<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 原子力施設による健康影響
<小項目> 放射線事故
<タイトル>
千葉市におけるイリジウムによる放射線被ばく事故 (09-03-02-11)

<概要>
 1971年9月、千葉県内のある造船所の構内で、作業員が非破壊検査用の強力な放射線源であるイリジウム192(5.3ci,1.63E12Bq)を拾った。それが何なのかわからないまま好奇心からズボンのベルトにさし、下宿に持ち帰った。下宿を訪ねた5人とともに6人(年令:20〜30才)が被ばく放射線急性障害が生じた。そのうちの1人は、右手の潰瘍(かいよう)と糜爛(びらん)を繰り返し、22年後に血管の萎縮による右第1指(親指)と第2指(人差し指)の拘縮と骨の萎縮、病原菌による感染と疼痛が生じ、この2本の指を切断した。
<更新年月>
1999年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.事故の状況
 千葉市のある造船所構内で、作業員の1人(B)がステンレス製の鉛筆のようなものを拾った( 図1 )。Bは、それが何なのかわからないまま好奇心からズボンのベルトにさし、下宿に持ち帰った。夕刻、彼の下宿を訪ねた5人の仲間が、その鉛筆のようなものに次々と触ったり、眺めたりした。そのうちの2人(AとE)は、その部屋に泊まった。その後4日間、この部屋には数人の仲間が何回か出入りした。この造船所では、放射線を利用して製品検査を行う非破壊検査が行われていた。この検査に用いる強力な放射線源であるイリジウム192(5.3Ci,1.63E12Bq)が紛失していることがわかり、懸命に探したが見つからず、科学技術庁(当時)にそのことを届けでた。Bがステンレス製の鉛筆のようなものを拾ってから1週間後、彼の下宿でそれを触った仲間の1人が、自分たちの触った鉛筆状の奇妙なものがこの線源ではなかったかと探したところ、下宿の庭に落ちているのを発見した。この線源は強力なガンマ線を放射するので、触ったり近くにいた人に放射線急性障害を引き起こし、この6名(年令:20才〜30才)は検査のため千葉市にある科学技術庁放射線医学総合研究所(放医研(現独立行政法人放射線医学総合研究所))に入院した。
2.被ばく線量の推定
 医療処置をする前に次の2つの方法で被ばく線量を推定した。まず、被ばくした人達が被ばく当時に身につけていた物で放射線量を知る手がかりになる物を探したところ、3名が腕時計をつけていたことに気がついた。当時の腕時計にはルビーが使用されていた。ルビーはガンマ線を受けると熱発光現象を示すことが知られている。そこで、ルビーの熱発光量を測定し被ばく線量を推定した(物理学的線量評価)。
 6人に当時の行動を思い出してもらい、全員の下宿での在室時間表を作って各人の被ばく線量を推定した(事故の再構築)。また各人の血液中のリンパ球を培養し、染色体の異常がないかを調べた。血液中の白血球のうちリンパ球は放射線に対する感受性が高く、放射線に被ばくすると染色体異常を引き起こし、異常の出現する頻度は被ばくした線量に比例するので、各人の被ばく線量を推定することが可能である(生物学的線量評価)。この2つの方法で推定した線量は驚くほどよく一致した( 表1 )。
3.急性放射線障害
 急性障害の全身症状としては、最も被ばく線量の大きかったAだけが、被ばく1日目に食欲不振と吐き気におそわれたが、これは急性放射線症の症状のひとつである( 表2 )。次に骨髄での造血障害を詳しく調べると、数人に白血球の減少等の造血障害があった。最も強い症状はAだった。第2週から第7週にかけて、貧血、白血球および血小板の減少がみられ、軽い出血傾向の増大がみられた。
 皮膚障害では、線源を持ち帰ったBと比較的長時間触れていたAには、線源が触れた部分に26〜91Gy(グレイ)程度の被ばくを受けたと考えられ、9月末から痛みの強い紅斑や水泡ができた。線源が臀部(でんぶ)にあたったBには臀部に大きな潰瘍(かいよう:皮膚粘膜層において深部まで及んだ表面の欠損)と壊死(えし:生体の局所組織または細胞の死滅)が生じた( 図2 )。生殖器では全員に造精障害がみられた。線源をベルトにぶらさげたBは睾丸に1.75Gy程度の放射線を浴びたことになり、一時的な無精子症になった。
 外部被ばくによる障害の場合、被ばく直後にははっきりした症状は出現しない。しかし、ある程度以上の放射線を全身に受けると、感染に対する抵抗力が落ちたり、出血しやすくなる。Aには典型的な症状があったので、心身の安静、栄養補給、感染防護等の一般処置を行いながら、特に無菌室に収容して、抗生物質の投与も行った。その結果、Aは最も白血球の減少した時期にも感染することなく、順調に回復過程に入った。さらに、皮膚障害に対しては局所の感染防止に主点をおいて治療したところ、順調に回復した。
 困ったことに、Bの場合は、右手の指が瘢痕(はんこん:組織の欠損補充にあたって再生した結合組織(内芽組織))萎縮を起こして伸びなくなった。日常生活に不便なので、2回にわたって東大形成外科で手術し、腹壁の皮膚を移植した結果、指が曲がるようになった。その後、全員が急性放射線障害から順調に回復し、1972年3月までに全員が退院した。
4.後発性障害
 事故後9年目までは、B、A両名の皮膚障害は瘢痕以外の異常は認められなかった。その後Bの右手は潰瘍と糜爛(びらん:皮膚または粘膜層における比較的表面の組織欠損。さらに深部にまで及んだときは潰瘍という)が繰り返し生じ、右第1指(親指)、第2指(人差し指)の拘縮(こうしゅく:関節の固着)と骨の萎縮が始まった( 図3 )。さらに、1993年には、病原菌による感染と疼痛が現れ、この2本の指を切断せざるを得なくなった。病理学的検査の結果、血管の萎縮によることがわかった。
<図/表>
表1 推定全身平均被ばく線量
表2 急性期に見られた被ばくによる症状
図1 工員により拾われた192Irの線源
図2 臀部に見られた放射線による潰瘍(急性症状)
図3 被ばく22年後に見られた指の拘縮と骨の萎縮

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<関連タイトル>
放射線の急性影響 (09-02-03-01)
放射線の造血器官への影響 (09-02-04-02)
放射線の生殖腺への影響 (09-02-04-03)
放射線の皮膚への影響 (09-02-04-04)
放射線と染色体異常 (09-02-06-01)
放射線障害に対する治療法 (09-03-05-01)

<参考文献>
(1) Hashizume T. et al.:Dose estimation of nonoccupational persons accidentally exposed to 192Ir gamma-rays. J.Radiat.Res, l4,320-327(l973)
(2) Ishihara T. et al.:Chromosome aberrations in persons accidentally exposed to 192Ir gamma-rays,J.Radiat.Res,14,328-335(1973)
(3) Sugiyama H. et al.:Clinical studies on radiation injuries resulting from ac-cidental exposure to an iridium 192 radiographic source, J. Radiat. Res., l4,275-286(1973)
(4) Hirashima K. et al.:Hematological studies of six cases of accidental exposure to an iridium radiographic source J. Radiat. Res.,l4,287-296(l973)
(5) Nakamura W. et al.:Biochemical analyses of some metabolites in urine and blood in persons exposed accidentally to a source of 192Ir,J. Radiat. Res.,l4,304-320(1973)
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(7) Hirashima K. et al.:The l97l Chiba,Japan,Accident-Exposure to Iridium 192. K F Hudner and S S Fry(eds),The Medical Basis for Radiation Accident Preparedness,Elsevier North Holl and,Inc.(1980)
(8) Akashi M.:An accident of exposure to an 192-iridium source in Chiba, Japan:Angiopathy 22 years after exposure. Report of the sixth coordination meeting of WHO collaborating centers in REMPAN, WHO, Geneva(1996)pp64-72.
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