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<概要>
 動物の放射線感知能力について、行動や生理学的分析を基に実験的に調べた研究は比較的多くある。動物種によって放射線の感受性が非常に異なるその理由は明確になっていないのが現状であるが、哺乳類、魚類等、無脊椎動物を使って放射線の感受性を実験した例があり、一部の動物においては、放射線を感ずるものも存在していると思われる。
<更新年月>
2004年08月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 「動物は、放射線を感じることができるか」放射線科学に携わるものなら一度は考えるであろう非常に素朴な疑問に、行動や生理学的分析から捉えた研究は比較的多い。特に、1950年代には、あらゆる動物を使って研究されている。
1.哺乳類の例
 例えば、ラットに電気ショックを与える予告として、微量X線を使った実験がある。X線を照射してから2秒後に、電気ショックを6秒間与えるという体験を40回繰り返す。その後、餌箱の付いたケージに移して、ラットがその箱から餌を取りだそうとしている時に微量X線を照射すると、ラットは電気ショックが来ると思い、餌を食べるのを止めて必死に逃げだそうとする。これは、0.05R/秒(=12.9μC/kg秒)という極低線量率照射でも効果があったと報告されている(文献1)。
 また、別の方法で動物のX線感知を示した実験がある。ラットの飼育箱に、水道水を入れたビンと、もう1つ、サッカリン(砂糖)水を入れたビンを入れて置く。そのビンの中の液量の減り具合から、ラットは水道水よりもサッカリン水の方を好んで飲むことがわかった。そのラットに5R/時間(=1.29mC/kg時間)の条件で6時間(全線量30R=7.74mC/kg)のγ線照射を行い、照射中は、サッカリン水だけを与えるようにする。2日目以降、再び飼育箱には、水道水とサッカリン水の両方を備え付けておくと、面白いことにラットは、水道水の方を好んで飲むようになった。この効果は、約1ヵ月間続いたと報告されている(文献2)。ラットにとって、このγ線照射は不快な出来事であり、サッカリン水を不快な体験と結びつけたために起こった現象なのかも知れない。また、ネコを使っても同様な結果が得られたと報告されている。
 次に、マウスを使った実験例を示す。ケージの一部に鉛で遮蔽した空間を作り、その中にマウスをいれてX線照射後の行動を観察する。X線を照射していない時は、マウスは、自由にケージ内を歩き回る。しかし、X線のスイッチがオンになり、積算線量が3Gyに達するころには、次第に遮蔽された空間に移動するマウスが増えていった(逃避行動)。この現象は、線量率より積算線量に依存したと報告されている(文献3)。マウスにおいても、X線と言う刺激を不快なものと感じているようである。
 また、この様なX線感知に関する研究を脳波を指標に捉えた報告もある。50mGyのX線を寝ているマウスに照射したところ、照射直後から覚醒反応が現われた。この現象は、嗅球(匂を感じる脳内部位)を破壊すると、観察されなくなることから、微量X線を感知するのは嗅覚系の作用が重要であると報告されている(文献4)。
2.魚類等の例
 この様なX線感知に関する実験は、哺乳動物ばかりでなく、サカナ(文献5) やカメ(文献6)においても観察されている。特に、カメはX線照射(2900R/秒)後、奇妙な行動を示した。それは、照射直後から数秒後に見られる反応として(第一段階)、「頭を持ち上げ、空気の匂いをかぎ、首を上下、左右に動かすが、体はじっとしている」段階、その後、カメは突然、X線照射野から逃げ出す段階(第二段階)が観察された。中には、照射直後に、あたかも顔に気味の悪い物質がついたかの様に、カメは前足で顔を拭う様な動作をしたと報告されている。また、この照射を繰り返していくと、カメは次第に上記の様な逃避反応を示さなくなることから、X線という刺激に慣れていくものと考えられた。X線は、言うまでもなく目に見えない刺激であるが、動物個体の反応からみると、化学的刺激と同様、「順応性(Adaptation)」を示したことになる。
3.無脊椎動物の例
 最後に、無脊椎動物の例を紹介する。ザリガニにX線照射(5−10R/秒=1.29−2.58mC/kg)をすると、その上体を起こし、鋏をふりあげて動きまわり、やがて照射野から逃げ出す(文献7)。この効果は、目を取り去ったザリガニにおいても観察されることから、視覚がX線感知に関係していない。また、目を除去したザリガニの腹部のみの照射でも、照射同様の効果が見られた。このザリガニのX線照射によって生じる電気生理学的反応を調べてみると、可視光に感じるとされている腹部第6神経節が、X線にも反応を示した。ザリガニは、可視光を感ずるのと同じ様に、X線を感じ取っているのかも知れない。
 ダンゴムシの例では、自然放射線の15倍(4.5μSv/h)、30倍(9μSv/h)の90Srβ線源核種を箱の中に置いたところ、自然放射線の15倍の線源ではダンゴムシが線源に集まる傾向があり、30倍の線源では線源から遠ざかる傾向があった(文献8)。
 アリの例では、X線照射後、触覚を振るなど様々な反応を示す。最終的には、やはり照射野から逃げ出す(文献9)。照射からその逃避行動までの時間を測定した時、10R/秒以上の線量率照射で約0.5秒であったと報告されている。また、目を除去したアリは、逃避行動を示さなかったことから、アリの視覚系は、ザリガニの場合と違い、X線感知に関与しているのかも知れない。また、X線照射後のカエルの網膜電位を調べた実験がある。0.007R(162R/秒)という線量に、網膜電位変化が現われるしきい値があったと報告されている。この様に、動物(生物)は、間違いなくX線を感じる機構をもっていると考えられる。しかし、X線を感じる場所は、種によって違っており、またその知覚に対するしきい値線量(率)も生物によって大きく異なっているように思われる。
<関連タイトル>
放射線に強い微生物 (09-02-01-07)
放射線の種類と生物学的効果 (09-02-02-15)
放射線の細胞分裂に及ぼす影響 (09-02-02-16)

<参考文献>
(1)J. Garcia,N.A. Buchwald,B.H. Feder and R.A. Koelling,Immediate detection of X-rays by the rat. Nature 196,1014-1015(1962)
(2)J. Garcia,D.J. Kimmeldorf and R.A. Koekking,Conditioned aversion to saccharin resulting from exposure to gamma radiation,Science 122,157-158(1955)
(3)H.L. Andrews and L.M. Cameron,Radiation avoidance in the mice,Proc. Soc. Exp. Biol. Med. 103,565-567(1960)
(4)Y.Miyachi,T. Koizmi and T. Yamada,Int. J. submitted
(5)B. B. Scarborough and R. G. Assison,Conditioning in fish. Effects of X-irradiation. Science 136,712-714(1962)
(6)A. T. Krebs,Immediate reaction of the red-eared turtle to X-irradiation,Radiat,Res. 15,372-377(1961)
(7)A. Rodriguez and D. J. Kimeldorf,Behavioral and electrophysiological studies of radiation detection in a freshwater crustacean,Radiat. Res,66,134-146 (1976)
(8)金尾智子、宮地幸久、山田武、野村功全:微量β線源に集まるダンゴムシの行動変化に関する研究、第39回理工学における同位元素・放射線研究発表会要旨集、54(2002年)
(9)D. L. Martinsen and D. J. Kimeldort,The prompt detection of ionizing radiations by carpenter ants. Biol. Bull. 143,403-419(1972)
(10)C.S. Bachofer and S. E. Witter,Comparision of electroretinal response to X-rays and to light. Radiat,Res. 17,1-10(1962)
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