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<概要>
 トリチウム取扱い施設から事故放出されたトリチウムによる被ばくは、呼吸、皮膚吸収とトリチウムで汚染された食品の摂取で発生する。放出されるトリチウムには二つの化学形がある。一つはトリチウム水蒸気(HTO)であり、もう一つはトリチウムガス(HT)である。環境中でトリチウム移行に関与するさまざまなプロセスには、拡散、沈着、再放出、HTのHTOへの変換、HTOの有機形トリチウム(OBT)への変換などがある。これらのプロセスはモデル化され、さまざまな環境媒体(コンパートメント)中のトリチウム濃度の時間変化を計算し、被ばく線量評価に必要なトリチウム濃度を求める。トリチウムの事故放出は短時間のうちに終わり、放出後の周辺環境のトリチウム濃度は刻々と変化し平衡状態に近づいていく(放出後100時間位)。長期間にわたるその後の濃度変化は、コンパートメント間の平均的なトリチウム移行係数と平衡状態に達したときのコンパートメントのトリチウム濃度を初期値として計算する。食品摂取による被ばく線量は、コンパートメントから決定される食品のトリチウム濃度とそれぞれの摂取量から計算する。
<更新年月>
2005年09月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 環境中でのトリチウム移行に関わる主要なプロセスを図1に示す。ここでは大気、植物、土壌が重要な環境コンパートメントであり、それぞれの環境コンパートメントは必要に応じてさらに分割する。例えば、土壌を深度ごとに分割、植物を本体と種子や実に分割、さらにそれらをHTOとOBTに分けるなどである(図2)。コンパートメント間のトリチウム移行を決定する移行係数は、”1/時間”の次元(例えば”1/日”)を持ち、ある一定の値を使用する。しかし、移行係数は環境条件で変わることもあり、モデルでは環境条件に応じて移行係数を変える。コンパートメント間を移行するトリチウムのフラックスは、コンパートメントのトリチウム濃度に移行係数を乗じたものになるので、コンパートメントのトリチウム濃度の推定が重要である。もし、平衡状態のトリチウム濃度が初期値として与えられるような場合は、適切な移行係数の選択のみが重要なポイントとなる。放出直後は、コンパートメント中のトリチウム濃度は刻々と変化するので、トリチウム移行を支配している物理・化学・生物的プロセスをモデル化し、それらを数学的に取扱いトリチウム濃度を計算する。
(1)モデル計算の概略
 トリチウム放出源を中心とした同心円をセクターに分割したそれぞれの領域について、例えば1時間毎にトリチウム濃度の変化を計算する。モデル計算で推定したトリチウムの広がりを緊急対策などに利用するには、迅速に計算結果を出すことが求められるが、計算に要する時間は設定する領域の数、モデルの複雑性と計算の時間間隔に依存する。
(2)大気拡散
 大気中でのトリチウム(HTO,HT)の広がりは2次元のガウスモデルで計算するのが一般的である。トリチウムは風向に従って移動しながら、水平方向と垂直方向に広がっていくので、放出源から離れるほど大気中トリチウム濃度は減少する。水平と垂直方向の広がりを決定するパラメータは、大気安定度、地表面の粗さ、放出高さ(煙突の高さ+放出時の浮力による上昇分)に依存する。特に、大気安定度はトリチウムの広がりに大きく影響することが知られている。放出時の気象条件とそれらに応じた気象パラメータを用いて地表面の大気中トリチウム濃度を計算する。
(3)大気−植物の交換反応
 植物−大気間のトリチウムの移行はBelotの提案したモデルがよく使用される。この交換反応ではHTOのみを考え、HTを無視する。トリチウムのフラックスの方向は大気と葉のHTO濃度(比放射能、Bq/ml)で決まる。すなわち、大気中トリチウム濃度が葉より高い場合、トリチウムは植物に取り込まれ(放出直後)、汚染大気が通過した後は、葉のトリチウム濃度が大気より高くなるためトリチウムは葉から大気へ移行する。トリチウムフラックスは移行抵抗で変わり、移行抵抗は、気孔抵抗、表面抵抗、輸送抵抗の和で表される。夜間は気孔が閉じるので気孔抵抗は大きくなり、雨のとき気孔抵抗は小さくなる。モデル計算では、個々の植物の気孔抵抗を、葉面指数(単位地表面積あたりの葉面積、m2/m2)で除した実効気孔抵抗を使用する。
(4)土壌−大気の交換反応
 土壌から大気へのトリチウム移行(損失)は、土壌表面からの水の蒸発と植物からの蒸散で起こるが、蒸散で植物から失われた水分と等しい量の土壌水が根から吸収され植物に取り込まれるとしてバランスをとる。蒸発と蒸散の計算にはPenmannの経験式やMonteithの式が使用され、蒸発散量は日射量(W/m2)や移行抵抗によって変わる。蒸発と蒸散の計算には同じ式を使用することができ、日射量は植物に吸収される部分と土壌に吸収される部分に分割する。このとき土壌表面への日射量は葉の陰になることによる減衰を考慮する。蒸散を補うために土壌から植物に移動する土壌水は、植物の根の位置を考慮して計算する。例えば、ジャガイモについては20%が土壌層0−5cm、40%が土壌層5−15cm、40%が土壌層15−30cmから取り込まれるとする(図2)。その結果、各土壌層の土壌水のトリチウム濃度が植物に反映される。
(5)土壌へのトリチウム沈着
 HTOとHTの乾性沈着は沈着速度で表され、沈着速度は土壌の種類と土壌含水量で変化する。HTは土壌に沈着したらすぐに土壌微生物の働きでHTOに変換され、HTOとして土壌に取り込まれる。表1に示すようにHTOとHTについて野外実験で求められた沈着速度は2桁程度ばらついている。モデルでは実測値に基づく平均的な沈着速度を使用するか、土壌表面近傍(表面から数mm)での沈着をモデル化して決める。土壌表面にトリチウムを沈着させる過程として雨による湿性沈着がある。湿性沈着はHTOについてのみ考慮され、大気中のHTOが降下する雨滴に取り込まれる割合を洗浄係数としてパラメータ化している。洗浄係数は降雨強度で変化する。
(6)土壌深部へのトリチウムの移行
 雨が降ると土壌含有水は増加し深部へ水が移動する。単純なモデルでは土壌水が土壌の飽和水量を超えた場合に深部に移動するとしている。より複雑なモデルでは透水係数に基づく移動を計算する。
(7)再放出
 再放出はトリチウムに特徴的な環境移行プロセスであり、蒸発と蒸散で起こる。これらは(2)土壌−大気の交換反応で説明したプロセスである。再放出は設定した各領域に新たなトリチウム放出源があることと同じであり、再放出されたトリチウムは領域の大気中トリチウム濃度に合算され、次の大気拡散計算に使用する。ある有限の大きさを持つ領域内の大気中トリチウム濃度は一定ではないので、計算では領域の平均的な大気中トリチウム濃度が、領域の中心にあるとすることで、計算の簡略化と計算時間の短縮を図っている。
(8)植物へのトリチウム移行
 人や家畜への食べ物として重要な植物がモデルに取入れられる。ジャガイモや小麦など結実するものは実へのトリチウム移行をモデル化する。OBTへのトリチウム移行は、植物の成長段階とトリチウム暴露時期で大きく違うので、各植物の含水量や有機物量などの成長パターンを考慮する(図3)。例えば、春に植えたジャガイモは、140日(1月1日が起点)から170日まで成長し、その後8週間その状態を維持し、収穫日の258日に向かって葉は枯れていくとするが、一方、ジャガイモの実の有機物量は収穫日まで同じ量が維持されるとする。OBTの形成は光合成モデルによって計算され、二酸化炭素の同化量にファクターを乗じたものが生成される有機物量とする。二酸化炭素の同化量は日射量で決まり、呼吸で放出される二酸化炭素分を差し引いたものが実質的な同化量となる。日射量は葉の重なりによる減光を考慮した単位地表面積あたりの実効同化量を計算に用いる。HTOのOBTへの変換は、成長段階に対応した移行係数を、実効同化量から推定した有機物量に乗じ、それを生長期間にわたり積分することで求める。
(9)ミルク、乳製品、牛肉へのトリチウム移行
 事故放出直後のトリチウムを含む大気は、比較的短時間で移動するので、呼吸による取り込みは少ない。また、飲料水の汚染は、その後、大量の水で希釈されるので飲料水からのトリチウム取り込みも少ない。トリチウムの牛への移行はもっぱらトリチウムで汚染された草を摂取することで起こる。
(10)被ばく線量計算
 呼吸と皮膚吸収による被ばくは、平均的な呼吸量、平均的な運動量と大気中濃度から計算されるが、HTはHTOに比べると4桁低い線量換算係数をもつ。トリチウムで汚染された食品による被ばくは、各食品(ミルク、牛肉、野菜、ジャガイモ、小麦など)の摂取量、化学形(HTOとOBT)とそれらの化学形に対する線量換算係数を使用して計算する。
<図/表>
表1 沈着速度の実測値
表1  沈着速度の実測値
図1 環境中でのトリチウム移行過程
図1  環境中でのトリチウム移行過程
図2 コンパートメントのつながり
図2  コンパートメントのつながり
図3 ジャガイモの葉茎と実の成長の様子
図3  ジャガイモの葉茎と実の成長の様子

<関連タイトル>
放射性物質の人体までの移行経路 (09-01-03-01)
水産生物への微量元素の特異的濃縮 (09-01-03-06)
トリチウムの環境中での挙動 (09-01-03-08)

<参考文献>
(1)W.Raskob:Description of the New Version 4.0 of the Tritium Model UFOTRI, KfK5194(1993)
(2)W. Raskob:Program for Assessing the Off-Site Consequences from Accidental Tritium Releases,KfK4605(1991)
(3)P. A. Davis:Tritium transfer parameters for the winter environment. J. Environ. Radioactivity,36,177-196(1997)
(4)J. A. Garland:The absorption and evaporation of tritiated water vapor by soil and grass land. Water Air Soil Poll.,13,317-333(1980)
(5)G. L. Ogram et al.:Field studies of the HT behaviour in the environment 2. The interaction with soil,Fusion Tech.,14,1170-1175(1988)
(6)H. Noguchi et al.:Tritium behavior observed in the Canadian release study. Fusion Tech.,14,1287-1292(1988)
(7)S. B. Russell and G. L. Ogram,ETMOD: A New Environmental Tritium Model,Fusion Technology,21,645-650(1992)
(8)Y. Belot et al.:Prediction of the flux of tritiated water from air to plant leaves. Health Phys., 38, 575-583(1979)
(9)C. E. Murphy Jr.:The relationship between tritiated water activities in air,vegetation and soil under steady-state conditions,Health Phys.,635-639(1984)
(10)W. Raskob and P. Barry:Importance and Variability in processes relevant to environmental tritium dose models. J. Environ. Radioactivity,36,237-251(1997)
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