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<概要>
 核融合炉が実用発電プラントとして電力供給の一翼を担うことができるか否かの判断基準は、経済性の一点に尽きる。核融合炉のような未来エネルギー源の経済性評価の真の意義は、相対的な発電単価に対する設計パラメータの感度解析等を通じて技術開発の優先順位、方向性などを明示することであろう。現在、核融合の方式は幾つか提案され鋭意研究が進められているが、実用炉を比較的高い精度で描き得る方式はトカマク方式である。ここでは、トカマク炉とその周辺に限定して実施された発電単価の感度解析例を紹介する。
<更新年月>
1997年03月   

<本文>
1.はじめに
 核融合炉が実用発電プラントとして電力供給の一翼を担うことができるか否かの判断基準について経済性が重要な観点のひとつである。経済性の最終指標あるいは総合指標として、発電単価が採り上げられ、それは発電経費を発電電力量で割った値で定義される。発電経費には、建設費の減価償却、金利、税金などの費用(年間総資本費)、運転維持費、燃料費、定期交換費などが含まれる。将来的には二酸化炭素排出規制の観点から、炭素税の類も浮上してくる可能性がある。廃炉費用および放射性廃棄物の処理費用は通常、寿命期間年次均等で運転維持費に加算される。安全性、信頼性、保守性などは一般的に建設費と相反する関係があり、建設費の低減化に性急なあまりこれらを軽視すれば、稼働率の低下を招来し発電電力量の減少が建設費低減を相殺し、高い発電単価になりかねない。
 しかしながら、未だ一基の核融合発電プラントも建設していない現状において、安全性、信頼性、保守性などの最適設定を行うための理論も経験式も望むべくもない。肝心の建設費についても、算出根拠となる設計自身がプラズマ性能、構成材料、製造技術等に大きく依存し、建設を予定している数十年先の進展状況を予想することは容易ではない。さらに広報活動等の諸々の社会的受容を得るためのコストをどれだけ見込むかの課題もある。  したがって、核融合炉のような未来エネルギー源の経済性評価の真の意義は、相対的な発電単価に対する設計パラメータの感度解析等を通じて技術開発の優先順位、方向性などを明示することであろう。現在、核融合の方式は幾つか提案され鋭意研究が進められており、実用炉を比較的高い精度で描き得る方式は現在のところ有望なのはトカマク方式である。ここでは、トカマク炉とその周辺に限定して実施された発電単価の感度解析例を紹介する。
2.プラズマ性能の向上はどの程度発電単価削減に有効か
 トカマク方式とは、 図1 に示すように、強力なトロイダル磁場によって安定化されたドーナツ状のプラズマの中に電流(プラズマ電流)を流すことによって螺旋状の磁力線を作り荷電粒子であるイオンと電子を閉じ込めるものである。燃料原子の原子核であるイオン同士の融合反応で莫大なエネルギーが解放される。
 トカマクプラズマの性能を表す指標は数多くあるが、大まかな議論においてはプラズマエネルギ−の閉じ込め時間とプラズマ内部圧力の二つがしばしば採り上げられる。それらは通常規格化された値で表現され、前者は閉じ込め改善係数H,後者は規格化ベータg(βnで書かれることもある) で表記される。閉じ込めの改善はプラズマ電流の低減化およびプラズマサイズの小型化に有効であり、ベータの向上は核融合出力密度の上昇に直結している。これまでのトカマク実験の経験に照らし合わせてみて、実験上の工夫を特に施さなければ、H=1およびg=1が標準値として得られ、様々な工夫をすることによってこれら値は上昇し、現状では両者とも2〜3の値で運転できる方式が確立されている。
 プラズマ性能と発電単価の感度解析はこれまで幾つか (Ref.(1),(2),(3)) 実施されているが、ここでは極めて広範囲に亙って調べられた J.D.Galambos等の解析結果 (Ref.(4))を紹介する。結果をまとめて 図2 に示す。ただし、燃料は重水素トリチウムに限定されている。
 現状データモデルにおいては、現在国際協力で設計をすすめているトカマク型実験炉「ITER」の設計条件( 表1 参照)と同程度であり、閉じ込め改善係数H<2.0および規格化ベータg<2.5に対応する。この場合の定常運転炉における発電単価を基準(1.0で規格化)とする。間欠(パルス)運転炉の場合は10%程度のコスト高と試算されている。これは定常運転に必要なプラズマ電流の連続駆動に要する費用を、間欠運転による材料の疲労荷重対策費および蓄熱器の設備費が上回ることを意味する。
 外挿可能モデルでは、閉じ込め改善係数H<3.0および規格化ベータg<4.0に対応し、実験的にも日本のJT−60Uなどで瞬間値としてはほぼ達成されており(Ref.(5))、長時間の安定運転も近未来には達成可能とみなされている。世界におけるトカマク型動力炉(原型炉から実用炉まで含む)の設計の多くがこの領域の物理モデルを採用している。発電単価は現状データモデルに比べ25%程安価になると試算されている。
 先進データモデルでは、閉じ込め改善係数H<4.0および規格化ベータg<6.0に対応し、現状では両パラメータの同時達成は瞬間的にも得られていない。DIII−DのVHモード(Ref.(6))にその可能性が示唆され、現実の物理モデルとしてはこれが限界と見なされている。近年、先進データモデルに基づいた実用炉の設計試案も散見されるようになってきた。但し現実問題として、この条件達成には高度なプラズマ制御技術、プラズマ近傍に良好な導体シェルの必要性等の炉工学設計上の難点を多く内包し、総合的な利害得失の定量化は今後の課題である。仮に、工学的にも成立するとなれば、発電単価は現状データモデルに比べ半減すると試算されている。ここまで改善が進めば、パルス運転と定常運転の差はほとんどなくなる。因みに、従来の設計においてベータの第2安定化領域と呼ばれていた運転モードは、ほぼこの領域に対応する。
 新古典理論モデルでは、プラズマのエネルギ−閉じ込めは実験場の経験則で定義せず新古典理論に従うとし、規格化ベータについても制限を解除した。プラズマ電流はアルファ粒子の閉じ込め要請から決まり、トロイダル磁場強度はプラズマMHD平衡の安全係数 q>3.0から決まる。これは、プラズマ中のあらゆる不安定性が抑えられれば原理的には成立し、その場合発電単価は現状データモデルに比べ6割減になると試算されている。しかし、実現の可能性を信じる研究者はいない。
 磁場閉じ込め限界まで仮定を延長すると、発電単価は現状データモデルに比べ7割近く削減される。この仮定では、プラズマ電流は不要となり、したがってポロイダルコイルも排除される。ベータ値100%に対応するトロイダル磁場が必要とされるのみである。これでは、プラズマ平衡も存在しないのでもはやトカマクとは呼べない。
 核融合限界では、磁場閉じ込めという制約も課さず、したがってあらゆるコイル系は不要となる。炉形態はトーラスではなく、おそらく球形となり、プラズマは圧力無限大の点中性子源と見なせる。炉の寸法を規定しているのは、第1壁における中性子壁負荷条件Pn<20MW/m2のみである。この仮定の下では、発電単価は現状データモデルに比べ4分の1近くまで下がる。
 以上、プラズマ物理の今後の進展が発電単価に及ぼす影響を見てきたが、技術的な成立性についての言及はない。次に、材料および工学技術の発電単価におよぼす一般的な考察を試みる。
3.材料および工学技術の発電単価におよぼす一般的な考察
 前節で高いプラズマ性能が発電単価の削減に有効であることを見てきたが、一方ではプラズマ周辺機器の熱的あるいは中性子照射上の負荷条件は厳しくなり、正常な運転が保証されても機器の損耗度が増し交換頻度は高くなる。また負荷条件の厳しさは、潜在的には機器の信頼性を低下させ、所定の稼働率の確保が困難となる。ところが前節の発電単価の算出では、ダイバータへの熱負荷およびブランケット第1壁の中性子壁負荷についてはそれらの大小に係わらず、当該機器の交換はプラント寿命30年で数回と固定されており、稼働率も共通で75%と云う高い値が無条件に与えられている。現状の技術水準は、稼働率を大幅に犠牲にしてなおかつ、前節の現状データモデルの負荷条件を辛うじて処理できる程度である。
 したがって、現状の技術水準と社会環境を前提にして、火力発電軽水炉発電等の在来システムと発電単価の競争をしても核融合に勝ち目はない。ところが、核融合炉発電は建設費に占める炉心本体の割合が高いため技術革新が発電単価の減少に大きく寄与する。この点、化石燃料による発電プラントは建設費が安価で燃料費が発電単価の支配要因であるだけに技術革新の恩恵を受け難く、将来的にも合理化の余地は期待できないことと対照的である。現状データモデルに基づく発電単価は、軽水炉のそれに比べて2倍程度との試算例があり、将来先進データモデルが成立してそれに見合う技術開発もなされれば、核融合炉は軽水炉に競合できることになる。
4.おわりに
 将来的にはコスト的にも核融合炉が軽水炉に競合できることを示唆したが、それに加えて核融合の利点は、現行の軽水炉に比べて高い安全性を有することである。核融合炉では、アクチニド元素などの使用も発生もないため、生物学的毒性は軽水炉の100〜1000分の1とされている。また、核融合炉に内在する気体放射能のほとんどがトリチウムでは、放射能レベルで見ても軽水炉のヨウ素などの気体の量(108 Ci)より1桁低い(Ref.(7))。一方で、材料については低放射化材料の開発も鋭意進められており、これらを勘案すれば大都市近郊に建設できるほどに立地条件が緩和される可能性は充分ある。また、最近話題となっている二酸化炭素の排出規制の問題についても核融合炉が抵触する可能性は少ない。これが、炭素税と云う具体的な形をとれば核融合発電のコストは相対的に低下する。 核融合の開発は困難ではあるが、来るべき将来に備えて、精力的に推進するに値する所以である。
<図/表>
表1 ITERの主要諸元
表1  ITERの主要諸元
図1 トカマク方式の基本概念
図1  トカマク方式の基本概念
図2 重水素、トリチウムを燃料とする核融合発電プラントにおける各種プラズマ性能に対する発電単価の相対比較
図2  重水素、トリチウムを燃料とする核融合発電プラントにおける各種プラズマ性能に対する発電単価の相対比較

<関連タイトル>
核融合炉の概念 (07-05-01-02)
トカマク型核融合装置の研究開発 (07-05-01-06)
核融合炉の安全性 (07-05-05-01)

<参考文献>
(1) J.Sheffield et al.:Fusion Technol.,9,199.(1986)
(2) C.G.Bathke and ARIES Team:A Systems Assessment of the Five STARLITE Tokamak Power Plants,12th Topical Meeting on the Technology of Fusion Energy,LA.−UR−96−2080,June.1996
(3) 岡野邦彦、吉田智朗:核融合動力炉早期導入実現の条件、プラズマ核融合学会誌、第72巻、第4号、365(1996)
(4) J.D.Galambos,L.J.Perkins,S.W.Haney,J.Mandrekas:Commercial Tokamak Reactor Potential with Advanced Tokamak Operation,Nuclear Fusion,Vol.35,No.5,551(1995)
(5) M.Kikuchi et al.:15th IAEA Int.Conf.,Seville,1994,IAEA−CN−60/A−1−I−2.
(6) R.D.Stambaugh et al.:15th IAEA Int.Conf.,Seville,1994,IAEA−CN−60/A−1−I−4.
(7) Assessment of Fusion Reactor Development,NIFSPROC−17 Proceeding of NIFS Symposium held on Nov.29−30,1993 at National Institute for Fusion Science.
(8) 日本原子力研究所・那珂研究所・炉心プラズマ研究部:核融合をめざして−核融合研究開発の現状1997年、日本原子力研究所(1997年11月)
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