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<概要>
 放射線被ばくにおいて同じ線量を受けた場合、短時間に受けた方が長時間にわたって受けた場合より影響の度合が大きいのが一般的である。短時間に放射線を被ばくすることを急性被ばくという。現在、放射線は厳重な管理の下で使われており、事故的な例を除けば急性被ばくは見られない。ただし、事故時には急性被ばくの発生が考えられ、その場合には線量の推定が困難な場合が多い。急性被ばく者が発生した場合、治療方針の決定にあたって線量を知ることが重要であることから、種々の評価法が試みられている。そのなかでは、被ばくした身体組織を試料とするバイオロジカルドシメトリー(生物学的線量評価法)、すなわち、細胞中の染色体異常検査や血液中のリンパ球の減少等によりその被ばく量を推定する方法が有力である場合が多い。
<更新年月>
2009年02月   

<本文>
1.急性被ばくとそれによる症状
 短時間に放射線を受けることを急性被ばくといい、長時間にわたって受ける被ばくを長期被ばくという。広島・長崎において被爆者が受けた被ばくあるいはJCO事故のときに数人の作業者が受けた被ばくが前者の典型であり、職業上あるいは医学検査等で受ける被ばくが後者の典型である。放射線被ばくにおいて同じ線量を受けた場合、短時間に受けた方が長時間にわたって受けた場合より影響の度合、すなわち放射線障害の程度が大きいのが一般的である。そのため、全身が大線量を受けた場合には、急性被ばくでは重篤な放射線障害につながることが多い。現在、放射線は厳重な管理の下で使われており、事故的な例を除けば急性被ばく、特に人の障害につながるような急性被ばくは見られない。
 全身が大線量を受けたときに現れる症状を急性放射線症(acute radiation syndrome,ARS)と言う。急性放射線症は、全身被ばくの場合一般に被ばく後数時間から数週間後に現れ、1〜6Gy(グレイ)の被ばくで発現する血液・骨髄障害、6Gy以上で出現するひどい下痢と脱水などの消化器障害、更に30Gyを越えると傾眠や錯乱などの精神症状やショック状態になる精神障害や循環器障害が出現する(図1)。また、部分被ばくの場合は、3Gyで脱毛、5Gyで脱毛や永久不妊、10Gy以上では皮膚に潰瘍が生じる(図2)。
 急性放射線症は次のような経過をたどる。まず、吐き気や倦怠感がでる初期症状(前駆期)があり、次に一時的に症状がなくなる潜伏期を経て、次に述べる急性放射線症の症状が現れてくる発症期に入る。その後治療が功を奏する場合は回復期に入る(図3)。線量が高い場合、潜伏期は短く、死亡することもある。
 これまでに起きた急性障害を伴った放射線事故を表1に示す。1999年に東海村で発生したJCO臨界事故では3人の作業者に急性放射線症が見られ、その被ばく量は2名にとっては致死量であった。
2.線量評価の概要
 急性被ばくを受けた場合は、その人の治療方針を決定するために、身体が受けた線量の推定が重要である。通常、個人被ばくの評価はフィルムバッジやガラス線量計などの個人モニタによって行われるが、事故時であるため個人モニタを持っていない場合があり、持っていても予測した放射線あるいは予測した線領域とは違った量の放射線である場合が多く、また身体の不均等な被ばくである可能性が高いことなどの理由から、正しい被ばく線量が得られない場合がある。このような場合、被ばく線量は着衣の貝のボタンのESR信号など得られるすべての情報を動員して推定される。身体から採取された試料から被ばく線量を評価する方法はバイオロジカルドシメトリーと呼ばれ、線量測定器が利用できない環境において有力な方法となる。
3.生物学的線量評価
 バイオロジカルドシメトリーには様々な試料が用いられる。造血組織は放射線感受性が高く、造血組織である骨髄細胞の被ばく後の異常や、そこで作られる末梢血の血球数が指標となり、骨髄細胞の異常や末梢血液の血球数の変化から被ばく線量の推定が可能となる。このうち、血球算定は比較的容易にできるためもっとも簡便な手法であるといえる。例えば、骨髄有核細胞数が被ばく1日目に10〜20%減少すると1〜2Gy、25〜30%減少すると3〜4Gy、50〜60%減少すると5〜7Gyの被ばく線量と推定される。また末梢血液中のリンパ球は 0.5Gy以上の急性全身被ばくで細胞死を起こし、血球数は急激に減少する。
 染色体異常検査は被ばくした放射線の種類により線量効果関係が明確で、感度、精度、客観性、再現性などに優れているため全身の平均被ばく線量を評価するのに適している。末梢血のリンパ球を培養して染色体の異常を検出するこの方法ではガンマ線による0.1 〜1Gyの被ばく線量を評価するのに細胞で500個、染色体異常で100個程度観測することが適切とされている。ただし、染色体異常の検出には相当の技術と経験が必要であり、時間もかかる。わが国では放射線医学総合研究所といくつかの大学あるいは研究機関でネットワークを構成し、緊急時に染色体異常検査を行っている。
 皮膚の放射線障害は身体の被ばく部位が局所に限られるような場合重要となる。皮膚の急性被ばく時の症状と線量との間には、一時脱毛では3Gy、紅斑では5Gy、永久脱毛では7Gy、潰瘍では20Gyの線量を推定することができる。皮膚の放射線障害では被ばくした線量が大きいほど症状が出現するまでの潜伏期間が短くなり、重篤度と持続時間が増加する。皮膚に潰瘍ができるほどの線量は、全身の場合は致死量となる。
 生体試料を利用するという観点できわめて特殊なバイオロジカルドシメトリーがJCO事故において行われている。ウラン核反応で生じた中性子線により体内で放射化された放射性Naの測定であり、採決した血液中のNa−24の測定によって高精度で中性子線被ばく量を算定することができた。この方法は当然のことながらγ線やβ線被ばくでは適用できない。
4.物理学的線量評価
 被ばくした個人の放射線症の症状ではなく、生体組織に生じるラジカルを測定して被ばく線量を推定する方法がある。ラジカルを測定する手段としては電子スピン共鳴法(ESR)が用いられる。歯のエネメル質はESR信号の経時的変化が少ないこと、線量との比例性が高いことからチェルノブイル事故患者の被ばく線量評価の際に応用が試みられたが、歯科治療時のバックグランド被ばく線量などを考慮する必要のあることが指摘されている。この他にESRを測定する方法は毛髪によっても試みられている。
(前回更新:1998年3月)
<図/表>
表1 急性被ばく事故例
表1  急性被ばく事故例
図1 急性放射線症
図1  急性放射線症
図2 放射線による急性症状
図2  放射線による急性症状
図3 急性放射線障害の病期
図3  急性放射線障害の病期

<関連タイトル>
電子スピン共鳴法による人体の放射線被ばく線量評価 (09-01-05-12)
細胞の構成 (09-02-02-01)
染色体の構成 (09-02-02-03)
放射線の細胞への影響 (09-02-02-07)
放射線効果と修復作用 (09-02-02-12)
放射線の確定的影響と確率的影響 (09-02-03-05)
放射線事故時の線量評価におけるバイオドジメトリーの適用例 (09-02-03-08)
放射線の造血器官への影響 (09-02-04-02)
放射線の皮膚への影響 (09-02-04-04)
放射線と染色体異常 (09-02-06-01)
放射線防護の3原則 (09-04-01-09)
慢性被ばくの評価 (09-04-04-07)

<参考文献>
(1)Barano, A.E. and Guskova,A.K.:,Acute radiation disease in Chernobyl accident victims,in The Medical Basis for Radiation Accident Preparedness II,Clinical Experience and Follow−up Since 1979,edited by R.G.Ricks and S.A.Fry,New York,Elvier,(1990)pp 79−87.
(2)IAEA:The Radiation Accident in Goianina,STI/PUB815(Vinenna,International Atomic Energy Agency(1988)
(3)IAEA:The Radiation Accident in San Salvador,STI/PUB847,Vinenna,International Atomic Energy Agency(1990)
(4)IAEA:The Radiation Accident in Soreq,STI/PUB925,Vinenna,International Atomic Energy Agency(1993)
(5)UNSCER:Sources,Effects and Risks of Ionizing Radiation,Report of the General Assembly,with Annexes,New York,United Nations(1988)
(6)Final Report on Dose Estimation for Three Victims of JCO Accident,edited by K. Fujimoto,National Institute of Radiological Sciences(2001)
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