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<概要>
 医療被ばくには診断・治療の際の患者及び、介護者または介助者の被ばく、医学生物学研究の際の志願者の被ばくがある。医療被ばくでは診断・治療を受ける際に被ばくした個人が医療行為から直接利益を受けるので他の被ばくのような線量限度を設けない。
 日本における医療被ばくによる国民1人当りの平均実効線量は、約2.4mSvとなっている。
<更新年月>
2001年10月   

<本文>
1.医療被ばくとは
 医療の場において患者が自分自身の疾病の診療目的で受ける放射線による被ばくをいう。医療被ばくの主なものは、病気に直接関連のある検査又は治療、すなわちX線による診断、遠隔放射線装置や密封小線源による治療、放射性医薬品による診断や治療、歯科X線による診断等、また、系統的検査、すなわち集団検診や定期健康診断等である。
 ICRP(国際放射線防護委員会)では、これら患者自身の被ばくの他に患者の介護者や介助者が承知の上で自発的に受ける被ばく、および、医学研究上の志願者(臨床実験に際しての)が受ける被ばくも、医療被ばくとして扱うとしている。
2.医療被ばくの現状
 医療被ばくは基となる放射線診療の頻度が国により大きく異なるため、非常に大きな差がある。2000年の国連科学委員会(UNSCEAR)の報告によれば、いくつかの先進工業国では、医療被ばくの寄与分は自然放射線源から受ける線量に近くなっている。医療手段からの実効線量の大部分はX線検査によるもので、放射線治療核医学からの寄与は小さい(表1および 表2)。年当たりの診断X線検査件数は、集団検診や歯科診断の場合を除いて先進工業国において1000人当たり150〜1480件の範囲にある。年実効線量は1人あたり1.2mSv(世界平均0.4mSv)すなわち、自然放射線源からの被ばくの1/2と評価されている。一方で世界人口の3/4もの人々がどんな放射線診断をも受ける機会を持たないという報告もある。外挿による医療からの世界規模の年実効線量は1人あたり0.02〜1.2mSvと推定されている。
 日本では、検査件数の最も多いのは胸部撮影、次いで胃の透視・撮影で合わせておよそ1.8×10E8件/年である。集団検診による胸部撮影が2.3×10E6件/年であり、上部消化器検診は4.1×10E6件/年であった。歯科における口内法の撮影は約100×10E6件/年となっている。これらによる集団実効線量は約291,000人Svと評価されている(表3)。平均実効線量は約2.4mSvで世界平均よりかなり大きいが、わが国では被ばく線量が大きい消化器関係およびCTの放射線診断の頻度が多いことによるものと考えられる。最近、被ばく線量が高いと言われているインタベンショナルラジオロジー(*1)も増加している。
3.医療被ばくのリスクと防護
 医療被ばくは人類集団としての被ばく線量の中では、自然放射線源によるものに次いで多く、人工放射線源によるものの中では最も多い。例えばX線診断によって引き起こされる実効線量は0.1〜10mSvの範囲に及び、通常高い線量率で付与される。医療被ばくと他の被ばくとの違いは次のようなものがある。
(1) 医療行為により線量を受ける人達は、そのような行為により直接利益を受けることが期待される(線量限度を設けない)。
(2) X線撮影による患者への線量は通常短時間内に受け、しばしば限られた部位だけが被ばくする。線量分布は個人の体内においても、又集団の各人においても均一ではない(局部被ばく)。
(3) 被ばくした個人の多くが何らかの病気にかかっている。また、その年齢分布が一般の集団の年齢分布とは全く異なるから、被ばく集団はかなり特殊な集団である。
 被ばくした個人が医療行為から直接利益を受けるとはいえ、放射線の医学利用の有効性を損なうことなく、不必要な被ばくを避け、必要な医療被ばくを最小にする為に、正当化、防護の最適化に対する配慮は必要である。
a.正当化の判断
 医療被ばくの正当化の判断とは、放射線被ばくを伴う医療行為を実施することによってもたらされる患者個人の健康状態の改善あるいは社会全体の保健上の便益と、被ばくによるリスク等とを考慮し、正味で便益の方が大きいことを確認することである。又、放射線被ばくを伴わないその他の代替の診療手技によって得られる利益ならびにその診療手技に伴うリスクと、放射線診療のそれらとを比較検討し、代替手技の採用の可能性について検討する。
 正当化の判断は、個人としての患者を対象にした放射線診療行為に対して行われる場合と、胸部集検、胃集検のような集団を対象とした診断行為に対して行われる場合とがある。
b.最適化の判断
 放射線診療の最適化は、正当化が行われたのちに実施する。最適化は、患者個人及び集団の被ばく線量を、放射線診療の価値を損なわない範囲内で最小限にすることである。ICRPは、放射線診療の設備と技術に対して最適化の観点から次のような勧告を行っている(ICRP Pub1. 26, 205 項) 。
(1) 身体の検査部位にある組織の受ける線量を、その特定の患者について必要な情報を得ることと両立し得る最小限にまで減らすこと。
(2) 必要な反応がほとんど確実に得られるような大きさの治療線量を身体の治療部位に与えること。
(3) 身体の他の部位の被ばくを実行可能な限り制限すること。
c.線量制限
 診療における正当化、最適化が適切に行われるならば、医療放射線による個々の患者のリスクは小さく、放射線診療は患者に明らかな利益をもたらす。従って医療被ばくに関しては、線量限度が設けられていない。
 また、医療目的を達するのに必要な放射線被ばく量は、個々の症例により異なるので一定の限度を設けることは困難である。しかし、拘束値などを設けてできるだけ線量低減の方向に進んでいる。
d.妊娠中の女性の医療被ばく
 胎児は成人に較べ放射線感受性が高いと考えられ、妊婦が診療を受けることによる胎児の放射線被ばくを避けるための配慮が必要とされる。その一つとしてICRP-Publ.6により「10日規則」が提案され、以来胎児被ばくに関する科学的知見の増加にともない経時的に少しずつ変更されてきている。「10日規則」とは月経開始から10日以内は最も妊娠の可能性の少ない時期であり、生殖可能年齢の女性の下腹部および骨盤を含む検査で緊急を要しないものは、この時期に検査を行うのが良いとするものである。近年では、胎児被ばくを避けるため「10日規則」を守るべきであるという意見と、胎児が大線量を浴びるような検査はほとんどない放射線検査の実態と胎児の放射線影響の知見とから「10日規則」は厳しすぎるとの意見がある。
 最近のICRP-Pub.60では、妊娠していると推定される女性の腹部に被ばくをもたらす診療行為は、有力な臨床的適応がないかぎり避けるべきであり、妊娠している可能性に関する必要な情報は、患者自身から得られるし、得るべきであり、最近の月経が予定された時期になく、関係する情報が他にない場合は、その女性は妊娠中であると仮定すべきであるとしている。
 胎児の放射線防護に関する知識や認識を考えると、「10日規則」を直ちに廃止するのはまだ問題があるが、「10日規則」にこだわりすぎて必要な検査が行われないということは避けなければならない。
 なお、妊娠8〜15週の被ばくで精神遅滞児の出生が有意に高いことがわかっている。
e.被ばくの低減
 得られた画像が十分に診断価値のある情報内容を持たねばならないので、線量低減が医療用放射線の終局的目標とはなり得ない場合があるが、医療技術に慎重に注目するだけでもかなりの被ばく線量の低減が可能であることが指摘されている。
 的確な絞り、適切なフィルムの開発、装置の較正や保守、天板、グリッド等、カセット等の材質の改良、検査方法の工夫、生殖腺線量に及ぼす生殖腺遮蔽の効果などか検討され、開発されている。
 また、フィルムの保管管理が適切に行われることにより、他科受診の際の重複被ばくは避けられるであろう。さらに、患者の側も短期間に多くの医療施設を渡り歩きその都度同様の放射線検査を受けるのは、不利であることも知っておいた方がよいと思われる。

[用語解説]
(*1) インタベンショナルラジオロジー(Interventional Radiology:IVR
 血管造影、超音波、CT、X線透視などの画像診断の技術を利用して治療を行う分野。血管造影の手技を利用するものとして、血管塞栓術、薬剤動注射療法、血栓溶解療法、経皮的血管形成術、血管内異物除去などがある。超音波やCTガイド下の経皮的穿刺により生検や各種ドレナージ療法も行われる。
<図/表>
表1 世界の医療被ばくの実態
表1  世界の医療被ばくの実態
表2 病気の検査や診断で受ける放射線の量(1994年)
表2  病気の検査や診断で受ける放射線の量(1994年)
表3 医療で受ける放射線の量(1980年〜1989年)
表3  医療で受ける放射線の量(1980年〜1989年)

<関連タイトル>
自然放射線(能) (09-01-01-01)
胎児期被ばくによる影響 (09-02-03-07)
ICRP1977年勧告によるリスク評価 (09-02-08-01)
ICRP1990年勧告によるリスク評価 (09-02-08-04)
ICRPによる放射線被ばくを伴う行為の正当化の考え (09-04-01-06)
ICRPによる放射線防護の最適化の考え (09-04-01-07)

<参考文献>
(1) ICRP Publication 26: Recommendation of the International Commission on Radiological Protection, Pergamon Press; Oxford,1977.
(2) ICRP Publication 60: 1990 Recommendation of the International Commission on Radiological Protection, Pergamon Press; Oxford,1991.
(3) UNSCEAR: United Nations. Sources, Effects and Risks of Ionizing Radiation. United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation,2000. Report to the General Assembly with annexes. United natios sales publication . United Nations,New York,2000.
(4) 丸山 隆司ほか:胃集団検診における件数、国民線量およびリスクの推定、日本医放会誌;47 (7),971-982,1987.
(5) 丸山 隆司ほか:密封小線源治療における頻度、国民線量およびリスクの推定、1983、日本医放会誌;48 (5),633-640,1988.
(6) 丸山 隆司ほか:核医学診断・治療における件数、国民線量およびリスクの推定 第3報国民線量、集団実効線量当量およびリスクの推定、日本医放会誌;48(12),1544-1522,1988.
(7) K. Nishizawa et al. Determinations of organ doses and effective dose equivalents from computed tomographic examination. The British J. of Radiology. 64: 20-28,1991.
(8) 生活環境放射線(国民線量の算定)、原子力安全研究協会(1992)
(9) 岩井 一男:歯科X線撮影による臓器、組織線量とリスクの推定、歯放;21,1981
(10)丸山 隆司(編):放医研環境セミナーシリーズ、No.22、生活と放射線(1995)
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