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<概要>
 電磁波(電磁界)の人の健康に与える影響は近年注目されており、疫学研究および動物・細胞レベルの実験研究が数多く行われている。しかし、その影響を肯定する科学的根拠はまだ十分ではない。(社)電気学会では、1995年「電磁界生体影響問題調査特別委員会」を設け、電磁界と人の健康影響に関する研究成果、情報をレビューし、総合評価を行った。その結果、2003年、電磁界の実態と実験研究の現状で得られた成果をもとに評価すれば、「通常の居住環境における電磁界が人の健康に影響を与えるとは言えない」と結論づけた。また、アメリカで進められた「電界と磁界に関する研究と公衆への情報普及計画(RAPID計画)」では、1999年、「電磁界が絶対に安全であるとは認めることはできない」と述べながらも、「健康に有害であるとする根拠は弱く、実験的な証拠がないことからも有害であるという考え方は科学的に支持されない」と結論づけた。現在、世界各国や世界保健機関(WHO)において、電磁界と人の健康に関する調査研究や実験研究が引き続き行われている。
<更新年月>
2004年08月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.はじめに
 電磁波(電磁界)が人の健康に影響するか否かについては、過去20年以上にわたる研究でも明らかになっていない。アメリカエネルギー政策法に基づき行われた「電界と磁界に関する研究と公衆への情報普及計画(RAPID計画)」では、商用周波磁界の生物影響に関する実験結果の再現性確認、生活環境における磁界の実態把握と存在するとした場合のリスク評価などを調査し、1999年に最終報告として、電磁界曝露が健康にリスクをもたらす科学的証拠は弱いと結論づけた。(社)電気学会は、1995年「電磁界生体影響問題調査特別委員会」を設け、疫学研究や動物・細胞レベルの研究成果や情報をレビューし、1998年と2003年に、電磁界の健康影響は見出されないこと、それを裏づけるデータも得られていないことなど、総合的評価結果を示した。以下に、同学会およびRAPID計画の報告に基づいてこの分野の研究の現状および規制の動向をまとめる。
2.電磁界の生体への作用
 一般に、電磁界の生体への作用は、生体が電磁界に曝露することにより、生体内に誘起される電流または電磁界強度によって説明ができる。その作用は、曝露した電磁界の周波数(図1)などに応じて、電流による刺激作用、熱作用、非熱作用に大きく分類される(図2)。電流による刺激作用は、生体に電流が流れ神経細胞や心筋や呼吸筋などの筋を刺激することにより起こり、電流の大きさと流れる時間によって異なっている(表1)。医療分野において、電流による刺激作用は、運動筋や心臓へ刺激を与え正常な機能へ復帰させるためにも利用されている。熱作用は、生体に吸収された電磁界のエネルギーが熱に変わるための作用であり、全身で平均した比吸収率(SAR:組織の単位質量あたりの吸収電力)が1〜4 W/kgを超えると深部体温の上昇による影響のおそれがある。一方、熱作用は、古くからリューマチや関節痛などの治療に利用されてきたジアテルミーや腫瘍の温熱治療法(ハイパーサーミア)への応用にも利用されている。数10kHz以下の周波数では、刺激作用が大きく、それ以上の周波数では熱の作用が大きくなる(図3)。非熱作用は、商用周波数領域の低周波電磁界による誘導電流(または電界)が刺激作用を持たない生体作用として働く場合や高周波電磁界による熱作用が働かない程度の低レベル曝露の場合に起こることがある。
3.電磁界の生体への影響研究の現状
 細胞・分子レベルから動物レベルにわたり多くの実験研究が行われている。細胞実験では、DNA損傷、染色体異常、細胞増殖、遺伝子発現などに対する磁界曝露の影響を調べる研究が行われてきたが、その影響はほとんど観察されていない。一部なんらかの生物学的変化が観察された実験結果もあるが、通常居住環境レベル(約1μT)での磁界曝露では、有意な生物学的変化を生じるような影響は認められていない。動物レベルの実験研究では、磁界曝露とガンの関連性、磁界曝露と実験動物の発育との関係、電磁界感知や行動実験ならびに神経伝達物質やメラトニン代謝への影響に関する研究などが行われているが、影響結果についての明確な再現性は確認されておらず、疫学研究結果を解釈するメカニズムも存在しない。
4.電磁界の人への影響研究の現状
 低周波電磁界の健康影響については、疫学研究やボランティアによる多くの研究が行われている。疫学研究では、小児白血病や成人のガンを中心とした居住磁界曝露と成人の職業的な磁界曝露に関する研究が多く行われ、電磁界と健康リスクの関連性を示唆する報告がみられる。しかし、その研究結果は、細胞や動物実験による十分な裏づけがなく、統計的な精度の低さや居住環境などの交絡因子の影響を除外することなどの課題が残されている。世界保健機関(WHO)の下部機関である国際ガン研究機関(IARC)は、2001年、人の疫学研究結果より評価を行い、発ガン性の確かさのみから判断し、商用周波磁界は発ガン性を示す可能性があるとした(表2)。IARCの評価結果に関し、規制や立法についての作業は各国の行政府や国際機関に委ねられている。ボランティアによる直接曝露実験では、磁界曝露とメラトニン・免疫変化、磁界曝露と生理機能に与える影響に関する研究が多く行われ、通常の居住環境レベルの磁界曝露では影響はないと結論づけられている。
5.国外における研究の動向
 アメリカでは、1994年からRAPID計画を開始し、1999年最終報告書をアメリカ議会に上程した。その最終報告書には以下の点が指摘されている。調査結果として、疫学研究からは原因と結果の関係を立証するには限界があるとしながら、磁界曝露が小児白血病と職業上曝露された成人における慢性リンパ性白血病の2通りのガンについて、疫学上弱い関連性があるとする科学的証拠がみられる。しかし、動物・細胞を対象とした実験研究からは磁界と生物学的な作用変化との関連が支持されないため、電磁界曝露が健康にリスクをもたらす科学的証拠は弱いと結論づけられた。また、この結果から電磁界問題に関して積極的な規制を設けるには科学的根拠が十分でないとも指摘している。同時に、疫学研究を無視して電磁界が完全に安全であるとは認めることはできないとし、電磁界の低減への取り組みや基礎的な研究は継続していくべきてあるとしている。
 WHOでは、1996年より「国際電磁界プロジェクト」を10ヶ年計画で発足させ、電磁界の健康リスク評価作業を進めている。その組織は、各国政府代表、共同研究センターおよび国際機関からなる国際諮問委員会により運営されている。健康リスク評価の対象とする電磁界は、商用周波を含む低周波(ELF、0〜300Hz)電磁界のみならず、直流(定常:0Hz)電磁界、および無線周波(RF:300Hz〜300GHz)電磁界と、極めて広範囲に及んでいる。
6.国内外における規制の動向
 電磁界の人体安全性に関して、人体への曝露限度値が様々な組織・機関によって示されている(表3)。これらは、強制力のない指針や勧告、技術分野の組織による規格、関係当局による法的強制力を伴う規制など様々に位置づけられる。非電離放射線から人体防護の推進を目的とした国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)は、0〜300GHzの周波数における基本制限(電磁界の人体への曝露による健康影響を防ぐために守るべき制限条件)と参考レベル(実測可能な評価量である電界強度や磁界強度、電力密度などで表され、電磁環境の管理に容易に適用できる指針値)を示している。我が国では、1990年に旧郵政省の諮問機関である電気通信技術審議会が、周波数範囲は10kHz〜300GHzの電磁波に対して、「電波利用における人体の防護指針」を示した(1997年一部改訂)。1999年より固定無線局に対して一般環境への電磁波放射が防護指針を満たすことが義務づけられものの、超低周波の磁界に関しては人体防護のための基準などは定めされていない。
<図/表>
表1 磁界の作用で確立しているメカニズムと効果の最小しきい値と健康へのしきい値
表1  磁界の作用で確立しているメカニズムと効果の最小しきい値と健康へのしきい値
表2 国際ガン研究機関による発ガン性評価
表2  国際ガン研究機関による発ガン性評価
表3 商用数周波数帯を中心とした規制の動向
表3  商用数周波数帯を中心とした規制の動向
図1 電磁スペクトル
図1  電磁スペクトル
図2 生体磁気現象の磁界強度と周波数
図2  生体磁気現象の磁界強度と周波数
図3 刺激作用と熱作用
図3  刺激作用と熱作用

<参考文献>
(1)電気学会:電磁界の生体効果と計測.高周波電磁界の生体効果に関する計測技術調整専門委員会編、コロナ社(1995)
(2)電気学会:電磁界の生体影響に関する現状評価と今後の課題、電磁界生体影響問題調査特別委員会(平成10年10月)
(3)電気学会:電磁界の生体影響に関する現状評価と今後の課題 第II期報告書、 電磁界生体影響問題調査特別委員会(平成15年3月)
(4)武部啓、志賀健、加藤正道、正田英介編:電磁界の健康影響 その安全性を検証する、 文光堂(1999)
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