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<概要>
 高温ガス炉は、最高約950℃の高温の熱が取り出せるので、高効率の発電が可能となるばかりでなく、核熱エネルギーを多くの工業プロセスで利用することができる。発電では、蒸気タービン発電で約40%、閉サイクルガスタービン発電では45%を超える高い熱効率が得られる。非電力分野への利用では、石炭のガス化・液化、製鉄業における鉄鋼石還元のための還元ガス製造、化学工業における蒸気供給、さらには、自動車、ロケット、燃料電池の燃料となり、究極のクリーン・エネルギーといわれる水素の製造などに利用できる。そして、高温を必要とするプロセスでの利用の後、ガスタービンによる発電に利用し、さらに低温となった熱を、海水淡水化や地域暖房などにも利用するという熱のカスケード利用により核熱エネルギーを広い範囲で多目的に利用することもできる。
<更新年月>
2022年09月   

<本文>
1.はじめに
 高温ガス炉は、原子炉冷却材にヘリウムガスを、燃料にセラミックス被覆燃料粒子を、炉心構造物に黒鉛を用いることにより、950℃の高温の熱が取り出せ、発電のみならず多くの工業プロセスの熱源として広く利用できる。各種産業で利用される熱源の温度領域を図1に示す。現在、高温ガス炉を用いて図2のような利用形態が検討されている。ここでは、これまで検討されてきた様々な高温ガス炉の熱利用法を含め、高温ガス炉を用いた核熱利用の概略を説明する。

2.高効率発電への利用
 発電への利用では、在来火力発電並の蒸気条件のタービン発電で約40%の熱効率が得られるが、原子炉出口冷却材温度が850℃以上ではガスタービン発電により45〜50%の熱効率が得られる。閉サイクルのヘリウムガスタービンを高温ガス炉と結合させて、大規模な発電を行うための研究開発は、中期的なプログラムとして、ドイツでGHH社が50MW級の閉サイクルガスタービンの開発を行い、またユーリッヒ原子力研究所(KFA:Kernforschungsanlage)、HRB社(Hochtemperatur−Reaktorbau−GmbH)が中心となってHHT計画(HHT:HTR auf Helium−Turbine、発電端出力660MW)を進めてきたが、いずれも経済性の見通しが立たなかったこと、原子力に対する国民の十分な理解が得られなかったことなどにより、計画は中断された。その後、大幅に経済性を改善する概念として、モジュラー型直接サイクルガスタービン発電高温ガス炉システムが構築され、現在では、発電用高温ガス炉の主流になっている。南アフリカ共和国の国営電力会社ESKOM社は、同国ケープタウン市近郊にペブルベッドモジュール型高温ガス炉(PBMR:Pebble Bed Modular Reactor)を設計し、技術開発を進めてきたが、経済的な理由から開発は中止された。わが国では、日本原子力研究開発機構において電気出力274MWのヘリウムガスタービン発電炉GTHTR300、電気/水素のコジェネレーション高温ガス炉GTHTR300Cの設計が行われている。中国では、蒸気タービン発電実証炉HTR-PMが建設され、2022年の全出力運転に向けた準備を進めている。

3.発電以外の分野への利用
 発電以外の利用では、高温ガス炉から得られる高温の熱により、石炭のガス化・液化、軽質炭化水素の水蒸気改質、これにより得られた還元ガスによる鉄鉱石の直接還元やメタノール製造、高温水蒸気電解あるいは熱化学法による水素製造等が考えられる。また、高温ガス炉で生成される高温蒸気を、これらの産業が必要とする熱源としても利用できる。近年、最も注目されている利用法が水を原料とする水素製造(高温水蒸気電解あるいは熱化学法)である。地球温暖化対策として、水素社会の実現に向けて、二酸化炭素を排出しない大量かつ安定な水素製造システムとして期待されている。

(1)石炭ガス化・液化
 石炭は燃焼に伴い二酸化炭素を大量に排出するとともに、ばいじん、硫黄酸化物、窒素酸化物等の環境汚染の観点からも将来的には使用量を大幅に削減することが求められている。この石炭を環境負荷のより小さい燃料に変換することは環境問題およびエネルギー問題の軽減に役立つ。石炭のガス化・液化は、水蒸気または水素と石炭を高温の熱を利用して化学反応させるものであり、ガス化では水素と一酸化炭素を生成した後メタンを製造し(図3)、液化では直接メタンを製造する。この熱源として高温ガス炉の核熱を利用するものである。これにより低品位の褐炭や亜炭から燃料が製造できる。
 石炭のガス化の技術開発は各国で行われたが、ドイツでは、豊富な褐炭を高温ガス炉の熱でガス化・液化するPNP(Prototype Nukleare Prozesswarme)計画により基本技術の開発を行い、生産量10t/hのパイロットプラントの運転経験を有している。

(2)水蒸気改質とケミカル・ヒートパイプ
 水蒸気改質は炭化水素化合物に高温の水蒸気を反応させて水素、一酸化炭素のような還元ガスを生成するもので、この還元ガスを鉄鉱石の還元などに使用したり、メタノールや水素の製造に用いることができる。
 水蒸気改質を利用した熱輸送システム(ケミカル・ヒートパイプ・システム)としてドイツのADAM−EVAシステムがある。図4にADAM−EVAの概念図を示す。

(3)原子力製鉄
 原子力製鉄のシステム概念の一例を図5に示す。熱源として原子炉の熱を使用し、減圧残渣油(アスファルト)から還元ガス(H2+CO)を製造し、シャフト炉で鉄鉱石を直接還元するクローズドシステムである。高温ガス炉からの核熱は、中間熱交換器を介して、水蒸気改質器、蒸気加熱器、還元ガス加熱器等へ廻されて、還元ガスの製造、同加熱、高温蒸気の発生に用いられる。蒸気は減圧残渣油の水蒸気分解やピッチのガス化等にも使用される。この方法が導入されると、高炉製鉄法に伴う原料炭依存からの脱却、大量かつ多様のエネルギー消費の低減、また化石燃料消費による公害問題の解決に役立つ。わが国では「高温還元ガス利用による直接製鉄技術の研究開発」の名のもとに、原子力製鉄の研究開発が通産省工業技術院(現独立行政法人産業技術総合研究所)の大型プロジェクトの一つとして1973年から実施され、原子炉に接続する直接製鉄パイロットプラントの実現に必要な要素技術を確立し、1980年に終了している。現在は、水を原料として水素を製造し、これを還元ガスとして利用するシステムが検討されている。本システムでは完全なCO2フリーで製鉄を行える。

(4)水素製造
 水素は、アンモニア製造及び石油精製等に使用され、また、製鉄で発生する副生ガス(水素含む)等が燃料用など自家消費用として利用されており、我が国における水素生成量は約200億Nm3/年である。地球温暖化対策としてカーボンフリー水素の利用促進が推奨されており、今後、水素還元製鉄・自動車や定置用(家庭・業務)の燃料電池での急激な需要増が想定され、2022年に政府が公表した「クリーンエネルギー戦略 中間報告(資源エネルギー庁)」では、国内の水素供給量の目標値(2030年 300万トン、2050年 2000万トン(1万トンは約1.1億Nm3)が示されている。高温ガス炉を利用した水からの水素製造は、二酸化炭素を排出せずに大量かつ安定に水素を製造できるシステムとして有望視されている。これらの水素製造法としては、高温水蒸気電解、メタンの熱分解法、熱化学法などがある。高温水蒸気電解による水素製造は、高温において酸素イオン導電性を示す固体電解質に、高温ガス炉で生成した高温の水蒸気を電気分解するものであり、従来のアルカリ水電解法に比して効率が高い。メタンの熱分解法は、高温ガス炉で生成した高温熱や電力を用い、メタンを直接熱分解することにより水素と固体炭素を生成する方法で、CO2ガスを発生させることなく水素を安定して大量に製造できる可能性を有する。熱化学法は、水以外の物質を利用した化学反応を組み合わせて水を分解するものであり、必要な反応熱を高温ガス炉から供給する。化学反応に用いる反応物質により、硫黄系サイクル、鉄−ハロゲン系サイクル等に分類できる。鉄−ハロゲン系サイクルとしては東京大学のUT-3サイクルがある。硫黄系サイクルの代表的なものとして米国のGA社が提案したISプロセス図6)がある。ISプロセスは、ヨウ素(I)と硫黄(S)を循環物質として、硫酸とヨウ化水素の生成、ヨウ化水素の分解、硫酸の分解の3つの化学反応を組み合わせて水素を製造する方法である。また、米国のWestinghouse社は硫黄のみを循環物質として水素を製造するプロセスを提案しており、この方法では水と二酸化硫黄を反応させて水素を製造する工程においては電気分解を利用する。
 ISプロセス(図6)は、硫酸分解反応で生成する二酸化硫黄をブンゼン反応で吸収して、硫酸を再生するとともに ヨウ化水素を生成し、ヨウ化水素分解反応にて水素を得る化学プロセスである。主要反応3つから成るシンプルなプロセスであり、作業物質が液とガスのみ (固体のハンドリングなし) というメリットを持つ。硫酸分解反応は約800℃以上で大きな吸熱を伴い進行するため高温ガス炉の高温熱利用に適している。ISプロセス技術開発が最も進んでいるのは日本(日本原子力研究開発機構)であり、2004年には世界で初めてISプロセスを構成する3つの化学反応を組み合わせ、ガラス製装置を用いて1週間の連続水素製造(水素製造量:毎時約35リットル)に成功した。ガラス製機器の次段階の取り組みとして、プロセス全系の機器に工業材料(耐食耐熱金属、セラミックス、耐食ライニング材等)を用いて耐熱・耐食性を持たせた水素製造試験装置 (電気ヒーター加熱) を製作、2019年に毎時約30リットルで長時間運転の目安となる150時間の水素製造に成功し工業材料製機器の実用化に見通しを得ている。その後、耐食機器の信頼性向上およびプラント運転自動化技術や水素製造熱効率を向上させるための膜反応器技術などの研究開発が行われている。

(5)熱電併給システム
 熱電併給システムとしての高温ガス炉の魅力は大きい。石油化学工業では必要な反応熱を大量の天然ガスとナフサを燃焼させて得ているが、将来、これに代わって高温ガス炉の熱源が利用できれば、化石燃料の消費は大幅に削減できる。高温ガス炉による石油化学工業への熱電併給プラントについてはドイツ、旧ソ連でも多数の検討例がある。日本原子力研究開発機構では、水素製造とガスタービン発電を行う熱電併給システムGTHTR300Cの設計検討を進めている。(図7)
 以上のように、高温ガス炉は発電以外にも高温の熱エネルギーを産業用熱源として広く利用できるのが特徴である。この特徴を最大限活用すれば、原子炉から得られた高温の熱を必要温度の高いプロセスから段階的に利用することにより、極めて効率の良い熱の使い方を可能とすることができる。例えば水素製造、石炭ガス化等の高温プロセスに利用した後、一般工業、海水淡水化、地域暖房などに利用するなど、段階的に利用すると、熱の利用効率が飛躍的に高められ、省資源、省エネルギーに役立つばかりでなく、化石資源多消費産業からの温室効果ガスの放出量を低減できる。

<図/表>
図1 各種産業で利用される熱源の温度と高温ガス炉の利用範囲
図1  各種産業で利用される熱源の温度と高温ガス炉の利用範囲
図2 高温ガス炉システムにおける核熱利用の形態
図2  高温ガス炉システムにおける核熱利用の形態
図3 石炭ガス化プラント概念図
図3  石炭ガス化プラント概念図
図4 核熱遠距離輸送(ADAM−EVA)の概念図
図4  核熱遠距離輸送(ADAM−EVA)の概念図
図5 原子力製鉄システムの概念図
図5  原子力製鉄システムの概念図
図6 熱化学法による水素製造(ISプロセス)
図6  熱化学法による水素製造(ISプロセス)
図7 GTHTR300Cの概念図
図7 GTHTR300Cの概念図

<関連タイトル>
高温ガス炉の発電炉としての適合性と将来性 (03-03-04-02)
高温ガス炉による核熱エネルギー利用 (03-03-05-01)
高温ガス炉の利用によるコジェネレーション (03-03-05-02)
HTTRを用いた熱化学法ISプロセスによる水素製造研究開発計画 (03-03-05-03)

<参考文献>
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(4)IAEA:STI/DOC/10/312(1990)
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(7)Executive Committee of 3rd JAERI Symp.on HTGR Technologies:JAERI−Conf 96−010(1996)
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(15)S.Kubo,et al.:A Bench Scale Hydrogen Production Test by the Thermochemical Water−splitting Iodine−Sulfur Process,Proc. GLOBAL 2005,Tsukuba,Japan,Oct 9−13,2005,Paper No.474
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