<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 原子力施設による健康影響
<小項目> 放射線事故
<タイトル>
英国ウィンズケール原子力発電所事故における放射線被ばくと防護対策活動 (09-03-02-02)

<概要>
 1957年英国のウィンズケール原子力発電所黒鉛減速ガス冷却炉)に生じた火災で、燃料棒の損傷事故により洩れていた放射性ヨウ素が、炉の冷却による送風や放水などの消火活動に伴って大気中に放出された。サイト内では作業者に対して屋内退避とマスク着用とが指示された。周辺住民に対する指示はなかった。空気、降下物、牛乳を始めとする食品中の放射能や空間線量の監視が行われた。ヨウ素剤の服用の勧告はなかった。3.7E4 Bq/リットル以上の131I濃度の牛乳を飲むことは禁止された。この結果子どもでは、牛乳摂取制限を行わなかった場合の推定被曝線量である360mSvの75%を避けることができ、成人では対策の効果がさらに大きかった。
<更新年月>
1998年05月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.事故発生の経緯
 英国にあるウィンズケール1号炉は空気冷却方式のプルトニウム生産発電両用の黒鉛減速(ガス冷却)型原子炉である。1957年10月7日に正常運転を停止し、中性子減速材である黒鉛の中に蓄積されているウィグナーエネルギー(注1)を、加熱操作の制御しながら放出している間に、加熱操作および制御棒操作の誤りから発生した熱のため燃料棒が損傷し、放射能漏れの事故を起こした。黒鉛減速型原子炉では、運転中黒鉛中にウィグナーエネルギーが蓄積される。黒鉛に生ずる物理的、化学的性質の変化を避けるために、このウィグナーエネルギーは制御しながら放出されなければならない。ウィグナーエネルギーの放出(注2)が静まり、黒鉛内の隙間が減り体積が減少したために、黒鉛の一部が抜け落ちる恐れが生じた。抜け落ちるのを防ぐために炉を再臨界して黒鉛を加熱した。しかし原子炉の計測装置の数が十分でなく、計測装置を設置する場所も適切ではなかった。このため的確な状況判断が出来なかった。さらにこの臨界操作を実施することはタイミングとしては早すぎ、またあまりに性急であった。このような放出操作や判断の誤りにより、黒鉛が過熱し、冷却空気によって着火したことが火災の直接の原因となった。恐らく2本以上のウランカートリッジに欠陥を生じて白熱状態となり、核分裂性物質が放出された。炉心を冷却するために空気を送り込んだ時期と、完全に鎮火させるため炉に水を注いだ時期の2回に、合計7.4E14 Bq の131Iが大気中に放出された。放射性核種の放出は10日14時に始まり12日15時10分に終息した。

(注1)[ウィグナーエネルギー(Wigner energy)]
 高速中性子照射で、結晶格子内の原子が正規の位置から移動して、物理的、化学的性質が変化する現象。黒鉛を例に取ると、炭素原子が中性子により結晶面と結晶面との間にたたきだされて、黒鉛中にエネルギーが蓄積される。これをウィグナーエネルギーと言う。低温で黒鉛に起こる現象で、冷却材に裂け目を生じたり、冷却材を圧迫したりすることになる。

(注2)[ウィグナーエネルギーの放出(Wigner energy release)]
 ウィグナー効果で黒鉛中に蓄積したエネルギーは、黒鉛を300〜400℃で加熱すると放出される。このため黒鉛炉では定期的に運転を停止し、加熱操作を行う必要がある場合がある。これをウィグナー放出という。またウィグナー効果により原子炉内に蓄積したエネルギーが、何らかの原因で一時に放出される現象もウィグナー放出という。

2.放射能や空間線量レベルと被曝防護対策
 一般公衆への潜在的健康影響の点で最も重要な放出核種は131Iと210Poであった。90Srと137Csもかなりの量が放出された。
 (1) サイト内の被曝防護対策
  事故サイト内では屋内退避とマスクの着用とが指示された。
 (2) 一般公衆の被曝防護対策
  一般公衆への対策として、カンブリア警察署長に対して事故の規模が緊急事態に発展する可能性が通告されたが、公衆に対する直接の指示はなかった。事故発生直後に開始された放射能調査の結果を解析して、放射性核種の大気放出が確認された。
  a)実施された被曝防護対策
   公衆の放射線防護対策として 1)外部被曝線量、 2)放射性核種の吸入量 、3) 汚染した食品や水からの放射性核種の摂取量につき調査を開始することが決定された。10日15時には原子力発電所の南へ、17時には北部へ放射能測定車が出発し、徹夜で放射能や放射線の監視を行った。放射性核種が放出されている間、事故サイト内とカンブリア地方で空気中の放射性核種濃度の測定が続けられた。
  b)空間線量と外部被曝
   原子力発電所の南3−5kmの地点で、1.5−2μSv/時間の空間線量が実測されたが、これは対策を必要としないレベルであった。北ではさらに低かった。この空間線量率は8−9日の半減期で減少した。外部被曝は主に133Xeによって生じた。
  c)空気中の放射能濃度および被曝防護対策
   空気中のβ線放出核種濃度は事故サイト内で最大1.5E4 Bq/立方メートル、平均150 Bq/立方メートルであったが、事故サイトの外では10日夜1.0E3 Bq/立方メートルの最大値が原子力発電所の南西方向 3.2kmで検出された。そのほかの地域の濃度はさらに低く、11日12時からは急速に減少した。その濃度は「気がかりではあるが、危険ではないレベル」と判定され、屋内退避やよう素剤服用の対策は実施されなかった( 表1 参照)。
  d)牛乳中の131I濃度と被曝防護対策
   10月12日正午に牛乳中の131I濃度について最初の定量値が報告された。同日15時にSeascale産の同日朝の牛乳に3.7E4 Bq/リットル の131Iが検出されたため、12日21時に3.7E3 Bq/リットル 以上の131I濃度を示す牛乳の集荷禁止が指示された。これによりウィンズケール発電所の半径 3.2km以内の牛乳の集荷が見合わされることになった。13日から15日の分析結果から、集荷禁止地域はBarrow半島からウィンズケール発電所の北10kmまでの 518平方キロメートルに広げられた。その後さらに試料を集める地域を拡大して汚染調査を行ったが、牛乳の集荷禁止地域をさらに広げる必要のないことが判明した。牛乳中の131I濃度の監視は初期には禁止区域外に接する周縁部を重点的に行った。汚染の分布状況が判明した後は、禁止区域内の調査に重点を移した。事故直後に限ると延べ3000検体を測定した。この期間の後半には90Srと137Csが監視の対象核種であった。
   牛乳集荷禁止の解除の指示は10月31日の東部地域に始まり、南部へと広げられた。11月4日にはウィンズケール発電所の南19kmの海岸沿いを禁止地域として残すのみとなった。この地域では11月23日に集荷禁止の指示が解除された。集荷禁止の期間は8週間に及んだことになる。延べ3百万リットルの牛乳が、海へ投棄された。
  e)その他の食品からの被曝防護対策
   牛乳以外の放射能調査の対象とされた食品は、野菜、肉(甲状腺と骨を含む)、卵、水であった。いずれの食品も出荷を禁止する必要はなかった。飲料水中の放射性核種濃度についても健康上問題になるレベルではなかった。
3.被曝線量と対策の効果の評価
 (1) 甲状腺被曝線量
  該当する地域の住民の甲状腺被曝線量は、成人で平均5−20mSv 、子どもで10−100mSvであった。甲状腺の131Iの直接測定から推定した最大線量は子どもで160mSvであった。
 (2) 牛乳の集荷禁止がない場合の予測甲状腺被曝線量
  牛乳の集荷禁止指示がなかった場合に推定される甲状腺被曝線量は成人で70mSv 、子どもで360mSvである。
 (3) 実施した対策による線量低減の評価
  牛乳集荷禁止の対策が迅速に実施された結果、子どもでは一般的に最悪ケースの75%、最も被曝した子どもで同55%の線量を受けずに済んだ。成人ではさらに対策の効果が大きかった( 表2 参照)。集団実効線量当量ではカンブリア地方で 150人・Sv、英国全体で1900人・Svであった。牛乳の集荷禁止指示の対策を実施したことで、同地方で 108人・Svの線量を避けることができた。実施された対策が適切であったので、被曝線量が当時の放射線防護基準を超えることはなかった。
<図/表>
表1 時間積算放射能濃度と公衆の退避を要する緊急時参照レベル
表2 ウィンズケール発電所における事故後の131Iからの甲状腺被曝線量

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<関連タイトル>
米国TMI事故の健康への影響 (09-03-01-04)
チェルノブイル事故による健康影響 (09-03-01-06)

<参考文献>
1)K.F.Baverstock:Countermeasures at the Windsccale Accident,The Origin of the Emergency Refernce Level Concept and its Subsequent Evaluation,In:radiation protection-53,Proceedings of Seminar on Comparative Assess ment of the Environmental Impact of Radionuclides Released during Three Major Nuclear Accidents:Kyshtym,Windscale,Chernobyl,Luxemberg,1-5 October 1990,Report EUR 13574(1990)
2)D.Jackson,S.R.Jones:Reappraisal of Environmental Countermeasures to pro tect Members of the Public Following the Windscale Nuclear Reactor Accident,1957.,idid.
3)C.A.Robinson:Windscale and Chernobyl:A Comparison of the Countermeasures taken in the UK.,idid.
4)G.Arapis,R.Millan,E.Iranzo:Comparison of the Countermesures taken for the Recovery of Rural Areas contaminated by Radioactivity.,idid.
5)Ionizing Radiation:Sources and Biological Effects,UNSCEAR 1982 Report. 6)Sources,Effects and Risks of Ionizing Radiation,UNSCEAR 1988 Report.
7)放射線医学総合研究所(監訳):放射線の線源、影響及びリスク、原子放射線の影響に関する国連科学委員会総会への1988年報告書、付属書付、実業公報社(1990年3月)8)放射線医学総合研究所(監訳):放射線とその人間への影響、テクノプロジェクト(1984年7月)
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