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<概要>
 世界保健機構(WHO)や国際原子力機関(IAEA)は、農産物の発芽防止や畜産水産物・加工食品の殺菌や殺虫に、線量規制値(〜10kGy)以下の放射線照射を推進している。ジャガイモ、香辛料、生薬は世界各国で照射されており、食肉、魚貝類も一部の国で照射されている。規制値以上に過剰照射された食品では、残留ラジカルや誘起生成物のため食の安全性に問題があり、違法な照射食品の線量評価法の確立が急務である。放射線により生じたラジカル(不対電子を持つ分子種)や不純物イオンの価数の変化を「電子スピン共鳴(ESR:Electron Spin Resonance)」により検出し、概略の線量を評価するのが「ESRによる照射食品の評価」である。魚、鳥肉、豚、牛肉などは、骨、歯、ヒレ、ウロコにヒドロキシアパタイトが含まれるので、歯エナメルによる「人体被ばく線量評価」で用いられるように、COのESR信号が役立つ。含有砂糖結晶や包装紙も、線量計測や年代測定に使われたように、ESRによる照射食品検知の対象になる。ESRの原理とスペクトルのパラメータについて述べ、代表的な照射食品のスペクトルを示す。
<更新年月>
2006年01月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.食品照射の対象、目的、現状と展望
(a)照射食品の必要性、実施線量、安全性
 相当量の農産物や畜産物が、輸送や貯蔵中の腐敗、発芽成長、害虫の発生のため廃棄されてきた。冷蔵・冷凍は殺菌や殺虫にならず、収穫後の殺菌殺虫剤は残留農薬と共に人体への影響が心配され、伝統的な塩、酢、砂糖、酒漬保存や加熱は、味と性質を変える。
 放射線は、食品の有機分子を電離して結合鎖を切断し、反応性の高いラジカルが作って菌の遺伝子を破壊して繁殖を抑え、ジャガイモなど根菜の成長を抑止する。照射食品が人体に及ぼす影響は、生物実験から世界保健機構(WHO)の出した「10kGy以下の放射線を照射したいかなる食品も毒性を示すことはない」との結論に基づいて、10kGyを上限に行われている(参考文献1)。適切な放射線線量は、食品や目的によって異なるが、各国の政府系機関は照射食品の安全性を検証している(表1)。
 食品中に存在し加熱処理でもできるブドウ糖やギ酸アルデヒド、二酸化炭素は、60kGyの照射に対して1kgあたり数十mgほど生成する。微量な放射線誘起物質の蓄積が、何世代後へ遺伝的な影響を与えないかの検討も必要である。食の安全の観点からは、無照射、無農薬が望ましいが、地球温暖化で温帯が亜熱帯化してO157や害虫、寄生虫による被害が社会問題になると、防腐剤や殺虫剤の毒性と比較した上での消費者の選択になる。
(b)国内外での照射食品の認可品目
 外国の照射食品:香辛料、乾燥食品、冷凍食品、発芽抑止のために根菜類の照射は、多くの国で実用化されている(表2表3)。中国は多くの食肉農産物で、フランスはチーズなど少量消費の嗜好品に対して菌と寄生虫やその卵を殺すため照射している。米国では、病院やスペースシャトル内という特殊環境で実施、さらに広がっている(参考文献1、2)。
日本の照射食品の現状:1967年から1981年に食品照射総合研究が実施され、ジャガイモ、タマネギ、米、小麦、ソーセージ、水産練り製品、みかんの照射の安全性が検証された。ジャガイモ以外は認可されていないが、検査なしの輸入食品が照射食品である場合もある。
 ジャガイモ:1972年に発芽防止のための唯一ガンマ線照射が認可され、札幌で毎年約1万5千トン照射(コスト2〜4円/kg、標準小売値の1%前後)されている(参考文献1)。
 香辛料:辛味や香りを引き立たせ、味にアクセントをつける根、茎、葉、果実の粉末やペーストをいう。高温殺菌では味や香りが消えるのと、一人当たりの使用量が少量で安全性に問題がないとの判断のため、世界的に照射されている。日本では臭化メチル薫煙法で殺菌されてきたが、全日本スパイス協会が厚生省(現厚生労働省)に香辛料照射の認可を要請した。
 輸入淡水魚と鶏肉:冷凍食品でも細菌汚染、寄生虫、寄生虫卵に汚染されていれば安全ではない。寿司の白身魚(中国産の淡水魚)や骨付きチキン(タイ産)は、輸出国では照射が認められている。国内法に従って未照射品の輸入なら、寄生虫の害が心配である。
 過剰照射されていた鮭:1996年にカナダやアメリカ北部の鮭が照射され、日本に輸入された。過剰照射でオゾンが発生し、その臭いによって発覚したと新聞報道された。
 生薬:質量1g中に細菌10万個以下であることと規定されているが、検査結果は細菌数がゼロで過剰照射しか考えられないケースもあるという。
2.食品の電子スピン共鳴(ESR)スペクトル
(a)遷移金属イオン(Fe,Mn)と天然のラジカル
 ここでは食品のESRスペクトルを紹介する。多種多様な食品があり、産地により含まれる常磁性金属イオンや強磁性のマグネタイト粒子の濃度が異なり、異なったスペクトルになる。ESRスペクトルは、微分曲線で示され、次の信号が重なっている(図1(a))。
 過酸化ラジカル:酸化や光化学反応によってg=2.0055に過酸化ラジカルが生じる。g−因子は、プランク定数h、ボーア磁子β、周波数f(GHz)、磁場H(mT)を用いて
   g =(h/β)(f/H)=71.455(f/H)          (1)
と表すことができ、信号が起こる磁場の位置、Hに対応している。
 2価のマンガン(Mn)信号:原子核との相互作用(超微細構造)によって8〜9mTに分離する特徴的な6本の信号を示す。一例としてブラジルのコーヒー豆の信号を示す(図1(a))。
 3価の鉄イオン(Fe)信号:血液ヘモグロビンの他に、植物や鉱物でも観測される。Feイオンの周囲の酸素(O)、窒素(N)、イオウ(S)などの配位によって実効的なg因子は、
   g=2 付近の線幅の広い信号、 ヘマタイトFe23
   g=2.3〜3.2 低スピンヘムFe信号、N-Fe-N S-Fe-Nなど血液ヘモグロビン
   g=4.2 2軸のひずみ電場 E(x^2 − y^2)、 ノンヘムFe
   g=6 一軸のみの軸対象性電場 Dz^2、 高スピンヘムFe、リモナイトFeOH
   g>9 角度依存性も示す強磁性共鳴(微細なマグネタイトFe34
 ESR信号を示す常磁性の金属イオンや磁性鉱物の他にも、信号を示さない金属イオンやその含有量によって、食品の放射線照射で生じるラジカルの量やESR信号は大幅に違う。たとえば、2価のカドミウム(Cd)や鉛(Pb)のイオンは、電子を捕獲して1価になり、ラジカルが現れるg=2磁場位置にESR信号を示し、照射効果は不純物の影響を受ける。
(b)ESRスペクトル例:コーヒー豆の等価線量(ED)
 木から採集したコーヒー豆は、時間の経過と共に過酸化ラジカル、Mn、Feの信号が増大する(図1(a))。ラジカルの量は、脂質の含有量にも関連する。ポテトチップスの過酸化脂肪ラジカル強度の経時変化から製造年月日が、血液ヘモグロビンの酸化による鉄信号の増大から血痕の経過日数が判ったように、コーヒー豆の収穫からの日数が推定できる(参考文献3)。
 コーヒー豆の専門家は、黒褐色度の目視から品質を鑑定しており、「付加照射法」で信号強度を換算した等価線量(ED)は、品質と相関がある(図1(b))。過酸化脂肪ラジカルができると、芳香が減り、味は悪く古くなることに対応するのは、ポテトチップスと同じである。放射線誘起の信号強度は、ほとんどの場合、直後から減衰する(参考文献3−5)。
3.照射餌と照射食品のESRスペクトル
(a)照射餌とマウスの糞のスペクトル:未代謝ラジカルの排出
 照射餌を食べたマウスの糞には、ラジカルがあり、一部は排出される。カゼイン20%を含むマウスの餌は、照射によってラジカルが生じる。磁場が0mTからのスペクトルに3価鉄の信号はなく、ラジカル信号強度は線量と共に増大する(図2(A)(a))。信号は構造を示す(図2(A)(b))。糞のスペクトルは、餌に見られない鉄信号が顕著であり(図2(B)(a))、照射試料を食べたマウスの糞には、代謝されない繊維のラジカルが体内で反応せずに排出されている(図2(B)(b))(参考文献5)。
(b)海外で認可の照射食品のESRスペクトル
香辛料 ローズマリー:10kGyの照射によって信号強度が増大する。しかし、最初の信号もあるので照射食品かどうかの判別は困難である(図3(a))。
 黒ゴマ:微生物数 9x10^7の黒ゴマは、加熱殺菌では1300、5kGy照射では20000,10kGyで100以下になる(参考文献1)。リグニン色素は未照射でも強い信号があり、照射効果は顕著でない(図3(b))。動物の毛(人の黒髪)や皮でもメラニンのラジカルが強い信号を示す。
 ジンジャー(ショウガ):未照射試料でも弱い信号があり、照射によって信号強度は増大する(図4)。紫外線照射では、差スペクトルに示すように異なる信号ができる。
 乾燥果物のデーツ(夏目やし)とイチジクの種:0.6から2kGyの範囲で照射により複雑な信号が生じ、数週間で急速に低下し、それ以後安定、1年後でも照射を検知できる。磁性鉱物析出によって磁場方向に角度依存性を示す「強磁性共鳴」の信号があり、酸化による過酸化ラジカルの信号もできる。照射試料では放射線誘起の過酸化のラジカルの拡散と反応があり、ESR信号は複雑に変化する。褐色部分はFe信号があり、避けることが望ましい(図5(a)、(b))。水分の少ないイチゴの種も照射線量評価に用いられている(参考文献7)。
 乾燥キノコ:複雑な照射ピークは急速に減少したが、3週間後でも検出できる(図5(c))。
 乾燥ゼラチン:7kGy照射で現れた照射ピークは、数か月間にわたり検出可能。
 マカロニ:7kGy照射した試料で、照射ピークは9か月間は検知可能。
 エビの殻:未照射でも弱い信号があるが、照射による信号は強い。表面を洗浄すると信号の一部は消える(図5(d))。殻の色素や付着磁性鉱物の信号が除かれたためである。
 骨付きの肉、魚類の骨、ヒレ、ウロコ:骨付きの鶏肉や家畜の肉、魚類は、骨を用いると照射線量を簡単に求めることが出来る。有機物のヘム蛋白の鉄の信号も重なっているが、100Gy以上なら10kGyまでは線量は比例している(人の歯エナメルは10mGyから)。ヒレやウロコもヒドロキシアパタイトを含み、線量評価の対象になる。動物種や骨の場所によって信号強度は大きく異なるのは、ヒドロキシアパタイトの割合や含有する炭酸イオンの濃度の違いのためで、魚類は鶏肉の場合の3分の1程度の強度である。
包装紙セルロース:グルコース(ぶどう糖)が酸素と共にグルコシド結合をしているセルロース(図6(A))が、水素イオンと水で加水分解する。古い紙では酸化が進み、光化学反応で白土中のマグネタイトFe34(300mT付近の信号)からヘマタイトFe23に酸化が進み、茶色に変色して340mT(g=2)付近に幅広いFe信号が出来る(図6(B))。ラジカル信号からは、化学反応を利用した古紙のESR年代測定も可能である。照射13日後と半年後の紙のESRスペクトル(図7)からは、微細構造を示す信号を用いて照射紙を識別できる(参考文献9)。
水の照射殺菌:飲料水や生活使用水の照射殺菌の報告はないが、照射水には過酸化水(H22)ができており、「低温紫外線照射によるD−P変換法」で線量評価ができる(図8)(参考文献10)。
国内外の研究状況と消費者の反応:照射食品の検知には多くの分析法があり(表4)、「第1回ESR年代測定シンポジウム」(1985)が発展した「ESR線量計測と応用シンポジウム」で議論され、「ESR応用計測」(Advances in ESR Applications:ISSN-0918-6824)や「食品照射(ISSN-0387-1975)」(日本食品照射研究協議会)で発表されている。
 放射線と放射能の混同から残留放射能を心配する誤解も市民にあるが、衛生状態のよい国の消費者団体は、照射食品の流通に慎重である。照射食品の検査がない現状では、過剰照射の輸入食品の流通も危惧され、検知技術を確立する必要がある。殺菌防腐剤は薬品名を、照射食品は線量を明記して、消費者の選択に委ねるべきであろう。
(注)ラジカルという中間生成物のうち安定な常磁性(P)種のESR信号強度から線量を評価するのではなく、常磁性から反磁性(D)になった生成物に紫外線照射を行い、生成ラジカル量から概略の被ばく線量を評価する。
<図/表>
表1 食品照射の利用法
表1  食品照射の利用法
表2 各国で実用化されている食品照射一覧
表2  各国で実用化されている食品照射一覧
表3 米国食品医薬品庁(FADA)が許可している照射食品
表3  米国食品医薬品庁(FADA)が許可している照射食品
表4 照射食品の検出方法
表4  照射食品の検出方法
図1 コーヒー豆のESRスペクトルおよびガンマ線照射の付加線量法により求めた「等価線量(ES)」とコーヒー豆の品質
図1  コーヒー豆のESRスペクトルおよびガンマ線照射の付加線量法により求めた「等価線量(ES)」とコーヒー豆の品質
図2 マウスの照射餌と排泄糞のESRスペクトル
図2  マウスの照射餌と排泄糞のESRスペクトル
図3 香辛料の未照射と照射試料のESRスペクトル
図3  香辛料の未照射と照射試料のESRスペクトル
図4 香辛料ジンジャー(しょうが)のESRスペクトル
図4  香辛料ジンジャー(しょうが)のESRスペクトル
図5 デーツの種、いちじくの種、乾燥きのこの照射祖量のESRスペクトル、およびエビの殻の未照射、照射試料のESRスペクトル
図5  デーツの種、いちじくの種、乾燥きのこの照射祖量のESRスペクトル、およびエビの殻の未照射、照射試料のESRスペクトル
図6 セルローズの分子構造と脱水反応、および1908年出版書籍の紙のESRスペクトル
図6  セルローズの分子構造と脱水反応、および1908年出版書籍の紙のESRスペクトル
図7 照射食品の包装紙による線量評価
図7  照射食品の包装紙による線量評価
図8 UV照射した照射水凍結氷
図8  UV照射した照射水凍結氷

<関連タイトル>
海外における食品照射の現状 (08-03-02-05)
照射食品の安全性と利用の動向 (08-03-02-07)
電子線による殺菌の原理と応用研究の現状 (08-04-01-08)
電子スピン共鳴法による年代測定 (08-04-01-35)
電子スピン共鳴法による人体の放射線被ばく線量評価 (09-01-05-12)
電子スピン共鳴法による放射線線量計測 (09-04-03-29)

<参考文献>
(1)林徹:放射線滅菌の現状と展望(1998)、p.60-70
(2)等々力節子:食品照射の海外動向、食品照射40(2005)、p.49-58.
(3)M.Ikeya:New Applications of Electron Spin Resonance-Dating,Dosimetry and Microscopy,World Scientific (1993;2002)
(4)池谷元伺:ESR年代測定、アイオニクス社(1987年4月)
(5)電子スピンサイエンス学会(監):電子スピンサイエンス&スピンテクノロジー入門、日本学会事務センター(2003年11月)
(6)S.Yokoi,M.Hirai,K.Kanosue,H.Anzai,N.Kajiwara and M.Ikeya:Electron spin resonance of rodent foods and feces. Advances in ESR Applications,Vol.18(2002),p.273-276
(7)N.Dodd,A.J.Swallow and F.Ley:Use of ESR to identify irradiated food. Radiat. Phys. Chem. 26(1985),p.451-453
(8)K.M.Morehouse and MF Desrosiers:Electron spin resonance investigation of irradiated shrimp shell. Applied. Radiation and Isotopes 44(1993),p.429-432
(9)後藤典子、山崎正夫:照射食品検知の紙類によるスクリーニング法、食品照射40(2005)、p.15-18
(10)K.Norizawa,T.Yada and M.Ikeya:Does liquid water have traces of irradiation? Possibility of dating and environmental assessment usingESR signals of ice.Advances in ESR Applications,18(2002),p.233-237
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