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<概要>
 イランは1958年にIAEA(国際原子力機関)に加盟、1967年に米国から研究用小型原子炉を購入、実験室規模のプルトニウム分離回収装置の運転をテヘランで始めた。豊富な石油や天然ガス資源を輸出用に確保するため、1974年にイラン原子力庁を設立、原子力研究を本格化した。研究施設の整備、原子力研究開発に欠かせない人材養成にも力を入れたほか、米国、仏国、西ドイツにそれぞれ原子力開発協力支援を要請した。しかし、イスラム革命やイラン・イラク戦争により計画は中断した。イラン初のブシェール原子力発電所は1974年に建設を開始したが、工事は難航し、最終的にロシアの協力を得て2013年9月に完成させている。なお、ロシアとは2014年11月の合意で、最大8基の原子力発電所を新たに建設する予定である。
 イランは2002年8月以降、核兵器開発疑惑から、欧米諸国の経済制裁を受けた。しかし、2013年8月に発足したローハニ政権が国連安全保障理事会常任理事国5か国にドイツを加えた6か国と協議を重ね、2015年7月、核問題解決のための履行義務を記した「包括的共同行動計画(JCPOA)」で最終合意に至った。2016年1月16日、国際原子力機関(IAEA)は、イランが核開発の制限を履行したことを確認する報告書を発表している。
<更新年月>
2016年11月   

<本文>
1. はじめに
1.1 概要
 イラン(イラン・イスラム共和国)は、1972年2月、故ホメイニ師の指導のもと成就したイスラム革命により現体制となった。イラン・イラク紛争(1980年〜1988年)を経てホメイニ師逝去後、1989年にアリー・ハメネイ大統領が最高指導者に選出され、現在に至っている。大統領はラフサンジャニ政権(2期8年)、ハタミ政権(2期8年)、アフマディネジャード政権(2期8年)を経て、2013年8月から国際協調路線を敷くローハニ政権が発足している。国土面積は164.8万km2、人口は7,910万人(2015年世界人口白書)。民族は、アゼリ系トルコ人、クルド人、アラブ人等を含むペルシャ人、宗教はイスラム教を国教とするほか、ゾロアスター教、ユダヤ教、キリスト教が「公認少数派宗教」として憲法で認定されている。
1.2 エネルギー事情
 BP統計によると、2015年時点、イランの石油確認埋蔵量はベネズエラ、サウジアラビア、メキシコに次ぐ世界第4位の1,578億バレル、天然ガス埋蔵量は世界第1位の34兆m3である。
 イランのエネルギー政策の中心は、国内に恵まれた石油、天然ガス資源を海外に輸出・販売し、獲得した外貨を基に(1)老朽油田の改修、ガス圧入、新規探鉱開発による原油生産能力の増強、(2)国内石油精製設備の新・増設による国内向け石油製品供給能力の拡充、(3)天然ガス生産能力の増強、国内利用の推進による余剰原油の輸出振り向け、(4)天然ガスを原燃料とする工業化推進、石油化学部門における中小規模産業の育成および振興である。
 国内の主な油田は西部ザグロス山脈の中央部から南西部にあるが、北部やペルシャ湾沖合の埋蔵も確認され開発が進められている。既存油田は長期間にわたる技術導入の遅れから、年率9〜10%の割合で生産能力が減退していると見られている(図1参照)。
 天然ガスに関しても経済制裁の影響を受け、外資導入の遅れによるガス田開発の停滞が目立っている。イラン最大の天然ガス田であるパルス南部(South Pars)ガス田は対岸カタールのNorth Fieldガス田と地下的につながっていることから、カタールの油田開発動向に懸念を示している。2015年の一次エネルギー消費量は前年度より2.5%増の石油換算2億6,723万トン、その構成比は天然ガスが64.4%、石油が33.3%で、2013年のエネルギー自給率は131%となっている。一次エネルギーの生産量と消費量の推移を表1に示す。
1.1 電力事情
 イランでは、発送電・配電など電力システム全般を電力省(MOP:Ministry of Power)が管理している。2014年の総発電電力量は、2,746億900万kWh(表2参照)。近隣諸国(アルメニア、パキスタン、トルクメニスタン、トルコ、アゼルバイジャン、イラク、アフガニスタン)に電力を輸出している。
2. 原子力開発
2.1 原子力開発の歴史
 イランの原子力開発は1958年にIAEA(国際原子力機関)に加盟し、テヘラン大学に原子力センター(TehranのAmirabad Technical College)を設置した時から始まる。1967年に米国から研究用小型原子炉(熱出力5MW、燃料濃縮度93%)と実験室規模のプルトニウム分離回収装置を導入した。1970年には核不拡散条約(NPT)に調印し、1974年にはIAEAと包括的保障措置協定を締結、一部の施設では保障措置による査察を受入れたが、核兵器の開発を防止する追加議定書は批准しなかった。
 1974年にはイラン原子力庁(AEOI:Atomic Energy Organization of Iran)を設立して原子力研究に着手し、研究施設の整備、原子力研究開発に欠かせない人材養成にも力を入れた。また、1974年にシャー国王が2,300万kWの原子炉を設置すると宣言したことで、イラン政府はシーメンスKWUおよびフラマトムと建設の予備合意を交わし、合計6基の原子炉建設と、Eurodif社のガス拡散濃縮施設トリカスタン(Tricastin)建設への出資を計画した。しかし、1979年のイスラム革命や1980年〜1988年のイラン・イラク戦争により原子力開発計画は中断した。
 1990年代に入り情勢が安定化すると、政府は原子力開発計画を再開させたが、2002年に秘密裏の核開発が明るみになり、国連安全保障理事会は2006年7月にイランに核開発中止を求める決議を採択、2009年11月にはIAEAが核施設建設停止を求める決議を採択した。一方、イラン側は2010年2月に約20%の濃縮ウランの製造を開始したことから、欧米諸国は原油輸入禁止などの経済制裁に入った。2013年8月、穏健派のローハニ政権が誕生し、国連安全保障理事会常任理事国5か国にドイツを加えた6か国協議を重ね、イラン側はウラン濃縮活動の制限などを含む「共同行動計画」を受入れ、2015年7月に核問題解決のための履行義務を記した包括的共同行動計画(JCPOA)で最終合意に達した(表3参照)。イラン国内の低濃縮ウラン在庫量は300kgまで削減される予定である。IAEAはイランの核開発疑惑が2009年以降払拭されたことを確認し、2016年1月にイラン側が核開発の制限を履行したとする報告書を発表した。
2.2 ブシェール原子力発電所の建設
 2016年10月現在、イランではペルシャ湾北岸のブシェール原子力発電所で1号機(Bushehr−1:VVER−1000/V446)がフル稼働中である(表4参照)。ブシェール発電所は、1974年にイラン初の2基×130万kW級加圧水型軽水炉(PWR)として西ドイツ・クラフトベルク・ウニオン(KWU、現シーメンス社発電事業部)が受注し、1974年に建設が開始された。しかし、1979年のイスラム革命により、1号機は完成率80%、2号機は60%という段階でKWUが撤退し、建設が中断。さらにイラン・イラク戦争の空爆により、発電所設備は大きな被害を受けた。1号機の建設再開計画を受け、1995年1月にロシア政府(原子力省:MINATOM)と建設協力契約を締結、アトムストロイエクスポルト社が建設に当たることとなった。イラン側は既設の原子炉施設を極力利用したい考えであったが、ロシア側はほとんどの施設は使えないとしてロシア型PWR(VVER−1000/V−392)の建設を提案、またイラン側が使用済燃料のロシアへの返還を拒んだため交渉は難航したが、2005年にようやく合意に達した。ブシェール1号機は2011年5月に初臨界に達し、9月に送電網に接続、試運転を経て翌2012年8月30日に定格出力に達した。2013年9月23日、2年間のロシア側運転員の保証期間付きで、イラン側に引き渡された。
2.3 今後の開発計画
 ブシェール原子力発電所に関しては、2014年3月のAEOIとロシアとの合意で、100万kW級の原子炉を2基以上増設することが決まっている。同年11月にはイランにおける原子力発電所建設に関する協力協定および原子力エネルギーの平和利用に関する協力を拡大する了解覚書が署名され、8基の増設が決まった。了解覚書では建設から操業、デコミッショニングまでイランの企業や組織が参加できることが条件として付帯されている。合意のほか、ロシアのNIAEP−ASEとイラン原子力生産・開発会社(NPPD)が、ブシェール原子力発電所の原子炉増設(2基の原子炉を建設)の契約に署名した。また2016年2月、NPPDは、2基の新規建設のために110億ドルを投資することを決定した。
 また、AEOIは2007年5月に、イラン固有の36万kW軽水炉をダールホヴェイン(Darkhowin)のカルン(Karun)川沿いに建設することを発表している。ダールホヴェインでは1979年1月にフラマトム社がPWR2基(各91万kW)の建設を開始したが、イラン革命のため4月にキャンセルされ、1992年には中国と30万kWの原子炉建設が計画されたが、契約には至らなかった。
3. イランの原子力施設図2参照)
3.1 原子炉の研究開発
 1967年にAEOIによって設立されたテヘラン原子力研究センター(TNRC:Teheran Nuclear Research Center)に米国製の熱出力5MWの研究用原子炉がある。現在も研究および運転訓練用の原子炉として使用されている。燃料用のウランはアルゼンチンから116kg(10〜20年間分)提供され、研究施設はIAEAの査察対象である。そのほか1984年に設立したIsfahan原子力研究センター(Nuclear Technology Center)では、1990年〜1994年にかけて熱出力1Wのタンク型研究炉(ENTC−HWZPR)やSUBCRITICAL研究炉2基(ENTC−GSCRおよびENTC−LWSCR)、熱出力30kWのタンク型研究炉(ENTC−MNSR)が中国から供給された(表5)。1987年には中国製のウラン濃縮装置カルストロンも供給されている。また、農業、医学、工業分野での各種研究が、ベナーブ(Bonab)およびカラジュ(Karaj)研究センターで進められている。
3.2 核燃料サイクル
3.2.1 ウラン探鉱
 ウラン探査活動は、イラン地質調査所(GSI)主導のもと1970年代半ばから積極的に開始され、ほぼ継続して行われてきた。エアボーンによる調査から、ガチン岩塩層(Gachin)が表成型ウラン鉱床であることを確認し、露天掘りによる採鉱が開始された。ウラン鉱石はイラン南部にあるウラン生産プラント(BUP)に運ばれ、2006年から、21tU/年の割でウラン抽出が実施されている。また、2013年からは、50tU/年の生産が可能な第2ウラン生産センターがサガンド(Saghand)ウラン鉱山に近いアルダカーン(Ardakan)近郊で操業を始めている。資源量は生産コスト$80〜$130/kgUで6,600tUと推定されている。
3.2.2 ウラン濃縮・転換施設
 ウラン濃縮計画は1974年の石油危機頃から始まり、ユーロディフ・ウラン濃縮工場に11.8億ドルを負担して10%の生産物を得る権利を有したが、イラン革命後1979年に契約を解除した。その後、イランはガス遠心分離とレーザー濃縮を中心に自主開発を進めた。
(1)ナタンズ濃縮施設(Natanz)
・パイロットプラント(PFEP:Pilot Fuel Enrichment Plant)
 2003年に運転を開始し、2009年までに140kgのUF6が分離され、5%以下の濃縮ウランが生産された。その後の改造で、2010年2月〜2015年10月までに、3.5%の低濃縮ウラン1,631kgから19.75%の濃縮ウラン202kgが製造されたが、JCPOA合意以降、製造を中止した。
・商用プラント(FEP:Fuel Enrichment Plant)
 地下施設で、2013年11月までにIR−1型遠心分離機15,420台が備え付けられた。IAEAの報告では82tのUF6から3.5%の低濃縮ウランが8,271kg生産され1,557kgを利用して19.75%の高濃縮ウランを生産したという。2013年8月までに1,000台以上のIR−2型遠心分離機が設置されたが、JCPOA合意以降、設備は3分の1に縮小され、少なくとも15年間濃縮度は3.67%を超えないこととなった。
(2)イスファハン転換施設(Isfahan)
 イエローケーキからUF6、UO2、金属に転換する施設で、UF6はNatanzの遠心分離施設の原料として使われた。IAEA監視下にある。
(3)フォルドゥ濃縮施設(Fordow)
 2012年1月に運転を開始し、濃縮度3.5%の濃縮ウラン1,806kgから、濃縮度19.75%の高濃縮ウラン246kgを製造した。JCPOA合意以降、少なくとも15年間は運転中止。
(4)ラシュカール・アバド・レーザー濃縮実験施設(Lashkar Abad)
 パイロットプラントで、2002年10月〜2003年1月の間に、22kgの天然ウランから原子炉級(3〜4%U−235)濃縮ウラン数mgを製造したが、現在は解体されている。
3.2.3 その他の施設
(1)アラク重水製造施設(Arak)
 計画中の重水炉の重水製造施設。Arak重水炉(IR−40)は40MWの熱出力で、UO2と重水を使い、放射性同位元素の製造とR&Dに使用する。
(2)イスファハン燃料製造プラント(Isfahan)
 Arak重水炉(IR−40)とブシェール原子力発電所の燃料を製造するために施設である。
3.3 イランの原子力行政組織
 1974年のイラン原子力庁設立法(Atomic Energy Organization founding law)により設立されたイラン原子力庁(AEOI)が、原子力規制や原子力の運用の責任を担っている。AEOIの主な活動内容は、原子炉の設計・建設・運転、核燃料サイクルの推進、産業界、農業、医療分野への放射線照射の応用促進、原子力関連活動の安全監視である。
 原子力安全規制活動は、AEOIの下部組織であるイラン原子力規制局(INRA:Iranian Nuclear Regulatory Authority)が担当する。INRAはイラン原子力庁法(1974年)および放射線防護法(Radiation Protection Act)(1989年)に基づいて設置され、AEOIとは独立した組織として位置づけられる。IAEAとの協定に従って独自に規制活動を行っている。
<図/表>
表1 イランの一次エネルギーの生産量と消費量の推移
表1  イランの一次エネルギーの生産量と消費量の推移
表2 イランにおける電源別発電電力量の推移
表2  イランにおける電源別発電電力量の推移
表3 包括的共同作業計画(JCPOA)によるイランの核開発の主な制約
表3  包括的共同作業計画(JCPOA)によるイランの核開発の主な制約
表4 イランの原子力発電所
表4  イランの原子力発電所
表5 イランの研究用原子炉
表5  イランの研究用原子炉
図1 イランの石油・天然ガス配置図
図1  イランの石油・天然ガス配置図
図2 イランの主な原子力関連施設配置図
図2  イランの主な原子力関連施設配置図

<関連タイトル>
世界の原子力発電の動向・中東(2005年) (01-07-05-03)
世界の原子力発電の動向・中近東(2011年) (01-07-05-16)
イラン・イスラム共和国におけるウラン濃縮活動の動き (14-07-01-02)

<参考文献>
(1)IAEA:Country Nuclear Power Profiles,ISLAMIC REPUBLIC OF IRAN,
http://www-pub.iaea.org/MTCD/publications/PDF/cnpp2004/CNPP_Webpage/countryprofiles/Iran/Iran2003.htm
(2)BP統計:Statistical Review of World Energy−data workbook(xlsx 1.8MB)、

(3)IEA:Islamic Republic of Iran,Electricity and Heat for 1990〜2014,
,Electricity generation by fuel,
https://www.iea.org/stats/WebGraphs/IRAN2.pdf
(4)日本原子力研究開発機構 核不拡散・核セキュリティ総合支援センター:
イランの核問題(2016年7月)、https://www.jaea.go.jp/04/iscn/archive/nptrend/nptrend_01-06.pdf
(5)日本原子力産業協会:世界の原子力発電開発の動向、2016年版(2016年4月)
(6)世界原子力協会(WNA):イラン、http://www.world-nuclear.org/information-library/country-profiles/countries-g-n/iran.aspx
(7)IAEA:DataCenter/IAEA Databases,Research Reactor Database,Iran,
Nuclear Research Reactors in the World,
(8)Stratfor:how the Iran deal will change the long−term price of oil,https://fabiusmaximus.com/2015/07/26/stratfor-how-iran-deal-affects-oil-prices-87680//
(9)米国エネルギー情報局(EIA):IRAN、http://www.eia.gov/beta/international/analysis.cfm?iso=IRN
(10)Business Insider:Military&Defense,http://www.businessinsider.com/theres-a-critical-unknown-emerging-in-the-iran-deal-2015-7
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