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<概要>
 酸性雨の原因物質は気流などにより発生源から遠く離れた地点にまで運ばれ、そこで降雨に溶けて酸性雨として観測されることが多い。したがって酸性雨防止対策としては、広域の関係国が集まって多国間で大気汚染物質の排出削減目標を国際的に取り決める必要がある。最初にノルウェーが提案した「長距離越境大気汚染条約」が1979年に締結され1983年3月発効した。ついで米国、カナダ間で1980年に「越境大気汚染に関する合意覚書」を交わし、米・加調整委員会を設けることに同意した。日本も総合的なモニタリングを実施する一方、東アジア地域における酸性雨の現状やその影響を解明するとともに、この問題に対する地域協力体制の確立を目的として、東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)を提唱し、10か国が参加して1998年4月から試行稼働が実施され、政府間合意を経て、2001年1月から本格稼動(13か国が参加)している。
<更新年月>
2009年01月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.欧州での国際的な取り組み
 酸性雨の原因物質は気流などにより長い距離を運ばれ、発生源から500〜1000kmも離れた地点で酸性雨が観測されることもあり、多国間で大気汚染物質削減目標を国際的に取り決める必要がある。
 酸性雨問題に対する国際協力は、1969年にOECDの大気管理セクターグループから提唱され、ヨーロッパの酸性雨を広範囲でモニタリングするための「大気汚染物質長距離移動計測共同技術計画」が1972年4月に西欧11か国によって決議され、直ちに発足した。また、1972年6月にストックホルムで国連人間環境会議が開催され、スウェーデン政府により「大気中および降水中の硫黄による環境への影響」として酸性雨の実状が報告され、世界的関心を呼び起こした。
 1977年にはノルウェーが酸性雨に関する国際条約の締結を提案し、1979年11月の国連欧州経済委員会環境大臣会議において「長距離越境大気汚染条約」(ウィーン条約)が締結された。この条約は1983年3月に発効し、1995年12月までに40か国及び機関により批准されている。その後、この条約をもとに酸性雨の原因物質である硫黄酸化物と窒素酸化物を削減するため、次の2種の議定書が締結された。
 硫黄酸化物については、1985年7月に結ばれたヘルシンキ議定書により、硫黄の排出量を1993年までに1980年の排出量と比較して少なくとも30%削減することが21か国で合意された。また1994年6月には硫黄排出量について、各国一律の削減に替えて、国別の削減目標量を規定したオスロ議定書が30か国で合意された。
 また窒素酸化物については、1988年に採択されたソフィア議定書により、窒素酸化物の排出量を1987年時点の水準に凍結することが25か国により合意され、うち12か国は1989年からの10年間に30%削減することを宣言した。
 その他ヨーロッパにおける大気汚染物質の監視については、長距離越境大気汚染条約に基づき「欧州モニタリング評価プログラム(EMEP)」が実施されている。図1に硫黄酸化物排出量の推移を示す。
2.北米での国際的取り組み
 北米ではヨーロッパに比べて酸性雨問題への対応が遅れていたが、1980年6月には米国で「酸性降下物法」が定められ、この法律に基づき、降水モニタリング、生態影響調査などを内容とする「全国酸性降下物調査計画(NAPAP)」が10か年計画で開始した。また、1980年8月には、カナダが米国に対して硫黄酸化物の排出量を減らすように働きかけた結果、両国の政府は「越境大気汚染に関する合意覚書」を交わし、越境大気汚染条約締結交渉を行うための米加調整委員会を設けることに同意した。NAPAP終了後の1990年には、米国は大気清浄法を改正し、酸性雨対策に向けた硫黄酸化物や窒素酸化物の総量削滅方策を盛り込んだほか、米国とカナダは、1991年3月に酸性雨被害の拡大を防止するための大気保全の二国間協定を締結した。図2にモニタリング状況を示す。
 また、米国ではアメリカ環境保護庁(EPA)がADSというデータベースを設け、米国内にある9つのモニタリングネットワーク、200サイト以上でデータを収集している。
3.日本およびアジアの取り組み
 1980年代にヨーロッパ、特にドイツ(旧西ドイツ)において起こった森林被害を教訓として、日本においても酸性雨による森林被害という慢性的な影響が心配され始めた。1983年から5か年計画で「第一次酸性雨対策調査」を始めた。この調査により、全国的に多くの地点でpH4台の降水と欧米並みかそれ以上の酸性降下物が観測された。1988年から5か年計画を策定し「第二次酸性雨対策調査」として酸性雨の実態、酸性雨による影響の監視と予測、酸性雨発生予測モデルの開発、大気、陸水、土壌・植生の総合的なモニタリングを実施した。そこで、国設大気汚染測定所、国設環境大気測定所を完備し、さらに酸性雨測定器を整備するとともに、国設酸性雨測定所を設けた(図3)。1993年からは新たな5か年計画として「第三次酸性雨対策調査」が行われ、降水、陸水、土壌・植生のモニタリング調査、生態系影響調査、酸性雨の発生、陸水影響、土壌影響に関する予測調査などが行われた。1999年11月にその最終とりまとめが発表され、(1)降水のpHに関しては第二次調査結果とほぼ同レベルの4.7〜4.9が観測され、森林、湖沼等の被害が報告されている欧米と同程度の酸性度であった(図4)。また、日本海側の離島測定局で冬季に硫酸イオン濃度の上昇が認められ、大陸からの影響が示唆された。(2)酸性雨の陸水への影響については、アルカリ度の低い湖沼のうち、周辺に火山等の自然的要因および人為的要因が見あたらず、酸性雨による影響が生じている可能性を有するものがあった。(3)土壌・植生モニタリングにおいては、原因不明の樹木衰退が見られた地点が前回調査に引き続き確認されたことなどが示された。さらに、1998年〜2000年にかけて第四次調査が実施された。その結果は2002年9月にまとめられ、1)降水pHの年度ごとの全国平均値は4.72〜4.90の範囲で、第三次調査の結果と同レベルであった。2)陸水モニタリング調査でも極端な傾向を見せた湖沼はなかった。3)土壌・植生モニタリング調査の結果でも明確な酸性化傾向は見られず、土壌酸性化は生じていないと判断されるが、いくつかの地域で原因不明の樹木の衰退が観察されたことなどが示された。
 このように、日本では酸性雨による生態系などへの影響はまだ明確でないが、酸性雨による陸水、土壌・植生などに対する長期的な影響については不明な点も多く、現在のような酸性雨が今後も降り続けるとすれば、将来、酸性雨による影響が現れる可能性があることが懸念されている。このため、酸性雨の実態を長期的に把握し、酸性雨による被害を未然に防止する観点から、「酸性雨長期モニタリング計画」に基づき、2003年から酸性雨測定所等における湿性・乾性沈着モニタリング、湖沼等を対象とした陸水モニタリング、土壌・植生モニタリングを実施している。
 また、1992年6月に「環境と開発に関する国連会議」で採択されたアジェンダ21においても、「ヨーロッパと北米における取組の経験は継続・強化され、世界の他の地域に共有されるべきである」と指摘されている。このため、1970年代以降のこれらの地域での取組を踏まえ、東アジア地域における酸性雨問題への取組の第一歩として、「東アジア酸性雨モニリングネットワーク(EANET)」(図5に概要を示す)が日本のイニシアチブにより組織され、1998年4月から約2年半にわたりEANETの試行稼動が実施された。この実績等を踏まえ、政府間合意を経て、2001(平成13)年1月から本格稼動が開始されている。本格稼働開始後は現在に至るまで毎年11月に政府間会合、これに先立って科学諮問委員会会合が開催され、活動計画、財政措置、モニタリング技術等に関する議論が行われるとともに、酸性雨データに関する報告書などがまとめられている。表1にこれまでに得られたEANET測定地点における年平均pHを示す。
(前回更新 2004年1月)
<図/表>
表1 EANET測定地点における年平均pH
表1  EANET測定地点における年平均pH
図1 ヨーロッパにおける硫黄酸化物排出量の推移(1980−2000)
図1  ヨーロッパにおける硫黄酸化物排出量の推移(1980−2000)
図2 アメリカにおける酸性雨モニタリング状況(2002年)
図2  アメリカにおける酸性雨モニタリング状況(2002年)
図3 国設大気測定網配置図
図3  国設大気測定網配置図
図4 日本の各地点における降水のpH
図4  日本の各地点における降水のpH
図5 東南アジア酸性雨モニタリングネットワークの概要
図5  東南アジア酸性雨モニタリングネットワークの概要

<関連タイトル>
酸性雨の発生原因 (01-08-01-21)
世界の酸性雨の現状 (01-08-01-22)
酸性雨の影響 (01-08-01-23)

<参考文献>
(1)環境庁地球環境部(編):改訂地球環境キーワード事典、中央法規出版(1996年2月)
(2)環境庁(編):環境白書 平成7年版 各論、大蔵省印刷局(1995年6月)
(3)環境庁(編):平成11年版 環境白書 総説、大蔵省印刷局(1999年6月)
(4)EMEP(欧州モニタリング評価プログラム):http://www.emep.int
(5)酸性雨研究センター:酸性雨と環境について考える−みんなの地球のために−
(6)環境省ホームページ:平成20年版 環境・循環型社会白書、http://www.env.go.jp/policy/hakusyo/h20/index.html
(7)平成20年版環境統計集:2章地球環境、酸性雨、表2.25
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