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<概要>
 京都議定書で合意された温室効果ガス削減目標を達成するには、革新的なCO2排出抑制技術の開発が不可欠である。CO2を分離・回収し、海洋や地中に貯留する技術は、根本的にCO2排出を削減できる技術として世界各国で注目を集めている。炭層も有望なCO2の貯留層の一つであり、CO2を石炭層に固定化する技術開発が既に始まっている。
<更新年月>
2005年05月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 石油・天然ガス・石炭などの化石燃料は、21世紀においてもエネルギーの主要部分を占めると考えられる。しかしながら、「地球温暖化問題」がクローズアップされ、1997年に開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3、京都会議)では、京都議定書として温室効果ガス削減目標が合意されるに至った。我が国は、2010年度を目途に1990年に比べ6%削減することとなっている。この目標達成には、今後さらなる省エネルギーの推進や新エネルギーの導入、燃料転換を進めることが必要とされている。一方では、火力発電所や化学プラント等の発生源でCO2を分離・回収し、海洋や地中に貯留・固定する技術の研究開発が進められている。これらの方法では、大量のCO2を比較的短期間に削減できる可能性があり、化石燃料の継続使用、あるいは非化石燃料への急激な転換を回避できる手段として世界的に注目されており、現在、IPCCにおいて「二酸化炭素の回収と隔離に関する特別報告書」の作成が進められている。
 とりわけ近年、石炭がCO2をメタンガスの数倍吸着する機構が解明されてきており、この機構を利用すれば、CO2と炭層中に多量に含まれるメタンガスとを置換し、CO2を炭層中に吸着・固定できるのみならず、クリーンエネルギーであるメタンガスを回収し、有効に利用していくことができる。全世界の石炭埋蔵量は3兆トン以上と推定されているが、そのうち採掘が可能な埋蔵量は約1兆トンである。従って、技術的・経済的に採掘が難しい炭層にCO2を固定することができれば、メタンガスという未利用資源を有効に活用できると同時に、温室効果ガス削減に効力を発揮すると考えられる。
 我が国では2001年5月に「CO2炭層固定研究会(会長:芦田 讓 京都大学大学院教授)」が(財)石炭エネルギーセンター(JCOAL)内に設立され、様々な方面からの調査研究が行われている。また、経済産業省の補助事業として「二酸化炭素炭層固定化技術開発調査」が2002年度からスタートしている。
1.CO2炭層固定化技術の概要
 CO2を炭層に固定する技術は、石炭がメタンガスよりCO2を吸着しやすいという性質を利用するものである。すなわち、CO2を炭層内に注入することで、それまで石炭に吸着されていたメタンガスが脱着し、代わりにCO2が吸着される。その量は石炭の種類により様々であるが、一般的にはメタンガスの2倍以上CO2を吸着することが実験室試験等により確認されている。このような石炭の性質を利用して、CO2注入による炭層ガスの強制回収(ECBMR)が一部では商業ベースで実施されている。
 図1にCO2炭層固定化技術の概念を示す。火力発電所等の排煙からCO2を分離・回収し、パイプライン、ボーリング孔を介して石炭層に注入することで、CO2が石炭に吸着され、代わりにメタンガスが脱着してくる。この脱着したメタンガスは別のボーリング孔から回収することでクリーンなエネルギーとして利用するこができる。
 CO2炭層固定は、置換・回収したメタンガスを利用することができるために、海洋や帯水層などへの貯留に比べ経済的にも優れていると言われている。また、CO2が石炭に吸着されるために、長期間・安定的な固定が期待できる。その反面、深部炭層内でのCO2の挙動や吸着特性の解明、複雑な地質条件下でのシミュレーション技術の開発、地表・地下環境への影響、安全性の確認等、実用化までには解決すべき課題もある。
 CO2炭層固定を安全かつ効果的、さらには社会から容認される温室効果ガス削減対策として実施するには、信頼性のあるモニタリングが不可欠である。モニタリングの目的は、二つに分けられる。一つは、注入されたCO2の炭層内での流れや炭層以外への漏出を把握し、炭層に固定されたCO2を定量化すること。他の一つは、天然資源、生態系、地域環境、あるいは地域住民への影響がないことを確認することである。
 地下の環境をモニタリングする方法としては、3次元弾性波探査、電磁波探査、重力探査、傾斜計計測等の地球物理学的手法や、地下水の分析等の地質化学的手法が挙げられる。また、地下の岩盤挙動を地表から観測する手法として、微小地震観測やGPS測量、開口レーダーの応用等も考えられる。一方、CO2の注入量や地表でのCO2濃度をモニタリングする手法としては、従来からの流量計やCO2濃度計によるモニタリングに加え、リモートセンシング、レーザー技術の応用等が挙げられる。
2.CO2炭層固定のポテンシャル
 国際エネルギー機構・温室効果ガスR&Dプログラム(IEA-GHG)が実施したECBMRプロジェクトに関する調査によれば、全世界で約140Gt(世界のエネルギー起源のCO2排出量は年間約23Gt)のCO2が1tあたり$100以下の総コストで炭層に固定可能であると評価している。内60Gtの固定化コストは$50以下であり、これはノルウエーのCO2排出税と同等のコストである。また、条件の良い炭田では、5Gtから15GtのCO2を1tあたり最高$20の利益を得ながら固定できるとしている。
3.海外における技術開発動向
3.1アメリカ
(1)CO2によるECBMR(Enhanced Coal Bed Methane Recovery)
 アメリカでは天然ガス生産に占める炭層ガスの割合は既に7%を超え、2001年の生産量は2,000万トンに達している。通常、炭層ガスは資源量の50%程度しか回収できないが、CO2を注入するECBMRでは90%の回収が可能とも言われている。Burlington Resources社は1995年からSan Juan 炭田北部のAllison UnitにおいてECBMRを実施し、深度1,000m、平均炭丈10mの炭層にCO2を1億2,400万m3注入、4,300万m3のメタンガスを回収している。この事例は比較的ガス透過率が大きな(約20ミリダルシー)炭層での成功例であるが、現在、この現場で得られた結果を基に、アメリカにおけるCO2炭層固定に関する技術評価、経済性評価が実施されている。
(2)非採掘炭層CO2固定実証試験プロジェクト
 2002年1月にCONSOL Energy 社とDOEが新規プロジェクトの契約を交わした。このプロジェクトでは傾斜穿孔技術を応用し、炭層内に最高900mの水平ボアホールを矩形に4本穿孔し、効率よくCO2を注入し、矩形の中央に穿孔する回収孔からメタンガスを回収する実証試験が予定されている。商業ベースの規模は、5本孔井パターンで、2億4,000万m3のCO2固定、1億6,000万m3のメタンガス生産が計画されている。
3.2 カナダ
 Alberta Research Council(ARC)が中心となり、USDOE、IEA、石油会社等からなる国際コンソーシアムを構成し、アメリカの炭層に比べてガス透過率が低いといわれているAlberta州の炭層にCO2を注入し、同時にCBMを回収するプロジェクトが進行中である。このプロジェクトでは、純度の高いCO2の注入ばかりでなく、発電所等から排出される排煙を直接炭層に注入することも計画されている。また、シミュレーション技術の開発にも重点が置かれている。石油・天然ガスの分野で既に開発されたシミュレーション・ソフトに改良を加え、多成分ガス、CO2の吸着、メタンの脱着、ガスの拡散、複雑な亀裂構造等、CO2の炭層固定化技術に適合するソフトウエアの開発が進められている。
3.3 ヨーロッパ連合(EU)
 オランダが中心となって国際コンソーシアムを組み、EUの補助金を得て進められているRECOPOLプロジェクトがある。このプロジェクトの実施期間は3年間で、CO2炭層固定化による温室ガス削減の可能性評価を目的としている。現場はポーランドのSilesian炭田。炭層ガス回収を目的として穿孔された既存の2本の孔井(深度:1200m、間隔:750m)を回収孔として利用し、新規に試錐する孔井(注入孔)は1本のみである(図2)。プロジェクト総予算は約4億円。現場試験が実施される地域の累積炭層厚は約50m、平均ガス包蔵量は10m3/ton、透過率は1〜5ミリダルシーである。Silesian炭田の炭層へのCO2注入は2003年から既に始まっている。CO2注入範囲を評価するために、3次元弾性波トモグラフィーを時間経過と共に実施する4Dトモグラフィーも計画されている。
3.4 オーストラリア
 IEA-GHGの「CO2の炭層固定に適した世界の炭田調査」では、Queensland州のBowen 炭田が世界で最もCO2炭層固定に適した場所であるとの評価を得ているが、まだ具体的なプロジェクトは始まっていない。オーストラリア石油共同開発センター(APCRC)が天然ガス開発に随伴するCO2(濃度10%)を処分する方法として、地中貯留技術(帯水層、枯渇油田・ガス田、炭層ECBMR他)の検討を行った。この調査研究はその後設立されたCO2CRC(CO2 Corporative Research Center)に引き継がれている。
3.5 その他
 2002年3月に、中国政府とカナダ政府が「中国炭鉱メタンガス技術開発/二酸化炭素固定」プロジェクトに関する覚え書きに調印した。このプロジェクトは4年計画で、マイクロ・パイロット試験を中国山西省の炭田を中心に数カ所で実施し、本格試験の現場選定を行うほか、各試験結果の評価やシミュレーション結果に基づき、将来の商業事業化の概念モデルを設計する。
5.我が国における研究開発動向
 我が国においては、2002年度から「二酸化炭素炭層固定化技術開発調査」が経済産業省の補助事業(補助事業者:(株)環境総合テクノス)として始まった。このプロジェクトでは、最初の3年間の基礎試験とその後の実証試験が計画されている。基礎試験期間には、CO2/メタンガスの置換メカニズムの解明、CO2挙動シミュレーションの開発、最適固定化条件の把握、モニタリング技術の検討、システム・事業化検討、CO2分離回収技術のコスト低減技術開発等の基礎的研究開発と、現場でのCO2圧入予備実験が予定されている。実証試験では、基礎試験の成果を基にCO2の分離回収を含めたパイロットプラントを設置して、一連のシステムとしてのCO2炭層固定化技術の実用化・事業化の検討が行われる。
 CO2圧入予備試験は、北海道の石狩炭田南部、南大夕張で実施されている。2003年には深度約900mに存在する夕張層を対象とした試験孔1本が完成している。2004年には、CO2注入特性を把握するための単一孔井試験を実施し、その後2本目の試験孔を穿孔して約200トンのCO2注入とメタン回収試験が始まっている。
<図/表>
図1 CO
図1  CO
図2 RECOPOLの現場試験概念図
図2  RECOPOLの現場試験概念図

<関連タイトル>
京都議定書(1997年) (01-08-05-16)
気候変動に関する政府間パネル(IPCC) (01-08-05-07)

<参考文献>
(1)IEA-GHG: Enhanced Coal Bed Methane Recovery with CO2 Sequestration,Report No. PH3/3,August 1999
(2)Reeves,S: The Coal-Seq Project Field Studies of ECBM and CO2 Sequestration in Coal,Coal-SeqII Forum,March 2002,Washington D.C.
(3)Mourits,F: Advances in CO2 Capture and Storage and Zero Emission Technology in Canada,JCOALセミナー配布資料,2001年1月
(4)Netherlands Institute of Applied Geoscience TNO: CO2 Storage in Coal,RECOPOL Project,September 2001
(5)IEA-GHG: Enhanced Recovery of Coal Bed Methane with Carbon Dioxide Sequestration? Selection of Possible Demonstration Sites,Report No. PH3/34,September 2000
(6)Yamaguchi,S.,K. Ohga,M. Fujioka,and S. Muto: Prospect of CO2 sequestration in Ishikari coal mine,Japan. Proceedings of the 7th International Conference on Greenhouse Gas Technologies,5-9 September 2004,Vancouver,Canada
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