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<概要>
 放射線作業者の「年線量当量の総和」対「15mSv以上の年線量当量の部分和」の比を集団線量比率(Collective Dose Ratio)という。この比率の大きい職業グループは被曝管理上特別な注意が必要と見なされる。この比率は原子放射線の影響に関する国連科学委員会で導入(1977)され、通常0.05−0.5の範囲にあると評価(1982)されている。我が国の集団線量比率も通常この範囲にある。
<更新年月>
1998年05月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 (1) 導入の背景
 原子放射線の影響に関する国連科学委員会は、1977年報告附属書Eに「職業被曝による線量」という課題を取り上げ、職業被曝統計のあり方を本格的に検討した。これは、国際放射線防護委員会ICRP)が1977年勧告を作るのに際し、作業者の年線量の実態を示すのに役立つものであった。すなわち、世界各国から集めた職業被曝データを比較検討し、1)被曝をもたらす行為の正当性、2)このための放射線防護の最適性、3)被曝実態の年代的動向、及び4)高いリスクレベルにある職業、を示す判断材料を提供した。このような活動は現在も続いている。この中で高いリスクレベルにある職業を示す指標として集団線量比率が示された。
 (2) 定義
 1982年の国連科学委員会報告書によると、被曝を伴う行為に従事した全作業者の年集団線量をM、その内15mGy以上被曝した作業者による年集団線量をM(>15)として、年集団線量分布比MRは、MR=M(>15)/Mと定義される。また、1988年の同報告書ではこの比率を実効線量当量の単位で定義し、年集団実効線量当量分布比と呼んでいる。
 他方、米国放射線防護測定審議会NCRP)ではこの比率を年線量当量の単位で定義し、簡単に集団線量比率(Collective Dose Ratio)と呼び、その略語は連想し易くCRと表現している。また、国際的に影響力のある米国原子力規制委員会(NRC)の職業被曝報告書も同じ表現を使用している。従って、ここでは表現の簡単な米国流の表現に従っている。
 (3) 線量制限体系と年線量分布
 国連科学委員会は1977年報告書で、ICRP Publ.26で示された線量制限体系に合うような職業グループ内の年線量分布形を検討し、規格分布(reference distribution)と呼ぶ年線量分布を示した。これは(1)年線量の分布は対数正規分布に従い、(2)その分布の平均は年線量限度の1/10で、かつ(3)年線量限度を超える被曝者の割合は0.1%以下である、というものである。すなわち、条件(1)は年線量Xを対数変換し、Y=logXとしてYが平均u、分散S2正規分布、またはZ=(logX−u)/sとしてZが平均0、分散1の標準正規分布をすること、条件(2)は対数正規分布の算術平均exp(u+s2/2)が5mSvに等しいので、exp(u+s2/2)=5となること、条件(3)は標準正規分布の0.1%点が3.09023であるので、 (log50−u)/s=3.09023となること、を示す。これらの条件からu、sを求めると、規格分布は年線量Xの対数値Yの平均が1.2339、分散が0.86662となるXに関する対数正規分布、あるいは (logX−1.2339)/0.8666に関する標準正規分布として表される。
 (4) 規格分布と年集団線量分布
  図1 に前述した規格分布の頻度曲線を実線で示す。この実線グラフは年線量による作業者の頻度分布(正確には確率密度関数)を表す。すなわち、年線量がx〜x+dxにある者の数を全作業者数で除したものである。ここで、年線量がx〜x+dxにある者による集団線量を全作業者による集団線量で除した量が定義される。これを年集団線量分布または簡単に集団線量分布と呼ぶ。規格分布の条件(1)〜(3)を用いると、年集団線量分布は年線量Xの対数値Yの平均が1.9849、分散が0.86662となるXに関する対数正規分布、あるいは (logX−1.9849)/0.8666に関する標準正規分布として表される。
 図1に規格分布から求めた年集団線量の頻度曲線(正確には確率密度関数)を点線グラフで示す。2つの頻度曲線を比べると、実線グラフは1.6mSvにピークを持つのに対して、点線グラフは3.4mSvにピークを持ち、年集団線量の頻度曲線の方が年線量の高い方にずれている。これは、年線量の大きい方が集団線量への寄与も大きいためである。
 図1の2つのグラフは年線量限度50mSvに近づく作業者の数がいかに減少するか、またそれに伴う年集団線量の寄与がどのように減少するか、を示している。規格分布に対する集団線量比率は点線グラフの15mSv以上の部分の面積に対応し、この比率は0.202である。すなわち、年線量の分布が規格分布に一致する職業グループでは年線量が15mSvを超える4.4%の作業者で20.2%の年集団線量の寄与を示すことになる。
 (5) 実際の年線量分布と集団線量比率
 日本における実際の年線量分布と年集団線量分布を示し、先の規格分布のそれと比較した後、実際の集団線量比率を推定しよう。原子力発電に関しては原子力安全委員会刊行の原子力安全白書、また研究・教育、一般工業、非破壊検査、医療の4分野に関しては千代田保安用品株式会社及び長瀬ランダウア株式会社刊行の小冊子に公表された放射線作業従事者の年線量区分による統計データを用いた。これらのデータは同じ年線量区分で示されておらず、さらに集団線量比率を計算するのに必要な15mSvの年線量区分を必ずも持っていないため、年線量分布を表す適当な分布モデルにデータをあてはめる必要がある。いずれの職業分野のデータも、年線量の分布は対数正規分布よりも混成対数正規分布(対数正規分布に比べ被曝規制の影響を受け高い被曝ほど発生頻度が減少した分布)によく適合するので、混成対数正規分布にあてはめた結果を示す。
  図2 に日本の1989年度における原子力発電の年線量分布(実線)と年集団線量分布(点線)の頻度分布(正確には確率密度関数)を示す。これらの曲線グラフを図1の規格分布のそれと比較すると、実際の頻度分布は年線量分布も年集団線量分布も年線量の小さい方にあることが知られる。すなわち、実際の年線量は規格分布よりもさらに年線量限度に近づかない傾向となっている。他の職業分野でも同じ傾向が認められる。
 1989年度における集団線量比率を推定すると、平均0.02mSvの研究・教育で0.04、平均0.11mSvの一般工業で0.28、平均1.2mSvの非破壊検査で0.23、平均1.68mSvの原子力発電で0.11、平均0.40mSvの医療で0.13となる。これらの集団線量比率はいずれもほぼ0.05〜0.5の範囲にある。ただし、日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)の場合などのように集団線量比率がゼロ、すなわち15mSvを超える年線量の作業者がいない職業グループもいくつかある。
 (6) 集団線量比率を用いる場合の注意
 年線量の平均を求め、職業グループ間を比較することはよくある。この場合、年線量の分布を正しく把握しておかないと、意味がなくなる。というのは極端に大きな値のデータが混入すると平均が不合理に大きくなるからである。これと同じように、集団線量比率を用いる場合も、年集団線量分布を正しく把握しておくことが重要である。すなわち、職業グループ間の作業者の被曝を比較する基本は人員、年線量分布及び年集団線量分布であり、その確認の上で年線量の平均や集団線量比率が有効に利用できる。
 米国環境保護庁の職業被曝報告書では、年線量分布と年集団線量分布の1960〜1985年間における推移が、種々の産業分野について推定されている。これを参考にすると集団線量比率はこの25年間の被曝低減傾向を表す簡便な指標であることが確かめられる。
<図/表>
図1 年線量の規格分布とその年集団線量分布に対する頻度分布
図1  年線量の規格分布とその年集団線量分布に対する頻度分布
図2 日本の原子力発電に伴う年線量分布と年集団線量分布に対する頻度分布(1989)
図2  日本の原子力発電に伴う年線量分布と年集団線量分布に対する頻度分布(1989)

<関連タイトル>
職業被ばくの評価 (09-04-04-08)
集団線量 (09-04-02-10)

<参考文献>
(1)UNSCEAR 1977年報告附属書E、1982年報告附属書H、1988年報告附属書B。
(2)NCRP:“EXPOSURE OF THE U.S. POPULATION FROM OCCUPATIONAL RADIATION,”NCRP Report No.101(1989)。
(3)NRC :“Occupational Radiation Exposure at Commercial Nuclear Power Reactors and Other Facilities 1987,” U.S.NRC Twentieth Annual Report NUREG-0713 Vol.9(1990)。
(4)EPA :“Occupational Exposure to Ionizing Radiation in the United States, A Comprehensive Review for the Year 1980 and a Summary of Trends for the Years 1960-1985,”U.S.EPA Report EPA 520/1-84-005(1984)。
(5) 原子力安全委員会:平成2年度 原子力安全白書、平成2年12月
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