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<概要>
 2002年3月、米国の加圧水型原子力発電所(PWR)、デービスベッセにおいて、燃料取替停止中の検査で認められた原子炉圧力容器(RPV)上蓋貫通ノズルの亀裂に対する修理を行っていたところ、ノズル周辺の上蓋金属材(低合金鋼)に著しい減耗(ウェステージ)が見つかった。この減耗は、ノズルの亀裂から漏れ出た一次冷却水中のホウ酸の堆積による腐食が原因であった。減耗部の大きさは、長さ約5〜7インチ(127〜178mm)、最大幅4〜5インチ(102〜127mm)であり、その一部では肉厚約6.5インチ(165mm)の上蓋金属材が完全に喪失しており、厚さ3/8インチ(9.5mm)の内張(クラッド)により原子炉冷却材圧力バウンダリが維持されている状態となっていた。損傷の程度が予想外に著しいものであったことから、米国原子力規制委員会(NRC)は、本事象を、国際原子力事象評価尺度(INES)のレベル3と評価した。また、NRCは、本事象の安全上の重要性に鑑みて、米国内の全てのPWRに対してRPV上蓋の検査(保温材を外した状態での上蓋金属面の目視検査)行うよう要求した。なお、デービスベッセでは、事象発生から半年後にRPV上蓋の交換を行ったが、結局、2年以上にわたって運転が停止された。
<更新年月>
2004年08月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.デービスベッセ原子力発電所における原子炉容器上蓋及び貫通部の概要
 デービスベッセは、バブコック・アンド・ウィルコックス (Babcock & Wilcox: B&W)社の設計による熱出力約2772MWt、電気出力約925MWeの2ループPWRであり、1977年11月に商業運転を開始している。図1に一般的なPWRの鳥瞰図を示す。この図に示すように、原子炉圧力容器(RPV)は、上部及び底部が半球状の縦置円筒形で、上蓋と容器胴から構成される。容器内には、燃料、炉内構造物制御棒クラスタ、その他炉心付属品が収容されている。上蓋は、容器胴側フランジにボルト締めで取り付けられ、燃料取替や容器内部の検査の際には取り外される。図2に示すように、上蓋には、制御棒駆動機構(Control Rod Drive Mechanism:CRDM)を収納したハウジングなどが溶接され、上蓋貫通ノズル(VHPノズル:Vessel Head Penetration Nozzle)として原子炉冷却材圧力バウンダリを形成している。デービスベッセでは、69本の貫通ノズルが取り付けられているが、このうち、61本が制御棒用、7本が予備、1本が空気抜き配管用である。上蓋は、低合金鋼(SA−533)製であり、その内側には、腐食に対する障壁としてステンレス鋼製の内張(クラッド)が溶接により取り付けられている。また、図3に示すように、VHPノズルは、Alloy 600製(主たる化学成分は、ニッケル、クロム及び鉄である)であり、口径約4インチ(102mm)、肉厚約0.6インチ(15.2mm)である。ノズルの長さは取付位置により異なり上蓋中央部に位置するものが約30インチ、外周部に位置するものが約50インチ(1270mm)である。VHPノズルは、機械加工されたRPV上蓋の孔にJ−groove溶接により接合されているが、この溶接に用いられているAlloy 82及び182は、耐腐食性が高いものの、一次冷却水応力腐食割れ(PWSCC: Primary Water Stress Corrosion Cracking)に鋭敏であるとされている。また、デービスベッセでは、高さ約18フィート(540cm)、直径約10フィート(300cm)のサービス構造物がRPV上蓋に取り付けられており、このサービス構造物には、RPV上蓋中心から約2インチ(51mm)高さの所に、保温材が水平設置されている(図2参照)。
2.事象の概要
 2002年2月16日、デービスベッセでは、13回目の燃料取替停止に入った。この停止期間では、NRCが2001年8月3日に発行したBulletin 2001−01(原子炉圧力容器上蓋貫通ノズルの周方向亀裂)における要求への対応として、VHPノズルの検査を行うこととなっていた。検査に先立ち、RPVフランジ部から保温材を外した後、下部サービス構造物の支持スカート開口部の何カ所かにホウ酸結晶と酸化鉄が見つかった(図4)。その後、超音波探傷試験(UT)を行ったところ、6本のノズル(No.1,2,3,5,47,58)において軸方向亀裂指示が認められ、そのうちの3本(No.1,2,3)では原子炉冷却材の漏えいに至っていた。これら3本のノズルは、RPV上蓋中央付近に位置している(図5)。残りの3本のうち2本(No. 5,47)では漏えいには至っておらず、また、1本(No. 58)では亀裂が確認されなかった。設置者は、これら5本のノズルを修理することとした。2002年3月6日、設置者は、ノズルNo.3について機械加工による修理を行っていたが、これを途中で中止してノズルから器具を取り外した。その際、当該ノズルがRPV上蓋の頂部から離れる方向に傾いて、フランジが隣のノズルのフランジと接触した。この原因を明らかにするために、設置者は、ノズルNo.3周辺のRPV上蓋の状態を調べることとし、RPV上蓋からCRDMノズルを取り外して、RPV上蓋頂部からのホウ酸堆積物の除去、及び、ノズルNo.1,2,3付近のRPV上蓋の肉厚測定などを行った。その結果、2002年3月7日、目視検査により、ノズルNo.3が傾いた方向に、RPV上蓋の窪み(キャビティ)が見つかった(図6図7)。UTによるその後の検査で、ノズルに隣接する低合金鋼製RPV上蓋に著しい減耗(ウェステージ)があることが判明した。このウェステージ部分は、CRDMノズルNo.3の貫通部からRPV上蓋の外周部側に向かって長さ約5〜7インチ(127〜178mm)に及んでおり、最も幅の広いところでは約4〜5インチ(102〜127mm)であった。この腐食(キャビティの生成)により喪失した低合金鋼材の体積は約125立方インチ(2048cm3)、重量約35ポンド(16kg)と推定されている。また、ウェステージ部分の最小残存肉厚は、約3/8インチ(9.5mm)であることが判明した。この肉厚は、RPV上蓋の内表面に取り付けられたステンレス鋼製のクラッドの厚さであった。クラッドは、耐食層として設計されており、圧力構造材としての強度を担っていない。従って、ノズルNo.3におけるキャビティは、RCPBの喪失を意味するものである。なお、このクラッドにも亀裂の存在が確認された(図8)。さらに、ビデオによる検査で、ノズルNo.2貫通部に腐食による劣化が確認されるとともに、ノズルNo.1貫通部からの漏えい経路が認められた。ノズルNo.2貫通部の腐食劣化部は、長さ3.5〜4インチ(89mm〜102mm)、最大幅1.25〜2インチ(32〜51mm)、深さ約3/8インチ(9.5mm)(最大部:4〜5インチ)であり、ノズルNo.1貫通部の劣化は幅1/16インチ(1.6mm)未満、外周約3/4インチ(19mm)のクレビスであった。
 なお、デービスベッセでは、2002年秋にRPV上蓋を取り替えたが、その後、米国内PWRにおいて安全上重要と考えられる事象が発生したことなどにより、約2年間にわたって停止し、2004年3月に再起動の承認を得るに至った。
 一次冷却材の漏えい及びホウ酸の堆積は、かなり以前から発生しており、米国では、NRCが、数多くの規制関連書簡を発行して、該当事例を設置者に通知するとともに、漏えいや堆積の早期検出に関する対策(検査を含む)を講じるよう求めてきた。しかし、従来は、一次冷却材が漏えいしても、原子炉運転中のRPV上蓋における温度が高いため、水が蒸発して析出するホウ酸がドライな状態に維持されるものと考えられてきたが、デービスベッセの事象は、漏えい箇所の近傍では析出したホウ酸が必ずしもドライな状態に維持されるわけではなく、放置すると著しい腐食劣化に至る可能性があることを示唆している。また、ホウ酸による上蓋材(低合金鋼)の腐食速度も従来考えられていたものよりも大きいことが示された。
3.事象の原因
 RPV上蓋のウェステージの発生メカニズムは、ノズルにおいてPWSCCによる亀裂が生じて、そこから一次冷却材の漏えいが長期にわたって継続し、その結果、当該ノズル周辺にホウ酸が堆積して上蓋材の腐食を引き起こしたことによるものと結論づけられている。PWSCCは、ノズル(溶接部を含む)の材料、運転温度、運転時間、使用環境及び残留応力に依存する。従って、運転時間(ノズルの供用時間)の長期化、運転温度の上昇あるいは残留応力の増加に伴って亀裂を起こしやすくなる。また、Davis Besseにおける69本の貫通ノズルには、4種類の材料が使用されている(表1参照)。表1に示すように、亀裂の認められた5本のノズルのうち4本は、M3835材というものであり、この材料の降伏強度は他の材料より大きく、また、これまでの運転経験によれば他の材料よりも漏えいが多く起こっている。このことから、当該材料は他の材料に比べてPWSCC感受性が高いと思われている。
 PWSCCによる平均的な亀裂進展速度(約4mm/年)を用いて、亀裂の発生及び進展に関する評価が行われ、その結果、貫通までの時間CDRMノズルにおける亀裂の発生時期は1990年±3年であり、また、亀裂が進展して貫通するまでに4〜6年を要し、1994年〜1996年頃に漏えいが始まったものと推定された。
 一方、上蓋材の腐食については、米国電力研究所(Electric Power Research Institute:EPRI)の「ホウ酸腐食ガイドブック」に記載されるデータ、並びに、上蓋や格納容器エアクーラー、放射線モニターのフィルターで検出された腐食生成物の分析結果に基づき、腐食は少なくとも4年間にわたって進行したものと推定されている。
 さらに、サービス構造物の設計上の問題(上蓋の目視検査やホウ酸堆積物の除去を行うための開口部の位置など)により上蓋の検査や洗浄が十分に行われていなかったこと、10年ほど前からこのサービス構造物の設計変更をメーカが求めてきたにも拘わらず実施されていなかったこと、格納容器エアクーラー及び放射線モニターのフィルターにおいてホウ酸や腐食生成物の蓄積が認められてきたにも拘わらずその源の特定を行わなかったため上蓋の腐食を見つける機会が見逃されたきたことなど、デービスベッセにおける運転管理上の問題が、長年にわたって上蓋の腐食を検知できず著しいウェステージに至った原因とされている。
<図/表>
表1 デービスベッセ原子力発電所のCRDMノズルに使用されている材料
表1  デービスベッセ原子力発電所のCRDMノズルに使用されている材料
図1 一般的なPWRの原子炉鳥瞰図
図1  一般的なPWRの原子炉鳥瞰図
図2 B&W社製PWRにおける原子炉容器上蓋及び貫通ノズル
図2  B&W社製PWRにおける原子炉容器上蓋及び貫通ノズル
図3 B&W社製PWRにおける原子炉容器上蓋貫通ノズル
図3  B&W社製PWRにおける原子炉容器上蓋貫通ノズル
図4 原子炉容器フランジ部において見つかったホウ酸及び酸化鉄
図4  原子炉容器フランジ部において見つかったホウ酸及び酸化鉄
図5 亀裂の認められたCRDMノズルの位置
図5  亀裂の認められたCRDMノズルの位置
図6 原子炉容器上蓋に見つかった腐食劣化の状況(写真)
図6  原子炉容器上蓋に見つかった腐食劣化の状況(写真)
図7 原子炉容器上蓋に見つかった腐食劣化の状況(スケッチ)
図7  原子炉容器上蓋に見つかった腐食劣化の状況(スケッチ)
図8 原子炉容器上蓋内張の亀裂
図8  原子炉容器上蓋内張の亀裂

<参考文献>
(1) NRC Augmented Inspection Team, ”Degradation of the Reactor Pressure Vessel Head,” Report No. 50-346/02-03(DRS), May 3, 2002.
(2) NRC Davis-Besse Lessons Learned Task Force, ”Davis-Besse Reactor Vessel Head Degradation Lessons-Learned Task Force Report,” September 30, 2002.
(3) FirstEnergy Nuclear Operating Company (FENOC), Davis Besse Nuclear Power Station, ”Root Cause Analysis Report − Significant Degradation of the Reactor Pressure Vessel Head,” CR 2002-0891, April 15, 2002.
(4) Brian W. Sheron, ”Reactor Pressure Vessel Head Degradation,” presented at American Nuclear Society 2002 Annual Meeting, June 11-14, 2002. (NRCホームページ:http://www.nrc.gov/reactors/operating/ops-experience/vessel-head-degradation/vessel-head-degradation-files/ans-presentation-06-11-02.pdf)(図6)
(5) NRCホームページ:http://www.nrc.gov/reactors/operating/ops-experience/vessel-head-degradation/vessel-head-degradation-files/05-07-02-root-cause-mtg-r1.pdf (図5)
(6) NRCホームページ:http://www.nrc.gov/reactors/operating/ops-experience/vessel-head-degradation/vessel-head-degradation-files/db-nozzle3-degr-sketch.pdf(図7)
(7) NRCホームページ:http://www.nrc.gov/reactors/operating/ops-experience/vessel-head-degradation/vessel-head-degradation-files/crack-in-cladding.pdf(図8)
(8) 渡辺憲夫:米国の加圧水型原子力発電所における原子炉圧力容器上蓋損傷事例の分析、JAERI-Review 2004-015、2004年7月
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