<解説記事ダウンロード>PDFダウンロード

<概要>
 モニタリングポストは,原子力施設における放射線および放射性物質の漏えい監視のために有用な装置である。この装置は空間線量率(μSv/h,nGy/h)や計数率(cpm,cps)のデータを定期的(たとえば10分ごと)に提供するものである。しかしながら原子力事故の早期の発見、あるいは異常データの的確な解釈にはこれらの情報だけで満足とはいえない。そこでγ線の飛来する方向を識別する全方向性γ線検出器を開発した。この検出器は、円柱を3等分した扇形をしたヨウ化ナトリウム(NaI(Tl))、ヨウ化セシウム(CsI(Tl))、ビスマスジャーマネイド(以下BGOと略) の3種類のシンチレータと光電子増倍管より構成されている。飛来方向によって、それぞれのシンチレータが作る光電ピークの計数が変化することを利用して方向を特定するものである。すでに137Cs(662keV)を用いた実験によって方向感度の特性を評価した。この結果、本検出器は全方向(0−360度)においてγ線の飛来方向の計測が可能なことが確認された。現在、新型モニタリングポストとして実用化開発を進めている。
<更新年月>
2005年09月   

<本文>
 現在のγ線シンチレーションサーベイメータやモニタリングポストは、主としてγ線の計数率(単位はcpm,min−1,cps,sec−1)や計数から誘導される空間線量率(μSv/h,nGy/h)を指示するものが主流である。ここではγ線の有するエネルギーと個数に関する情報が利用されている。しかしながら、
1)原子力施設の管理(原子力発電所、再処理工場など)
2)放射線施設の管理(工場、病院、加速器施設など)
3)放射線源の特定(放射線の漏えい、放射性物質の散逸、汚染など)
などの精度アップには従来の検出器では得られないγ線が飛来する方向に関する情報が必要である。特に原子力施設のモニタリングにおいては、例えば数値上昇、あるいは異常データが原子力施設が原因か、気象条件(雨、風、雪など)の変動起因か装置自体の誤動作かなどを迅速に判断し、対応をしなければならない。その判断のために「何処から飛んで来たガンマ線か?」を知ることが極めて需要である。そのために、0−360度に感度を有する全方向性γ線検出器を開発し、実用化を目指している。
 まず計測原理を説明する。120度の扇形の3種類のシンチレータ(γ線を受けるとエネルギーに比例した強度の発光を示す物質)を光学的に接合し、ひとつの円柱状のシンチレータを作る(図1)。そして垂直方向に光電子増倍管を結合して検出器とする。60度方向からγ線が飛来した場合はAシンチレータ自身の相互作用確率(光電効果に着目する)は最大となる(図1)。これはスペクトルにおける光電ピークの計数に対応する。180度の場合はBシンチレータ、300度の場合はCシンチレータで同様なことが起きる。すなわちスペクトルにおいて観察される3つの光電ピークの計数値は入射方向によって変化する。したがって、この変化を独自の指標を用い、0−360度の方向と関係付けることができれば入射方向を特定できる。この計測原理を実現するためにA、B、Cシンチレータに求められる性質として、1)統計的誤差を低減し短時間で測定を終えるためにγ線の検出効率が高いこと、2)スペクトル上で、いずれの検出器で光電効果が生じたかを識別するために発光強度に充分な差があること、が望まれる。上記の性質を満たすものとして、Aにはヨウ化ナトリウム(以下、NaI(Tl))、Bにはヨウ化セシウム(以下、CsI(Tl))、CにはBGOシンチレータを考え、試作機を設計・制作した。そして以下の条件で試験した(図2)。
・線 源  セシウム137(137Cs)、3.7 MBq、 661.7 keV
・検出器  NaI(Tl)-CsI(Tl)-BGOシンチレータ、光電子増倍管、前置増幅器
・信号処理 1024chの多重波高分析器を使用
線源距離 100 cm
・入射方向 θ = 0、30、60、・・、360度
・計数時間  300 sec
 線源は使用頻度の高い137Csを代表として用いた。取扱いを容易にするために微弱な密封線源を活用した。線源とシンチレータ中心までの距離を100 cmとした。この実験条件は、検出器、計数回路の時間分解能が問題とならないγ線入射数以内という前提では、例えば線源強度37 GBq、線源距離10m、計数時間3 secとγ線検出個数に関して等価である。
 実験で得られたスペクトルの代表として、γ線入射方向が60、180、300度のときのスペクトルを示す(図3)。NaI(Tl)シンチレータによるピークの位置は761チャンネルであった。CsI(Tl)、BGOシンチレータについては、それぞれ233、78チャンネルであった。実際のスペクトルから明らかなように3つの明瞭なピークが観察されていることから計測原理で述べたシンチレータの必要条件が満足されている。また入射方向30度刻みで得られたスペクトルからNaI(Tl)の最大ピークは60度近傍、最小ピークは240度近傍に得られた。同様な観察でCsI(Tl)については、180度近傍、360度近傍、BGOについては300度近傍、120度近傍にそれぞれ最大ピーク、最小ピークが見られた。本結果は計測原理どおりであった。
 線源および入射方向が同じでも線源の強さが異なる場合、あるいは検出器までの距離が異なる場合、ピークの大きさ、すなわちピーク領域の計数が異なる。したがって、線源の強さ、距離に不変で方向だけに関係する特徴量の導入が必要である。ここで、各ピークの計数値を、NaI、CsI、BGOと表現し、T=NaI+CsI+BGOとする。このTは3つのピークの総計数となる。さらに式を変形し、NaI / T + CsI / T + BGO / T =1 を得る。方向を表す特徴量Rとして、比率R = (NaI / T, CsI / T, BGO / T) を考えた。
 比率Rの要素である3つの比率は方向に対してサインカーブのように変化する(図4)。BGO / T が相対的に大きな値を示すのは、BGOシンチレータが高密度でγ線のピーク検出効率が最も大きいからである。逆にNaI / Tが相対的に小さな値を示すのはNaI(Tl)シンチレータが最も密度が小さく、γ線のピーク検出効率が小さいからである。CsI / Tは中間の挙動を示す。これらの比率は一つだけでは入射方向を特定できない。なぜなら一つの比率の値につき、それを満たす入射方向が2つあるからである。比率Rの3つの比率から任意の2つを用いて、両者の方向が一致したものを解とすればよい。すなわち入射方向が唯一つ決定できる。任意の2つを決めれば(残りの一つは決まるので、解は比率の選び方に依存しない。
 主たるピークの半値幅を用いて相対エネルギー分解能を求めた。NaI(Tl)、CsI(Tl)、BGOシンチレータに対して、それぞれ7.6%、8.5%、13.2%を得た。エネルギー分解能に関しては従来のシンチレータとほぼ同じ性能を持っていることが確認できた。したがって核種の同定能力も同じと考えられる。
 次に応用の可能性を示す。日本には固定式のモニタリングポストが約300基ある。その他にも可搬型のモニタリングポストがある。原子力発電所周辺には相当数のモニタリングポストが発電所およびその周辺に置かれている(図5図6)。線量率や風向、風速などの情報はネットワークによって集中管理されている。前述のようにこれらの情報に加えて方向情報が得られれば複数のモニタリングポストを利用した三角測量によって放射線の発生源の位置が特定できる(図7)。環境放射線による場合は特定位置がないとの判断が得られるので、仮に異常値がでても原子力発電所が原因ではなく、環境変動によるものとの判断が迅速に下せる。全方向性ガンマ線検出器の最も効果的な応用である。
 この計測原理はサーベイメータとしても応用できる。前方にNaI、後方にBGO、そして光電子増倍管を結合したプローブを試作し、0−90度方向に大きな感度をだすことに成功した(図8)。従来のNaIシンチレーションサーベイメータを改造することによって方向性検出器とすることができる(図9)。放射線漏えい箇所、行方不明の線源の探索などに効果が期待できる。
<図/表>
図1 検出器のシンチレータ部
図1  検出器のシンチレータ部
図2 実験装置
図2  実験装置
図3 60度,180度,300度の137Csのスペクトル
図3  60度,180度,300度の137Csのスペクトル
図4 応答特性
図4  応答特性
図5 モニタリングポストの設置場所
図5  モニタリングポストの設置場所
図6 モニタリングポスト
図6  モニタリングポスト
図7 2台のモニタリングポストによる発生源特定
図7  2台のモニタリングポストによる発生源特定
図8 0−90度方向検出器
図8  0−90度方向検出器
図9 γ線サーベイメータ
図9  γ線サーベイメータ

<関連タイトル>
環境放射線の測定法 (09-01-05-03)
被ばく管理のための種々の線量 (09-04-02-05)
環境集中監視システム (09-04-03-15)
環境放射線モニタリング (09-04-08-02)

<参考文献>
参考文献:
(1) 白川芳幸:タンデム検出器によるγ線の飛来方向とエネルギーの同時計測に関する基礎的検討、 RADIOISOTOPES, 50, 4, 117-122 (2001)
(2)白川芳幸:方向性検出器の感度特性、RADIOISOTOPES, 52, 3, 111-117 (2003)
(3)Shirakawa, Y. :Development of directional detectors with NaI(Tl)/BGO scintillators, Nucl. Instr. and Meth. in Phys. Res B213,255-259 (2004)
(4)白川芳幸:全方向性γ線検出器の開発、RADIOISOTOPES, 53, 8, 445-450 (2004)
(5)白川芳幸:放射線漏えい監視のための全方向性γ線検出器の開発、原子力eye、51,7,64-67(2005)
(6)野口正安、富永 洋:“放射線応用計測”、日刊工業新聞社、東京(2004)
JAEA JAEAトップページへ ATOMICA ATOMICAトップページへ