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<概要>
 1920年代後半に入ると、量子力学を中心に原子核に関する研究の大きな発展があった。シュレーディンガー(独)による量子力学(波動力学)の構築(1926)、フェルミ(伊)によるフェルミ統計の構築(1926)、ハイゼンベルク(独)による不確定性原理の提唱(1927)、デヴィソン(米)らによる電子線の回折実験(1927)、ボーア(デンマーク)による相補性原理の構築(1927)、マラー(米)のX線 照射による人為的突然変異の創出実験(1927)など、その後の原子力発展の基礎となる発見、実験が続いた。
 1930年代に入ると、ローレンス(米)らによるサイクロトロン(1930)、ヴァンデグラフ(米)(1931)およびコッククロフト(英)・ウォルトン(アイルランド)(1932)による粒子加速器が発明された。またチャドウィック(英)による中性子の発見(1932)、アンダーソン(米)による宇宙線中の陽電子の発見(1932)、フェルミ(伊)によるベータ崩壊理論の提唱(1933)、ジョリオ・キュリー夫妻(仏)による人工放射能の発見(1934)、チェレンコフ(ソ連)によるチェレンコフ効果(放射)の発見(1934)、湯川秀樹(日)による中間子論の提唱(1935)、アンダーソン(米)による宇宙線中間子の発見(1937)、ハーン・シュトラスマン(独)による核分裂の発見(1938)など、現代の原子力利用の基礎となる発明、発見が続いた。
<更新年月>
2001年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.内外の原子力関係の出来事(1926年〜1939年)(昭和元年〜昭和14年)
月日 国内 国外
1926年
(昭和元年)
    量子力学(波動力学)の構築
 シュレーディンガー(独)
    フェルミ統計の構築
 フェルミ(伊)
1927年
(昭和2年)
    不確定性原理を提唱
 ハイゼンベルク(独)
    X線による遺伝子の人為的突然変異創出の実験
 マラー(米)
    電子線の回折
 デヴィソン(米)ら
    水素共有結合の量子論
 ハイトラー(独)、ロンドン(米)
    相補性原理
 ボーア(デンマーク)
1928年
(昭和3年)
    α崩壊の量子力学的理論(トンネル効果)を発表
 ガモフ(ソ連)
    コンプトン散乱に関するクライン−仁科の式を提出
 クライン(独)、仁科(日)
    GeigerMueller計数管を考案
 ガイガー、ミュラー(独)
1929年
(昭和4年)
    相対論的場の量子論を提唱
 ハイゼンベルク(独)、パウリ(オーストリア)
    統一場の理論を発表
 アインシュタイン(独)
    粒子加速器を発明
 コッククロフト、ウォルトン(英)
1930年
(昭和5年)
    サイクロトロンを発明
 ローレンス、リビングストン(米)
1931年
(昭和6年)
    静電高圧発生装置の発明
 ヴァン・デ・グラーフ(米)
    重水素のスペクトル線を発見(32年にテーラーらが分離に成功)
 ユーリー、マーフィ、ブリックウェッド(米)
1932年
(昭和7年)
    宇宙線中に陽電子発見
 アンダーソン(米)
    高電圧加速装置でLi原子核の人工的変換に成功
 コッククロフト、ウォルトン(英)
    中性子の発見
 チャドウィック(英)
この直後、原子核は陽子と中性子から構成されると指摘
 ハイゼンベルグ
1933年
(昭和8年)
    ベータ崩壊の理論発表
 フェルミ(伊)
1934年
(昭和9年)
    人工放射能の発見
 ジョリオ・キュリー夫妻(仏)
    サイクロトロンにより人工放射性核種を作る
 ローレンス(米)
    ウランの熱中性子照射による超ウラン元素の生成を試みる
 フェルミら(伊)
    三重水素(トリチウム)発見
 ロジャース(米)ら
    チェレンコフ効果の発見
 チェレンコフ(ソ連)
1935年
(昭和10年)
2/2 中間子論を発表
 湯川秀樹
 
  理研でコッククロフト・ウォルトン型加速器完成  
    初めて放射性核種トレーサーに応用(P-32、物質代謝の研究)
 ヘベシー(ハンガリー)
1936年
(昭和11年)
    米で、サイクロトロンを用いた中性子による治療の研究はじまる
    中性子の回折現象実証
 ミッチェル、バワーズ(米)
    米X線ラジウム防護諮問委員会、全身許容線量率を1日当り0.1レントゲンにすることを勧告
1937年
(昭和12年)
3/30 大阪帝大でサイクロトロン完成(重陽子、4.5 MeV  
    宇宙線に中間子発見
 アンダーソン・ネッダマイヤー(米)
4月 理研でサイクロトロン完成(重陽子、3MeV)  
4/15 N.ボーア(デ)来日  
1938年
(昭和13年)
  『原子核及び元素の人工変換』(上巻)
 菊池正士著
 
12/22   ウランの核分裂現象発見
 ハーン、シュトラスマン(独)
1939年
(昭和14年)
  理研、高速中性子によるウラン、トリウムの核分裂現象追試  
    世界各大学および研究機関でウランに関する研究が盛況
  理研でサイクロトロン製Na‐24を動物実験に使用  
    核分裂によるエネルギーの解放実証される
 フリッシュ(英)
  京大で核分裂中性子数の追試  
2/2   ウラン研究の成果を非公開にする動き出る
 シラード(米)
独側の利用を防ぐため仏の研究者に要請
2月   核分裂中性子発見(米およびポーランドで)
2月   遅発中性子発見(核分裂の制御可能に)
 ロバート(米)ら
2月   ウランの天然同位体のうちU‐235のみが核分裂性であると発表
 N.ボーア(デ)
2~4月   ウランの核分裂中性子が複数個であることを確認(核分裂連鎖反応の可能性確立)
 ジョリオ(仏)ら
3/16   米海軍に核分裂の軍事利用を急ぐよう要請
 フェルミ
4/24   独、ハルテヒ書簡により原爆に関心を示す
4/25   米物理学会で核分裂の理論発表
 ボーア(デ)、ウイラ−(米)
5/1   原子炉に関する世界最初の特許発効(スイス特許233011号)
 ジョリオ(仏)ら出願
5/13   仏、ベルギーのユニオン・ミニエール社とウラン50トンの購入契約結ぶ(第二次世界大戦ぼっ発のため、 仏入手できず)
8/3   ルーズベルト米大統領宛書簡で「原爆製造の早期着手」を勧告
 アインシュタイン
8月   減速材中での中性子増殖実験を行う
 ジョリオ(仏)ら
9/26   独、ウラン委員会発足
10/21   米、ウラン問題大統領諮問委発足
11/1   米ウラン諮問委報告書を提出(原爆と原子力の工業利用の可能性を強調。黒鉛の断面積測定に黒鉛4トンと酸化ウラン50トンの入手を勧告)

2.社会一般の出来事(1926年〜1939年)(昭和元年〜昭和14年)
月日 国内 国外
1927年 12/30 上野−浅草間2.2kmに日本初の地下鉄開業  
1928年 3/10 世界で初めてブラウン管を用いたテレビ実験に成功
 高柳健次郎
 
1929年 10/24   ニューヨークウォール街の証券取引所で株価大暴落。世界恐慌の発端となる
1931年 9/1 上越線清水トンネルが開通。全長9,702m  
9/18   満州事変勃発
1933年 1/30   ナチス政権成立
2/24 日本、国際連盟を脱退  
1934年 9/21 室戸台風が関西に記録的な被害もたらす  
12/29 日本、ワシントン海軍軍縮条約を破棄  
1936年 12/5   スターリンの独裁的地位が確立
1937年 7/7 日中戦争はじまる  
1938年 4/1 国家総動員法公布。政府は勅令によって無制限に人的、物的資源を統制、運用することが可能になる  
1939年 3月 東洋レーヨン、ナイロン66の合成に成功  
9/3   英仏、独に対して宣戦。第2次世界大戦起こる

<関連タイトル>
トリウムの放射能分析から放射能壊変の法則を導いたラザフォードとソデイの実験 (16-03-03-01)
ユーレイによる重水素の発見 (16-03-03-05)
原子核の発見となったラザフォード、ガイガー、マースデンのアルファ線散乱実験と解析 (16-03-03-06)
人工放射性核種を初めて生成したジョリオ・キュリー夫妻のアルファ線衝撃実験 (16-03-03-08)
チャドウィックによる中性子の発見 (16-03-03-09)
ハーン、シュトラスマン、マイトナー、フリッシュによる核分裂現象の発見 (16-03-03-11)

<参考文献>
(1) 日本原子力産業会議(編):原子力年表(1934-1985)、日本原子力産業会議(1986年11月)
(2) 伊東俊太郎ほか(編):科学史技術史事典、弘文堂(1983年3月)
(3) 国立天文台(編):理科年表 2001、丸善(2000年11月)、p.630-631,p.1031
(4) 樺山紘一ほか(編):クロニック 世界全史、講談社(1994年11月)
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