<大項目> 核燃料リサイクル施設
<中項目> 再処理
<小項目> 再処理施設
<タイトル>
東海再処理工場 (04-07-03-06)

<概要>
 日本初の再処理工場として0.7トン/日の規模で、当時の最も信頼性のある工程設計により、1971年建設が開始された。1977年からホット運転を開始して以来、1997年3月末までの累積処理量は「ふげん」のMOX燃料 約10.5トンを含む935.9トン(tU)に達している。この間技術開発の先駆的な経験をしながら、軽水炉燃料再処理の定法になっている機械的前処理、ピューレックス法の実用性の実証をはじめ、幾多の関連技術の開発に貢献してきた。この成果は、操業の安定化に寄与するとともに、六ヶ所再処理工場建設に役立っている。なお、東海再処理工場は、その関連施設であるアスファルト固化処理施設の火災爆発事故(1997年3月に発生)により運転が中断された。今後の方向性については動力炉・核燃料開発事業団(現日本原子力研究開発機構)の業務を引き継いだ核燃料サイクル開発機構により検討され、1999年秋、運転再開の目処は立ったが、JCO臨界事故の影響で延期されていた。その後、2000年6〜8月に運転検査に合格し、同年11月から運転再開を果たした。2001年12月末現在で、累積処理量は約980トン(tU)である。
<更新年月>
2002年06月   

<本文>
1.東海再処理工場の立地の経緯
 原子力発電の定着につれて、使用済燃料の国内再処理の必要性が議論され、1962年、原子力委員会の再処理専門部会は「1968年頃の操業開始を目標に、0.7〜1トン/日規模の工場を建設するのが適当である」旨の結論をまとめた。これを受けて、原子燃料公社(以下「公社」という;1967年以降「動力炉・核燃料開発事業団(現日本原子力研究開発機構)」となる)は、1963年に予備設計をNCP社(英国)に発注し、1967年〜1969年にわたる詳細設計をSGN(Societe Generale pour les Techniques Nouvelles)社(フランス、サンゴバン社)に依頼し行なった。
 この間1968年8月に国に再処理施設設置許可申請を提出し、1970年1月、再処理施設の設置が認められた。
 一方、立地交渉の経緯については、公社はすでに茨城県東海村に金属ウランの精錬工場、原子燃料試験所等を保有していたので、公社構内に再処理施設を建設することを1964年に茨城県及び関係自治体に申し入れ、1969年茨城県議会の条件付受諾が得られた。
 安全審査の終了に引き続き、公社は設計・工事法の許認可、建設確認申請等の諸手続き、建設予算の確定、建設業者(SGN社及び日揮(株)の共同事業体)の選定等を進め、1971年6月着工の運びとなった。
2.建設の経緯
 建設は、ほぼ計画通り順調に進められた。1977年3月まで、通水作動試験、化学試験、ウラン試験(未照射ウラン燃料を用いるので、「コールド試験」という)が行われた。
 「ホット試験」(使用済み燃料を用いる)の開始に当たって、「日米原子力協定」で米国産及び米国で濃縮されたウランの再処理については協議事項になっているため、日米政府間で交渉が持たれた。1974年5月のインドの核爆発実験実施等のため、米国が核不拡散政策を国内外に強力に推進した時期であり、日米政府間交渉は難航した。保障措置の有効性を高める研究開発及びウラン・プルトニウムの「混合処理法(Co−process and Co−conversion)」の実施によって、プルトニウム転換施設の建設延期を条件に、向こう2年間に99トン・ウランまでの処理を認めることで1977年9月に両国が合意した。その後、期間、数量が変更になり実質的に無制限となった。プルトニウム転換施設も1980年に混合転換法の採用が日米間で合意された。
 1977年9月日米交渉の結果を待って直ちに原研(現日本原子力研究開発機構)の動力試験炉(JPDR)の使用済燃料を用いてホット試験が開始された。順次、燃焼度の高いBWR燃料とPWR燃料による試験に移行したが、途中、酸回収蒸発缶の伝熱管腐食損傷による缶の交換等、予期しない支障があったため、1980年2月までかかってホット試験が終了した。
 1979年の「原子炉等規制法」の改正により、使用前検査として施設の工事に係る検査のほか、施設の性能についての検査が加えられた。1980年12月に使用前検査合格証が交付された。
3.東海再処理工場の仕様と技術
  図1 に、東海再処理工場の配置図を示す。東海再処理工場の基本仕様は、処理能力は1日当たり最大0.7トン(金属ウラン換算)、対象燃料は軽水炉使用済燃料で初期ウラン濃縮度最高4%、使用済燃料集合体当たり燃焼度最高は35,000MWd/トン以下、1日当たり処理する使用済燃料の平均燃焼度は28,000MWd/トン以下、および処理する使用済燃料の冷却期間は約180日(比出力35MW/トン)である。1988年の設置許可変更申請により新型転換炉「ふげん」の使用済燃料も処理できることとなった。
 東海再処理工場では、当時NFS(Nuclear Fuel Services)社(米国)のウェストバレー工場でプラント実証(1966年〜1972年)を試みていたチョップ・アンド・リーチ(集合体剪断−溶解)方式の前処理工程およびTBP溶媒抽出法(ピューレックス法)による分離・精製工程を採用した。また、抽出装置は最も経験の深いミキサセトラ型が採用され、抽出サイクル間の処理液濃縮も省略できた。
 フランスは既に発電において軽水炉路線への転向を決めており、自らも天然ウラン燃料再処理技術の経験の延長として軽水炉燃料再処理へ挑戦中であり、技術導入先としては適切であった。フランスはCOGEMA(Compagine Generale des Matieres Nucleaires)社(現AREVA NC社)のUP2に付設する形で、軽水炉燃料前処理施設(HAO)を計画していて、このHAO施設は東海工場に先立つ1年前1976年にホット運転を開始した。東海工場とHAO施設は同時期の設計であるが、その設計概念は若干異なり、二つの型式が試行されたことになる。
4.東海再処理工場の工程設計
  図2 に東海再処理工場の主工程、または 図3 に再処理工程の説明図を示す。使用済燃料受入貯蔵施設は、輸送用遮蔽容器(キャスク)および使用済燃料集合体をプール水中で取り扱う。キャスクから取り出した使用済燃料集合体は、プール水の汚染を減らすため密封容器付のバスケットに収納して保管する。使用済燃料貯蔵プールの貯蔵能力は140トン・ウランである。
 剪断機は、使用済燃料集合体を水平にして供給し、横方向から水平に動く階段状の剪断刃によって剪断するもので、SGN社が開発したプロトタイプ(初号機)である。制御装置は後に動燃(現日本原子力研究開発機構)の手で一新された。溶解槽は回分式(バッチ操作)のものが2基で1回の溶解量は最大約400kgウランである。この溶解槽は腐食による漏洩故障を生じたため、遠隔補修を実施し更に新設計のもの1基を増設した。清澄工程にはパルスフィルターを用い、溶媒抽出装置はミキサセトラ型を用いている。
  図4 に低放射性廃液処理工程説明図を示す。海洋放出廃液の放射能の低減化については格段の配慮を行い、高い除染係数が得られるよう蒸発缶を重ねて設置している。
5.東海再処理工場の安全設計
 この工場は、わが国で初めて建設・運転する再処理工場であるので、諸外国の同種工場の経験等を採り入れ、入念な安全設計が取り入れられている。また運転開始後も補強されている。放出放射能低減化についても世界でも先端をいく厳格な基準で設計され、前処理施設のオフガス一時貯溜設備、海洋放出廃液の残留油分除去設備等は他に類を見ない設計となっている。
6.東海再処理工場の運転実績
  図5 に2001年12月末現在までの東海再処理工場の運転実績(年間処理量および累積処理量)を示す。 表1 に東海再処理工場の使用済燃料の年度別受入量を示す。
 1980年末の使用前検査合格証交付後の運転は、必ずしも順調にいったとは言えない。本格運転の前半期では、いわゆる初期運転段階での故障・不具合が酸回収蒸発缶(2回目)、溶解槽2基等において生じた。なかでも腐食による機器の損傷が目立った。これらの対応のため、約2年間にわたって、遠隔補修技術の開発によって溶解槽補修が行なわれ、また新溶解槽の増設等が行われた。上記の対策後の運転では溶解槽3基の体制となり、以後の安定運転に寄与している。
 本格運転の初期に遭遇した故障・不具合や知見が生かされ、1985年以降は安定した運転が維持できるようになった。1988年には、約1年間の計画停止期間をとり、かねて計画中の改良補強工事を行った。この補強工事の主な内容は、酸回収蒸発缶およびプルトニウム蒸発缶塔部の材質を高耐食性のチタン・タンタル合金に変更・取替、酸回収精溜塔のボイラー部構造の変更、剪断機の部品の改良・更新、パルスフィルター(溶解液の清澄)の2系列化などである。
 近年では、予防保全の観点から計画停止期間を設け、また大型機器の改良・更新等を実施してきたが、その効果により1994年度は年間95.7トンの処理実績をあげ、年間処理目標の90トンを達成した。1997年3月末までの累積処理実績は、「ふげん」のMOX燃料約10.5トンを含む935.9トンに達している。これらの運転を通じて、軽水炉燃料再処理工程として、使用済燃料集合体剪断溶解+溶媒抽出(ピューレックス)が基本的に実用性があること、ウラン・プルトニウム製品の品質が十分仕様を満たしていること、国際査察に耐える計量管理がなされていること、環境への放出放射能は十分低く管理できること等が実証された。また、施設の保守管理についても、放射線下の大規模工事を安全に実施し得ることが、除染技術、遠隔保守技術の開発の成果として実証できた。
 現在、日本原燃(株)が建設を進めている六ヶ所再処理工場に対しては、東海再処理工場の建設・運転等によって得られた知見・経験を反映すべく技術協力を行なっている。
 また、プルトニウム利用体系の確立を図る上で、高速炉燃料再処理技術の開発は必須の課題であり、このため、プロセスおよび新型機器の工学規模でのホット確証のためリサイクル機器試験施設(RETF:Recycle Equipment Test Facility)の建設を進めており(1995年1月着工)、将来的には東海再処理工場につなぎ込んだ形態で試験運転を行う計画である。
 再処理工場の関連施設であり工場から発生する低レベル廃液の処理を行ってきたアスファルト固化処理施設において1997年3月11日に火災爆発事故が発生したため、その後運転は中断された。事後の工場運営の方向性については、もんじゅ事故以来の動燃(現日本原子力研究開発機構)改革に係る議論の進捗を踏まえつつ決定されることとなった。
 この動燃改革は、動力炉・核燃料開発事業団を廃止し、核燃料サイクル開発機構(現日本原子力研究開発機構)を新設してプルトニウム利用関連開発業務を引き継ぐことで決着した。従って東海再処理工場は、更なる安全対策の実施や予防保全のための工事などの整備作業(第3回計画停止)を行い、1999年秋より運転再開を予定していたが、同じ東海村に立地する核燃料加工会社JCOの臨界事故のため再度延期された。
 その後、第3回計画停止中の処置を含む施設の定期検査の一部である性能検査のための運転を2000年6月11日より8月1日まで実施し、合格した。同年11月20日より12月15日までの「ふげん」使用済燃料2.8トンの処理を以て運転再開を果たした。このキャンペーンでは、事故を起こしたJCOのウラン溶液(約20kg)を合わせて処理した。以降、2001年3月から6月にかけて23.9トン(BWR:5.9トン、PWR18.0トン)および同年10月から12月にかけて12.1トン(PWR:7.2トン、ふげん:4.9トン)の処理を実施した。東海再処理工場の累積処理量は、2002年6月12日「ふげん」のMOX燃料約10.5トンを含み1,000トン(tU)を達成した。
 なお、東海再処理工場については、六ヶ所再処理工場の本格操業までの期間、軽水炉燃料再処理のための運転を続け、その後はMOX燃料および高速増殖炉燃料再処理等の技術開発に活用していくという方向性が示されている。
7.関連施設
 東海再処理工場に関連している施設を以下にまとめて示す。
(a)アスファルト固化技術開発施設(1983年ホット運転開始、1997年3月火災事故)
(b)クリプトン回収技術開発施設(1988年ホット試験開始)
(c)廃溶媒処理技術開発施設(1985年ホット運転開始)
(d)高放射性廃液固化技術開発施設(TVF)(1994年9月ホット試験開始)
(e)貯蔵施設等の増設
(f)リサイクル機器試験施設(RETF)の建設(1995年着工)
(g)低放射性廃棄物処理技術開発施設(LWTF)の建設
<図/表>
表1 東海再処理工場における使用済燃料の年度別受入量
図1 東海再処理関連施設の配置図
図2 東海再処理工場の主工程説明図
図3 東海再処理工場の前処理工程概要図
図4 低放射性廃液処理工程概要図
図5 東海再処理工場の運転実績(2001年12月末現在)

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<関連タイトル>
使用済燃料の受入、貯蔵 (04-07-02-01)
再処理の前処理工程 (04-07-02-02)
溶媒抽出工程 (04-07-02-03)
高レベル廃液の処理 (04-07-02-07)
固体廃棄物の処理 (04-07-02-09)
再処理施設の工程設計 (04-07-03-02)
六ヶ所再処理工場 (04-07-03-07)
フランスの再処理施設 (04-07-03-08)
東海再処理工場の立地の経緯 (04-07-03-13)
東海再処理工場における火災爆発事故 (04-10-02-01)

<参考文献>
(1) 動力炉・核燃料開発事業団:動燃技報再処理特集、No.55(1985)
(2) 小泉 忠義:動燃事業団東海再処理工場の建設と運転、火力原子力発電、Vol.32, No.9(1981)
(3) 動力炉・核燃料開発事業団:年報 平成8年度、(1997年9月)
(4) 動力炉・核燃料開発事業団:よみがえるエネルギー「使用済み核燃料の再処理」(1994年11月(改))
(5) 日本原子力産業会議(編):原子力年鑑 平成9年版(1997年10月)p.1−4,150−153
(6) 日本原子力産業会議(編):原子力年鑑 2001/2002年版(2001年11月)p.188−189
(7) 原子力委員会(編):原子力白書 平成10年版、大蔵省印刷局(1998年8月)p.181−183
(8) 杉山 俊英ほか:軽水炉燃料の再処理、動燃技報 No.100, p.183−197 (1996年12月)
(9) 核燃料サイクル開発機構:パンフレット エネルギー安全確保のために 東海事業所 改訂、(2000年3月)
(10) 核燃料サイクル開発機構HP:東海再処理施設の状況(日報)、http://www.jnc.go.jp/ztokai/repro/Today/daily.htm(2002年1月17日)
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