<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 放射線による生物影響
<小項目> 放射線の人体への影響
<タイトル>
放射線の晩発性影響 (09-02-03-02)

<概要>
 放射線影響には潜伏期間、即ち、放射線被ばくから臨床症状としての影響が出現するまでにある期間が存在する。この潜伏期間が数週間以内の影響を急性影響、数ヶ月以上のものを晩発性影響と呼ぶ。急性影響は、被ばくした器官や組織の細胞が死ぬことによって起こる。一方、晩発性影響は、被ばく後生き残った細胞内に修復不可能な“傷”(突然変異)が残ることによって起こる。晩発性影響の代表的なものとして、がんの誘発、白内障、寿命の短縮等が上げられる。放射線誘発性がんの潜伏期間は特に長く、数年(白血病)から数十年におよぶ。
<更新年月>
2001年03月   

<本文>
1.晩発性影響とは
 一度に多量の放射線をあびると、照射後数時間ないし数日の潜伏期間を経て、急性放射線症等の症状が現われる。これらの急性症状が回復しても、年が経つにつれていろいろの障害が現われることがある。また、少量の線量を長期間あびると、長い年月の後に障害が現われることがある。このように数ヶ月以上の潜伏期間を持つ影響を総称して晩発性影響という。晩発性影響には白血病、皮膚がんなどの悪性腫瘍の誘発、白内障、寿命の短縮などが知られている。
2.がんの誘発
 放射線を照射すると、多くの生物種において、がんが誘発されることがわかっている。また、がんは身体のほとんど全ての組織で誘発される。全身被ばくによって誘発される固形腫瘍の主な部位は、乳房(女性)、甲状腺、肺および消化器官、肝臓、皮膚、骨などである。造血系の幹細胞(骨髄芽球)が“がん化”をすれば白血病となる。組織や器官の放射線感受性はまちまちであり、そのため発がんの線量−効果関係は、がんの種類や発生部位によって大きく変わる。BEIR-V(1990)では、がん死亡率の線量−効果関係は、固形腫瘍では4Sv以下で直線モデルが、白血病では 直線-二次曲線モデルが妥当であるとしている。その他に放射線誘発性発がんを修飾する因子として、放射線のLET、線量率、被ばく時年齢、性、ホルモンの影響、免疫的状態および種々の発がん物質の暴露などが上げられる。
 照射後、腫瘍が出現するまでの潜伏期間は、相当長いのが普通である。ヒトでは白血病の潜伏期間が一番短い。広島の例では、被爆の3年目から15年目までの被爆集団の白血病出現率は対照群より有意に高かったが、その後では両者の差はずっと縮まっている。一方固形腫瘍の潜伏期間は長く、被ばく後10年以内に発生することは稀で、いわゆるがん年齢になると多発し、被ばく後20年あるいはそれ以上にわたって出現し続ける( 表1 )。一方チェルノブイリ原発事故では、小児甲状腺がんが事故後4年から確認されている事実がある。
 放射線発がんの起こるメカニズムは、はっきりとわかっていない。電離放射線が突然変異原であることから、正常細胞の体細胞突然変異により発がんが起こるという説が唱えられてきた。すなわち、放射線はDNA損傷を誘発し、その損傷が突然変異として固定されると、がん化が起こると考えられている。この場合には、がんになりやすい遺伝子ができたり、逆にがんになることを抑制している遺伝子が損傷して、がん関連遺伝子の突然変異が蓄積することで、がんを誘発するものと考えられている。しかし、人間の身体の中には異常を監視するシステムがあり、遺伝子の損傷やがん細胞もこの監視対象になる。例えば、がん抑制遺伝子であるp53がつくるタンパク質が、遺伝子が修復されていない細胞に自発的死(アポトーシス)を起こさせ、不良細胞を排除するシステムが存在する。そこでこれらの監視システムを逃れた細胞が、将来、がんまで発展していくと考えられている。しかし最近では放射線の発がん効果は間接的であるという説も出されている。これによると、放射線自身はがん細胞を作り出さないが、ホメオスタシスを維持する機構を乱して、抑制あるいは休眠しているがん細胞が選択的に成長できるような状態を作り出すというものである。
3.白内障
 放射線の照射をうけた動物およびヒトの水晶体混濁(白内障)が起こることがある。これは水晶体上皮細胞が被ばくにより損傷をうけ、それが水晶体繊維の破壊を引き起こすことによると考えられている。
 放射線白内障の重篤度や潜伏期間の長さ、進行の速さは、被ばく線量に依存する。X線γ線の1回照射によって白内障が発生する最低線量は2Gyだが、照射が分割されると最低線量は高くなり、3−14週の分割では4Gy、15週以上では5.5Gyである。しかし11.5Gy以上照射すると、照射法の時間的分布に関係なく白内障は必発する。 表2 は、放射線治療をうけた患者のデータをもとに、水晶体被ばく線量と白内障発生の潜伏期間の関係を表したものである。比較的低線量の被ばくでは、混濁がある程度以上進行しない停止性のものが多く、高線量では進行性のものが増加する。
4.寿命短縮
 小動物に電離放射線を照射すると、特定の病気によらずに、老化の促進(加齢)のために寿命が短縮することが知られている。動物に放射線死を起こさない程度の線量を照射すると、急性放射線症を引き起こした後、血球数が正常に戻り、胃腸症候群も消失、体重もほとんど正常に戻って、完全に回復する。それにもかかわらず、照射群の動物は対照群に比べて早期に死亡する。
 マウスに種々の線量の全身照射をした場合、線量と寿命短縮との間に直接関係が存在し、1Gyごとに対照群に比べ5.4%の寿命短縮が観察された( 図1 )。また、実験では同じ線量を与えた場合に若いマウスの方が、老いたマウスよりも寿命短縮の絶対的日数は、大きいことが示されている。ビーグル犬でも同様に、1Gyの照射を行った場合は対照群の9.5%、3Gyで20.7%の寿命短縮が観察されている。しかし、ヒトにおいては放射線が寿命短縮を起こすという証拠は現在のところなにもない。原爆被ばく者の間でも寿命が一般人に比べて短くなっているということは証明されていない。
<図/表>
表1 放射線治療により誘発されたガン−平均潜伏期間の長い例−
表2 放射線治療により発生した白内障−その潜伏期間と照射線量との関係−
図1 全身被ばくしたマウスの寿命短縮と照射線量の関係


<関連タイトル>
放射線の急性影響 (09-02-03-01)
放射線の身体的影響 (09-02-03-03)
放射線の確定的影響と確率的影響 (09-02-03-05)
晩発性の身体的影響 (09-02-05-01)
白血病 (09-02-05-02)
がん(癌) (09-02-05-03)
白内障 (09-02-05-04)
放射線が寿命に与える影響 (09-02-05-05)

<参考文献>
(1) E.J.Hall(著)、浦野宗保(訳):放射線科医のための放射線生物学、篠原出版(1978)
(2) 坂本澄彦、佐久間貞行(編著):医学のための放射線生物学、秀潤社(1985)
(3) BEIR−31980年 Report, 日本語訳:低線量電離放射線の被ばくによるヒト集団への影響、ソフトサイエンス社(1983)
(4) BEIR−51990年 Report, 日本語要約:低線量電離放射線被ばくによる健康影響概要と解説、(財)原子力安全研究協会
(6) 菅原努(監修)、青山喬(編著):放射線基礎医学、金芳堂(2000)
(7) 坂本澄彦:放射線生物学、秀潤社(1998)
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