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<概要>
 京都議定書京都メカニズムにおけるクリーン開発メカニズム(CDM)は、先進国から途上国への温室効果ガス削減技術の提供を促す優れた仕組みであるが、2012年までの京都議定書第1約束期間では、原子力技術利用から生じる排出削減量を削減目標の達成に使うことは認められていない。京都議定書の中で途上国と定義されている国の中でも、特にアジアの幾つかの国は、今後急速な経済発展と温室効果ガス排出量の増大が見込まれ、将来的には米国などとともに温室効果ガス削減負担の新たな義務を負う必要性が出てくると考えられる。この場合、途上国が持続可能な発展を維持した上で地球規模の温暖化加速を防止するには、温室効果ガス排出量が少なく、基幹電源として利用できる原子力発電の早い時期での導入が効果的であると見なされている。本稿では、現状の京都議定書における原子力制約の状況、世界の温室効果ガス排出動向をまとめた。また、京都メカニズムでの原子力技術利用の重要性に焦点を当てるため、途上国の原子力技術利用促進のために何らかの支援をすることが、21世紀の世界の二酸化炭素排出量を削減し、地球温暖化防止に非常に有効であるという予測結果の一例を紹介した。
<更新年月>
2006年01月   

<本文>
1.京都議定書の現状
 京都議定書は、国内の温暖化対策だけでなく他の国と共同実施の温暖化対策事業で生ずる温室効果ガス削減量で自国の排出ガスを削減したものとする制度や、他の国から排出削減量を買う制度を使って、議定書の削減目標を達成することを認めている。これが、「京都メカニズム(柔軟性措置)」と呼ばれる仕組みで、図1に示すように、共同実施(JI、Joint Implementation)、クリーン開発メカニズム(CDM:Clean Development Mechanism)、排出量取引(ET:Emissions Trading)の3つがある。JIとCDMは一見同じ仕組みに見えるが、JIは排出削減義務のある先進国で実施するプロジェクト、CDMは排出削減義務のない途上国で実施するプロジェクトという違いがある。これらの運用上ルールは、2001年7月、ボンで開催のCOP6再開会合において議論され、京都メカニズムに原子力技術利用を含めるかどうかが大きな争点となった。
 欧州諸国は、途上国の温暖化防止策支援に原子力技術利用を認めることに安全管理への懸念から反対を表明した。一方、日本をはじめとして、欧州以外の先進諸国ならびに中国、インドなどいくつかの途上国は、特定の技術を温暖化防止交渉において否定すべきでないとの理由から、CDMでの原子力技術利用に賛成した(参考文献1)。結局、議長の妥協案により、JIやCDMのもとで行われた原子力事業から生じる排出削減量を削減目標の達成に使うことは「差し控える」ことになり、実質的に原子力技術利用は除外された。ただし、本妥協案は、原子力技術が温室効果ガス削減に有効であることを否定しているわけではない。
2.温室効果ガスの排出動向
 ポスト京都議定書における温室効果ガス排出削減負担のあり方を考える際に、世界の温室効果ガス排出が現状どのような構造となっているか、そして、今後、先進国、途上国の排出状況がどうなるのか、また、その排出指標にはどのようなものがあるのかを把握しておくことが重要である。ここでは、それらの一部を紹介する。
 世界のCO2地域別排出量の変遷と国別排出量の現状を図2に示す。世界のCO2排出量は着実に増加し、その中でもアジア地域の排出量の伸びが大きくなっている。国別排出量では、2001年度で、米国、中国、ロシア、日本、インドの順になっているが、上位5か国で現在、京都議定書による削減義務を負っているのは、第3位のロシアと第4位の日本だけである。ロシアは1990年比±0%の目標となっているが、現在の排出量は1990年の水準を大幅に下回っており、大量の余剰枠を抱えている。ロシアも実質的には削減目標を負っているとは言えない。すなわち、世界の排出量の上位約半分のうち、京都議定書上の排出削減義務を履行する意欲を実質的に示しているのは、第4位の日本だけという構造である。
 世界のCO2排出量の今後の動向を図3に示す。京都議定書上、削減義務が規定されている先進国の中から、離脱表明をしている米国、豪州を除いた残りの国の排出量が世界に占める割合は、1990年では35%に留まっていたが、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の見通しでは現状のままでも今後減少を続け、図3の米・豪以外に示されるように2010年で32%、2020年には29%程度になるものと予想されている。一方、途上国の排出量は、図3の非附属書I国に示されるように今後大幅に増大し、2020年には世界全体の半分を占めると予測されている。このように、現状の京都議定書は今後排出量の大幅な増加が見込まれ地球温暖化の進行に大きな影響を持つと見られる地域を含んでいない。将来の地球温暖化への対処には、米国、豪州、途上国の排出をどのように抑制するかが大きな課題である。また、これらの主要排出国が参加できる新たな協調のあり方を様々な排出指標を用いて構築する必要がある。
 そこで、先進国、途上国の排出状況が排出指標を変えるとどうなるかを概観する。図2は、第12位までの国別排出総量(2001年)を示すが、上位30か国のデータでは、第2位の中国、第5位のインドを初めとして途上国が15か国を占める。日本は第4位である。排出指標として主に米国などが主張しているのは、図4に示すGDP(国内総生産)当たり排出量(2000年)である。上位30か国中、途上国が21か国にもなる。中国は第10位、インドが第15位、米国、日本は43位、65位となっている。一方、中国、インドなど途上国が排出指標として推すのは、図5で表される一人当たり排出量(2000年)である。これを見ると、第1位から第3位までをカタール、クェート、UAEと途上国が占め、上位30か国中、途上国は10か国である。米国、日本は4位、21位、中国、インドは、59位、65位となっている(参考文献2)。
 途上国は、COP8(2002年11月、ニューデリー)以降、「共通だが差異のある責任」(気候変動枠組条約第3条第1項)の原則の下、「まずは先進国が率先して取り組むべき」と主張し、将来の枠組みに関する議論を開始すること自体に強い抵抗を示してきた。しかしながら、地球規模の課題である温暖化問題に取り組むにあたって、この途上国の主張は図4図5で示されるように必ずしもすべての指標で根拠を有するとは限らない。
 途上国は、主に一人当たり排出量の指標を重視する主張を行っているが、排出総量で見ると、上位の中国、インド、韓国、メキシコ、南アフリカ、ブラジルなどの国々にも地球環境のために率先して果たすべき責務があるという議論がある(参考文献3)。ポスト京都議定書における排出削減の新しい負担のあり方を構築するにあたっては、米国、豪州、途上国も参加できるよう、既存の先進国、途上国という分類のみに固執することなく、様々な指標を用いて世界共通の排出基準をつくるなど複眼的に考えることが重要である。
3.先進国と途上国の原子力技術利用予測
 途上国は、前章で述べたように中長期的には温室効果ガス排出が増大する見通しのため、何らかの形で排出削減の責務を負わざるを得ないと考えられる。原子力技術は温室効果ガス削減に非常に有効で、かつ、環境に優しい再生可能エネルギー技術よりも供給可能量と発電コストの点で優れている。途上国にとっても、その利用は大きな意味をもつ。ここでは、途上国の原子力技術利用促進のために何らかの支援をすることが、21世紀の世界のCO2排出量を削減し、地球温暖化防止に非常に有効であるという氏田らの予測結果(参考文献4)の一部を紹介する。
 この予測では、世界のCO2排出量やエネルギー供給構造が予測できる超長期エネルギー供給シミュレーション技術が用いられた。本技術は、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第3次報告書」(参考文献5)でもその試算結果が取り上げられた統合評価モデルGRAPE(Global Relationship Assessment to Protect the Environment)(参考文献6)のエネルギーモジュール構造を使っている。CO2排出量制約などの環境下におけるエネルギー需要を仮定し、10地域に分割した世界を対象として2100年までのエネルギーシステムコストを最適化、各地域のエネルギー供給構成を予測する。今後30年間の最適化結果を基に10年毎にエネルギー構成を見直していく。
 最終エネルギー需要は、IPCC排出シナリオに関する特別報告書B2ケース(環境重視/地域共存型)(参考文献7)をベースに省エネ促進を考慮した条件(参考文献4)を採用した。先進国のCO2排出制約条件は京都議定書制約と2013年以降10年毎に5%削減継続の制約という厳しい条件と仮定し、途上国については大気中濃度が550ppmに飽和するように制約する緩い条件(2100年までの安定化シナリオWRE-550(注1))を採用した。1次エネルギーとしては、石油、石炭、天然ガス、CO2回収のある石炭、太陽光、風力、バイオマス、風力、水力・地熱、軽水炉原子力(LWR:Light Water Reactor)、高速増殖炉原子力(FBR:Fast Breeder Reactor)を想定し、高速増殖炉原子力は2030年に導入されるとした。その他条件の詳細は参考文献9に記載されている。以下では、予測結果の一部を紹介する。ケース1は途上国の原子力発電コストを優遇しない場合、すなわち、何らかの導入促進制度がない場合、ケース2は途上国原子力発電コストを優遇する場合(注2)、何らかの導入促進制度がある場合を示す。
 図6(ケース1)と図7(ケース2)は、途上国原子力の導入促進制度がない場合(ケース1)とある場合(ケース2)で、21世紀における先進国と途上国の軽水炉原子力(LWR:Light Water Reactor)、高速増殖炉原子力(FBR:Fast Breeder Reactor)の原子力発電設備量がどうなるかを予測した結果を示す。
 ケース1では、21世紀前半、原子力は主にCO2排出規制の強い先進国で利用され、経済成長の大きな途上国での原子力利用があまり進まない。これは、途上国にCO2排出規制がなくコストの低い石炭火力の導入が進むためである(参考文献4)。一方、途上国の原子力導入促進制度があるケース2では、先進国の原子力利用を維持したまま、途上国でも原子力エネルギー利用が進み、2100年の途上国原子力発電設備量(FBR)もケース1の約2倍に増える。
 上記ケース2の場合、世界全体のCO2排出量がケース1に比べてどれぐらい削減されるかを見るために、2010年から50年間の累積CO2排出量を図8に示した。参考までに、先進国にも途上国にも環境規制が全くない場合の排出量もケース3として示す。ケース1の現状の先進国環境規制でもケース3の環境規制がない場合に比べて、CO2排出削減効果は得られるが、途上国の原子力導入促進制度があるケース2では、ケース1よりさらに世界全体で約30GtC(ギガトンカーボン)の削減効果が期待できる。
 このように途上国の原子力技術利用促進のために何らかの支援をすることが原子力技術利用の地域格差を是正すると同時に、21世紀の世界のCO2排出量を削減し、地球温暖化抑制に非常に有効である。ポスト京都議定書で、京都メカニズムにおける原子力技術利用を認めることは、締約国の選択のオプションを拡げることとなり、原子力技術利用が選択されれば、途上国の原子力技術利用を支援し、結果として途上国を環境面、経済面からも支援することを意味し、世界のCO2排出量削減に関する国際的枠組みの賢明な第一歩と考えられる(参考文献8)。
(注1)WRE-550:「気候変動に関する政府間パネル」では、温暖化防止のため、現在370ppmである大気中CO2濃度を2100年において450〜1000ppmで飽和、安定化させるシナリオを検討している。Wigley,Richles,& Edmonsは、550ppmで安定化させるシナリオを提案した。
(注2)発電コスト優遇:本エネルギー予測シミュレーションでは、優遇制度がない場合、軽水炉原子力の発電コストは4セント/kWh、高速増殖炉原子力は導入当初の2030年に4.6セント/kWh、2060年以降4セント/kWhと仮定し、優遇制度がある場合、原子力発電コストが2010年から50年間2セント/kWh下がると仮定している。
<図/表>
図1 京都メカニズムの概要
図1  京都メカニズムの概要
図2 世界の二酸化炭素(CO
図2  世界の二酸化炭素(CO
図3 世界のCO
図3  世界のCO
図4 GDP当たりのCO
図4  GDP当たりのCO
図5 一人当たりのCO
図5  一人当たりのCO
図6 先進国、途上国の原子力発電設備量の予測結果[途上国の原子力導入促進(発電コスト優遇)制度がない場合(ケース1)]
図6  先進国、途上国の原子力発電設備量の予測結果[途上国の原子力導入促進(発電コスト優遇)制度がない場合(ケース1)]
図7 先進国、途上国の原子力発電設備量の予測結果[途上国の原子力導入促進(発電コスト優遇)制度がある場合(ケース2)]
図7  先進国、途上国の原子力発電設備量の予測結果[途上国の原子力導入促進(発電コスト優遇)制度がある場合(ケース2)]
図8 2010〜2060年における50年間累積CO
図8  2010〜2060年における50年間累積CO

<関連タイトル>
国連気候変動枠組条約第5回、第6回および第7回締約国会議(COP5・COP6・COP7) (01-08-05-20)
省エネルギー関連法の概要 (01-06-02-01)
日本の省エネルギーと社会制度 (01-06-02-02)
省エネルギーにおける国際協力 (01-06-02-03)

<参考文献>
(1)原子力百科事典ATOMICA:国連気候変動枠組条約第5回、第6回および第7回締約国会議
(2)経済産業省:産業構造審議会環境部会第16回地球環境小委員会配布資料5(2003年);地球環境小委員会市場メカニズム専門委員会第9回参考資料、http://www.meti.go.jp/policy/global_environment/sankoushin/9thshijomecha/9-10.pdf
(3)経済産業省:産業構造審議会環境部会第25回地球環境小委員会参考資料1(2004年);第16回地球環境小委員会配布資料5(2003年);地球科学技術総合推進機構、「地球温暖化問題ガイドブック、2005-2006」、p.36
(4)氏田博士、松井一秋、関本博:第21回エネルギーシステム・経済・環境コンファレンス講演論文集2005.1.26-27、p.41-44;池田一三、青木和夫、波田野守、同左、p.45-48
(5)Special Report on Emission Scenarios(SRES),Intergovernmental Panel on Climate Change(IPCC),Cambridge University Press,2000
(6)Kurosawa A.,et al.,Analysis of Carbon Emission Stabilization Targets and Adaptation by Integrated Assessment Model,The energy Journal,Kyoto Special Issue,pp.157-175,1999
(7)日本原子力産業会議:原子力の窓、原子力委員会サマリー;世界の原子力発電開発の動向、http://www.jaif.or.jp/ja/news/2005/0408doukou.html
(8)大平竜也:京都メカニズムにおける原子力技術利用への動き−京都議定書の将来枠組みでの注目点−、科学技術動向2005年11月号、p.20-29
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