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<概要>
 放射線障害の治療に当たっては、まず救命が優先される。生命に別状がなければ急ぎ除染を行い医師の診断治療を受ける。治療には、汚染外傷治療や体内汚染治療の除染治療と被ばくによる放射線障害の治療とがある。
<更新年月>
2001年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.放射線障害治療の概要
 放射線被ばく患者を診察するにあたっては、患者は外傷等を伴っている事もあるので、一般的な「救命救急処置」が必要か否かの判断がまず第一に行われる。心拍の確保、呼吸の回復と維持、大出血の阻止、ショックの防止、危険な骨折の固定等の救命処置がもちろん優先される。一応、救命救急処置の必要の無い場合は、急ぎ除染処置から行われる。人体汚染には体表汚染と体内汚染とがある。体表汚染で除染が難しい場合は、救急除染治療が必要である。また、同時に放射線障害に対する治療も考慮されなければならない。救急除染治療には汚染外傷治療及び身体除染治療がある。
 汚染外傷の治療に当たっては、患者の保護も大切であるが医師および看護婦等の安全を充分に考慮する必要がある。また、汚染を完全に取り除く事が目的ではなく、どこまで除染するか、測定を担当する放射線管理専門家の報告を基に、外科医と放射線医との協議にて決定するべきである。外傷に対する適切な外科的処置を欠いてはならない。
2.身体の放射能汚染に対する治療
 身体汚染には体表汚染と体内汚染がある。身体汚染治療に当たっては、汚染の診断に必要な試料をできるだけ採取し保存する。鼻腔のスミア、採血、採尿、ふん便の採取等がそれであり、診断に有効な臨床検査を行うだけでなく、体温、脈拍、意識状態、心電図、呼吸機能等の検査を行い患者の示す前駆症状等を記録する。
 体表汚染は、石けん水、合成洗剤等刺激の少ない洗剤にて流水を用いて洗浄する。この時、皮膚にこすり傷をつけない事が大切である。これで落ちない体表汚染の除染は医師の仕事となる。希釈法やキレート剤を用いて洗浄する。必要に応じて、プルシアンブルー(フェロシアン化鉄)やアルギン酸ソーダ等の化学薬品を用いる事も必要となる。
 体内汚染については、その侵入経路と汚染物質に対応した処置を取らなければならない。侵入経路として経皮、経口、経気道汚染がある。経皮汚染は、汚染外傷の治療と同様に、まずキレート剤等を用いて洗浄する。経口汚染は胃洗浄や下剤、また、腸洗浄にてまず汚染を体外に出す事を試みる。経気道汚染の場合は肺の洗浄が行われることがあるが、これは通常は困難である。キセノンやクリプトン等の放射性稀ガスによる汚染に対しては、新鮮な空気で呼吸によるガス交換を促進して除染する。トリチウムについては、水の代謝と同じなので生理食塩水の点滴と利尿剤の投与を行い水、電解質のバランスを保つ。137Csのようなアルカリ金属類は、プルシアンブルー1gを充分な水に溶かして飲ます。一方で、利尿剤投与と生理食塩水の点滴静注を行う。90Srのようなアルカリ土類金属は、Caと同じような代謝をし、骨に集まり易く厄介である。この場合、アルギン酸ソーダ10gを経口投与する。放射性コバルト(60Co)については、DTPA 0.5gを点滴静注し、グルクロン酸コバルトを投与する。放射性ヨウ素131I)については、速やかに安定ヨウ素を投与する必要がある。ヨウ素として100mg/日またはヨウ化カリ(KI)130mg/日を投与することにより、放射性ヨウ素の体外排泄を促進する。
3.放射線障害の治療
 発生した放射線障害について、これを治癒せしめる特別な治療法はない。局所被ばくによる臓器障害であれば急性期は、なるべく保存的に治療する。慢性期の臓器機能の欠損症に対して外科的療法または機能補充治療を行う。例えば、皮膚障害の治療であれば、紅斑やびらんはやがて治癒する。しかし、治癒を促進する手段がある訳ではない。感染等の合併症を防いで治癒を待つ。小さな放射線潰瘍は治りえるが、一般に潰瘍を起こすと治らない。しかし、これも痛み等への対症治療、感染防止等の保存治療を1年以上は行って完全に慢性期に入って皮膚移植等の外科的治療を行うべきである。
 全身被ばくによる放射線障害は、その被ばくレベルにより、障害を受ける臓器が造血臓器である場合、消化管である場合および中枢神経系である場合がある。造血臓器への影響も少ないと考えられる2Sv以下被ばくでは、精神療法、状態により鎮静剤投与および臨床的観察により、自然回復を見守る事になる。もし白血球減少があれば、抗生剤予防投与を行い状況により無菌室に収容する。汚染がある場合には除染処置と隔離を行わねばならない。
 2〜6Svの被ばくでは、感染、出血に対して抗生剤の投与、無菌室への収容、白血球、血小板の成分輸血を行う。嘔吐があった場合には脱水や電解質平衡失調に留意し、補液と電解質補正を行う。もし下痢があれば重篤化するおそれもあるので補液(水分補給)と電解質平衡の保持に充分留意する。回復が遅くなり、高線量では数か月かかることがある。中程度の線量を全身に被ばくした場合の末梢血液像の変化を 図1 に示す。
 6〜10Svでは、成分輸血に加えて骨髄移植を考慮する。十数Sv以上は対症療法にとどまる。ただし、線量の確定は、遅れるので臨床症状や血算成績(白血球等の計数)から迅速に診断して治療対策としては過小評価にならないよう線量を見積って対処すべきである。LD50(60)は3.5Svとされているが、以上のような治療をおこなえば5Svでもそのほとんどは救命出来ると考えられる。
 全身被ばくがこれ以上の線量になると生命保全の希望は持てないので治療は対症療法、精神療法が中心となる。
<図/表>
図1 末梢血液像の変化(中程度の線量を全身被ばくした場合)
図1  末梢血液像の変化(中程度の線量を全身被ばくした場合)

<関連タイトル>
放射線の急性影響 (09-02-03-01)
放射線の中枢神経への影響 (09-02-04-01)
放射線の造血器官への影響 (09-02-04-02)
放射線の皮膚への影響 (09-02-04-04)
放射線の消化器官への影響 (09-02-04-05)
放射線による骨髄の損傷(骨髄死) (09-02-04-06)
放射線による腸管の損傷(腸死) (09-02-04-07)
放射線による中枢神経障害(中枢神経死) (09-02-04-08)
緊急被ばく医療 (09-03-03-03)
骨髄移植 (09-03-05-02)

<参考文献>
(1)中尾いさむ(編):放射線事故の緊急医療、ソフトサイエンス社(1986)
(2)青木芳郎、渡利一夫(編著):人体内放射能の除去技術、講談社サイエンティフィク、(1996)
(3)岩崎民子、進士賀一、渕上辰雄(編訳):(資料紹介)IAEA-TECDOC-366、一般医が知っておくべき被曝者の医療処置、放射線科学、Vol.30(1987),No.5,6,7,8,9,10
(4)IAEA:“What the General Practitioner(MD) Should Know About Medical Handling of Overexposed Individuals”、IAEA-TECDOC-366,Vienna,1986
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