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<概要>
 宇宙放射線を計測する器具にはどのようなものがあり、それぞれの持つ特徴は何かを示す。TLDのようなパッシブ型計測器の地上と宇宙での校正実験結果はその分散が約25%の範囲内にある。シリコン半導体による計測実験はサイズが大きいものほど安定が良く、携帯型のサイズではバラツキが目立つ。CR−39フィルムによる中性子計測も、パッシブ型特有の限界を持ちながら、特に宇宙空間で盛んに行われている。世界的には、組織等価型電離箱による計測が主流であり、地上や航空機内で盛んに行われている。わが国ではこのような航空機内の計測はまだ行われておらず、かつて行われた理研の比較計測実験で得た情報の解析や、技術の応用が主流である。
<更新年月>
2005年11月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.宇宙線計測の歴史
 海面以下の高度では宇宙放射線は少なくなる。これは宇宙放射線が海水に吸収されてしまうからである。実際、カリウムを主要な起源とする放射線は、この海水の存在で損なわれてしまい、計測しにくくなる。例えば、わが国で最初に宇宙放射線量を測ったのは、若狭湾に浮かべた木製ボートに搭載した計器によるものであった。他にも、この方法によって、野沢湖上のボートで測定が行われた。その結果、日本では空気の照射線量率として3.4μR/hという数値が出され、それをSI単位系に換算して年間0.26mSvが出された。
2.熱ルミニセンス線量計(TLD)
 既にTLDは時代遅れになりつつある。実際、環境放射線計器としてはガラス線量計にとって替わられつつある。それも昨今のエレクトロニクス技術の進歩によって、TLDの欠点が目立つようになったためである。TLDのような積算型では不可能であったが、ガラス線量計ではスペクトルを測定し宇宙放射線成分をその他のγ線成分等と弁別することが可能になった。地上環境では一般に3MeV以下のところにガンマ線など殆どの環境放射線成分が閉じ込められており、一方宇宙放射線は3MeV(あるいは3.2MeV)以上に展開しているので、スペクトル測定により両成分を弁別できる。
 TLDには多くの材料がある。LiFは軽い元素であるため陽子などの測定に適している。もっと重い粒子の計測にはMg2SiO4等が考えられる。日本では、宇宙でこれらを使い分けている(例えば放医研が中国と共同で計測した宇宙空間の線量測定など。別に放医研がロシアと実施した計測では、ロシアやオーストリアはやや保守的で、米国も伝統的にLiFに重きをおいている)。またMg2SiO4の場合、日本では地上環境に応用する際にこれを錫製の特性ホールダに納めて方向特性をフラットにしているが、宇宙に持っていく際はそのようなことはしていない。TLDは一度でも熱風をあてて読み取りをすれば、もし何か間違いがあれば、それで全情報が失われる可能性がある。
3.光刺激型線量計およびプラスチック線量計等
 光刺激型線量計(Al2O33:C)はTLDと同様の取り扱いながら、間違っても再度読み直すことが可能である。これは光が当たったところだけが問題であり、その場所を変更すれば、何度でも読み取れるという特質を持ているためである。ガラス線量計も同じである。またこのガラス線量計は国産技術である。
 一度でも誤った操作をすると取り返しがつかない、という意味ではプラスチック線量計CR−39も同じような性質を持つ。CR−39フィルムの表面にできたエッチ・ピットを計数するのに、余り長期間曝露するとエッチ・ピットができ過ぎる恐れがある。これらはアルカリ溶液でエッチングする必要がある上、その際の温度コントロールは正確で、かつ一様でなければならない。再読み取りできないので熟練を要する。原理は次のとおりである。ガラスやプラスチックに粒子が入射すると、そのトラジェクトリ(飛跡)を形成する。それをアルカリ溶液でエッチングして飛跡の穴を拡大し、それを読み取り易くする。この技術は積算ラドン濃度計のフィルムの読み取り等にも利用されている。貴重なデータだけに、宇宙に応用する際に気をつけて扱わなければならない。
4.中性子の計測
 中性子の評価には工夫がいる。そもそも宇宙空間には中性子がないと考えてもよい(陽子が崩壊した中性子はあるが、線量影響の程度が極小)。宇宙線が媒質内に侵入すると、媒質との相互作用で中性子が生ずる。例えば陽子が衝突すると核カスケード過程が発生し、中性子が出てくる。宇宙飛翔体や航空機の内部で中性子は多く見つかるが、この中性子のままでは計測できない。陽子に変換しないとエレクトロニクス系に掛からないのである。飛び込んだ中性子は物質との相互作用を通じ、高エネルギー陽子を叩き出す。ところが宇宙飛翔体や航空機の内部には、そのようなプロセスで生まれた陽子だけでなく、本来陽子として存在する宇宙放射線起源の陽子が多量にあるはずである。この叩き出された陽子と元々あった陽子を弁別しないと計測は困難である。その弁別の仕掛けを考案したのが、異なる2種類のシンチレータを組み合わせるフォスイッチ型中性子検出器である。このフォスイッチ型検出器の原理は古くから知られている。地上環境の加速器原子力発電所で発生する通常15MeV/nまでの低エネルギーの中性子を対象とした機器類が多く生産されている。レムカウンタとかシーベルトカウンタと称されるものである(図1)。
 ところが宇宙では中性子のエネルギーは、確かに15MeVにピークを持つスペクトル形を持つが、それより高い所に第2のピーク(100MeV を少し超える)があると考えられている。これは主としてコンピュータによるモンテカルロ計算の結果である。100MeV以下と100MeV以上の両方の線量寄与は、それぞれ50%と見積もられている。
 東北大学グループはこのエネルギー上限を100MeVを超えるように工夫した。それが宇宙用のフォスイッチ型検出器である。まだ世界に1台しかなく、地上で加速器を用いて試験中である。航空機に搭載・計測した実績はない。これは重量も小さいし、電源がバッテリーであっても稼働するので、従来の重いレムカウンタ等を抱えて計測した時代を考えると進歩を感じさせる。海外では中性子線量測定は組織等価型電離箱で電離成分と一緒に一挙に計測することが多い。実際これが世界の現在の主流といえよう。わが国では、まだそこまで行っていないのが実情である。
 中性子のエネルギー・スペクトルを測定する機器に、古くから用いられたボナーボール型中性子検出器がある。これはサイズの違う検出器を数個用意し、それでカウント数を求めるものである。ボナーボールのサイズの差は、最大入射エネルギーの差になって反映されるため、結果的にエネルギー・スペクトルを計測できる。米国EML等ではこれを航空機内で使用し、スペクトル測定を行っている。原理は同様だが、これを国際宇宙ステーションに適用した計測が旧NASDAグループによって実施された。費用の点などを総合的に見た場合、上記のフォスイッチ型検出器が、対象エネルギー領域を十分考慮した良い機器と言えよう。
5.国際宇宙ステーション用比較校正実験
 毎年ドイツの呼びかけで開催される国際宇宙ステーション用比較校正実験(WRMISS)が、代表的な粒子加速器を利用して実施中である。ここで日本のHIMACがドイツのGSI、米国のNSRL、スイスのCERNと共に世界の4つの基準器とされている。放医研では能動型計測器と受動型加速器のそれぞれを中心とした実験を2002年以来実施しており、ICCHIBANプロジェクトと呼ばれている(図2)。HIMACではAr,Kr,C線が用いられ、NSRLではH,O,Fe線を用いている。HIMACでのTLDの比較結果を見ると、国によって素子が異なるし、サイズもまちまちだが、全体として25%の精度で一致していた。
5.電離箱型計測器
 神奈川大学で研究開発された人工ダイアモンドを電離箱に用いる計測器は原理的に上述した計測器と異なる。原理的にはシンチレーション型計測器に属する。宇宙では飛翔体の昼側と夜側で摂氏で100度を超す温度差があるが、ここで用いるダイアモンドは、そのいずれでも駆動するし、ダイアモンドだから原子番号が6(炭素)で、人体細胞の平均値に近い。また熱雑音の妨害を受けにくい性質がある。人体を目的とする時、この検出器は有用と思われる。殆ど完成しているが、市販には至っていない。それに人工ダイアモンドとはいえ、やはり高価である(図3)。
 最もポピュラーな電離成分計測器はSi検出器を用いるものである。直径1インチから3インチを超えるものまで各種ある。さらにそれを個人用に改良したもの、携帯型積算線量計にしたものも出ている。コンピュータと接続して3MeVを超えた部分を宇宙放射線起因のものと解釈するのである。ただし、そのためには検出器のエネルギー上限を無限まで開放した設計にしなければならない。地上用に市販された機器の多くはこの上限値を開放していないため、その結果をそのまま使用できない。
 ポケットに入るような小型のSi検出器もあるが、余りにサイズが小さいため、計測可能エネルギーの上限値が低い。一応の成果が出されているが、限界がある。これらの機器の相互比較実験は理化学研究所が航空機DC−8をチャーターして複数回行われ、日本国内に限るが、多数の研究者が参加した。その中性子に関する結果等は海外でも評価されている。また光ファイバーを利用し、それを直交させることにより、どの成分がどこで光を出したのかが分かる光ファイバー型検出器も開発中である。
 宇宙放射線の計測には原理的に電離箱の使用が最善である。GeやSi検出器は電離箱の変形に当たる。ただし、宇宙線のエネルギーは余りに高いため、目に見えない高エネルギー領域に適用するには、モンテカルロ計算を援用しなければならないのが実態である。
<図/表>
図1 フォスイッチ型中性子検出器の宇宙線計測への応用
図1  フォスイッチ型中性子検出器の宇宙線計測への応用
図2 加速器を用いたICCHBANプロジェクト
図2  加速器を用いたICCHBANプロジェクト
図3 ダイアモンド検出器の構造
図3  ダイアモンド検出器の構造

<関連タイトル>
宇宙放射線の起源 (09-01-06-01)
宇宙放射線の種類 (09-01-06-02)
宇宙放射線による年間被ばく (09-01-06-04)
宇宙放射線の影響研究と意義 (09-01-06-05)
生命進化における放射線 (09-02-01-01)

<参考文献>
(1)M.Takada, I.Awaya, S.Iwai, M.Iwaoka, M.Masuda, T.Kimura, S.Takagi, O.Sato,
T.Nakamura and K.Fujitaka, High-energetic neutron spectrometer on board
aircraft and spacecraft, 11th International Congress of the International Radiation
Protection Association(IRPA-11), ID522, Madrid, Spain,(2004)
(2)Yukio Uchihori and Eric R.Benton: Results from the first two intercomparison of dosimetric instruments for cosmic radiation with heavy ions beams at NIRS (ICCHIBAN-1,2) experiments: HIMAC-078, NIRS,(2004)
(3)柏木利介、岩田徹、内堀幸夫、奥野祥二、北村尚、日比野欣也、高島健、田中保三、横田護、吉田健二:重粒子入射に対する新しい半導体検出器の応答、平成12年度放射線医学総合研究所重粒子がん治療装置等共同利用研究報告書、(2001)
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