環境の放射線及び放射性物質に関する情報を迅速に得るために緊急に実施されるモニタリングのことです。
 緊急時には上記の平常時モニタリングに用いている測定設備を利用することはもちろん、より広範囲の測定が可能となる飛行機やヘリコプター等を用いた測定(「航空機モニタリング」といいます。)、測定箇所や測定対象の追加、測定頻度の増加等を行います。さらに、モニタリングポストの故障の際や測定箇所の追加には仮設型のモニタリングポスト(可搬型モニタリングポスト)も利用されます。その概要を図1に示します。
 なお、原子力規制委員会発足前の原子力安全委員会では緊急時モニタリングを「緊急時環境放射線モニタリング」としていました。このため、現在でも緊急時環境放射線モニタリングと記載される場合がありますが、内容は同じです。

<更新年月>
2023年06月   

<本文>
緊急時モニタリングは、原子力施設から放射性物質若しくは放射線の異常な放出又はそのおそれがある場合に実施する環境放射線モニタリングである。

1.目的
緊急時モニタリングは、①原子力災害による環境放射線の状況に関する情報収集、②OIL(Operational Intervention Level:運用上の介入レベル)に基づく防護措置の実施の判断材料の提供、③原子力災害による住民等と環境への放射線影響の評価材料の提供を目的とする。特に初期対応段階においては、②の防護措置に関する判断に必要な項目のモニタリングを優先する。
 そのため、緊急時モニタリングでは、時間的・空間的に連続した放射線状況を把握するとともに、緊急事態においては、周辺環境の放射性物質による空間放射線量率、大気中の放射性物質濃度及び環境試料中の放射性物質の濃度を、時宜を得て把握し、国、地方公共団体及び事業者で共有し公表することが重要である。

2.緊急時モニタリング実施の時期
 原子力事故における事態の進展に伴い緊急事態区分に応じて、平常時モニタリングから緊急時モニタリングへと切り替えていくこととなる。警戒事態においては、平常時モニタリングを強化するとともに、緊急時モニタリングの準備を開始する。施設敷地緊急事態においては、緊急時モニタリングが実施され、この段階から緊急時モニタリングに区分される(図2)。
 さらに、緊急時モニタリングは、緊急事態の段階に応じて初期モニタリング、中期モニタリング及び復旧期モニタリングに区分される(図2)。

3.緊急時モニタリングの実施体制及び計画等
 緊急時モニタリングの実施の主体となるのは、国、地方公共団体(所在道府県及び関係周辺都道府県)及び原子力事業者であり、関係指定公共機関(国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構及び国立研究開発法人日本原子力研究開発機構等)が専門家として支援する。
 また、連携した緊急時モニタリングを実施するため、原子力施設立地地域に緊急時モニタリングの実施に必要な機能を集約した緊急時モニタリングセンター(以下、EMCという)を設置して活動する。
 緊急時モニタリングの実施体制や測定項目等は、地域の知見を活かして立地・隣接道府県が当該地域の緊急時モニタリング計画としてあらかじめ作成する。一方、施設敷地緊急事態に至った際は、国は事故の状況に応じた具体的な緊急時モニタリングの実施項目や実施主体等の項目を記載した緊急時モニタリング実施計画を作成する。なお、緊急時モニタリング実施計画は、当該地域の緊急時モニタリング計画を参照して作成され、また、原子力事故の進展と汚染の拡大等に応じて改訂される。

(1)国、地方公共団体及び原子力事業者の役割
 国は緊急時モニタリングを統括し、実施方針の策定、緊急時モニタリング実施計画及び動員計画の作成、実施の指示及び総合調整、データの収集及び公表、結果の評価並びに事態の進展に応じた実施計画の改定等を行うほか、海域や空域等の広域モニタリングを実施する。
 地方公共団体は、地域における知見を活かして、緊急時モニタリング計画の作成や原子力災害対策重点区域等における緊急時モニタリングを実施する。
 原子力事業者は、放出源の情報を提供するとともに、施設周辺地域等の緊急時モニタリングに協力する。
 具体的な各機関の役割を表1に示す。

(2)緊急時モニタリングセンター(EMC)
 EMCは国が統括する組織であり 、国、地方公共団体、原子力事業者、関係指定公共機関等の要員から構成され、モニタリングの実施及び結果の取りまとめ等を担う。原則として、原子力立地地域のオフサイトセンター内に、EMCセンター長の下、企画調整グループ及び情報収集管理グループが設置され、平常時からのモニタリング拠点となっている道府県の環境放射線監視センター等に測定分析担当が設置される(図3)。
 EMCにおける業務は、①緊急時モニタリングの詳細の決定、②緊急時モニタリングの実施、③緊急時モニタリングの結果の取りまとめ及び妥当性の確認、④緊急時モニタリングの結果の評価に資する情報の提供、⑤緊急時モニタリング実施計画の改定案への提案及び意見、⑥国が直接実施する緊急時モニタリング(航空機モニタリング等)に係る必要な協力である。

(3)中央及び現地の対策本部等との連携
 緊急時モニタリングの実施方針の策定、結果の評価及び公表並びに結果の共有等については、原子力災害対策本部等の放射線班(以下、ERC*1)放射線班という)及び原子力災害現地対策本部等の放射線班(以下、OFC*2)放射線班という)が担う。
 *1)ERC:原子力規制庁緊急時対応センター
 *2)OFC:緊急事態応急対策等拠点施設(オフサイトセンター)
 ERC放射線班は、緊急時モニタリング実施計画を作成、緊急時モニタリング結果の解析及び評価並びに緊急時モニタリング結果の公表を行うとともに、国が直接実施する緊急時モニタリング(航空機モニタリング等)を実施する。さらに、これらの緊急時モニタリング結果に加え、国内外の関係機関の行ったモニタリング結果等も収集し、原子力災害対策本部(ERC他班)等とOILによる防護措置の判断等のために共有する。
 OFC放射線班は、緊急時モニタリング結果等について、現地対策本部(OFC他班)及び合同対策協議会(施設敷地緊急事態にあっては現地事故対策連絡会議、全面緊急事態にあっては原子力災害合同対策協議会)と共有する。
 これらの緊急時モニタリング関連情報のやり取りを図4に示す。

(4)緊急時モニタリングに係る動員計画
 国は、施設敷地緊急事態に至った際に現地に派遣する職員について原子力災害対策マニュアルに定め、緊急時モニタリングセンター設置要領にEMCの要員構成等を定めている。
 さらに、緊急時モニタリングの広域化や長期化に備え、要員及び資機材の動員についてあらかじめ準備すべき事項、動員の要請の手順等を定め、関係機関のモニタリングに従事する要員や資機材等の調査が行われている。

4.初期対応段階のモニタリングの内容
 国は、警戒事態から緊急時モニタリングの実施の準備を行い、施設敷地緊急事態において、EMCを立ち上げ、速やかに緊急時モニタリングを開始する。初期モニタリングでは、以下の項目を測定する。ただし、防護措置に関する判断に必要な項目のモニタリングを優先する。
● 原子力災害対策重点区域を中心とした空間放射線量率及び大気中の放射性物質(放射性希ガス放射性ヨウ素等)の濃度
● 放射性物質の放出により影響を受けた環境試料中の放射性物質(放射性ヨウ素、放射性セシウム、ウランプルトニウム、超ウラン元素のアルファ核種等)の濃度
● 広範な周辺環境における空間放射線量率及び放射性物質の濃度
図5に、発電用原子炉施設を対象とした事故進展に応じた初期モニタリングの例を示す。

(1)警戒事態のモニタリング
 原子力施設の異常の有無の確認及び施設敷地緊急事態に至った際への備え
 ①平常時モニタリングの強化
  ● モニタリングポスト等による空間放射線量率の測定を強化(データ収集の頻度を上げる)
 ②緊急時モニタリングの準備
  ●  EMCの立上げの準備
  ●  可搬型モニタリングポスト等の設置予定地点への設置及び測定の開始
  ●  大気モニタ及びヨウ素サンプラの起動準備

(2)施設敷地緊急事態のモニタリング
 事態の進展を把握するためのモニタリング
  ● 固定観測局、電子式線量計及び可搬型モニタリングポスト等により空間放射線量率を測定し、その値を把握
  ● 大気中の放射性物質濃度の測定のため、大気モニタやヨウ素サンプラを起動

(3)全面緊急事態のモニタリング
 全面緊急事態のモニタリングでは、以下のモニタリングを実施するが、モニタリング要員の参集や活動に制約を受ける場合には、OILに基づく防護措置の実施の判断材料の提供のためのモニタリングを優先する。
 ①OIL1のためのモニタリング
  地表面(地上に沈着した放射性物質)からの放射線、再浮遊した放射性物質の吸入、不注意な経口摂取による被ばく影響を防止するため、住民等を数時間内に避難や屋内退避等させるための基準である。空間放射線量率(OIL1:地上1mで500μSv/h)を測定するため、モニタリングポスト等による連続測定を第一とし、更に必要に応じて走行サーベイによる測定又は高線量率用のγ線用サーベイメータを用いた測定を実施。
 ②OIL2のためのモニタリング
  地表面(地上に沈着した放射性物質)からの放射線、再浮遊した放射性物質の吸入及び不注意な経口摂取による被ばく影響を防止するため、地域生産物の摂取を制限するとともに、住民等を1週間程度内に一時移転させるための基準である。空間放射線量率(OIL2:地上1mで20μSv/h)を測定するため、①と同様の測定を行うとともに、モニタリングポスト等による測定を補完することができる航空機モニタリングを実施。
 ③OIL6のためのモニタリング
  1週間内を目途に飲食物中の放射性核種濃度の測定と分析を行い、基準を超えるものにつき摂取制限を迅速に実施する際の基準である。空間放射線量率(飲食物に係るスクリーニング基準:地上1mで0.5μSv/h)を測定する。ただし、①及び②に比べ実施地域が広範となるため、モニタリングポスト等による空間放射線量率の測定だけでなく、走行サーベイ、γ線用サーベイメータ及び航空機モニタリングによる測定が特に有効。
 ④UPZ(緊急時防護措置を準備する区域)外のモニタリング
  常設されている観測装置が限られているため、走行サーベイや航空機モニタリング等の機動的なモニタリング手法を用い、情報を収集。
 ⑤住民等と環境への放射線影響の評価材料の提供のためのモニタリング
  空間放射線量率(①、②及び③)を優先しつつ、大気中及び環境試料中の放射性物質の濃度も測定するため、要員や利用可能な資機材の数等に応じてあらかじめ候補となる地点を定めておき、空間放射線量率の測定結果や集落の分布状況等を基にEMCで実施を検討。
 ⑥環境放射線の状況に関する情報収集のためのモニタリング
  空間放射線量率(①、②及び③)を優先しつつ、④及び⑤で実施しない土壌等の環境試料中の放射性物質濃度等を測定。

<図/表>
図1 緊急時モニタリングで行う放射線等の測定及び評価
図1  緊急時モニタリングで行う放射線等の測定及び評価
図2 緊急事態の区分とモニタリングの区分(参考(2)P23図3)
図2  緊急事態の区分とモニタリングの区分(参考(2)P23図3)
表1 緊急時モニタリングにおける各機関の役割(参考(2)P8表1)
表1  緊急時モニタリングにおける各機関の役割(参考(2)P8表1)
図3 EMCの体制図(参考(4)P4図3-1)
図3  EMCの体制図(参考(4)P4図3-1)
図4 緊急時モニタリング関連の情報のやり取り(参考(2)P14図2)
図4 緊急時モニタリング関連の情報のやり取り(参考(2)P14図2)
図5 発電用原子炉施設(PAZ及びUPZ設定を要する)を対象とした事故進展に応じた初期モニタリング(参考(2)P6図1)
図5 発電用原子炉施設(PAZ及びUPZ設定を要する)を対象とした事故進展に応じた初期モニタリング(参考(2)P6図1)

<関連タイトル>
ヨウ素モニタ (09-04-03-10)
環境放射線モニタリング (09-04-08-02)
気象観測 (09-04-08-05)
日本の原子力防災対策の概要−考え方と体制 (10-06-01-01)
原子力防災対策のための国および地方公共団体の活動 (10-06-01-04)
緊急時環境放射線モニタリング指針(2013年改正以前)(11-03-06-02)

<参考文献>
(1)原子力規制委員会:原子力災害対策指針(令和3年7月21日)
(2)原子力規制庁監視情報課:緊急時モニタリングについて(原子力災害対策指針補足参考資料)(令和3月12月21日)
(3)原子力規制庁監視情報課:緊急時モニタリング計画作成要領(平成26年6月12日)
(4)原子力規制庁長官官房放射線防護グループ監視情報課:緊急時モニタリングセンター設置要領(令和元年6月25日)
(5)原子力規制委員会:緊急時モニタリングに係る動員計画(平成27年1月21日)
(6)原子力防災会議幹事会:原子力災害対策マニュアル(令和2年7月27日一部改訂)

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