<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 原子力施設に係わる放射線防護
<小項目> 放射線防護の基礎
<タイトル>
ICRPによる放射線被ばくを伴う行為の正当化の考え (09-04-01-06)

<概要>
 放射線被ばくを伴う「行為の正当化(The justification of practice)」は、「防護の最適化(The optimization of protection)」及び「個人の線量限度(The dose limits for individuals)」とともに1977年国際放射線防護委員会ICRP)勧告で提案された線量制限体系(The dose limitation system)の基本的原則の一つである。その内容は「放射線被ばくを伴ういかなる行為も、その導入が正味でプラスの便益を生むのでなければ採用してはならない」というものである。この原則は他の基本原則とともに、その後のICRP勧告においても堅持されている。
<更新年月>
2012年02月   

<本文>
 国際放射線防護委員会(ICRP)は放射線防護の目的を以下のように定義している。
(1)放射線被ばくを伴う行為であっても明らかに便益をもたらす場合には、その行為を不当に制限することなく人の安全を確保すること。
(2)個人の確定的影響の発生を防止すること。
(3)確率的影響の発生を減少させるためにあらゆる合理的な手段を確実にとること。
 ICRPはこれらの目的を達成するために、放射線防護体系に、正当化、最適化、線量限度という三つの基本原則を導入することを勧告している。このうち、正当化に関する考え方について歴史的経緯と現在の適用状況について以下に解説する。
1.放射線被ばくを伴う行為の正当化に関する考え方の変遷
 行為の正当化(The justification of practice)は、上記のとおり、放射線防護の基本原則の一つである。1965年の国際放射線防護委員会勧告(ICRP Publication 9)では、「制御されている線源」からの被ばくによるリスクの制限について次のような考え方が示された。(1)職業被ばくのリスク(危険度)については、高い安全水準にある他の産業より小さいか同じ水準であること。
(2)公衆被ばくのリスク(危険度)については、通常の日常生活において容認されている他のリスク(危険度)より小さいか、同じ水準であること。
(3)他の方法では享受できない便益をもたらすという観点から、正当化されていなければならない。
 また、「制御されていない線源」から予測し得ない被ばくが起こるような条件下では、もはやその危険度を何らかの便益と比較することは意味をなさないため、被ばくの量を制限し、かつ復旧の機会を増大する目的でどのような救済処置を取りうるかが問題となる。このような場合、救済措置に伴う危険または社会的負担をどの程度まで許容するかは、措置をとることによる危険の軽減の程度と比較して判断しなければならない。
 1965年勧告では、「経済的および社会的な考慮を計算にいれた上で、すべての線量を容易に達成できる限り低く(As Low As Readily Achievable)保つべきである」とされ、ICRP Publication 22「線量は容易に達成できる限り低く保つべきであるという委員会勧告の意味について」(1973年)においても「線量低減による経済的・社会的便益が線量低減に必要な経済的・社会的費用と等しくなるようにすることで、すべての線量を容易に達成できる限り低く制限できる」という表現が用いられた。ただし、この報告ではreadilyが本来意味するところは、より正確にはreasonably(合理的に)で表されることが明記され、それ以降は「合理的に達成できる限り低く(As Low As Reasonably Achievable)」という表現が定着した。また、ここで「すべての線量」とは「正当化しうる被ばくに伴う線量」であるとされ、正味でプラスの便益を生じるかどうかを判定するための具体的な分析方法として、費用−便益分析を紹介している。
2.ICRPが現在提案している行為の正当化の考え方
 ICRPの1977年勧告(ICRP Publication 26)(参考文献7)では、以下の基本原則に基づく線量制限体系を勧告した。
 (a)いかなる行為も、その導入が正味でプラスの利益を生むのでなければ、採用してはならない。(行為の正当化)
 (b)すべての被ばくは、経済的および社会的な要因を考慮に入れながら、合理的に達成できるかぎり低く保たれねばならない。(放射線防護の最適化)
 (c)個人に対する線量当量は、委員会がそれぞれの状況に応じて勧告する限度を超えてはならない。(個人の線量当量の限度)
 この1977年勧告で「正味でプラスの便益」といわれていた表現は、ICRP Publication 22で提案された費用−便益分析の考え方を引き継ぐものである。
 1990年勧告(ICRP Publication 60)以降においてもこれらの基本原則は維持されているが、「線量当量」という概念は「線量」と呼ぶように改められた。また、行為の正当化は、「放射線被ばくを伴ういかなる行為も、その行為によって、被ばくする個人または社会に対して、それが引き起こす放射線損害を相殺するのに十分な便益を生むものでなければ、採用するべきでない」という表現で勧告されている。
 行為の正当化に際して「正味でプラスの便益」を生むかどうかを判定するために考慮しなければならない要因はきわめて多岐に及ぶため、「すべての便益と損害」をそれぞれどのように定量評価すれば合理的な正当化が可能であるかについては、いまだ十分な合意が得られていない。そこで、ICRPは個別の選択肢の便益と損害を評価し、プラスの正味便益があることを確認する作業までを「正当化」の範囲としている。最終的な意思決定には放射線以外の要素を考慮する必要があるため、放射線防護の領域を超えた判断を要すると考えられている。
 さらに、放射線利用行為が「他の方法(代替案)では享受できない便益をもたらすという面からも正当化される」ことを担保するために、実現可能性のあるすべての代替行為についても、それぞれ便益と損害(あるいはリスク)を考慮しなければならないと一般的に考えられている。
3.2007年勧告における医療放射線利用の正当化
 ICRPの2007年勧告では、医師の経験、専門的判断、良識を尊重しつつ、できるだけ定量的な意思決定支援の技術を適用すべきとし、正当化の原則が以下の3つのレベルに適用されるとしている。(ICRP Publication 105(2008))
○レベル1:医療における放射線利用自体の正当化
 医学における放射線利用は、患者に害よりも便益を多く与える場合に許容される。このレベルの正当化は現在では当然のこととなっており議論の対象になり得ない。
○レベル2:特定の症状を示す患者に一定の医療行為を適用することの正当化
 特定症状を示す患者の胸部撮影、あるいは病気が発見され、治療される可能性のあるリスクを負った個人のグループに対する行為の正当化が該当する。
 このレベルの正当化の目的は、放射線医学的手法が診断あるいは治療を一般に向上させるか否か、あるいは被ばくした個人について必要な情報を提供するかどうかを判断することにある。放射線医学的手法の正当化は各国の放射線防護当局と専門家が検討して一般原則を定めるべきものである。その際、一般原則は国、地域を超えた普遍的なものでは必ずしもないとの認識のもとに、国、地域の事情を踏まえて正当化の判断を行うことが必要とされる。
○レベル3:個別の患者に特定の医療行為を適用することの正当化
 放射線医学的手法の適用が個別の患者について正当化されていなければならない。換言すれば、その手法の適用により、当該患者に損害よりも便益を多く与えると医師が判断することが必要である。通常、一般的にすでに正当化されている簡単な診断方法を適用する際には追加の正当化は不要であるが、複雑な診断や高線量の検査においては個別の正当化が特に重要であり、利用可能なあらゆる情報(代替手法の詳細、個別患者の特徴、予想被ばく線量、検査履歴など)を考慮すべきである。それゆえ、すべての個々の医療被ばくは、その被ばくの特定の目的と、関係する個人の特性を考慮してあらかじめ正当化されるべきである。
 なお、IAEAは2007年と2008年に学際的な専門家を集めた会議を開催し、医療被ばくの正当化に関して、より踏み込んだ議論を行った。その中で、1)医療関係者と患者の双方が放射線のリスクを正しく認識し、患者の自発的同意の下で当該医療行為を実施すること、2)検査の適切性を保証すること、3)正当化が適切に行われているかどうかを点検・評価することが強調されている。
4.環境放射能の制限に対する考え方
 自然放射線源からの被ばく及び医療被ばくは、ここでいう「制御可能な線源」に含まれず、従来は「行為の正当化」の検討対象外であった。しかし、自然放射線源からの被ばくについては、近年の調査によりきわめて高い空気中ラドン濃度を有する家屋が見いだされたため、ICRP Publication 39「自然放射線源に対する公衆の被ばくを制限するための諸原則」(1983年)において従来の考え方が大きく変更され、救済措置によって経済的・社会的に容易に被ばく線量が低減できる場合には、その導入について「行為の正当化」を検討すべきであるとされている。
 1990年勧告では、一般公衆の安全が保証されるレベルの防護が実現すれば、他の環境生物種は安全であると判断したが、生物の個体レベルでの安全は必ずしも保証されない、との但し書きがついていた。2007年勧告ではすべての被ばく状況に適用でき、ヒトの存在しない環境でも生物の防護を保証する放射線防護体系を構築する必要があると判断した。
(前回更新:2002年1月)
<関連タイトル>
放射線被曝によるリスクとその他のリスクとの比較 (09-04-01-03)
ICRPによって提案されている放射線防護の基本的考え方 (09-04-01-05)
ICRPによる放射線防護の最適化の考え (09-04-01-07)
ICRP勧告(1990年)による個人の線量限度の考え (09-04-01-08)

<参考文献>
(1)ICRP Publication 9, Pergamon Press, 1966
(2)ICRP Publication 22, Pergamon Press, 1973
(3)ICRP Publication 26, Pergamon Press, 1977
(4)ICRP Publication 42, Pergamon Press, 1984
(5) ICRP Publication 39, Pergamon Press, 1983
(6)ICRP Publication 60, Pergamon Press, 1990
(7)ICRP Publication 103, :Elsevier, 2007
(8)日本アイソトープ協会(訳):「国際放射線防護委員会勧告」ICRP Pub.9(1974)
(9)伴 信彦:医療被ばくの正当化と最適化、保物セミナー2009
(10)J.Valentin:Annals of the ICRP, ICRP Publication 105(日本語版)、医療における放射線防護、http://www.ICRP.org/docs/p105_Japanese.pdf
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