<大項目> 放射線と原子力に関する歴史とトピックス
<中項目> 原子力開発の歴史
<小項目> 日本の原子力開発
<タイトル>
日本のウラン探鉱の歴史 (16-03-04-02)

<概要>
 1954(昭和29)年に国内ウラン探鉱が開始され、原子燃料公社および後身の動力炉・核燃料開発事業団(動燃事業団(現日本原子力研究開発機構))により、1987(昭和61)年まで実施された。その結果、人形峠鉱床や岐阜県で東濃鉱床等が発見され、約6,600 tUの埋蔵量が確認された。
 海外ウラン探鉱は、1966(昭和41)年に民間企業により開始された。1970年代後半には、石油ショックを背景に民間企業によりカナダ、米国、オーストラリア、アフリカで活発にウラン探鉱が進められた。ウラン需要が低迷し、ウラン探鉱ブームが去った1980年代初めに、民間企業は相次いで海外探鉱から撤退した。このような状況から、それまでは民間が進出し難い未探査地域における初期的な調査活動を担っていた動燃事業団が既存の探鉱プロジェクトにも参加することになった。
 2000(平成12)年11月、核燃料サイクル開発機構(旧・動燃事業団を改組;現在 日本原子力研究開発機構)はカナダに保有する探鉱権益等15件を、国内の民間企業に譲渡し、2001(平成13)年3月末をもってウラン探鉱に関する組織的な活動を終了した。現在、わが国の民間企業がカナダ、オーストラリアおよびニジェールで、ウラン鉱山に経営参加し、ウランを開発輸入している他、ウラン鉱山開発プロジェクトにも参加している。また、カナダでサイクル機構(現日本原子力研究開発機構)から引継いだプロジェクトを対象に探鉱活動を行っている。
<更新年月>
2006年07月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 わが国における原子力平和利用の研究・開発は、1953(昭和28)年12月の国連総会でアイゼンハワー米国大統領が行った「ATOMS FOR PEACE」の演説を契機とする、世界的な原子力の平和利用ブームを背景にスタートした。
1.国内探鉱
 1954(昭和29)年に、通商産業省工業技術院地質調査所(当時、現独立行政法人産業技術総合研究所地質調査総合センター)による国内のウラン探鉱が始まった。1955(昭和30)年11月に岡山・鳥取県境(現・人形峠)でウラン鉱化露頭が発見された。1956(昭和31)年に国内ウラン資源による原料の供給を目標とした「原子力開発利用長期基本計画」が策定され、原子燃料公社(以下、原燃公社)による国内ウラン資源探鉱が開始された。
 国内ウラン資源探鉱は原燃公社および1967(昭和42)年以降は動力炉・核燃料開発事業団(現日本原子力研究開発機構、以下動燃事業団)によって実施され、1987(昭和61)年に終了した。その結果、人形峠鉱床や岐阜県の東濃鉱床等が発見され、約6,600tUの埋蔵量を確認した。
2.海外探鉱
 国内ウラン資源探鉱の進展により、各地でウラン鉱床が確認されたものの、その埋蔵量は少なく、国内でウラン必要量を確保することは不可能であることが明らかになってきたことから、ウラン資源を海外に求める機運が高まった(表1図1参照)。
 わが国の海外ウラン探鉱活動は、1966(昭和41)年に、三菱金属鉱業(株)(当時)が米国ワイオミング州で探査活動に参加したことに始まる。1968(昭和43)年には電力会社を主体とする民間コンソーシアムがカナダのエリオットレイク地区や米国コロラド州で共同探査を開始した。
 原燃公社は1966(昭和41年)年、民間が進出し難い未探査地域における初期的な調査を開始した。
 1970(昭和45)年に海外ウラン資源開発(株)(鉱山会社、電力会社等32社が出資)がフランス原子力庁(後にコジェマ社が継承)、ニジェール政府と共に、ニジェールのアクータ鉱床の探鉱開発に参加した。1978(昭和53)年にアクータ鉱山が生産を開始し、わが国初の自主開発ウランが輸入された。
 1973(昭和48)年の第1次石油ショックでそれまで$2/lb U3O8程度であったウラン価格は$8/lb U3O8まで上昇した。更に、1977〜1979(昭和52〜54)年にはウラン輸出規制の動きなどにより、ウラン価格が$43/lb U3O8に高騰した。このような状況から、世界的なウラン探鉱ブームを迎えた。
 わが国でも、商社と鉱山会社を母体とした探鉱会社が続々と誕生し、カナダ、米国、オーストラリア、アフリカで共同探査方式のウラン探鉱が活発に進められた。最盛期には14のウラン探鉱会社が設立され、20数プロジェクトが並行して進められた。しかしながら、有望地域の鉱業権益は先発欧米企業によって占有され、国内民間企業が有望地に入ることは困難な状況であった。
 動燃事業団はオーストラリア、カナダでの初期的調査を1967(昭和42)年から本格化させると共に、1975(昭和50)年にはアフリカの未探査有望地と考えられたマリ共和国での調査も開始した。
 1980(昭和55)年に関西電力(株)、九州電力(株)、四国電力(株)と伊藤忠商事(株)によって、日豪ウラン資源開発(株)が設立され、オーストラリアのレンジャー鉱山に経営参加し、1982(昭和57)年より同鉱山で生産したウランの開発輸入を開始した。
 1979(昭和54)年のスリーマイルアイランドにおける原発事故および第2次石油ショック以後、ウラン需要が低迷したことから、世界的にウラン探査活動が低下した。
 国内民間企業は国による誘導・助成にもかかわらず、相次いで海外探鉱から撤退し、1982(昭和57)年には、既に生産中のアクータ鉱山(海外ウラン資源開発)とレンジャー鉱山(日豪ウラン資源開発)の2鉱山、鉱床が発見され開発を目指していたシガーレイク(出光興産(株))、アファスト(海外ウラン資源開発(株))、アイール(国際資源(株))の5件のプロジェクト、およびオーストラリアでの探鉱プロジェクト1件(出光興産(株))を除き撤退した。この間、民間によって実施された探鉱プロジェクトは29件に上った。
 1983(昭和58)年、国内民間企業の探鉱活動が極端に低下したことから、動燃事業団は初期的な調査ばかりではなく、既存の探鉱プロジェクトにも参加することになった。動燃事業団はカナダやオーストラリアなどで有望権益の取得に努めると共に、積極的に探査活動を展開した。その結果、カナダでアンドリュー鉱床やポールベイ鉱床を、ニジェールやジンバブエで小規模な鉱床を発見した。さらに、既に鉱床が確認されているカナダのドーンレイクプロジェクトとミッドウエストプロジェクトに参加し、資源量の増加を図るため、鉱床周辺への探鉱活動を実施した。
 民間企業の活動としては、1991(平成3)年に動燃事業団からミッドウエスト鉱床の権利移転を受けた海外ウラン資源開発(株)が、ミッドウエスト/マックリーンレイク鉱山の開発を、また、シガーレイク鉱床の一部権利を取得した東京電力(株)が1997(平成9)年からシガーレイク鉱山の開発活動に加わった。
 1998(平成10)年に、原子力委員会は「ウラン探鉱は民間活動に委ねることとし、動燃事業団の探鉱活動は適切な過渡期間をおいて廃止する」ことを決定した。2000(平成12)年11月、核燃料サイクル開発機構(旧・動燃事業団を改組)はカナダに保有する探鉱権益・権利等15件を、国内の鉱山会社や商社が共同で設立した「日加ウラン(株)」に譲渡した。それら以外の権益については、オーストラリアに保有する一部の権益を除き、海外企業への売却等をほぼ完了し、2001(平成13)年3月末をもって組織的なウラン探鉱活動を終了した。
 現在、わが国の民間企業は、カナダ、オーストラリアおよびニジェールで、ウラン鉱山の開発経営に参加し、ウランを輸入している。カナダでは、海外ウラン資源開発(株)が1999年6月に生産を開始したマクリーンレイク鉱山と、開発を目指しているミッドウエスト鉱山の経営に参加している。また、出光興産(株)と東京電力(株)が2006年以降の生産開始を予定している世界最大級のシガーレイク鉱山の開発に参加している。オーストラリアでは日豪ウラン資源開発(株)がERA社に参加している。ERA社はレンジャー鉱山を操業しているほか、ジャビルカ鉱山の開発を進めている。ニジェールでは、海外ウラン資源開発(株)がアクータ鉱山を操業するコミナック社に参加している。
 また、2000(平成12)年に、日加ウラン(株)は、核燃料サイクル開発機構(現在 日本原子力研究開発機構)からカナダの探鉱権益等15件を譲り受け、活動を開始した。
2003年現在の民間企業によるわが国のウラン資源開発活動の領域を図2に示す。
<図/表>
表1 動力炉・核燃料開発事業団海外探鉱主要プロジェクト一覧
図1 動力炉・核燃料開発事業団海外探鉱主要プロジェクト位置図
図2 わが国の資源開発活動

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<関連タイトル>
ウラン生産国と資源状況 (04-02-01-06)
日本のウラン必要量と必要量を確保する手段 (04-02-01-08)
日本の原子力発電開発の歴史 (16-03-04-01)
日本の再処理開発の歴史 (16-03-04-03)

<参考文献>
(1) 動燃三十年史編集委員会、動燃三十年史:動力炉・核燃料開発事業団(1986年6月)
(2) 核燃料サイクル開発機構:海外ウラン資源探査−探鉱技術とりまとめ−、核燃料サイクル開発機構(2001年3月)
(3)日本原子力産業会議(編集・発行):原子力年鑑2004年版(2003年11月10日)、p124
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