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<概要>
 ICRP国際放射線防護委員会)による線量限度は、個人が様々な線源から受ける実効線量を総量で制限するための基準として設定されている。線量限度の具体的数値は、確定的影響を防止するとともに、確率的影響を合理的に達成できる限り小さくするという考え方に沿って設定されている。水晶体、皮膚等の特定の組織については、確定的影響の防止の観点から、それぞれのしきい値を基準にして線量限度が決められている。がん、遺伝的疾患の誘発等の確率的影響に関しては、放射線作業者の場合、容認できないリスクレベルの下限値に相当する線量限度と年あたり20mSv(生涯線量1Sv)と見積もっている。公衆に関しては、低線量生涯被ばくによる年齢別死亡リスクの推定結果、並びにラドン被ばくを除く自然放射線による年間の被ばく線量1mSvを考慮し、実効線量1mSv/年を線量限度として勧告している。
<更新年月>
2012年02月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.1990年勧告における線量限度のまとめ
 線量限度は、個人の被ばく線量を制限するために設定され、すべての被ばく源(医療被ばく、自然放射線被ばくを除く)からの線量の合計を制限するものであり、個々の線源からの被ばくの制限には適用されない。(2007年勧告では計画的に線源を導入または操業することによる被ばく状況のみに適用することが明示された。)各個人が個々の線源から受ける被ばく線量の制限値は、線量拘束値と呼ばれる。線量拘束値は、放射線防護の最適化のために放射線防護・管理を設計する際に必要となるものであり、線量限度の一部を個々の線源に割当てるものであるから、線量限度より小さい値となる。
 ICRP勧告(1990年)における線量限度を表1-1及び表1-2に示す。水晶体、皮膚、手足、それ以外の組織(それ以外の組織については1990年勧告では廃止)に対する線量限度は、確定的影響を防止する目的で定められている。放射線作業に従事する作業者(以下「作業者」という)に対する線量限度は、任意の5年間の平均で年あたり20mSv、すなわち100mSv/5年であるが、5年のうちのどの一年をとっても50mSvを超えてはいけないという条件が付与されている。
 公衆に対する線量限度は、年あたり1mSvである。ただし、補助的な限度として、勧告を適用する時点から、過去5年間にわたって平均した被ばく線量が年あたり1mSvを超えていなければ、その年において実効線量が1mSvを超えることも許され得るとしている。また、公衆に対する水晶体等価線量、皮膚等価線量それぞれに対する限度は、作業者に対する線量限度の1/10となっている(表2)。その理由は、作業者と比較して被ばく期間が長い可能性があり、集団の中に各組織の放射線感受性が特別に高い小集団が含まれている場合があるためである。
 以下に、作業者及び公衆に対する線量限度の考え方、設定の根拠、1990年勧告以降の動向についてまとめる。
2.確定的影響と確率的影響に対する線量限度
 確定的影響(1977年勧告では非確率的影響)は、被ばく線量の増加に伴い重篤度が増す放射線障害であり、それぞれの障害が発生するしきい線量がある。確定的影響には、例えば脱毛、不妊、白内障等がある。しきい線量以下の被ばくでは、被ばく組織内に発生した損傷は、組織の機能を失わせることなく修復される。そのため、被ばく線量をしきい線量以下に制限することにより、確定的影響の発生は防止することができる。
 一方、確率的影響は被ばく線量の増加に伴い、発生率が増加する放射線障害である。確率的影響には、例えばがん、白血病、遺伝的障害等がある。放射線誘発がんは、放射線の電離・励起作用によって生じた細胞レベルの損傷が、誤って修復される場合があるためと考えられている。細胞レベルの損傷は、極低線量(あるいは低線量率)の被ばくによって引き起こされるため、障害が発生する確率は、被ばく線量(あるいは線量率)に比例して増加することになる。実質的にほとんど障害が発生しない線量は存在するが、障害発生の確立がゼロとなるしきい線量は存在しないと考えられる。したがって確率的影響は、被ばく線量を合理的に達成できる限り低く制限することによって、その発生確率を容認できるレベルまで制限することになる。
3.実効線量限度の設定根拠について
(1)発がんリスクの評価
 実効線量限度は、作業者・公衆を問わず、確率的影響の制限を考慮して設定されている。ICRPによる1977年勧告から、現行の1990年勧告までの13年間には、1)広島・長崎の原爆被ばく者の追跡調査の進展、2)従来の実験的線量評価(T65D)からコンピュータによる線量評価計算(DS86)への切り替えによる広島・長崎原爆被ばく者の被ばく線量再評価があり、放射線誘発がんリスク推定値の精度が向上した。さらに、1977年勧告で導入されたリスク相互比較論に基づく「社会的に許容可能なリスク」や「害の指標」に関する検討がICRPによって精力的に進められてきた(ICRP Publ.45)。
 1990年勧告では線量限度の設定根拠を図1の考え方(概念)に沿って検討している。”Unacceptable”は、「受け容れることができない」レベルの被ばく線量を指し、”Tolerable”は、「進んで受け容れることはできないが耐えることはできる(我慢できる)」レベルの被ばく線量を指し、”Acceptable”は、「受け容れることができる」レベルの被ばく線量を指している。ここで、線量限度は、”Unacceptable”なレベルと”Tolerable”なレベルの境界、すなわち”Unacceptable”なレベルの下限値であり、”Tolerable”なレベルの上限値である。
 この”Tolerable”なレベルの上限値を設定する根拠としては、1990年勧告は、年齢別の死亡確率(ある年齢まで生存してその年齢における一年の間に死亡する確率)の放射線被ばくによる増加を指標にしている。この年齢別年死亡確率は、着目する年齢まで生存していることを条件としているので、条件付年死亡確率と呼ばれる。放射線防護上の要求の一つは、この条件付年死亡確率を容認可能なレベルに低くすることにある。
 1990年勧告で示された年齢別の条件付年死亡確率(100万人あたり年死亡数)の計算値を表3に示す。計算は相乗リスクモデルに基づき、幾つかの年線量について行われている。また、相加リスクモデルに基づく1977年勧告の計算値(年1mSvと年5mSvの場合)が参考用に掲載されている。(相加リスクモデルと相乗リスクモデルについては本文末の注を参照。)作業者の場合には18歳から65歳まで一様に連続して被ばくすると仮定しており、公衆に対しては誕生から各年齢に達するまで被ばくすることを想定している。いずれもその年まで生存していることを条件として被ばくによる過剰死亡数を計算しているため、死亡数は年齢とともに増加していく。
 この表によると、作業者の場合には年実効線量が20mSv(生涯線量は1.0Sv)のとき、年齢別死亡確率は65歳まで10−3以下(100万人あたり年死亡数が1000以下)となる。ただし、ICRPは致死がんのリスクは被ばくによる全リスクの一部であるため、この表が線量限度の妥当性を判断する上で十分な根拠を与えるものではないとしている。
 上記の条件付年死亡確率は他のリスクによる死亡の可能性を考慮していないため、被ばくによって生じる生涯死亡確率を推定する目的のためには、これに各年齢までの生存確率を掛け合わせて無条件年死亡確率を求める必要がある。ここで生存確率としては、リスクの増加を考慮した修正生存確率が用いられる。また、修正生存確率は被ばく期間が開始される年齢に依存するが、1990年勧告の報告書では、公衆に関しては誕生時、作業者に関しては作業開始年齢を用いて計算を行っている。このような仮定の下で、a)誕生から一生涯にわたる被ばく(公衆)、及び b)18歳から65歳までの被ばく(作業者)について計算した生涯年死亡確率(無条件年死亡確率)を図2に示す。
 この図は女性についてのもので、相乗リスクモデル(実線)の他に、相加リスクモデル(点線)を参考用に示している。また、曲線の下の面積が各被ばく線量に対応した生涯死亡確率となるように規格化しており、縦軸は各年齢における1年間の死亡確率を表している。潜伏期間の影響と被ばくの継続期間の影響によって、いずれのモデルでも比較的高年齢にピークが表れるが、相加リスクモデルに比べると相乗リスクモデルでは死亡確率のピークが高年齢にシフトし、より大きな値となることが示されている。なお、この図は国連科学委員会(UNSCER)報告書(1988年)が用いたリスク係数に基づいて計算されているが、ICRPはこのリスク係数が年齢群ごとの平均値であり、年齢群内に属する各年齢についての変動が反映されていないことを注記している。
(2)線量限度の設定と適用
 容認できるリスクレベルに関しては、ICRPの1977年勧告では「年間の死亡率が10−3を超える場合には容易に容認できない」という考えが示されており、1983年の英国ロイヤルソサエティ報告も「年間死亡確率として10−3が容認できないレベルの下限値を示す」としている。さらに「死亡による時間損失」、「平均余命の損失」、「死亡確率の発現年齢分布」などを放射線リスクによる損害として考慮に含めながら総合的に判断した結果、ICRP 1990年勧告では、20mSv/年(生涯線量は1.0Sv)を容認できないレベルの下限値としている。
 生涯線量1.0Svを達成するといっても、実際の放射線被ばく管理上、生涯にわたって記録をすることは困難であることから、5年を管理期間と定め、線量限度を「5年で100mSv」とすることで、実質的に生涯線量1.0Svが達成できるとしている。ただし、年実効線量が50mSvを超える場合、死亡の生涯確率が容認できるレベルを超えてしまうことから、補助的な限度として、いかなる一年間においても50mSvを超えてはならないという付帯条件がつけられている。
 公衆被ばくに関しては、線量限度は複数の放射線源において放射線防護・管理を設計する際の線量拘束値設定のための制限値としての役目をもっている。公衆被ばくの線量限度の根拠は、作業者の場合と同様に「容認できるリスクに関する判断」に加え、「自然放射線被ばくの変動量」が挙げられている。容認できるリスクに関する判断のために、年あたり1mSvから5mSvまでのそれぞれの被ばく線量における年齢別死亡率を表3に、生涯死亡確率(無条件年死亡確率)を図2(a)にそれぞれ示す。さらに自然放射線による年間実効線量(ラドンによる被ばく線量は個人によって差があるので除外する)が1mSvであること等を考慮して、公衆被ばくの限度として年あたり1mSvが勧告されている。
4.ICRP勧告(1990年)以降の動き
 ICRPは放射線防護の目的を達成するために、放射線防護体系に正当化、最適化、線量限度という「三つの基本原則」を導入することを勧告してきた。1990年勧告では被ばくに関連する人間活動を行為と介入に区分し、上記の三つの基本原則を適用した。
 その後、2007年勧告では、行為と介入による防護の方法から状況に基づく方法に転換し、計画被ばく状況、緊急時被ばく状況、現存被ばく状況というすべての制御可能な被ばく状況へ三つの基本原則を適用した。(これらの変化については、ATOMICAデータ「ICRPによって提案されている放射線防護の基本的考え方(09-04-01-05)」を参照。)
 線量限度は、このうち医療を除く計画被ばく状況(平常時)のみに適用され、非常時の被ばく状況には適用されない。平常時においては職業被ばくと公衆被ばくに線量限度を設定している(表4)。これらの線量限度の値は1990年勧告値が維持されているが、適用に対しての条件はやや変化している。医療行為によって患者が被ばくするケースも計画被ばく状況に含まれるが、患者が健康上の便益を受け、それが被ばくによる不利益を上回る(正味にプラスの利益がある)ことを前提に行われるので、線量限度は適用されない。
 緊急時被ばく状況(事故などの非常事態での職業被ばくと公衆被ばく)と現存被ばく状況(非常事態からの回復、復興期を含めて既に被ばくが存在する事態)においては、表5に示すように、計画被ばく状況とは異なる防護体系が適用される。非常事態では線量限度や線量拘束値を用いずに状況に応じて適切な参考レベルを選定して、防護活動を実施する。なお、参考レベルとはそれ以上の被ばくが生じることを計画すべきでない線量またはリスクレベルをいう。
 1990年勧告の後、約10年間に様々な状況に対する30に及ぶ制限値が勧告された。例えば、緊急時の公衆被ばくに関しては、5件の項目に対して介入レベルが勧告されている(表6)。しかし、この防護体系は複雑過ぎるため、2007年勧告では1mSv以下、1〜20mSv、20〜100mSvの3つの枠を定義し、状況に応じてそれぞれの枠内で適切な線量拘束値または参考レベルを設定し、防護活動を行うことを勧告している。緊急時の公衆被ばくの参考レベルとしては、表6に示すように、20〜100mSvの枠内で状況に応じて選定することとしている。
 2011年3月の福島第一原発事故においては、周辺住民の被ばく限度として、国は20〜100mSvの枠のうち最小の値である20mSv/年を選定した。ICRPは、この枠内で参考レベルを選定する場合、放射線のリスクと線量低減活動について住民に説明し、個人の線量評価を実施することを勧告している。

(注)相加リスクモデルと相乗リスクモデル
 相加リスクモデルは放射線被ばく起因のがん死亡率が被ばく後の年数に関係なく一定(線量のみに依存)と仮定するモデル。相乗リスクモデルは、放射線被ばく起因の死亡率が自然がんによる死亡率と同じ比率を維持し、加齢とともに増加していくと仮定するモデル。ICRPは1977年勧告では相加リスクモデルを用いたが、原爆被爆者のデータがほぼ相乗リスクモデルに適合することから、1990勧告では相乗リスクモデルによる評価値を採用した。
(前回更新:2004年3月)
<図/表>
表1-1 線量限度の一覧表(作業者)
表1-1  線量限度の一覧表(作業者)
表1-2 線量限度の一覧表(一般公衆)
表1-2  線量限度の一覧表(一般公衆)
表2 計画被ばく状況での線量限度
表2  計画被ばく状況での線量限度
表3 1990年勧告における年齢別の条件付年死亡確率(100万人あたり年死亡数)
表3  1990年勧告における年齢別の条件付年死亡確率(100万人あたり年死亡数)
表4 線量限度の適用
表4  線量限度の適用
表5 ICRP2007年勧告における放射線防護体系
表5  ICRP2007年勧告における放射線防護体系
表6 緊急時の公衆被ばく−1990年勧告以降の防護体系と2007年勧告
表6  緊急時の公衆被ばく−1990年勧告以降の防護体系と2007年勧告
図1 線量限度の基礎となる考え方(概念)
図1  線量限度の基礎となる考え方(概念)
図2 生涯にわたる年死亡確率(無条件年死亡確率)
図2  生涯にわたる年死亡確率(無条件年死亡確率)

<関連タイトル>
放射線防護の目標 (09-04-01-04)
ICRPによって提案されている放射線防護の基本的考え方 (09-04-01-05)
ICRPによる放射線被ばくを伴う行為の正当化の考え (09-04-01-06)
ICRPによる放射線防護の最適化の考え (09-04-01-07)
放射線防護の3原則 (09-04-01-09)
作業環境管理と個人管理 (09-04-01-10)
作業者と一般公衆の防護 (09-04-01-11)

<参考文献>
(1)ICRP Publication 60 ”Recommendation of International Commission on Radiological Protection”, Pergamon Press(邦訳:日本アイソトープ協会)1990
(2)「ICRP1990年勧告−その要点と考え方−」、草間朋子編、日刊工業新聞社、1991
(3)「放射線健康管理学」吉澤康雄著、東京大学出版会、1978
(4)ICRP Publication 26, ”Recommendation of International Commission on Radiological Protection”, Pergamon Press(邦訳:日本アイソトープ協会)1977
(5)”Risk Assessment”, Royal Society Study Group, The Royal Society, London, 1983
(6)佐々木康人:ICRP新勧告作成の経緯と主要な論点、4.正当化と線量限度、Isotope News 2007年12月号、21-23
(7)佐々木康人:放射線防護の最適化、Isotope News 2011年9月号、7-11
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