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<概要>
 原子力発電所における西暦2000年問題(Y2K問題)は結果的には本質的なトラブルはなかったが、しかし表示システムや伝送システム上に軽微な不具合が若干散見された。Y2K問題はエネルギー、金融、医療等ライフラインの底流を支えている施設機器に横たわる基本問題であったので官民挙げての対応であった。本稿では原子力発電における行政、電気事業者およびメーカーの対応を行動計画に沿って説明し、併せて実際に生じた不具合を紹介した。
<更新年月>
2004年02月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.コンピュータ西暦2000年問題(Y2K問題)対策
 コンピュータ西暦2000年問題(Y2K問題)とは、従来のコンピュータが西暦年を下2桁でしか認識しない様式であったため、2000年以降のデータを処理する場合にシステムがストップしたり、混乱したりする問題である。
 Y2K問題から生じる基本的障害を列挙すると、日付けが設定出来ない、期間計算(年数の計算、閏年の計算)がおかしくなる、必要なデータが抽出できない、必要なデータが消去される、日付順にデータが正しく並ばない、和暦表示がおかしくなる、等である。このような問題が予想されたために、世界中でY2K問題に大きな関心と危惧がもたれた。なかでも電気ガス等エネルギー、金融、情報通信、運輸交通、医療保険、等の部門で徹底した対応が求められた。
 原子力発電所の51のプラントにおいても多数のコンピュータおよび計器類を用いているので、Y2K問題を周知徹底する必要があった(表1参照)。このため通商産業省(現在の経済産業省)においては、総理大臣が本部長を務める「高度情報通信社会推進本部」により1998年9月「コンピュータ2000年問題に関する行動計画」が策定されたことを受け、同月「2000年問題対応作業チーム」を設置し、電気事業者に対して10月に行動計画の周知徹底を促し、11月に自主的な総点検の実施を要請した。12月には(財)原子力発電技術機構(平成19年度末に解散)の下に「原子力発電2000年問題調査委員会」を設置し、各電気事業者から通商産業省(現在の経済産業省)に提出された「原子力発電所における2000年問題影響調査報告書」に基づき、代表7プラント(表1)の安全・安定運転上重要な計測制御装置について、コンピュータ2000年問題対応の具体的な活動およびその妥当性について調査・確認を行った。
2.対象設備
 Y2K問題に直接、間接に関係すると見られる対象設備には、発電所の運転に直接関係する「制御系システム」とそれ以外の「事務処理系システム」がある。なかでも、制御系システムに含まれている安全機能および安定運転機能に果たすべき系統、または機器における計測制御装置の調査・確認は不可欠である。具体的には、「発電用軽水型原子炉施設の安全機能の重要度分類に関する審査指針」(以下「重要度分類指針」と略記)に記載のある全ての構築物、系統、機器について、「安全機能を有する計測制御装置の設計指針(JEAG4611)」で定める計測制御装置の全てが対象になる。
3.調査方法
 電気事業者(およびメーカ)による調査・確認の作業は、全ての構築物、系統、機器に対して1)デジタル機器のリストアップ、2)ソフトウエアおよびハードウエアに関する調査、3)改修、4)確認試験、の各段階を踏んで進められた。具体的には、BWR 電力の場合、デジタル機器であるか否かの確認後、ソフトウエアおよびハードウエアについて調査、改修、交換および確認試験を実施し、全てのデジタル機器に対してもれなくハードウエア、ソフトウエア両方の調査が実施された。他方、PWR 電力の場合、デジタル機器をリストアップした後、ソフトウエアの調査、改修、確認試験を実施した。この際、関連するハードウエアについても併せて調査を実施した。さらに時計機能を有していない基板であっても将来の機能拡張のため埋め込みチップ調査を行っている。
 調査手法に関しては、電気事業者(およびメーカ)が社内に設備管理のために用意した「設備台帳」や「制御展開接続図」(計測制御装置とこれに関連した機器の接続を記録した図記号記録)、「設計仕様書」(表2参照)等を用いてデジタル機器を抽出する。その際、プラントによっては複数の文書を用いたり、電気事業者とメーカがそれぞれ独立に調査した結果を照合するなどのクロスチェックも行われた。
 ソフトウエアに関する調査では、アプリケーションソフト(AP)と基本ソフトウエア(OS)の両方が対象になり、ソースコードチェック、仕様書チェックを通してY2K問題の有無を調査確認する。その際、ソフトウエアを充分に熟知している必要のあるものに対しては製造メーカーが主体になって調査がすすめられた。調査確認はOSについては製作を担当した開発部門(又は製造部門)で、APについてはシステム設計部門で行われ、これら両部門からの報告を品質保証部門が確認する体制をとった。
 ハードウエアに関する調査では、チップ仕様書やチップメーカーからの見解に基づきRTC(Real Time Clock)の有無を調査し、なお、RTCでなくても個別の部品(水晶発振器等)とROM(Read Only Memory)を組み合わせてRTCに相当する素子に対しても同様の調査をした。自社基板のみならず購入基板に対してもメーカーが主体になってY2K問題の有無を調査・確認した。
 絶対時間を使用しているデジタル機器のうちY2K問題の影響のあるものに監視記録機能を有する計測制御装置、例えばプロセス計算機、SPDS(安全パラメータ表示システム)計算機、モニタリングポスト、緊急時対策所計算機、等もある。これらには、日付入力指定、日付曜日の表示・印字、運転日誌データ計算、他システムとの伝送時データ認識、データ編集機能、時刻管理、等の事項を含み管理・広報上不具合を生じるものもある。しかしこれらは制御機能と分離されていて、原子力発電所の運転に直接支障になるものではない。
4.調査結果
 Y2K問題で実際どのような問題が生じたかについては電気事業者や報道機関によってその後報告されているが、国内外の原子力発電所において運転に支障をきたす本質的なトラブルは無かったことが明らかになっている。しかし、軽微な不具合としては、福島第二原子力発電所1号機における制御棒位置指示計の不具合(表示器基板の内蔵時計の一部にグリニッジ標準時を用いているものがあり、制御棒の位置表示が行われなくなったこと)、福島第一、第二、柏崎刈羽原子力発電所の運転履歴データ保存処理プログラムの不具合(原因:西暦下2桁の数字に対する修正漏れ)、志賀原子力発電所の緊急時に働くプラント情報伝送システム(本社、通産省への電送)の不具合、高浜原子力発電所周辺の放射線データ観測局二カ所から京都府庁に伝送するシステムの不具合、六ヶ所高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センターの運転制御・監視システムにおける一部表示不良が挙げられる。
5.コンピュータ西暦2000年問題の総括
 コンピューター西暦2000年問題の顧問会議第8回会合(2000年3月30日)の報告書によると、2000年問題により発生した事象について、以下のように評価されている。
(1)関係者の徹底した事前対応と危機管理により、国民生活に対し、短期的な不都合等をもたらすような事例もみられたものの、ほとんどが外部への影響のない日付の誤表示等の不具合であり、大きな混乱等深刻な事態は発生しなかった。
(2)これは、社会インフラ等において日常生活に深刻な影響を与えるようなサービスの停止等の大きな混乱は生じないものと考えるとした政府の事前評価の範囲内であったと言える。
(3)しかし、仮にシステムの点検や修正等を広範な分野で行わなかった場合には、外部に影響が出る問題が、社会インフラ分野を含め大量に発生し、国民の生活に少なからぬ影響が生じていたとみられる。
(4)したがって、このように総じて的確に対応できているのは、関係者の努力によるところが大きい。
(5) 主な事例は以下の通りである。
金融     ;金融機関の現金計数機の不具合
電力     ;原子力発電所の制御棒位置表示の不具合
情報通信   ;電気通信会社(1社)における監視系日付処理の不具合
鉄道     ;オレンジカード専用券売機の不具合
医療     ;骨密度測定装置の日付機能についてのトラブル
政府部門   ;郵便局のATM、「アメダス」データの一部の不具合
地方公共団体 ;市役所の外国人登録済み証明書発行システムの日付処理の不具合
核燃料施設  ;核燃料施設の運転制御・監視システムの一部表示不良
 原子力施設に関しては、電力と核燃料施設に不具合があったが、問題にするような事象ではなかった。具体的な状況については、表3に示す。
<図/表>
表1 原子力発電10社51プラントの分類
表1  原子力発電10社51プラントの分類
表2 調査に用いた文書
表2  調査に用いた文書
表3 原子力発電所におけるコンピュータの不具合
表3  原子力発電所におけるコンピュータの不具合

<参考文献>
(1)資源エネルギー庁:原子力発電所2000年問題調査委員会資料、原子力発電所におけるコンピュータ2000年問題への対応状況−原子力発電所2000年問題調査委員会とりまとめ−
(2)東京電力:http://www.tepco.co.jp/
(3)日本原燃株式会社:http://www.jnfl.co.jp/
(4)毎日新聞社:http://www.mainichi.co.jp/
(5)首相官邸:コンピュータ西暦2000年問題,コンピュータ西暦2000年問題に関する報告書,http://www.kantei.go.jp/jp/pc2000/houkokusyo/honbun.html
(6)原子力安全委員会:平成11年版原子力安全白書、コンピューター西暦2000年問題への対応
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