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<概要>
 放射線被ばくによる障害は生物を構成する器官や組織の障害である。器官や組織を構成している細胞によって、その放射線による感受性に差異があり、活発に細胞が分裂しているものほど放射線の感受性が高いとされているが、成人における神経系においては、細胞分裂が行われていないので放射線に対する感受性は低い臓器と言われている。
 しかしながら、比較的大量の放射線を被ばくした場合には、骨髄障害、胃腸管障害といった細胞分裂が盛んに行われている組織での障害だけでなく、中枢神経などの障害もあらわれる。とくに中枢神経への障害においては、治療の方法がなく100Gy以上の被ばくにおいては、哺乳動物のほとんどは死亡してしまうと言われている。
<更新年月>
2001年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.急性放射線影響
 個体に対する放射線の影響は、個体を構成する器官や組織の障害を反映している。放射線のなかでも、X線γ線中性子線は、透過力が強く身体の深い部分にまで被ばくが生じる。器官や組織が被ばくした場合、その器官や組織を構成する細胞が死んでいく。それぞれの細胞には放射線感受性に違いがあり、細胞分裂を行っている細胞ほど放射線感受性が高いとされている。造血組織、腸上皮、皮膚などの組織では、成体になっても活発に細胞が分裂を行っているので放射線感受性が高い。
 成人において、神経細胞は分裂を行っていないので、神経系は放射線に対して感受性の低い臓器と考えられてきた。感受性が低いということは、少量の放射線の被ばくでは障害が現れず、比較的大量の放射線を被ばくしない限り症状となっては現れないのである。
 全身に一度に多量の放射線を浴びた時には、 表1 に示すような症状が現われる。
 中枢神経系は、放射線の作用による急性放射線死において特徴的な症状を示す。急性放射線死は症状により、骨髄障害、胃腸管障害、中枢神経障害の3つに大別できる。これらの症状は、受けた放射線の量に依存してそれぞれの発症の時期が異なってくる。受けた放射線の量が多いほど、前駆症状は重篤になり、死亡までの時期が短くなる。
 放射線被ばく後、48時間に出現する前駆症と呼ばれる初期症状がある。前駆症状は自律神経系の反応によって生じ、まず、消化管系に反応(胃腸症状)が現れ、次に、神経筋肉系に(神経筋肉症状)現れる。胃腸症状は食欲不振、嘔気、嘔吐、下痢、腸管痙攣、よだれ、脱水症状などである。神経筋肉症状には、疲労、感情純麻、発汗、頭痛、血圧低下などの症状がある。放射線治療の際の副作用として、治療患者に見られる放射線宿酔と称する症状もこの一種である。放射線宿酔は、嘔気、食欲不振、全身倦怠感を主とした。二日酔いに似た症状である。これらの前駆症状は、受けた放射線の量が少ないと、症状の出現が遅く、症状の種類は少なく、その程度も軽い。1Gy以下の被ばくでは、ほとんど嘔吐をおこさないが、約2Gyの被ばくでは50%の個体が約3時間後に嘔吐をおこす。数十Gyという致死線量を受けた場合は、5〜15分以内に特徴的なすべての前駆症状が現れる。
 数〜10Gyの被ばくによる骨髄障害は、骨髄の造血機能に障害をきたし、感染、出血により30日以内に被ばくした大半が死亡する。
 10〜数十Gyの被ばくでは胃腸管障害により、3.5〜9日の潜伏期間に死亡する。
 100Gy以上被ばくすると、中枢神経障害をきたす。重篤な前駆症状に続き、一遍性の運動機能減弱または増強がおこり、中枢性の昏睡に陥り死に到る。病理的には早期に脳の血管透過性の変化、硬度の脳浮腫、血管変化がおこり、次にニューロンの核濃縮が見られる。100Gy被ばく後のアカゲザル脳を調べると、血管周囲の細胞浸潤、出血、浮腫が見られ、これらは、被ばく後8時間で極期に達する。ニューロンの核濃縮は24時間後に極期に達する。120Gyの全身被ばく例では、直接死因として、間質性心筋炎がみられており、循環系虚脱が関与している。
 骨髄障害と胃腸障害とによる急性放射線死は、前駆症状後に潜伏期を経て、発症し、被ばく線量が少なければ回復に向かう。
 中枢神経系への障害は重篤なので、苦痛を軽減する以外に治療の方法がない。100Gy以上の被ばくの場合、哺乳動物のほとんどは、2日以内に脳・血管系の障害により死亡する。100Gyのγ線および中性子線頭部被ばく例では、35時間後に死亡している。被ばくする放射線の量が多くなるほど生存期間は短くなる。1000Gyでは、2〜3時間で死亡してしまう。
<図/表>
表1 急性放射線症候群
表1  急性放射線症候群

<関連タイトル>
全人類の総括的な被ばく線量算定 (09-01-05-09)
放射線の急性影響 (09-02-03-01)
放射線による中枢神経障害(中枢神経死) (09-02-04-08)
放射線障害に対する治療法 (09-03-05-01)

<参考文献>
(1) E.J.Hall,(著)、浦野宗保(訳):放射線科医のための放射線生物学、篠原出版(1979)
(2) 坂本澄彦:放射線生物学、秀潤社(1998)
(3) 菅原努(監修)、青山喬(編著):放射線基礎医学、金芳堂(2000)
(4) 山口彦之:放射線と人間のからだ−基礎放射線生物学−、啓学出版(1991)
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