<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 放射線による生物影響
<小項目> 放射線の人体への影響
<タイトル>
放射線の身体的影響 (09-02-03-03)

<概要>
 放射線の影響は、被ばくした人に起こる「身体的影響」とその人の子孫に生じる「遺伝的影響」とに大別される。身体的影響は、被ばく後数週間以内に現れる「急性障害」と数か月から数年以上経過して現れる「晩発障害」とに分けられる。急性障害は、あるしきい値以上の線量で生じ、このしきい値は器官によって異なる。造血機能低下では0.5Gy。一般的には数から数十Gy以上の全身被ばくが起こると、骨髄障害、胃腸管障害、中枢神経障害等が起き、死に至る。晩発障害には5Gy以上で起きる白内障のほか、低線量でも起こると考えられる放射線発がん(白血病および固形がん)がある。なお、身体的影響には出生前の胎児被ばくに伴い約0.12〜0.2Gy以上で起きる精神遅滞も含まれる。
<更新年月>
1998年03月   

<本文>
1.定義と性質
 放射線を被ばくして、その人の身体に影響が現れる場合を「身体的影響」、また、その子孫に影響が現れる場合を「遺伝的影響」という( 表1 )。身体的影響は被ばく部位(器官)や被ばくの大きさにより影響の発現時期に違いがあり、高線量を短時間に被ばく後数週間以内に現れる影響を「急性障害(急性効果)」、また、比較的低線量を被ばく後数か月から数年以上経過して現れる影響を「晩発障害(晩発効果)」という( 表2 )。
 急性障害は放射線被ばくが大きい場合に起きる。例えば、造血機能低下は0.5Gy、一般的には数Gy以上と、しきい線量以上の被ばくでは確実に急性障害が現れる。したがって、これは確定的影響(以前は非確率的影響と呼ばれた)といわれる。
 晩発障害には低線量でも生じる発がんと高線量でしか起きない白内障がある。放射線発がん(白血病および固形がん)は、疫学調査の結果、約0.2Gy以上(1990年までの原爆調査では0.05Gy以上)の被ばくで生じることが認められている。ただし、放射線防護上はさらに低い線量でも発がんは生じると仮定し、これは確率的影響といわれる。晩発性の白内障(眼のレンズの白濁)は5Gy以上で確実に起きるため確定的影響に分類される。
 母親の胎内で出生前に被ばくする胚・胎児への身体的影響として、発生・発達障害、出生後の精神遅滞と発がんがある。この発がんは確率的影響、また発がん以外は確定的影響に分類される。
2.急性障害(acute radiation injury)
2.1 器官・組織の放射線感受性(radiosensitivity)
 全身が放射線に被ばくすると全ての器官や組織が線量の大きさに応じて何等かの障害を起こす。障害の起き易さの程度はそれぞれの器官・組織の放射線感受性の大小によって異なる。 図1 は、放射線治療に際して、いろいろな器官・組織が急性障害を生じないしきい線量を小さい方から順に整理したものである。例えば、全身照射の場合、骨髄と卵巣は2Gy、肺は40Gy、腸管と甲状腺は45Gy、中枢神経系は50Gy、子宮は100Gy程度が治療時のしきい線量になることを示す。ただし、身体を局部的に照射する場合、しきい線量は骨髄で20Gyであり、全身照射の場合に比べ10倍になる。
2.2 急性死(acute death)
 最大の急性障害は死亡であり、これを急性死または急性死亡という。放射線による典型的な急性死は3〜5Gyの全身被ばくで起こる骨髄障害(造血器官死、造血機能の喪失による白血球、血小板等の減少、これに伴う細菌感染)、5〜15Gyで起こる胃腸管障害(腸管粘膜細胞の障害による下痢、体液の喪失、腸内細菌の侵入)と肺障害(肺炎)、それに15Gy以上で起こる中枢神経障害である( 表3 )。 図2 には、全身照射された哺乳動物について、線量の増加に伴う致死障害を起こす器官と生存期間の減少の様子を示す。ヒトの骨髄障害は被ばく後60日以内に50%が死亡する線量(半致死線量LD50/60)で表され、これは先に示した3〜5Gyの全身被ばくになる。なお、治療次第で半致死線量は9Gy近くまで増加する。
3.晩発障害(late effect)
 晩発障害の主なものとしては(1)白血病と固形がん(確率的影響)、(2)身体組織の局部的障害(白内障などの確定的影響)、(3)寿命の短縮(確率的影響と確定的影響の混合)、(4)成長と発達の遅延(胎児期被ばくによる確定的影響)がある。晩発障害による疾病はいずれも放射線以外の原因によって自然に生じている疾病と区別ができない。また、被ばくと発症時期との期間が長いため、両者を関係つけて解析することは困難である。しかし、動物実験や疫学調査によって線量との関係が次第に明かにされている。晩発障害の中で最も重要なものは発がん(白血病と固形がん)であり、この確率的影響は疫学調査によると約0.2Gy以上で起こることが定量的に評価されている。ただし、1990年までの疫学調査によると、評価法によっては約0.05Gy以上で起こると評価されている。
4.身体的影響の主な例−皮膚、甲状腺、生殖器官への影響(表2参照)
4.1 皮膚(skin)
 皮膚の急性障害は照射された皮膚の面積と深さとに依存して起こり方が変わる。 図3 に皮膚の断面図を、 表4 に放射線被ばくと皮膚傷害との関係を示す。典型的なものは10Gy程度の一回照射で、被ばく後数時間以内に現れる一過性の紅斑である。線量がさらに高くなると、一過性の紅斑に続き、2〜4週間後に再び紅斑が強く現れて一層長く続き、その後も繰り返して紅斑が現れる。もっと線量が大きくなると、乾性表皮炎、皮膚の壊死が生ずる。また、脱毛は一過性のもので3〜5Gy以上で起こり、永久脱毛の場合、一回照射で14Gy以上で起こる。
 皮膚の晩発障害には皮膚の萎縮と繊維化(確定的影響)と、皮膚がん(確率的影響)とがある。皮膚がんのリスクは、ICRP Publ.60(1990)によると、1万人1Sv当たり2症例の増加と見積られている。
4.2 甲状腺(thyroid gland)
 甲状腺の急性障害として、急性甲状腺炎と甲状腺機能低下症がある。急性甲状腺炎は被ばく後2週間で発生し、2〜4週間で回復する。約320Gy以下の線量では臨床的に明確な急性甲状腺炎は観察されていない。200Gy以下となる放射線ヨウ素(131I)の投与によって急性甲状腺炎になることもまずありえない(文献8)。甲状腺機能低下症は外部被ばくの場合2Gy以上で起こり、131I投与の場合10Gy以上で起こると推定されている。
 晩発障害としては慢性リンパ性甲状腺炎(橋本病)と甲状腺がんとがある。橋本病は被ばく後数年経過して出現するが、線量と発症率との定量的な関係は明かでない。ただ、7歳で4.5Gy被ばくした事例では25年後に約12%の人に橋本病が起きたと報告されている。甲状腺がんのリスクは女性が男性より2〜3倍高く、また5歳以下の子供ではそれ以上の年齢に比べて約2倍高い。甲状腺がんのリスクは、ICRP Publ.60(1990)によると、1万人1Sv当り8症例の増加と見積もられている。
4.3 生殖腺(gonad)
 生殖腺(精巣/卵巣)の急性障害は不妊とホルモン分泌異常である。男性では思春期以降の精原細胞から成熟精子への分化が常に繰り返されており、精原細胞から成熟精子になるまで9週間程度かかる。放射線感受性の最も高いのはB型精原細胞で、0.15Gy程度で細胞死が起こり、一時的精子数の減少が起こる。 図4 にヒトの生殖腺における生殖細胞の成熟過程を示す。精巣は0.15〜4Gyで一時的不妊、2〜6Gyで永久的精子欠損(永久不妊)になる( 表5 )。精巣は一回被ばくよりも分割被ばくの方が影響が大きい。例えば、50Gyの一回被ばくよりも0.25Gyの20回被ばくの方が精子の枯渇が急速に生じ、また回復も遅れる。女性では胎児期に卵原細胞から第一次卵母細胞(出生時約200万個)まで分化し、この段階で成熟を停止し思春期まで留まっている(思春期で約30万個)。自然退化と思春期以降の排卵によってその数を減じていく。放射線感受性の最も高いものは第二次卵母細胞で0.65Gy程度で細胞死を起こす。卵巣は幹細胞(卵母細胞)が胎児期に形成されるので一時不妊は1.5〜6.4Gy、また永久不妊は3.2〜10Gyと高目になる。ホルモン分泌異常では5.6〜20Gyで卵胞刺激ホルモンの上昇、また11.3〜26Gyで黄体刺激ホルモンの上昇が報告されている。
 晩発障害として卵巣がんが原爆調査で疫学的に起こることが確認されている。子宮がんについては原爆調査で疫学的に起こることは認められていない。卵巣がんのリスクは、ICRP Publ.60(1990)によると、1万人1Sv当り10症例の増加と見積もられている。
<図/表>
表1 放射線影響の分類
表2 身体的影響の分類
表3 全身急性被ばくの場合の死亡
表4 放射線被ばくと皮膚傷害との関係
表5 生殖腺被ばくによるしきい線量
図1 放射線治療時において各種器官・組織が耐え得る線量
図2 哺乳動物の全身照射後の生存期間、ならびに主として影響を受ける器官
図3 皮膚の断面図
図4 生殖細胞の成熟過程

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<関連タイトル>
放射線の急性影響 (09-02-03-01)
放射線の晩発性影響 (09-02-03-02)
放射線の遺伝的影響 (09-02-03-04)
放射線の確定的影響と確率的影響 (09-02-03-05)
胎児期被ばくによる影響 (09-02-03-07)
放射線の造血器官への影響 (09-02-04-02)
放射線の生殖腺への影響 (09-02-04-03)
放射線の皮膚への影響 (09-02-04-04)

<参考文献>
(1) BEIR-V, 1990. Health Effects of Exposure to Low Levels of Ionizing Radiation. Committee on the Biological Effects of Ionizing Radiations, Board on Radiation Effects Research, Commission on Life Sciences National Research Council. National Academy Press, Washington, D.C.
(2) UNSCEAR 1986,放射線医学総合研究所(監訳):「放射線の線源、影響及びリスク」実業広報社 (1990)
(3) ICRP Publication 60,(1990)
(4) 近藤 宗平:「人は放射線になぜ弱いか。−弱くて強い生命の秘密」講談社ブルーブックス 改訂版 (1991)
(5) 中尾(編):放射線事故の緊急対策、ソフトサイエンス社、(1986年)
(6) 青山 喬(編):放射線基礎医学、金芳堂、(1996年)
(7) Pierce, D.A., et al. Studies of the Mortality of Atomic Bomb Survivors. Report 12, Part I. Cancer:1950-1990. Radiation Research 146, 1-27(1996).
(8) 米国原子力規制委員会:「放射線健康影響改良モデル」報告書,NPC,1987,NUREG/CR-4214
(9) 外川 織彦ほか:「原子炉事故時放射線影響解析で用いるための健康影響モデル」JAERI-M 91-005 (1991年2月)p.22
(10)草間朋子ほか:放射線健康科学、杏林書院(1995.5)
(11)放射線被曝者医療国際協力推進協議会(編):原爆放射線の人体影響1992、文光堂(1992.5.22)
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