<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 放射線による生物影響
<小項目> 放射線の人体への影響
<タイトル>
放射線の遺伝的影響 (09-02-03-04)

<概要>
 人の生殖細胞が放射線を受けると、そのために染色体の異常や遺伝子の突然変異が生じ、それが原因となって、親とは違った形質が子孫に出現し、子孫の身体的または生理的な形質や機能に何等かの影響が発現してくることがある。これが遺伝的影響である。「子孫に伝えられていく」という意味で「経世代的影響」ともいわれる。被ばくした人の生殖細胞以外の細胞の遺伝物質に生ずる影響、例えば、血液のリンパ球染色体異常や突然変異も「遺伝(学)的影響」と呼ばれることがあるが、これらは子孫に伝えられない。遺伝的影響のリスクは国連科学委員会などが推定している。
<更新年月>
2001年03月   

<本文>
1.放射線の遺伝的影響
 1927年にアメリカの遺伝学者H.マラー(Hermann Joseph Muller)は、ショウジョウバエにエックス線を当てると羽根の短い個体や目の色の変わった個体などが生まれてくるなどの遺伝的影響が生ずることを見出し、これが放射線による「遺伝子突然変異」であることを明らかにした。放射線の遺伝的影響にはこのような遺伝子「突然変異」と、多数の遺伝子の集まった構造体である染色体の形や数に異常が生ずる「染色体異常」とがある。放射線によって遺伝子突然変異や染色体異常が、被ばく者の生殖細胞に生じ、それが子孫に伝えられてそのために身体の異常(奇形など)や疾病が発現するのが「放射線の遺伝的影響」である。
 なお、遺伝子や染色体の異常は、生殖細胞に限らず一般の体細胞でも生ずる。例えば、放射線に被ばくするとその人の末梢血リンパ球の染色体異常が生ずる。また、ムラサキツユクサに放射線を照射すると、その花の雄しべの毛の色が変化するが、これは雄しべの細胞の遺伝物質に変化が生じたためである。このように体細胞の遺伝物質に変化が起こったために発現する影響も「遺伝(学)的影響」ということがある。
2.遺伝病
 異常を生じた遺伝子や染色体が親から子に伝わることによって、子に生ずる病気や奇形を遺伝病、あるいは遺伝障害と呼ぶ。遺伝病には優性遺伝子による優性遺伝病、劣性遺伝子による劣性遺伝病、性染色体が関係していて男女により伝わり方の異なる伴性遺伝病があり、更に原因となる染色体異常が判っている遺伝病がある。優性遺伝病及びその疑いのあるものは2000種類以上、劣性遺伝病及びその疑いのあるものは約1250種類、伴性遺伝病及びその疑いのあるものが約230種類知られている。代表的な遺伝病の種類と発生頻度を 表1 に示してある。国連科学委員会(UNSCEAR)によると生きて産まれてくる赤ちゃん100人にのうち約10人に何等かの先天性の異常があり、そのうちの約1人は遺伝子の障害によるもの、残りは遺伝子と環境因子の両方が関係して異常が生じていると推定されている。遺伝病は、ダウン症のように早くから発現するものやハンチントン舞踏病のように青年期を過ぎてから発現するものなど、病気あるいは障害として現れてくる時期は様々である。
3.放射線による遺伝的影響のリスク
(1)遺伝的影響のリスクの推定方法
 ある一定量(単位線量、例えば1Gy)の放射線を親の生殖細胞が被ばくした時に、その後に生まれてくるその子孫に重篤な遺伝病(遺伝的疾患ともいう)が、どの程度発現するかを見積ったものが「放射線による遺伝的影響のリスク」である。人類集団での遺伝的影響は確認されていないので、遺伝的影響のリスクはマウスやサルなどの実験動物を用いた実験研究に基づいて推定されている。推定の方法には2つあって、その1つは自然に生じている遺伝病(表1参照)の発生頻度が、倍になるような放射線線量を求めてそれに基づいて行う方法(倍加線量法)と、線量効果関係を動物実験によって求め、これを人間に適用して行う方法(直接法)とがある。直接法は、マウスなどで実験的に得られた結果を人間に適用する際、パラメータの数値の不確実さが大きいので、倍加線量法が遺伝リスク推定法の主体となっている。
(2)遺伝的影響のリスク
 国連科学委員会(UNSCEAR)による遺伝的影響のリスク推定値を 表2 に示してある。同委員会は、自然発生率が倍になるような線量(倍加線量)を1Gyと見積っている。これによると、例えば、片方の親が1Gy被ばくする場合の重篤な遺伝的疾患の発生率は子(第1世代)では1万人当り18、それ以降の平衡状態においては1万人当り115人となる。遺伝的影響のうち約80%は、優性突然変異X染色体 突然変異によるものであり、そのうち約15%が最初の2世代のうちに発現する。劣性突然変異は最初の2〜3世代では殆ど影響しないが、その後の世代に徐々に遺伝的障害が蓄積し、発現する。一方、糖尿病などの、人の病気の多くは環境要因と遺伝的要因とが複合して発現しており、これを「多因子性疾患」と呼んでいる。多因子性疾患が、放射線による遺伝的影響としてどの程度増えるかは現時点ではまだ見積られていない。人間での直接的なデータとしては、広島・長崎の原爆被ばく者子孫のデータが唯一のものであるが、現在までのところ遺伝的影響は観察されていない。
<図/表>
表1 代表的な遺伝病の種類と数
表2 低線量率、低線量、低LET放射線を世代当り0.01Gyの遺伝有意線量を被ばくした集団の遺伝的疾病のリスク

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<関連タイトル>
放射線のDNAへの影響 (09-02-02-06)
放射線と染色体異常 (09-02-06-01)
国連科学委員会(UNSCEAR)によるリスク評価 (09-02-08-02)
BEIR-Vによるリスク評価 (09-02-08-03)
ICRP1990年勧告によるリスク評価 (09-02-08-04)

<参考文献>
(1) 放射線医学総合研究所(監訳):UNSCEAR 1986 Report「放射線の線源、影響及びリスク」実業公報社(1990年)
(2) BEIR-V,1990. Health Effects of Exposure to Low Levels of Ionizing Radiation. Committee on the Biological Effects of Ionizing Radiations, Board on Radiation Effects Research, Commission on Life Sciences National Research Council. National Academy Press, Washington, D.C.
(3) 国際放射線防護委員会:ICRP Publication 60, 1990
(4) 近藤宗平:「人は放射線になぜ弱いか。− 弱くて強い生命の秘密」講談社ブルーブックス 改訂版(1991)
(5) E.J.Hall(著)、浦野宗保(訳):放射線科医のための放射線生物学、篠原出版(1979)
(6) 菅原努(監修)、青山喬(編著):放射線基礎医学、金芳堂(2000)
(7) 坂本澄彦:放射線生物学、秀潤社(1998)
(8) 放射線影響協会(編):放射線の影響がわかる本、放射線影響協会(1997)
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