<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 原子力施設による健康影響
<小項目> 健康影響調査
<タイトル>
チェルノブイル事故による健康影響 (09-03-01-06)

<概要>
 1986年4月に発生したソ連、チェルノブイル原子力発電所の事故は、これまでに起こった原子力施設事故で最大の環境被害をもたらしたものである。国連科学委員会(UNSCEAR)1988年報告によると、事故時に原子炉サイトにいて急性の影響を受けた人の数は203人であり、放射線の急性効果による死者は28人である。一般住民には急性の影響はなかった。1990年から1991年にかけて国際諮問委員会のもとで行われた国際チェルノブイル計画によると、現在の所、事故時に高線量を被曝した人以外、周辺の一般公衆のあいだでは放射線被曝に由来すると考えられる健康影響(疾病、障害の発生)と自然発生率との有意の差は確認できない。しかし、将来にわたってのある種の腫瘍の発生率増加の可能性を否定できるほどの証拠はなく、今後の継続的調査が必要である。
<更新年月>
1998年07月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.
 1986年4月26日深夜、ソ連ウクライナ共和国にあるチェルノブイル原子力発電所4号炉で重大事故が発生した。この事故では2回の熱爆発に伴ない、大量の放射性物質が放出された。原子炉から放出された全放射能量は、約1〜2EBq(1.0E18Bq)と推定される。特に原子炉内の高温により、ヨウ素、セシウムなど揮発性同位体の放出率が高く、放射性セシウムでは約74PBq(74.E15Bq)、放射性ヨウ素では約370PBq(370.E15Bq)にのぼる大量の放出があったと推定されている。
2.
 放出された放射性核種は、事故翌日には上空1,800mに達するプルーム(放射性雲)となり、周辺地域に拡がり始めた。この放射性核種は、主としてウクライナ、ロシア、白ロシア共和国を中心に環境の放射能汚染を引き起こしたばかりではなく、ソ連邦内の他の共和国、多くのヨーロッパ諸国にも拡散した。
3.
 4月26日の爆発事故時に原子炉サイトにいた人で放射線または爆発により影響を受けた人数は203人である。UNSCEAR1988年報告に記載された時点では、これらの人々のうち放射線による早期影響のため死亡した人数は、28名であった( 表1 )。
4.
 環境に放出された放射性核種による原子炉周辺地域の汚染により、プリピヤチなど多くの地域から住民避難が行われた。最終的には原子炉の30km周辺地域は立入禁止区域とされ、10万人を超える人々が避難させられた。破壊された原子炉の封鎖、放射能に汚染された土壌、建物の除染などの介入処置、放射線に被曝した人々の診断、調査等放射線防護のための多くの努力がなされている。
5.
 これまでに、種々の機関による放射線被曝の影響調査が行われ様々の報告がなされているが、必ずしも信頼できる影響評価は得られていない。さらに放射線被曝を受けた周辺住民の精神的不安感も増大しており、ソ連政府から国際諸機関に対して影響評価のための支援要請がなされた。この要請に基づいて、1990年より国際諮問委員会のもとでWHO(世界保健機関)、CEC(欧州共同体委員会)、FAO(国際連合食料農業機関)、ILO(国際労働機関)、UNSCEAR(原子放射線による影響の国連科学委員会)、WMO(世界気象機関)などの諸機関による国際チェルノブイル計画が始まった。この計画では、歴史的記述、環境の汚染、住民の放射線被曝、健康影響、放射線防護の手段の5つについて、これまでの報告の調査、検討や実地調査を行い、チェルノブイル事故の包括的なアセスメントを行っている。
6.住民の放射線被曝
 事故後数週間での主な放射線被曝は、131Iに由来する。時間の経過と共に被曝の大部分は137Csから受けている。この調査で得られた結論は、住民の放射線被曝量は従来推定されていた被曝線量より小さいということである( 図1 )。しかし調査時点では131Iは消滅してしまっており、住民の正確な甲状腺線量の推定は不可能であった( 図2 )。
7.健康影響
 一般的な健康状態に関しては、汚染地域住民と対照地域住民との間に有意な差異は認められていない。即ち現状では、放射線被曝に直接関係するような疾病の増加は認められない。
 (心臓血管病)
 高血圧症を患っている成人が多いが、心臓収縮および拡張血圧に関するデータは対照地域の成人と類似している。
 (甲状腺異常)
 調査対象の小児においては、どの年齢についても調査対象地域と対照地域との差異は認められていない。甲状腺刺激ホルモン(TSH)、甲状腺ホルモン(フリー−T4)にも異常は認められない。
 (血液学的所見)
 一部の小児についてヘモグロビンレベルの低下や赤血球減少が認められたが、直接的に放射線被曝と関連してはいない。同様に白血球血小板の変化とも、対照群との有意差はない。また免疫系も大きな影響を受けていないと考えられる。
 (腫瘍)
 ソ連から報告されたデータでは、過去10年間(チェルノブイル事故以前から)癌発生率が増加しているとされるが、この報告は不完全なものでありこのプロジェクトの調査では、放射線被曝に由来するかどうかの結論は得られなかった。しかし、これらの腫瘍の発生率増加の可能性を排除するに足るデータも得られていない。
 (胎児および遺伝学的異常)
 調査対象地域での乳児および週産期の死亡率が比較的高い。しかしこのデータは事故以前からのレベルであり、その後減少している。また胎児の異常発生率についても、統計的に有意な増加は認められていない。
 (潜在的晩発性健康影響)
 この調査では、事故の影響として白血病甲状腺癌の発生率が増加していることを積極的に支持するデータは得られていない。しかしある種の癌の発生率増加の可能性を否定できるほどの正確なデータもまた得られていない。新しく評価された住民の被曝線量と、現在受け入れられている放射線リスク評価モデルに基づいた場合、将来とも全癌あるいは遺伝的疾患の増加を検知することは困難と考えられる。しかし、小児の甲状腺線量推定値からは、甲状腺腫瘍の発生率増加が有り得るかもしれない。
 (精神的不調)
 実際の身体的疾病の以外に、住民の健康影響として放射線被曝の後影響に対する不安、生活習慣の変化によるストレスなど、精神的な不安感に由来するストレスが増加している。
8.
 一般的にいえば、チェルノブイル事故による放射線被曝による周辺住民の健康影響は、現状では統計的な意味では確認されていない。しかし、この国際計画による評価では、調査対象住民の数、地域とも限られており真の意味で包括的評価とするには不十分であろう。さらに事故以前の基礎データ(各地域の詳細な疾患発生率や死亡率データなど)が不足しており、充分な比較が不可能である。さらに腫瘍発生等については潜伏期の長いものもあり、信頼すべきリスク評価を行うためには、より正確な被曝線量推定を行うと共に、今後の長期にわたる追跡調査が必要になろう。ソ連では、膨大な被曝者登録を実施しており、特に被曝線量の高い住民グループ(高リスク住民)についての慎重な観察が行われることになろう。
<図/表>
表1 チェルノブイル事故における急性放射線症
図1 国際チェルノブイル計画で評価された住民の被ばく線量推定値
図2 甲状腺線量推定値(ソ連報告による)

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<関連タイトル>
放射線の晩発性影響 (09-02-03-02)
放射線の遺伝的影響 (09-02-03-04)

<参考文献>
(1)国際諮問委員会報告「健康・環境影響のアセスメントと防護対策の評価−国際チェルノブイル計画(概要)」
(2)UNSCEAR 1988報告 補遺「チェルノブイル原子力発電所事故犠牲者における急性放射線効果」
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