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<概要>
 原子炉からの熱(蒸気)を直接地域暖房用等で比較的温度の低い熱源として利用する原子炉が熱供給炉である。熱(蒸気)を供給するこの原子炉システムに、寒い地域を広くもつロシアが早くから関心を示し、研究開発も一番進んでいる。この原子炉システムには電気と蒸気を配給する電熱併給炉型と蒸気のみを配給する熱供給炉型とがある。電熱併給炉型としては、シベリア北東のビリビノ原子力発電所が30年以上の運転実績をもっている。また、軍事産業都市であったトムスク−7等ではプルトニウム生産炉が電熱併給炉として活用されている。カザフスタンのBN−350は電気供給と海水脱塩のための蒸気給水を行っていた高速炉である。原子力砕氷船の舶用炉(KLT40S)2基をバージに搭載した電熱併給の浮体式原子炉がセヴェロドヴィンスク向けに建設中である。また、ロシアでは一体型加圧水型炉を採用した熱供給炉概念をAST−500他いくつか構築中であり、AST−500がボロネツ市で、一時中断はあったものの建設中である。その他の国の開発状況にも触れる。
<更新年月>
2007年06月   

<本文>
 熱供給炉では、原子炉からの熱(蒸気)を直接地域暖房用等、比較的低温の熱源として利用する。熱供給用原子炉は化石燃料炉に比べて、二酸化硫黄など森林に有害なガスを放出しないので大気汚染防止上からも有用であり、二酸化炭素、一酸化二窒素などの温室効果ガスを放出しないので地球温暖化防止上にも有益である。さらに、原子炉を燃料の長期使用あるいは運転簡素化(あるいは運転フリー)の設計にすれば遠隔地用として、また受動的安全機能を多く取り込めば需要地近接立地も可能である。
 広範な地域で気温の低い期間の長いロシアは、熱(蒸気)を供給する原子炉シスムに早くから関心を示しており、研究開発も進んでいる。この原子炉システムには電気と蒸気を配給する電熱併給炉型と蒸気のみを配給する熱供給炉型がある。電熱併給炉型の代表例はシベリア北東のビリビノ原子力発電所で、地域に電気と蒸気を配給し30年以上の運転実績がある。また、軍事産業都市であるトムスク−7等では、かつてのプルトニウム生産炉を転用して地域に電気と蒸気を配給している。カザフスタンのアクタウ発電所(高速炉BN−350)は電気供給と海水脱塩(海水淡水化)を行っていた。
 現在ロシアで建設中の地域熱供給用原子炉にAST−500がある。この炉は原子炉冷却材喪失事故が起きても安全性の高い蒸気発生器を原子炉容器内に内装した一体型加圧水型炉を採用している。この他にロシアでは一体型加圧水型炉の熱供給炉概念をいくつか構築中である。
 地域への熱供給では比較的温度が低い(100〜160℃程度)蒸気を供するので、熱供給炉の炉心出力密度は低く設計される。また物体の重力落下、大気の自然対流、水の自然循環、水の蒸発など受動的安全機能(静的安全機能ともいう)も設計に取り込みやすい。したがって熱供給炉の設計では受動的安全機能を多く取り込んでいるのが普通である。
1.熱供給炉システム
 原子炉では化石燃料炉と違って次の燃料交換までの期間が長くとれるので、化石燃料の頻繁な補給輸送が難しい極地あるいは遠隔地での利用に適している。このため、石油、天然ガス、ニッケル、金、ダイアモンド、希金属などのエネルギー資源、天然資源を多く産出している極寒地のシベリア北方で、電熱併給用のビリビノ原子力発電所を建設して実用に供している。ロシアが原子力砕氷船を多く建造し、運航しているのも同じ理由による。 熱供給炉システムとしては、電気と熱(蒸気)を供する二重目的の電熱併給炉システムと熱(蒸気)のみを供給する熱供給炉システムとに大別される。また、沿岸に建設し海水から飲料水を製造する海水脱塩(海水淡水化)原子炉システムもある。電気と熱(蒸気)を地域に供するとともに、海水脱塩も行う三重目的の原子炉システムも構想中にある。
 図1に電熱併給用原子炉システムの概略を示す。ロシアのビリビノ原子力発電所、およびプルトニウム生産炉だったクラスノヤルスク−26のADE−2、トムスク−7のADE−4とADE−5がこの例に属する。図2に地域暖房用蒸気供給炉システムの概略を示す。ボロネツ市で建設中のAST−500がこれに属する。
2.ロシアにおける研究開発
 表1にロシアにおける電熱併給用原子炉の建設実績を示す。
(1)電熱併給ビリビノ原子力発電所
 表2にビリビノ原子力発電所の主要技術仕様を示す。ビリビノ原子力発電所は電熱併給用原子炉4基で構成されている。4基いずれもEGP−6型炉(初期のRBMK型炉)で、4基が1つの原子炉建家に格納されており、タービン発電機は原子炉1基に1台が対応し設置されている。一次冷却系ポンプをもたない自然循環冷却炉心である。シベリア北東のビリビノ地域は1年のうち8か月が冬で、寒い時には−60℃にもなる。この発電所は48MWeの電気と78MWt(67Gcal/h)の蒸気(約150℃)を地域に配給できる。1974年から運転している。なお、ビリビノ以外の数基の発電所から年間8PJ(240Tcal)以上の熱(蒸気)を地域に供給している。
(2)プルトニウム生産炉による電熱併給
 ロシアは8基のプルトニウム生産炉を運転していたが、電熱併給用原子炉として運転している3基を除いては現在閉鎖している。トムスク−7(現、シベリア化学コンビナート)では2001年現在、元プルトニウム生産炉ADE−4とADE−5が運転中で、トムスク−7とトムスク市に電気と蒸気を配給している。クラスノヤルスク−26(現、鉱山化学コンビナート)では2001年現在、元プルトニウム生産炉ADE−2が運転中で、クラスノヤルスク−26とクラスノヤルスク市に電気と蒸気を配給している。なお、これらプルトニウム生産炉は、代替電力が完成次第閉鎖される。ADE−4とADE−5の代替炉として、AST−500を2基建設する計画の検討が進められ、ゴーリキサイトに過去に搬入された機器の再利用についても評価され可能と判断された。
(3)海水淡水化アクタウ原子力発電所
 高速炉BN−350を用いているアクタウ原子力発電所は、ソ連がカザフスタン国のアクタウ(Aktau)市に建造した電気供給と海水淡水化の二重目的をもっている。1973年7月から運転を開始し1999年4月に閉鎖となった。世界で初めての高速炉原型炉で、650〜750MWt(設計上:1,000MWt)、電気出力135MWe(設計上:350MWe)、淡水生産12万トン/日(設計上:12万トン/日)をアクタウ市周辺の工場に供給していた。
(4)地域熱供給用原子炉AST−500
 AST−500は居住地域に対する熱(蒸気)を供給する原子炉で、ソ連が1970年代中頃から開発を進めてきた。ロシアの大都市で暖房用燃料の不足が増加したことから、ゴーリキ(Gorky)市(現、ニージニー・ノブゴロド、Nizhniy Novgorod市)とボロネツ(Voronezh)市に、地域熱供給用原子炉システムとしてAST−500を2基ずつ設置することが決まり、1980年代早期から建設が始まったが、原子力機器生産公社(Nuclear equipment production cooperation)の崩壊などにより地方当局は1990年に建設中止(ゴーリキの1号機は83%、ボロネツは30%完成済)を決定した。ボロネツ市は、環境評価およびゴーリキのIAEA−OSARTのレビューを受けて1996年建設を再開した。再開に当たり、機器安全クラスの見直し、制御計装品の更新、自動機能安全装置適用、運転延長計装追加などが行われた(2012−16運転開始予定、住民の反対により建設されたが運転には至っていないとの情報もある)。なお、ロシア全土には、AST−500一体型PWRを主体とした5GWの熱供給炉計画がある。
 図3にAST−500の原子炉ユニット説明図を、図4にAST−500の崩壊熱除去系系統図を、図5にAST−500の放射性物質放出緩和と炉心露出防止を、および表3にAST−500を含む一体型炉の主要技術仕様を示す。AST−500は一体型加圧水型炉(一体型PWR:蒸気発生器を原子炉容器に内装)で、一次系ポンプ無しの自然循環冷却炉心および自己加圧方式を採用している(自己加圧方式一体型PWRは、ドイツが原子力船オットハーン用として開発した炉型である)。原子炉容器内の液位は、炉心表面から8mあり一次冷却材インベントリーが多い。また非常用崩壊熱除去系でも自然循環冷却方式を採用している。このようにAST−500では受動的安全機能を多く採用している。したがって、AST−500では原子炉冷却材喪失事故(LOCA)が起きても原理的に炉心溶融を起し難い設計となっている。1989年にはIAEA−OSART(運転管理調査チーム)による国際安全評価も受けている。なお、ロシアではAST−500をもとに発展させた電熱併給用一体型加圧水型炉としてATEC−80(250MWt、70MWe、56Gcal/h)、ATEC−200(750MWt、180MWe、375Gcal/h)およびVPBER−600(1,800MWt、500MWe、645Gcal/h)(主要技術仕様については表3参照)、遠隔地用としてUNITHERM(30MWt、6.5MWe)を概念構築中である。また、地域暖房用として低出力スイミングプール型原子炉RUTA(10MWt、20MWt、30MWt、55MWt)も概念構築中である。いずれもまだ実用化の計画はない。
(5)熱電併給炉KLT−40SおよびVBER−300など
 セヴェロドヴィンスク向けに原子力砕氷船の舶用炉(KLT40S)2基をバージに搭載した電熱併給の浮体式原子力発電所(電気出力70MWe、蒸気141Gcal/h)の建設が2005年6月開始された。また、VBER−300PWR(295MWe;電気出力200MWe、蒸気456Gcal/h)は、カザフタン輸出用に検討されている。VK−50BWR(ドミトグラード)の経験をベースに、VK−300BWR(250MWe;電気出力150MWe、蒸気402Gcal/h、VVER−1000用の炉容器使用など標準化)をアルハンゲエレクに4基建設を計画している(2009−16運転開始予定)。
3.中国における研究開発
 中国では、安全性が高く経済的にも化石燃料より有利な熱供給炉として、水深の深い原子炉プールを備え、系統を簡素化した原子炉DPR(Deep Pool Reactor)型の炉概念を構築中である。図6に熱供給炉DPR−3炉の熱供給システム説明図を、表4に主要技術仕様を示す。地面より21mと深い原子炉プールの底に炉心を置くことによって、事故時炉心冠水維持が保障できる高い受動的安全性を有している。一方、図7に構造図を示す北京の清華大学が開発した一体型PWRの熱供給炉の原型炉(NHR−5)は、1989年から運転されており、この経験を基に、地域熱供給と海水脱塩用の実用炉(NHR−200)の建設が検討されている。2006年半ばまでに設計と工学的実証研究を終了している。
4.その他の国における研究開発
 地域熱供給に重点をおく原子炉であれば、配給水の温度も100℃〜160℃程度と低温でよいので、物体の重力落下、大気の自然対流、水の自然循環、水の蒸発など受動的安全機能を積極的に設計に取り込みやすい。このような受動安全炉(passive safety reactor)として、スウェーデンのSECURE(PIUSの暖房用、400MWt)、ドイツのNHP(BWR、200MWt)、スイスのSHR(BWR、10MWt)、カナダのSLOWPOKE(スイミングプール型、10MWt;2MWt、1989年から運転)、米国の電熱併給用TRIGA改良型(TRIGA、64MWt/12MWe)などの概念構築があったが、実用化はされていない。
(前回更新:2001年10月)
<図/表>
表1 ロシア・ソ連における電熱併給用原子炉の建造実績
表1  ロシア・ソ連における電熱併給用原子炉の建造実績
表2 ビリビノ原子力発電所の主要技術仕様
表2  ビリビノ原子力発電所の主要技術仕様
表3 AST−500、ATEC−80、ATEC−200およびVPBER−600の主要技術仕様
表3  AST−500、ATEC−80、ATEC−200およびVPBER−600の主要技術仕様
表4 熱供給炉DPR−3炉の主要技術仕様
表4  熱供給炉DPR−3炉の主要技術仕様
図1 電熱併給用原子炉システム概略
図1  電熱併給用原子炉システム概略
図2 地域暖房用原子炉システム概略
図2  地域暖房用原子炉システム概略
図3 地域熱供給用原子炉AST−500の原子炉ユニット説明図
図3  地域熱供給用原子炉AST−500の原子炉ユニット説明図
図4 地域熱供給用原子炉AST−500の崩壊熱除去系系統図
図4  地域熱供給用原子炉AST−500の崩壊熱除去系系統図
図5 地域熱供給用原子炉AST−500の放射性物質放出緩和と炉心露出防止
図5  地域熱供給用原子炉AST−500の放射性物質放出緩和と炉心露出防止
図6 熱供給炉DPR−3炉の熱供給システム説明図
図6  熱供給炉DPR−3炉の熱供給システム説明図
図7 一体型熱供給炉(NHR−5)の構造
図7  一体型熱供給炉(NHR−5)の構造

<関連タイトル>
トリウムを用いた原子炉 (03-04-11-01)
溶融塩炉 (03-04-11-02)
宇宙炉 (03-04-11-03)
プルトニウム生産炉 (03-04-11-04)
海上立地浮体式原子力発電所 (03-04-11-07)
低減速スペクトル炉の炉概念 (03-04-11-09)
低減速軽水炉の研究開発 (03-04-11-10)

<参考文献>
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(12)OKBM Experimental Machine Building Design Bureau:Nuclear district heating plant AST−500(パンフレット)
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