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<概要>
 研究炉は、原子力開発の初期から核物理学等の基礎研究に用いられ、かつ多くの原子力技術者の育成に貢献する等、今日の原子力発展の基礎を支えてきた。現在も依然としてその役割を担うと共に、人材育成の役割は動力炉を持たないアジア諸国への指導、助言者の育成など国際協力の面も加わっている。また、強力な中性子源の実験用道具として、原子炉用燃料・材料の開発、即発γ線分析、中性子散乱等に使用され、中性子エネルギーの低い冷中性子源を用いた生体物質、高分子材料等を対象とした研究分野でも多くの研究に貢献している。更に医学・工業等の分野ではRIの製造をはじめシリコンドーピングやBNCT(ボロン中性子捕捉療法)等実用的な利用も行われるようになってきた。
 今後も期待される研究炉ではあるが、使用済燃料再処理、老朽化・老齢化が進む研究炉自身とそれを支える技術者の不足等、早急に解決への道を探りあてる必要のある課題も存在する。
<更新年月>
2000年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 日本原子力産業会議(現日本原子力産業協会)の下に、1998年4月「研究炉に関する検討懇談会」が発足した。1999年3月に中間報告書、そして2000年3月に報告書をまとめた。その調査の結果わが国の研究炉は多領域にわたって利用されているが、その基盤は極めて脆弱であることが明らかになり、研究炉のあるべき姿を提示し、実現へ向けての提案をしている。以下に報告書の概要を紹介する。
1.はじめに
 研究炉は原子力の基礎基盤・技術の育成、研究・開発および技術者の教育に活用され、今日の原子力技術を築く上で大きな役割を担って来た。更に最近では強力な中性子源設備として、多方面の研究の道具として利用され、医療や産業に多大な貢献を果たしている。
 一方わが国の試験研究炉は、もともと数が少ない上に建設後30年以上を経たものも多く、現状の研究炉は研究者の要望に十分応えられる状況にはない。
 しかしながら、電力エネルギーの多くの部分を原子力に依存しようとしていること、先端的な研究開発を行う微視的世界の研究用のツールとしての期待が大きいこと等、研究炉への期待は今後も高いものと思われる。これ迄に研究炉の果たしてきた役割を整理し、将来の方向を展望するとともに、研究炉が抱えている問題点も整理して、研究炉の今後の在り方を思料する。
2.研究炉の役割
2.1 理工学研究における研究炉の利用
 核分裂で発生した熱を利用する発電用原子炉に対し、核分裂で発生した中性子を利用するのが研究炉である。研究炉を利用した研究が始まった頃は、核物理・核化学・放射化学など中性子の挙動や性質を解明していく基礎研究を行ってきた。これらの基礎研究の成果を基に、近年では中性子の性質を利用する多彩な応用研究が行われるようになっている。研究炉が提供する中性子は、理工学・原子炉工学はもとより、生物学・医学・環境科学・宇宙地球科学・ライフサイエンス・考古学など広い範囲にわたった分野で研究に利用されている( 図1 )。
(1)中性子の照射利用
 中性子が大量にある場所(炉心燃料のごく近く)に試料を置き、核反応あるいは照射効果をおこさせる利用の方法である。
 核反応を利用する主なものに「ラジオアイソトープの生産」がある。生産されたラジオアイソトープは研究に用いられるだけでなく、医療や工業に広く実用されている。
 この他の核反応を利用するものには、試料の原子核に中性子が吸収されて生まれる放射性核種を測定して元素分析を行う「放射化分析」があり、古くから研究に供されてきた。最近の利用頻度は少なくなってきているが、放射化分析があらゆる元素分析法の中で最も”正確さ”に優れた方法であることが近年再認識されつつある。
 照射効果の主な利用の方法としては、「原子炉用燃料・材料の照射試験」などがある。JMTRをはじめ、JRR-3、JRR-4、京大炉(KUR)でもそれぞれの規模に応じて、金属・半導体・高温超伝導体・高分子材料・機能性材料などを様々な条件で照射し、原子炉材料の寿命評価、材料の改良研究等が行われている( 図2 )。
 特殊な照射利用としては、「中性子ドーピング(NTD:Neutron Transmutation Doping)法によるシリコン半導体素子の生産」がある。高純度シリコンに中性子を照射し、天然に約3%含まれる30Siに中性子を吸収させて31Pに変えることによって、高純度シリコンに不純物としてのリンを均一に分散させるもので、リンを拡散法によって分散させる方法に比べて、均質性の高い半導体素子が生産される利点がある( 図3 )。
(2)中性子ビームの利用
 中性子を原子炉からビームとして取り出して利用する方法である。
 非破壊・多元素同時・超微量分析が行える放射化分析法として、中性子ビームを用いる「即発ガンマ線分析」がある。中性子が原子核に吸収された瞬間に放出されるガンマ線(これを即発ガンマ線と言う)をその場で測定して元素分析するもので、放射化分析と同じく非破壊・同時元素分析であるが、通常の放射化分析では分析出来ない元素(例えば10B等)を定量分析することができるなど両者は相補的な関係にある( 図4 )。
 粒子としての中性子の性質を用いたビーム利用には「中性子ラジオグラフィー」がある。中性子ラジオグラフィーは中性子の高い物質透過性を利用する技術で、中性子は水素のような軽い元素に遮られるため、密度の高い物質によって遮られる性質を持つX線ラジオグラフィーとは相補的な関係にある。最新の技術ではステンレスパイプ中を流れる流体をVTRに撮影する等、目視不可能な構造体中の流体の早い流れを可視化するようなことも可能になっている( 図5 )。
 中性子の波動性を利用する手法には「中性子散乱」がある。原理的にはX線回折と同じで、中性子線による回折像から物質の構造を解明する方法であり、X線とは波長および相互作用が異なるために材料科学や生命科学の分野では独自の有効性を発揮している。近年熱中性子や冷中性子を全反射させる中性子導管が開発されたため、炉心から離れてガンマ線や高速中性子の混入が少なく、エネルギーの揃った熱中性子や冷中性子のビームを複数のビームポートに供給することが可能になった。これによって結晶や磁性体などの固体物理が中心であった中性子散乱研究は高分子材料、生体物質、溶液中の分子の構造研究などへと拡張し、中性子散乱を利用する研究者の人口も飛躍的に増大している( 図6 )。
2.2 医療・産業における研究炉の利用
 医療・産業への大きな貢献は「ラジオアイソトープ」(以下RIと称す)の生産である。RIは物質の挙動を解明するトレーサーとして、あるいは放射線源として、医療・工業・農林水産業等で広く利用されている。このRIのほぼ全てが研究炉と加速器(概ねサイクロトロン)によって生産されている。研究炉と加速器ではRIを生産する核反応のエネルギー領域が異なるため、生産されるRIの種類も異なる。研究炉を用いて生産される代表的なRIは、医療診断・治療用に99mTc、192Ir、198Au、非破壊検査用や厚み計用に192Ir、60Co、標識化合物用にT(トリチウム)、14Cなどがある。
 日本では日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)の研究炉を用いて国内向けのRIを提供しているが、国内需要の全てのRIを供給できるわけではなく、輸入しているRIも少なくない。輸入しているRIの相当部分は放射性医薬品である。その中でも99mTcは低いエネルギーのガンマ線を放出し半減期も短いので放射性医薬品として人体に投与され、骨、脳、肝臓ガンなど多くの疾患部位の診断と機能検査に使われており、医療で用いられるRIの80%程度を占めている( 図7 )。
 RI以外に医学の分野で研究炉が利用されている例としては、「ホウ素中性子捕捉療法」(Boron Neutron Capture Therapy:BNCT)がある。これは腫瘍細胞に集積しやすい性質を持つ10Bを含んだ化合物を患者に投与し、腫瘍細胞中のこの化合物の濃度が高い時期を選んで熱中性子又は熱外中性子を照射する。照射された10Bは中性子を捕獲して核分裂し、発生した高エネルギーのHeとLi粒子が脳腫瘍細胞に致死的な傷害を与え、腫瘍を消滅させる治療法である( 図8 )。
 この治療法は、境界が不明瞭な悪性腫瘍のような、外科手術や通常の放射線療法では対応できないものに対して特に有効とされる。日本は本療法の開発で先導的な役割を果たしており、武蔵工大炉、京大原子炉、JRR-2で行われ、最近ではJRR-4に新たにBNCTのための照射室が設置されて脳腫瘍の照射が行われている。BNCTは世界的に注目されており、PettenのHFRをはじめ世界の多くの研究炉からBNCTの計画が発表されている。
2.3 人材育成・国際協力における研究炉の利用
 研究炉は、核分裂連鎖反応を制御するという点で、原子力の教育・研究の基本的な装置である。研究炉には、机上あるいは計算機の利用のみでは学び得ない、実体験を伴う教育への役割が期待されている。原子力発電所等の大型施設を運転・管理し、放射線・放射性物質の利用に携わり、あるいは放射線の安全管理を行う原子力技術者の教育・人材育成や、大学の原子力関係の教育、それに加え日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)が長年実施してきた研修過程など教育を目的として研究炉を利用することは現在でも重要性は変わらない。近年、原子力に関して種々の教育・研究施設が付加されてきているが、研究炉に代わり得るものはない。国際協力として動力炉を持たないアジア諸国への指導・助言者の育成等、人材育成に果たす役割は国内にとどまらず重要な役割を担う状況になっている( 図9 )。
3.研究炉の将来
 原子力の教育と基礎研究の基盤としての研究炉の重要性は今後も失われることはないが、現有の研究炉はこの必要性を支えきれない状態になっている。更に研究炉の利用は、これまで核物理・核化学等の基礎研究に使われてきたような比較的簡単な利用は一段落し、これ迄の基礎研究の成果を受けて、研究炉を強力な中性子源として照射・ビーム利用に用いる傾向が強くなっている。ビーム利用では、中性子散乱、中性子ラジオグラフィー、即発ガンマ線分析、ホウ素中性子捕捉療法などの必要度が急増しており、照射実験では、軽水炉の長寿命化に対応した燃料・材料の照射試験をはじめ中性子放射化分析およびRIの医療利用などに需要が絶えない。
 研究炉に対する定常的なこれらの需要は、基礎理工学および医学における中性子利用の広範な普及から生まれている。これらの多分野での研究が進むに従って、研究炉に対する高度な要求が生まれており、これが更なる技術革新への大きなインパクトとなり、より高度な研究炉への期待につながっている。例えば、
・高強度高中性子ビームへの期待
・冷中性子ビームへの期待
・中性子導管と焦点化した中性子ビームへの期待
医療用原子炉への期待
 等々より高度な原子炉技術への要求となっている。
 以上のような期待に応える研究炉は同時にその利用においても、理学・工学の分野はもとより、薬学・医学および文化人類学などの分野で、ビーム利用と照射利用の両面でより高度な技術的要素に応える必要があり、場合によっては、特定目的の専用炉を設置することも必要になると考えられる。
 加速器による中性子利用の研究分野が拡大されつつある現在、一部には研究炉への期待の低下を唱える向きもあるが、エネルギーや中性子強度の条件等から加速器と研究炉は互いに補完的な利用になっていくものと考えられる( 図10 )。
4.研究炉が抱える諸問題
 日本の研究炉は、もともと設置数が少なく多くの研究炉は共同利用施設として広く利用に供されて来た。更に建設後20年以上を経た研究炉がほとんどであり、一部の研究炉はデコミッショニングを開始する等原子炉の基数は減少していく傾向にある。このため、研究炉相互の連携を強める等効率的な運用を目ざす必要性が高まっている。
 また、使用済燃料の処理処分の問題は米国供給のウランを用いた燃料にかぎり、当面は米国が引き取ることとして2009年迄は一応の目途があるものの、その後の処分については見通しがたっていない。
 この他にも研究炉に限った問題ではないが、技術者の高年齢化に配慮した技術の継承や、施設の高経年化への対策を行う必要が迫られており、一企業、一大学の問題として捕えるのみならず、安全確保に万全を期す面からも早急にこれらの課題に国を挙げて取り組んで行く必要がある。
<図/表>
図1 研究炉・試験炉の役割
図1  研究炉・試験炉の役割
図2 炉内照射下試験
図2  炉内照射下試験
図3 大口径シリコン半導体製造技術の開始
図3  大口径シリコン半導体製造技術の開始
図4 放射化微量分析
図4  放射化微量分析
図5 中性子ラジオグラフィ
図5  中性子ラジオグラフィ
図6 研究炉を利用した中性子散乱研究
図6  研究炉を利用した中性子散乱研究
図7 研究炉の医学利用(1)
図7  研究炉の医学利用(1)
図8 研究炉の医学利用(2)
図8  研究炉の医学利用(2)
図9 研究炉を用いた人材育成
図9  研究炉を用いた人材育成
図10 研究炉の今後の展開
図10  研究炉の今後の展開

<関連タイトル>
研究炉の概要 (03-04-01-01)
研究炉燃料低濃縮化計画(REPTR) (03-04-01-04)
医療分野での放射線利用 (08-02-01-03)

<参考文献>
(1) 日本原子力産業会議:研究炉の在り方に関する検討報告書、(2000年3月)
(2) 長期計画策定会議第四分科会(第4回):資料第5-1号 (2000年1月24日)
(3) 長期計画策定会議第四分科会(第2回):資料第4号 (1999年11月26日)
(4) 日本原子力研究所:平成10年度 日本原子力研究所 成果報告会
(5) 日本原子力研究所:平成11年度 日本原子力研究所 講演と映画の会
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