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<概要>
 包括的核実験禁止条約(CTBT:Comprehensive Nuclear-Test-Ban Treaty)において、条約遵守の検証体制の一部として大気中の放出された放射性核種の監視観測所を整備することになっている。本稿は監視観測所に設置される放射性核種全自動モニタリング装置の概要と測定データを科学研究へ応用することについて述べたものである。この装置によって得られた測定データの異分野への応用にも言及する。
<更新年月>
2003年01月   

<本文>
1.CTBTモニタリングネットワークシステム
 CTBTでは核爆発を禁止しても、それが条約に違反して行われた場合に、その現象を明確に認知し、違反を指摘できる裏付けをもたなければならない。そのためには、核爆発実験がたとえ世界のどの場所で行われても、また、核実験に起因するいかに微小な異常現象でも探知できるように地球規模のネットワークを構築する必要がある。これが核兵器の開発抑止にも有用であると考えられて、条約の成立に先立ち、国際監視システムの構築が進められている。CTBT用モニタリングネットワークシステムは、放射性核種の国際監視システムであって、規模や装備を無視すれば、環境放射線モニタリングシステムにおけるモニタリングポストに対応する。放射性核種の監視観測所の目的は、核爆発で生じ、大気中に放出される極々微量の放射性物質の微粒子やガスを探知することである。
 放射性核種の監視観測所は80ヶ所(日本には2ヶ所、群馬県と沖縄県)設置されることになっており整備が進められている。そこでは、年間を通じて毎日、大気中に浮遊する核分裂および放射化起源の放射性粒子の放射線モニタリングが行われる。また、監視観測所の40ヶ所については核分裂起源の放射性希ガス(キセノン)の放射線モニタリングも行われる。希ガスは化学的に不活性な気体であるので、地下から大気への放出が容易で降雨などで大気から洗い流されることなく遠方まで移動されやすい。放射性希ガスのモニタリングはこの特徴が活かされて、地下核実験などに対しても有効な検証技術であろうとされている。
 各監視観測所で測定された放射線測定データは、衛星通信を使用して気象観測データと共にウィーンの国際センター内にあるCTBT国際データセンターに毎日送られる。そこでは、集められたガンマ線スペクトルの解析や核爆発場所の推定などが行われる。CTBTのモニタリングネットワークシステムは、原子力施設周辺で行われている環境放射線モニタリングのシステムと類似している。しかし、微量の核爆発起源の放射性物質をいつでも検出できるようにしておかなければならないため、モニタリング装置に要求されている性能は環境放射線モニタリングに比べて格段に優れた高度なものでなければならない。 表1 にCTBT用モニタリング装置に要求されている性能を示す。各観測所は、これらの性能要件を充足しつつ測定を行い、そのデータを常時提供する義務がある。このために全自動方式による放射性核種モニタリング装置を導入あるいは導入を検討中の監視観測所がある。その際、モニタリングステーションでは、放射性粒子の全自動モニタリングと放射性希ガスの全自動モニタリングをともに行う場合と、前者の放射性粒子全自動モニタリングだけを行う場合とがある。放射性粒子の全自動モニタリング装置は、用途が特殊なこと、世界的に見ても設置台数が少ないこと、環境放射線用のそれよりも、さらに高度の技術条件を満足しなくてはならないことなどから要件にかなうものは、現在世界に2種類しかない。また、放射性希ガスのモニタリング装置は構成がかなり複雑である。なぜなら目的とする放射性希ガスが極微量のため、その検出には多量の大気を捕集し、かつ大気中に含まれている極微量(0.087ppm)の希ガス(キセノン)を分離濃縮する必要がある。このような全プロセスを全自動で行うモニタリング装置がいくつかの研究所で4機種ほど開発・製作されている。
2.放射性核種全自動モニタリング装置の概要
 放射性粒子の全自動モニタリング装置は、2種類それぞれ2台ともに粒子捕集部と放射線検出部からなる( 図1 )。大流量率(>500m3/h)のブロアモーターで大気を吸気し、フィルター上に放射性粒子を捕集させる。24時間捕集した後、バックグラウンド放射能の原因となるラドンの壊変生成核種の放射能が減衰するまで24時間待つ。その後、フィルターを半導体検出器に密着させて24時間放射能測定を行う。2機種で構造が大きく異なる点は、放射線検出部である。片方の機種はロール状フィルターを検出器に巻き付け、放射能測定を行う方法を採っており、他方の機種はフィルターを切り抜き、検出器の上に積み重ねて測定する方法を採っている。全ての操作はコンピュータープログラムによって行われ、6ヶ月あるいは2週間、フィルターを補充することなく無人で運転できるようになっている。
 一方、放射性希ガス(キセノン)の全自動モニタリング装置は、大気中に極微量(0.087ppm)に存在するキセノンを大気から分離・精製しなければならないので、非常に複雑な構造である。大気捕集から測定までの基本的な構成は、圧縮機とタンクから成る大気捕集部、脱水カラムと希ガスの吸脱着を行う活性炭カラムから成る精製部、半導体検出器による放射線検出部である( 図2 )。コンピュータープログラムによって電磁バルブが制御され、捕集から測定までの一連の操作が行われる。
3.CTBT放射性粒子モニタリングと環境放射線モニタリングの性能比較
 CTBT放射性粒子モニタリングは、既にいくつかの監視観測所で試験的に行われ、測定データが国際データセンターに定期的に報告されている。試験的に運用している監視観測所の中には、捕集や測定に関してCTBTの要件を満たしている監視観測所もあれば、現時点における能力の範囲内で行っているところもある。各監視観測所で公開されている測定データからこれらCTBT監視観測所のモニタリング装置が原理的には、同じ技術である環境放射線モニタリングとどの程度、検出性能に違いがあるかを比較した( 図3 )。性能評価には、CTBTがモニタリング装置の検出感度評価に使用している指標(MDC:Minimum Detectable Concentration)を用いた。これは、バックグラウンドスペクトルの波高分布から求められた検出可能な放射能濃度(μBq/m3)の下限値である。CTBTの要件では、核分裂生成核種であるバリウム140を基準とした相対値で評価することになっている。CTBTでは、短時間に多量の粒子を捕集することが必要であるため、用いているブロアーモーターの流量率は環境放射線モニタリングのそれと比べて100倍以上大きい。その結果、得られる検出限界が1/10以下と低くなっている。
4.CTBTモニタリングデータの異分野への応用
 CTBTモニタリングは、条約遵守の検証が本来の目的であるが、原子力施設の事故の検知や事故に伴う汚染拡大状況を把握することにも利用できると思われる。それだけにとどまらず、地球規模に配置されたモニタリング装置から毎日得られるデータは、その他の分野においても貴重なものである。
 大気中に浮遊する粒子に存在する放射性核種は、核実験や原子力施設から放出されたものだけではなく、地球や宇宙起源のものがある。ベリリウム7や炭素14は太陽や宇宙からの高エネルギー荷電粒子が、大気中の窒素や酸素と核反応して生成したものである。ベリリウム7は大気中でエアロゾルとして存在し、その大気中濃度分布の測定から大気エアロゾルの輸送のような大気の環境動態が調べられている。大気中のベリリウム7の濃度測定は、1960年代後半から定期的な定点観測や調査船による航海移動測定が行われている。その結果から、大気中のベリリウム7生成量は、経度や季節にはほとんど依存しないが、高度や緯度、11年周期の太陽黒点活動に依存することが分かってきている。その他にも、年1回ないし2回生起する成層圏と大気圏の混合や気象条件などの影響を受けて大気圏のベリリウム7濃度は複雑に変動する。CTBTモニタリングデータを応用することによって、地球規模の定点観測データが長期にわたり継続して得られるので、ここで述べたような要因が大気圏のベリリウム7濃度に与える影響の大きさ、地球規模でのエアロゾルの輸送、長期的な濃度変動と宇宙線強度の関係などについて考察する上で非常に貴重なデータになる。
 その試験的な試みの例として、試験的に運用されている監視観測所のデータを解析して求めたベリリウム7の濃度を 図4 に示した。また、 図5 には、北半球の例としてフィンランド、南半球の例としてニュージーランドを選び、1年間のベリリウム7の濃度変動を図示した。図4図5ともに1年間の結果ではあるが、北半球と南半球で季節が逆転するのに対して濃度変動が逆相関の傾向を示している。
 放射性核種のモニタリングデータだけでなく、捕集したフィルターそのものも貴重な試料となり得る。フィルターに捕集された粒子は、放射性核種に限らずディーゼルエンジンから排出される煤塵、焼却施設から排出されるダイオキシンを含んだ煤煙など、大気環境汚染物質も捕集している。このような大気中に放出された環境汚染物質について、地球規模で環境モニタリングを行うことは地球環境を考える上で貴重なデータになると考えられる。
<図/表>
表1 CTBT放射性核種モニタリング装置が満たさなければならない要件
表1  CTBT放射性核種モニタリング装置が満たさなければならない要件
図1 放射性粒子の全自動モニタリング装置の概念図
図1  放射性粒子の全自動モニタリング装置の概念図
図2 放射性希ガスの全自動モニタリング装置の概念図
図2  放射性希ガスの全自動モニタリング装置の概念図
図3 環境放射線モニタリング装置とCTBT放射性粒子モニタリング装置の性能比較
図3  環境放射線モニタリング装置とCTBT放射性粒子モニタリング装置の性能比較
図4 試験運用中のCTBT監視観測所における
図4  試験運用中のCTBT監視観測所における
図5 フィンランドとニュージーランドCTBT監視観測所における
図5  フィンランドとニュージーランドCTBT監視観測所における

<関連タイトル>
リアルタイム環境放射線監視情報システム (09-04-08-06)
包括的核実験禁止条約(CTBT) (13-04-01-05)

<参考文献>
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