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<概要>
 中性子原子核の重要な構成要素であり、1920年頃からその存在が予想されていた。しかし電荷を持たないため検出が難しく、10年ほど発見されなかった。1930年代に入ってから、ボーテ、ジョリオ・キュリー夫妻の実験によってその性質が解明され、チャドウィックの実験に至って電荷0、質量数1の粒子であることが判明した。
<更新年月>
1998年05月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.ラザフォードの予想
  1920年ラザフォードは英国王立協会の講演で中性子の存在を予想した。中性子は、陽子電子が水素原子を形成する場合よりも更に密接に結合したもので、電荷が0で質量は水素原子にほぼ等しいものであると考えられた。このような粒子を考えれば、重い原子が形成される機構を容易に説明できるということであった。
  中性子は次の性質を持つと予想された。
 1)原子核に著しく接近しない限り、中性子と原子核の間には力は働かない。
 2)そのため、物質中を自由に運動でき、一定の容器に閉じ込めることができない。
 3)原子核の内部に容易に入り込んで、これと結合するか、核から陽子などを放出させる。
  放射性核種の壊変のとき、またはアルファ線の衝撃によって原子核が破壊されるときに、中性子の放出が予想され、種々の実験が試みられた。しかし約10年の間、中性子を発見することはできなかった。

2.ボーテとベッカーによるベリリウム線の発見
  1930年ボーテ(Walther Bothe、独、1891〜1957)は弟子のベッカーとともに、アルファ線でベリリウムを衝撃した際に、物質を通り抜ける性質が極めて強い放射線が放出されることを報告した。 図1 にこの実験を行った装置を示す。Pはポロニウム210のアルファ線源(強度約7mCi)であり、アルファ線が試料Sに当たる。Sから放出された放射線は、GM計数管Zによって計数される。PとZの間には厚さ1cmまでの鉛を置くことができ、これによってSからの放射線が鉛を通過するときの減衰が測定される。
  Sに置かれる試料として、リチウム、ベリリウム、ホウ素、フッ素を用いたとき、透過力の強い放射線が出ることが判明した。特にベリリウムの場合に放射線の強度が大きかった。鉛を通過する際の減衰の仕方から、アルファ線の衝撃によってベリリウム等から放出される放射線は高エネルギーのガンマ線であると考えられた。

3.ベリリウム線の性質を調べたジョリオ・キュリー夫妻の実験
  1931年ジョリオ・キュリー夫妻は 図2 の装置を用い、アルファ線衝撃によってベリリウムから放出される放射線(ベリリウム線)の性質を調べた。装置の一番上にはポロニウム210の線源(強度約100mCi)が、ベリリウム(またはホウ素、リチウム)に密着して置かれ、ここからアルファ線衝撃によってベリリウム線が発生する。Aは電離箱で、入射窓は0.01mm厚のアルミニウム箔で出来ている。その上に1.5cm厚の鉛の遮へい板Fが置かれる。この遮へい板はポロニウム210から出る弱いガンマ線を除去するために設けられる。
  鉛の遮へい板Fと電離箱の入射窓の間に種々の物質が挿入され、その遮へい効果が電離箱の電離電流の減少によって測定された。4.7cmの鉛の挿入によって、電離電流は半減し、ベリリウム線をガンマ線と考えれば、そのエネルギーは15〜20 MeVに相当することがわかった。
  水素を含んだ物質の遮へい効果を調べようとした際に、奇妙な現象が発見された。遮へい板Fと電離箱入射窓の間に水素を含む物質が挿入されると、電離電流はかえって増加したのである。
  ジョリオ・キュリー夫妻は、この現象を詳しく調べ、水素を含む物質はベリリウム線によって照射を受けると陽子を放出することをつきとめた。空気中の飛程から陽子のエネルギーは4.5 MeVと推定された。ベリリウム線がガンマ線であり、コンプトン効果によって陽子がたたき出されたと考えると、ガンマ線のエネルギーは50MeVにも達するものでなければならない。

4.チャドウィックによるベリリウム線が中性子線であることの確証
  チャドウィック(James Chadwick、英、1891〜1974)は、 図3 の装置を用いてベリリウム線の性質を調べ、これが水素原子とほぼ同じ質量を持つ中性粒子であることを示した。すなわち、ベリリウム線こそラザフォードの予想した中性子線にほかならないことを確証し、1932年に報告した。
  図3のベリリウムにはポロニウム210からのアルファ線が当たってベリリウム線が放出され、これがパラフィンまたはリチウム、ベリリウム、ホウ素、炭素、窒素含有物質(CNの重合物質)から原子核をたたき出す。たたき出された原子核は、右側の電離箱に入射し電気的パルスを発生する。電気的パルスは増幅器を通してオツシログラフによって検出される。また、電離箱の中に水素、ヘリウム、窒素、酸素、アルゴンのガスを通すことによって、これらの原子核がベリリウム線によってはじき飛ばされる際の電気的パルスも観察される。
  このような装置を用いることによって、ベリリウム線によってはじき飛ばされた原子核を一つ一つの電気的パルスによって計数することができ、パルスの大きさから、はじき飛ばされた際の原子核の運動エネルギーが分かる。また、原子核の運動エネルギーは霧箱中の飛跡の長さからも推定された。
  チャドウィックは、はじき飛ばされた原子核の質量と運動エネルギーの関係を調べ、この関係は入射粒子の質量が水素原子と同じ質量であると仮定すれば説明できることを示した。また、この入射粒子の物質を通り抜ける性質から、この粒子は中性粒子でなければならないことも示された。
  1920年にラザフォードによって予想された中性子は、このようにして12年後に弟子のチャドウィックによって存在が確かめられた。
<図/表>
図1 ボーテとベッカーの実験装置
図1  ボーテとベッカーの実験装置
図2 ジョリオ・キュリー夫妻の実験装置
図2  ジョリオ・キュリー夫妻の実験装置
図3 チャドウィックの実験装置
図3  チャドウィックの実験装置

<関連タイトル>
トリウムの放射能分析から放射能壊変の法則を導いたラザフォードとソデイの実験 (16-03-03-01)
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<参考文献>
1.エミリオ・セグレ著、久保亮五、矢崎裕二訳、X線からクオークまで、みすず書房、1982年、235-245頁
2.中村誠太郎、小沼通二編、ノーベル賞講演、物理学 第5巻、講談社、1978年、141-152頁
3.木村一治、玉木英彦、中性子の発見と研究、大日本出版、1950年、3-66頁
4.Bothe, Becker, Z. f. Phys., 66 (1930), p289
5.I. Curie, F. Joliot, Comptes Rendus, 194(1932), p273
6.J. Chadwick, Proc. Roy. Soc. A 136(1932), p692
7.A. Edward Profio, Experimental Reactor Physics, John Wiley & Sons(1976)p4
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