<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 環境中の放射能
<小項目> 環境放射能の人体への移行
<タイトル>
放射性核種の生物濃縮 (09-01-04-02)

<概要>
 生物が、生育環境に含まれるさまざまな物質を環境濃度より高い濃度で蓄積する現象を生物濃縮と呼び、その大きさは平衡時における生物と水の濃度比である濃縮係数で表す。濃縮係数はフィールド試料の放射化学分析など主として三つの方法によって求められるが、実験生物や実験条件のさまざまな違いにより濃縮係数の変動幅は10〜100倍とかなり大きい場合がある。生物の食性や生息水の塩分、共存物質量などの変動要因を解明することにより、濃縮係数の変動幅を縮小し、信頼性を向上させることができる。
<更新年月>
2004年08月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1. 生物濃縮
 生物は、生活の場すなわち生息環境からさまざまな物質を体内に取り込みまた排出を行って生長、繁殖しているが、放射性核種を含む各種の元素やいろいろな有機化合物などを生息環境より高い濃度で体内に蓄積することを「生物濃縮(biological accumulation)」と言い、わが国においては、環境汚染との関連でよく使われるようになり、かつて化学工場から排出された水銀(Hg)の生物濃縮によって、水俣病などが発生し、世界的規模で生産・使用された有機塩素系農薬、特にDDTは、広くさまざまな野生生物に蓄積した結果、繁殖を阻害し、カリフォルニア沿岸において褐色ペリカンが激減し、カリフォルニアアシカの早産や死産が認められた。また、特定の生物が特定の元素を蓄積することが知られており、キノコにはセシウムを濃縮する種類があることや、マボヤ等にはバナジウムが蓄積すること等がその例である。
 このように生物濃縮はさまざまな生物による元素や化学物質などの濃縮を指すが、陸上生物より水生生物に対して用いられる場合が多く、生物濃縮に関して最初に注目されたのは1950年頃から盛んに行われるようになった核爆発実験や原子力施設から広く環境に放出された放射性物質に関してであった。そして、生物濃縮の程度を表すために「濃縮係数(Concentration factor,CF)」という数値が最も普通に使用されているが、同じ意味の言葉として余り一般的ではないが、Concentration ratio,Accumulation factor,Enrichment factorなども使われる場合がある。以下、研究の進んでいる水生生物について述べる。
2. 濃縮係数
 水生生物に関する放射性核種の濃縮係数は、その生息環境すなわち生息水との関連で表される。放射性核種濃度が一定を保っている水中に生息する生物が、次第に核種を体内に取り込み、数10日から数100日ほどの期間を経て最終的に生物体内と環境水との濃度平衡が達せられたとき、濃縮係数は次の式で表される。

濃縮係数=生物中の放射性核種濃度/水中の放射性核種濃度

 濃縮係数は、このように一定の環境条件の下における最大の濃縮を表した数値であり、水生生物を食品として人が摂取した場合、被ばく線量を求めるための重要なパラメータの一つである。また、濃縮係数は、一定条件下では水中の濃度にかかわらず一定の値を示すものとして「係数」とされているが、水中濃度が極端に高く、生物の正常な蓄積能力を超える場合や物質の毒性などの影響により生物の生理機能が阻害される場合には、正しい値が得られないため、十分な検討が必要である。
 上記の式から濃縮係数を求める場合、生物中の放射性核種濃度は一般に生重量当たりの核種濃度たとえばBq/g−生やBq/kg−生などが用いられる。水中の核種濃度は同じ単位重量当たりの濃度が用いられるが、水の比重をほぼ1と見なして便宜的にBq/mlやBq/lなどの単位体積当たりの放射能(核種濃度)を用いることも多い。
 生物の種類や核種によっては、濃縮が生物の全身に均一ではなく、むしろ普通に見られる現象であるが、筋肉、骨、肝臓などといった臓器や組織に高くなる場合が認められるため、濃縮係数は生物の全身に対して求めるばかりではなく器官や組織別に求める場合も多い。
3. 濃縮係数を求める方法
 放射性核種の濃縮係数は大別して3つの方法で求められる。その一つは、「フィールド試料の放射化学分析による方法」である。大気中核爆発実験が大規模に行われていた1950〜1960年代には、様々な生物やその生息水から放射性核種が検出され、それらの濃度比から多くの濃縮係数が求められた。また、大規模な使用済核燃料再処理工場からの廃液が放出されている特殊な海域では、多くの海洋試料からいろいろな核種が検出される。しかしながら、日本周辺海域では、1986年のチェルノブイル原子力発電所事故後の短い一時期に海洋試料から131Iや106Ruなどが検出されたが、現在では、放射性降下物(フォールアウト)由来の90Sr,137Csおよびプルトニウムなどがかろうじて検出される程度であるため、この方法による濃縮係数の取得は限られたものになっている。
 濃縮係数は、生物および生息水中の安定同位体元素濃度を測定・比較することによっても求められる。近年の高性能な分析機により生息水中の超微量元素の多くも定量が可能になり、多種の生物・核種に対しての濃縮係数が求められている。この「安定元素分析法」で求めた濃縮係数を放射性核種に適用する場合、まず、物理化学形の一致を考慮する必要がある。物理化学形が異なることによって1桁以上の差を示す場合がある。また、放射性核種は時間とともに減衰するため、減衰速度の大きい、すなわち、物理的半減期の短い131Iなどの核種の濃縮係数は安定体ヨウ素の濃縮係数より小さいことに注意する必要がある。
 濃縮係数を求めるもう一つの方法は、「ラジオアイソトープ(RI)・トレーサ実験による方法」である。実験室の水槽で生物を飼育し、その生息水にトレーサとして放射性核種を添加して生物へ取り込ませ、時間とともに変化する生物中濃度を測定して、取り込み速度(取り込み定数)を調べる。さらに、放射性核種を取り込ませた生物を放射性核種を含まない水中に移して飼育し、生物からの核種の排出を観察することによって排出速度(排出定数)を求める。取り込み定数と排出定数の比から濃縮係数を求めることができる。このトレーサ実験法が前述の二つの方法と異なる点は、生物と生息水の核種濃度が平衡に達した場合の濃度比すなわち濃縮係数だけでなく、取り込み・排出の速度定数により動的な濃縮を観察できることであり、また、排出定数より導かれる生物学的半減期は、生物から放射性核種が除去される様子を示す重要なパラメータの一つである。
 濃縮係数を求める三つの方法にはそれぞれ長所、短所がある。フィールド試料の放射化学分析法の利点は現実をそのまま測定した点である。欠点は測定可能な核種が限られていることである。安定元素分析法の利点は極めて多種・多様な生物および元素について濃縮係数が求められることであり、欠点は前述したように放射性核種への適用時において慎重な検討が求められることである。ラジオアイソトープ・トレーサ実験法の利点は前に述べたが、欠点は水槽での飼育環境が実際の海と異なることが実験データに及ぼす影響の大きさに関して明確でない点である。したがって、いずれの実験方法で求めた濃縮係数であっても常に検証が必要とされる。それは互いに別の方法で求めたデータの比較・検討である。大巾に異なる場合もしばしばある。その場合は、後に述べるデータの変動要因も含めた実験方法の検討が必要である。多数の研究者がさまざまな実験方法、実験条件下で求めた濃縮係数はかなりの幅を持っている。10倍〜100倍異なる場合もあるため、被ばく線量計算に支障をきたすことから、推奨値を求める場合もある。
4. 濃縮係数の変動要因
 濃縮係数は実験方法による違いの他に多くの要因によって変動する。生物および核種が同一の場合でも濃縮係数が異なる場合が数多くあり、供試生物および生息環境の違いによる結果であると推定される。生物的変動要因としては成長段階(供試生物個体の大きさ)、性別、摂餌、生理的活性など、環境要因としては水温、照度、塩分、pH、核種の物理化学形、共存物質濃度などが濃縮係数の変動の原因と考えられる。中でも摂餌の習性は生物濃縮と深い関わりを持っている。水生生物は、水中の放射性核種をえらや体表面を通して直接吸収する一方で、同じ水中に居て既に十分に核種を蓄積している他の生物を捕食することによっても核種を体内に取り込む、すなわち、生物濃縮の一部は餌からの摂取によるものである。ある生物が他の強い生物に捕食され、その生物がさらに別の生物に食べられる捕食、被食関係の連なりすなわち「食物連鎖(Food chain)」は生物濃縮に影響を持つと考えられる。したがって、摂餌による濃縮係数の変動の大きさを解明するためには、水からの濃縮に対して餌からの濃縮の寄与の大きさを明らかにする必要がある。図1に海洋における食物連鎖の一例を示したが、一般に海洋の捕食、被食関係は極めて複雑なため、食物連鎖に伴う放射性核種の動態はまだ十分に解明されていない。
 このように濃縮係数に影響を及ぼす要因が多い上にその影響の大きさなどの不明な点が数多く存在する現状では、「係数」とすることに異議がでるほど変動幅が大きい場合がある。しかしながら、今後、多く研究者により変動要因の解明が進んだ時には、濃縮係数の変動巾は減少され、信頼性の向上が期待される。
5. 水生生物に対する放射性核種の濃縮係数
 濃縮係数に関しては世界中の多種、多様な水生生物について数多くの研究報告がある。また、それらを分類、整理し、推奨値を示したものも多い。表1-1表1-2および表2-1表2-2には、1988年にPostonらによって報告された淡水魚および海水魚の筋肉に対する濃縮係数の推奨値を示す。同一の核種間でも濃縮係数はかなりの差を示している。淡水魚では水中の共存元素濃度の影響が見られ、Cs(セシウム)の濃縮係数はK(カリウム)濃度に、Sr(ストロンチウム)の濃縮係数はCa(カルシウム)濃度によって変動する。また、食性による違いがかなり大きいことを示している。表3には様々な海産生物の濃縮係数を示した。
<図/表>
表1-1 淡水魚に対する濃縮係数の推奨値(1/2)
表1-2 淡水魚に対する濃縮係数の推奨値(2/2)
表2-1 海水魚に対する濃縮係数の推奨値(1/2)
表2-2 海水魚に対する濃縮係数の推奨値(2/2)
表3 海産生物の濃縮係数
図1 海洋における放射性物質の移行経路

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<関連タイトル>
放射性物質の人体までの移行経路 (09-01-03-01)
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水産生物への微量元素の特異的濃縮 (09-01-03-06)
放射性核種の体内移行と代謝 (09-01-04-01)

<参考文献>
(1)佐伯 誠道(編):環境放射能、ソフトサイエンス社(1984), p.254
(2)Poston,T.M. and Klopfer,D.C.:Concentration factors used in the assessment ofradiation dose to consumers of fish:A review of 27 radionuclides,Health Physics, 55(5),751(1988)
(3)原子力環境整備センター(編):海洋生物への放射性物質の移行(環境パラメータ・シリーズ6),(財)原子力環境整備センター(1996),p.222
(4)Thompson,S.E.,Burton,C.A.,Quinn,D.J.,Ng,Y.C.:Concentration factors of chemical elements in edible aquatic organisms, UCRL-50564 Rev.1,(1972)
(5)U.S.Nuclear Regulatory Commission:Calculation of annual dose to man from routine releases of reactor effluents for the purpose of evaluating compliance with 10 CFR Part 50, Appendix I. Regulatory Guide 1.109, Revision I.,(1977)
(6)Vanderploeg,H.A., Parzyck,D.C., Wilcox,W.H., Kerchner,J.R. and Kaye,S.V.: Bioaccumulation factors for radionuclides in freshwater biota, ORNL-5002,(1975)
(7)Freke,A.M.:A model for the approximate calculation of safe rates of dischargeof radioactive wastes into marine environments,Health Physics,13,743(1967)
(8)IAEA:Sediment Kds and concentration factors for radionuclides in the marine environment, Tech. Rep. Ser. No.247,(1985)
(9)Eyman,L.D. and Trabalka,T.R.:Patterns of transuranic uptake by aquatic organisms:Consequences and implications,In:Transuranic elements in the environment. U.S.Department of Energy;DOE/TIC-22800(1980), p.612
(10)Jenkins,C.E.:Radionuclide distribution in Pacific salmon, Health Physics, 17,507(1969)
(11)八杉龍一ほか(編):生物学辞典 第4版、岩波書店(1996.7)
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