<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 放射線による生物影響
<小項目> 生物効果の基礎原理
<タイトル>
放射線のDNAへの影響 (09-02-02-06)

<概要>
 放射線に対して生体で最も防護すべき標的はDNAで、放射線はDNA主鎖切断塩基への障害を起こす。鎖切断は一本鎖切断と二本鎖切断に分けられる。前者は正確に修復が可能であるが、後者は修正エラーや修正不能を起こし突然変異や細胞の死に結びつく。塩基への障害は直接に、あるいはDNAの誤修復などを介して、種々の突然変異をひき起こす。これは発ガンに関与したり、遺伝的影響に関係する。
 DNAへの放射線作用は線質によって異なる。X線γ線の様な低LET放射線では直接作用によるDNA鎖の切断と、間接作用による種々の塩基への傷害を起こす。また、中性子α線などの高LET放射線による傷害のほとんどは直接作用が原因である。
 しかしながら放射線による影響は、生体内の標的DNAが存在する環境(温度、酸素濃度、クロマチン構造)によって異なる。
<更新年月>
2004年08月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 DNAは生命現象のすべての情報を持つ遺伝物質である。放射線は、DNA分子に障害を与え、その結果、生体に急性あるいは晩発障害(発ガン、寿命短縮など)を引き起こす。また、その障害が生殖細胞中のDNAに起これば遺伝的影響として次世代に伝えられる可能性がある。事実、X線をマウスのオスに照射してすぐに交配して得た仔やその仔同士を交配して得た3世では肺腫瘍の発症率が上昇する。つまり一度のX線照射によって生じたDNA損傷が、生殖細胞を通じて子孫に伝わりうることを示している。このことからわかるように、ヒトなどの生き物への放射線影響を考える際に、まずDNAへの障害とその影響を考えることが非常に重要である。
 電離放射線は、放射線の種類や物質にあまり関係なく共通のイオン、自由電子励起分子を作る。しかし、線質によってエネルギー量が異なるので、DNAへ及ぼす効果は異なる(図1)。ここではX線やγ線などの低LET放射線および中性子やα線などの高LET放射線によるDNAの障害と、それらの影響を修飾する因子について概説する。その前にDNAへの影響が分子的によく解明されている紫外線について述べる。
1.DNAに対する紫外線の影響
 紫外線の光子による励起はエネルギーが小さいので、核酸の主鎖の切断を起こさない。紫外線の特定の波長のところでDNAは吸収を示すが、これらは核酸の構成成分である塩基の性質によるものなので、それらの吸収は塩基毎に少しずつ異なる。核酸に紫外線照射を行ったとき、一般的にプリン塩基はあまりエネルギーを吸収しないのに、ピリミジン塩基ではそれよりも一桁も多く吸収してこわれやすい。DNA鎖の中で並んだ2つのピリミジンでは二量体(ダイマー)が生ずることが吸光度を測定することによって確かめられた。この二量体はin vivoで照射されても生じる。しかもチミン二量体(チミンダイマー)の増加と微生物の増殖能の低下とは完全な平行関係を示すので、紫外線照射によって起こる生物学的効果の主要な部分がこの二量体にあると考えられている。なおこの二量体は260nmの波長によって最もよく作られ、その有効スペクトルの範囲はせまい。チミンだけでなくシトシンやウラシルも二量体を作る。一般にこれらをピリミジン二量体と呼ぶ。この他に水溶液中ではウラシルやシトシンのピリミジン環に水分子が加わり吸光度が変わる水和も起こる。
2.DNAに対するX線やγ線などの低LET放射線の影響
 DNAにX線やγ線などの電離放射線を照射したときに起こる化学的変化の種類は非常に多い。ここでは、放射線による直接作用のほかに二次的に起こる間接作用の影響も大きい。また影響の大きさを変更する因子もあり、結果としてできる障害の大きさは複雑な諸要因の総和と考えられる。X線照射の場合、だいたい生物学的損傷の2/3は間接作用、1/3は直接作用の結果と考えることができる。
2.1 直接作用
 電離放射線は生体分子に電離を引き起し、化学結合の切断などの反応を起こす。このように放射線によって生じたDNA分子の電離が直接にDNAの化学結合を切るような作用を直接作用という。真空中で乾燥DNAに電離放射線を照射すると一本鎖および二本鎖切断を起こすが、その頻度は線量にともなって直線的に増加する(図3)。乾燥した仔ウシ胸線DNAに真空中でX線を照射したときのG値は一本鎖DNAの場合G=0.63で、二本鎖の場合はG=0.11である。すなわち、一本鎖切断は二本鎖切断より5〜6倍の頻度で起こることを示している。
2.2 間接作用
 生体の約80%は水でできているので、電離放射線の照射によって反応性の高いOHラジカルをはじめとするいくつかの活性種(水和ラジカル、Hラジカル、H22)が生成し、これらがDNAと化学反応を起こし損傷を引き起こす。これが間接作用である。ここでは一本鎖や二本鎖切断の他に、塩基障害、糖障害、酸化、水和化など、いくつかの化学変化が起こることが知られている。放射線照射を受けた細胞から抽出されたDNAに見られる種々の損傷を図2に示す。
(1)ポリヌクレオチド鎖の切断
 水溶液中のDNAに電離放射線を照射すると一本鎖の切断はX線の線量に比例して増加するが、二本鎖の切断は線量増加のほぼ二乗に比例する。このことはひとつのOHラジカルは一本鎖は切断できるが、同時に近傍の相対するポリヌクレオチド鎖を切断できないということを示している。
(2)塩基の変化
 塩基はプリンとピリミジンの2種類に分けることができる。ピリミジン(G=1.9〜2.1)はプリン(G=1.1〜1.3)よりも2倍の感受性を示す。電離放射線によって生成したラジカルはピリミジンの場合は5, 6−位の、プリンの場合は7, 8−位または4, 5−位の不飽和二重結合部位と反応し、OHやHを添加する。さらに酸化されて環が壊れることもある。
(3)水素結合の破壊
 DNAの二本鎖はそれぞれの塩基間の水素結合によって維持されているが、電離放射線の照射によってこれらの水素結合が壊れる。低線量照射の場合、一つの一本鎖切断当り10〜20個の水素結合が開裂していると推定されている。塩基は2〜3個の水素結合部位を持っているので、一本鎖の切断部位において平均3〜10個のネクレオチド対がもはや水素結合によって結ばれていないことを意味する。
(4)その他
 これらのほかにシトシンやアデニンのアミノ基は、ラジカルによって酸化されてOH基になる脱アミノ反応や二量体の生成、アデニンからのN−オキシドの生成、タンパク質との架橋など多くの影響が電離放射線の照射によって間接作用として起こる。間接作用はラジカルによる化学反応によるので化学的増感剤や防護剤によってその作用を変更できる。
3.DNAに対する高LET放射線の影響
 単位長さ当りのイオン化密度の高い高LET放射線によるDNAの一本鎖と二本鎖切断のG値の比はX線やγ線の場合とは異なって小さくなる。DNAに対する高LET放射線の影響のほとんどは直接作用によるもので、化学的増感剤や防護剤によって影響を左右できない。
4.DNAに対する影響を支配する因子
 DNAに対する放射線の効果は、上記の直接あるいは間接作用だけで全てを説明することはできない。生物はいろいろな環境下で生活し、生体はそれ自身複雑な体制と物質から成り立っており、これらのことが放射線照射の結果として生じるDNAへの障害の程度をきめている。
4.1 酸素飽和培養液中の大腸菌は窒素飽和中のそれよりもX線感受性が高い。
 これは酸素効果と呼ばれる。酸素が気相に5%存在すればほぼ酸素飽和状態と同様のX線感受性になる。従って通常の条件下では酸素がX線感受性を高めているといえる。しかしこの酸素効果は高LET放射線の照射の場合ではみられない。また、照射中に酸素がある場合に限って効果があり、照射直後に酸素を与えても効果はない。酸素効果はヒト細胞でも、ヒトのがん組織でもその存在が知られている。
4.2 照射中の温度と影響の大きさとの関係を見ると大筋において高温で効果が大きい。
 これは温度効果と呼ばれるが、間接作用の中で生じたラジカルの拡散速度が高温で大きいことに由来すると考えられる。
4.3 DNAは高等動物の場合塩基性タンパク質のヒストンと複合体を形成している。
 このことから、ヒストンが放射線照射によって生じたラジカルのDNAへの拡散を妨げ、効果を減少させている。また、DNA自体でも感受性が高い領域や低い領域があるといわれており一様ではない。
4.4 生体にはDNAに障害を受けると自律的にそれを修復する機構が備わっている。
 放射線を照射された場合でもこのDNA修復が働き、障害が回復する。一方、修復が出来なかったり、修復の誤りを起こすと、突然変異となりガンの原因ともなりうる。最近では、いくつかの高発ガン性遺伝病においてDNA修復系の欠損との関連が議論されている。
5. まとめ
 以上述べてきたように、放射線の生体内DNAに対する影響は直接作用と間接作用、さらにこれらの影響を修飾する因子などの非常に複雑な反応の総和として現れてくるものであり、個々の反応機序の解析は困難だが今後の課題である。
<図/表>
図1 DNA損傷の模式図
図2 放射線照射を受けた細胞から抽出されたDNAに見られる種々の損傷
図3 真空中でX線照射した乾燥仔ウシ胸腺DNA中の1本鎖(B1)および2本鎖(B2)切断頻度

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<関連タイトル>
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染色体の構成 (09-02-02-03)
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放射線の直接作用と間接作用 (09-02-02-10)
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<参考文献>
(1)山本 修(編):放射線障害の機構、学会出版センター(1982)
(2)江上 信雄(著):生きものと放射線、東京大学出版会(1975)
(3)近藤 宗平(著):人はなぜ放射線に弱いか、講談社(1985)
(4)H.デルティンガー、H.ユンク(著):放射線生物学−その分子的基礎、東京大学出版会(1974)
(5)C.ストレッファー(著):放射線生化学、図書出版社(1973)
(6)近藤 宗平(著):分子放射線生物学、東京大学出版会(1972)
(7)田坂 晧他(編):放射線医学大系 第35巻 放射線生物学病理学、中山書店(1984)
(8)放射線医学総合研究所(監訳):放射線の線源と影響、実業公報社(1995)
(9)Eric J.Hall(著)、浦野 宗保(訳):放射線科医のための放射線生物学(第4版)、篠原出版(1995)
(10)山口 彦之(著):放射線生物学、裳華房(1995)
(11)菅原 努(監)、青山 喬(編著):放射線基礎医学(第9版)、金芳堂(2000)
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