<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 原子力施設による健康影響
<小項目> 健康影響調査
<タイトル>
チェルノブイリ事故による放射線影響と健康障害 (09-03-01-12)

<概要>
 1986年4月26日、チェルノブイリ第4原子力発電所災害が起こって、20年が経過したこの時期、この記憶を新たにするため、多くの催しが行われた。IAEAでは、2005年9月6、7日、ウィーンでチェルノブイリフォーラムが開催された。フォーラムの経緯、結論等は「関連タイトル:チェルノブイリ事故から20年」に述べられている。ここでは放射線の環境影響と健康障害について、報告書の概要を示すことにする。
<更新年月>
2006年08月   

<本文>
I. 環境被害
・放射能の放出と沈殿
 第4発電所の原子炉の出力急上昇による冷却水の水蒸気爆発で原子炉が壊れ、グラファイトの火災が起こったため、放射性核の放出は4月26日から10日間続き(図1)、放射性ガス、濃縮エアロゾル及び大量の燃料粒子が放出された。全放出量は14EBq(1EBq=1018Bq)、主な核種表1に示す。約50%は希ガスである。ヨーロッパの20万km2以上が37kBq/m2以上のレベル の137Csを受け、その70%がベラルーシ、ロシア及びウクライナの中にある(表2)。沈殿は、非常に不均一で、汚染大気塊通過時に降雨のあった地域で大きい。Sr、Puの大部分は粒子が大きいため、破壊された原子炉から100km以内に沈殿した。事故の直後は放射性ヨウ素が大きな問題であった。10年目ごろは137Csが間題で、ついで90Srが注目された。長期的には、Pu同位元素とAmが残るであろう。
・都市の汚染
 都市では、沈殿は開表面すなわち、芝生、公園、道路、町辻、ビルの屋根や壁などで大きい。乾燥条件では、樹木、藪、芝、屋根が始めは最高のレベルにあった。雨天条件では、土壌面や芝が最高のレベルを受けた(図2)。風化、人間活動によって、表面汚染は居住地域やリクリエーション地区ではかなりの水準まで、低減された。現在ではチェルノブイリ汚染居住地域で、大気中線量率は事故前のバックグラウンドレベルまで戻っている。
・農地の汚染
 事故の初期、農作物及び草食動物の放射能レベルは放射性核の表面沈殿によるものであった。放射性ヨウ素は高い割合で、急速にミルクに吸収され、ミルクを消費する人々、特にベラルーシ、ロシア、ウクライナの子供達に重大な甲状腺線量を付与した。その後、根菜を通しての放射性核種の摂取が重要になった(図3)。137Csと134Csが最大の間題であり、1990年代半ば、134Csの崩壊後(2.1年の半減期)でも、長寿命の137Csの農作物中のレベルは環境の改善を必要としている。90Srは原子炉に近いところでは間題であるが、遠いところではレベルは低い。一般に、集団農業システムでは、天侯、半減期、土壌からの放射性核の移行、バイオの利用、対策等のために、沈殿後最初の2〜3年間に、植物と動物への放射性核種の移行にかなりの減少があった(図4)。現在、チェルノブイリ降下物に影響された地域の、農産物中の137Cs放射能濃度は、国や国際的アクションのレベルには無い。しかし高い放射性核の汚染地域では137Cs放射能濃度の高いミルク(100Bq/kgを超える)が作られている。この地域の対策と環境改善が保証されるべきである。
・森林汚染の程度
 事故に続いて、森林と山岳の植物と動物は放射性セシウムの特に高い摂取を示し、森林の食品の中で最高の137Csレベルを記録した。これは森林のエコシステム中での放射性セシウムの永続的なリサイクルに起因する。特に高い137Csレベルはマシュルーム、ベリー、狩猟の獲物に見出され、これらの高いレベルは20年間持続している。農産物を通した人の被ばくの大きさは一般には減少しているけれども、森林の食品に高レベルの汚染は続き、ある国ではまだ許容範囲を超えている。ベラルーシ、ロシア、ウクライナのある地域では、137Csを含む食品の消費が内部被ばくの大部分で、これは数十年続くと考えられる。これらの地域での森林の重要度は時と共に増大し、それは、土壌からの移行と森林の汚染をゆっくり減少させる137Csの減衰との複合したものとなる。
・水系の汚染
 表層水系の最初の放射線レベルは水面への放射性物質の直接の沈殿によるものであり、短寿命の放射性核種(主に131I)が多かった。水中のレベルは降下から何週間もの間に希釈、減衰及び流域の土壌への吸収によって急速に減少した。底層への沈殿が放射能の重要な長期のシンクである。魚による放射性ヨウ素の初期の摂取は急速であったが、放射能濃度は減衰によって、急速に減少した。水性食物連鎖の中での放射性セシウムの生物濃縮は最も影響を受けた地域、スカンジナビアやドイツ等の遠くの湖では、魚の中の濃度をかなり高くした。しかし、一般的に、低い降下物量と低い生物濃縮のため、魚の90Srのレベルは、90Srが食用の筋肉より骨に蓄積する故に、放射性セシウムに比べて、人の線量には重要でない。現在では、表層水と魚の放射能濃度は共に低い。水、川魚、開いた湖や貯水池中の137Csや90Srのレベル は現在低い。一方、ベラルーシ、ロシア及びウクライナの流出流を持たない閉鎖的湖では、今後数十年間137Csで汚染されたままであろう。
・実施された環境対策と改善策
 本格的対策が公衆の防護のために実施され、これらは緊急避難から長期的食品の監視、都市、農業、森林及び水系に及んでいる。また、対策の正当性に考慮を払った。
 放射線防護基準が事故以来大きく変わり、基準値は、10分の1に下げられた。食品中の放射線核種含有に対する暫定的許容レベルは、旧ソ連では年間5mSv(0.5rem)以下に、放射線防護の一般のレベルは年間1mSv以下になっている。
 初期の農業対策は、汚染した牧草やミルクを禁止し、ヨウ素131に汚染したミルクの消費を減少させることで、その後、目標は放射性セシウムに汚染されたミルクと肉の消費を減らすことになり、集団農場に集中している。
 1.5ヶ月以上クリーンな飼料を与えてない牛の屠殺禁止、個人農場からのミルクの消費の禁止、ミルクの義務的放射線モニタリング、義務的なミルクの加工、後期の農業対策として、人と動物の再配置、肥料と石灰を入れて深く耕すことによる土壌の根本的処理、放射性セシウムの摂取の低い穀物栽培に切り替え、屠殺前のクリーン飼料投与と生体のモニタリングが重要となっている。
 現在は、クリーン飼料投与、高濃度のカリウム肥料の使用、汚染ミルクの他の用途への使用、セシウム結合剤の使用、放棄農地の使用再開が続いている。
 森林対策としては、人と動物の立ち入り制限、マシュルームとベリーの採取の禁止、薪の採集禁止、狩猟の制限、動物にバインダーを含む飼料を与える等が行われている。
 飲料水に対しては、汚染の少ない水源への変更、特殊なろ過法の使用等。魚対策としては、消費の禁止、消費の選択的禁止等が行われている。水中のセシウム濃度を下げようとする試みは成功していない。
 破壊された原子炉の中にまだ残る約180トンのウラン、厄介なシェルターの問題、放射性廃棄物管理などの問題を、これから解決しなくてはならない。
II. 健康傷害
 チェルノブイリ事故で被ばくした人々は、3つのグループに分けられる(表3):
 清算作業要員−第4発電所で、事故の後、禁止地帯で働いた緊急時要員と回復作戦要員−、汚染地域から疎開した住民、疎開しなかった汚染地域の住民。
 清算作業要員の大部分と汚染された地域に住んでいた人々は、比較的低い全身放射線量を受けた。最高の線量は、全体で約1,000人の緊急事態要員と現場職員が、事故の最初の日に受け、2〜20 Gyの範囲であった。それは要員の一部にとって致命的だった。事故に続く4年間に短期間働いた回復作戦要員は最高500mSvまでで、ベラルーシ、ロシア、ウクライナの国の登録によると平均100mSvの線量を受けた。
 チェルノブイリ事故域から1986年春から夏にかけて疎開した人への実効線量は、平均して33mSvのオーダーで、最高数百mSvと見積もられた。
 一般大衆は、事故後、外部のソース(土、その他の137Cs)から、及び食物、水と大気による放射性核種(主に137Cs)の摂取を通して20年間被ばくした(図5)。‘汚染地域の’一般的な集団の1986年〜2005年までに蓄積した平均の実効線量は、ベラルーシ、ロシア、ウクライナの種々の行政区で10〜30mSvの間であると評価された。厳しい放射線学的規制地域では、平均の線量は、約50mSvかそれ以上であった。一部の居住者は、数百mSvまで受けた。チェルノブイリの汚染された地域の居住者が受けた平均線量は、インド、イラン、ブラジルと中国の高い自然放射線の地域のそれ(20年間に100〜200mSv)よりも低い。
事故に起因する死亡の数は、最高の関心事で、1万人あるいは10万人の死者という主張があったが、これは、甚だしい誇張である。死亡率についての混乱は、1986年後の何年間かに、清算作業員及び汚染地域に住む人々の何千人かが、放射線に帰せられない自然の原因で死亡したためである。しかし、悪い健康への期待と健康問題を放射線被ばくのせいにしようとする傾向が被ばく地域では放射線関連の死が多かったという仮説に導いた。
・急性放射線症候群死亡率
 事故に続く最初の年の急性放射線症候群(ARS:acute radiation syndrome)による死亡はかなり文書がそろっている。UNSCEAR(2000)によれば、ARSは134人の緊急時要員において診断された。これらの要員中、28人が、ARSのために1986年に死亡した。もう2人は放射線とは関係ない怪我によって第4発電所で死亡した。そして、もう1つの死は冠状動脈血栓症によったと考えられている。一般の集団の間では、ARSと関連する死はなかった。
・ガン死亡率
 チェルノブイリ事故に起因する放射線被ばくによるガンの全数をどんな精度ででも、正確に査定するのは不可能である。更に、現在、放射線によって誘発されたガンは、他の原因によるガンと区別できない。リスク評価には不確定要素が多く、予測は、慎重な注意をもって、扱わなくてはならない。国際的な専門家のグループは、もっと多くの有意の被ばくを受けた60万人(1986−1987年間の精算人、疎開者、最も汚染した地域の居住者)の間で、放射線被ばくに起因するガン死亡率増加が2〜3%であろうと予測している。
・子供の甲状腺ガン
 甲状腺は通常の新陳代謝の一部として、血液からヨウ素を集積する。それ故、放射性のヨウ素のフォールアウトは吸入と高レベルの放射性ヨウ素を含む食材、特にミルク、の摂取によって住民にかなりの甲状腺被ばくをもたらす。甲状腺は放射線によって誘起されるガンに影響されやすい器官の1つである。子供は最も傷つきやすい集団と考えられ、子供として被ばくした人々の中に甲状腺ガンのかなりの増加が事故の後、記録されている。1992年〜2002年まで、ベラルーシ、ロシア、ウクライナで、事故のとき子供か青年(0−18才)の甲状腺ガンが4000例以上診断され、0−14才が3000例以上ある (表4)。チェルノブイリによる甲状腺ガン発生の増加は、長期のリスクの大きさを定量化するのは困難であるが、長い年月続くであろう。
 国家当局によってとられる早い緩和対策が事故の健康被害を最小化するのを助けた点に留意する必要がある。事故後の最初の6〜30時間の間の安定したヨウ素タブレットの摂取は、平均して6倍、Pripyatの住民の甲状腺線量を減らした。
白血病、固形ガン(甲状腺ガン以外のガン)及び循環系の病気
 幾つかの疫学的研究−原爆の生存者、放射線療法で処置された患者、薬品や原子力産業で職業的被ばくを受けた集団を含む−は、電離放射線が2〜5年後に固形ガンと白血病(慢性リンパ性白血病を除く)を引き起こすことを示している。最近の知見は、より高い線量(例えば、原爆生存者、放射線療法)にさらされた集団に、心・血管病の危険の増加を示している。チェルノブイリの被ばくと関連した白血病のリスクの増加は、それ故、被ばく集団に起こり得るものである。受けた線量レベルが与えられても、しかしながら、一般の集団の研究はこのような増加を同定する統計的力に欠けている。より高く被ばくした緊急時及び回復作戦要員に対しては、このような増加は検知可能である。
 最近の研究は慢性リンパ性白血病を除く白血病の発生が、1986〜1996年間に、ロシアの150mGy(外部被ばく線量)を受けた緊急時及び回復作戦要員の間で、2倍増えていることを示している。要員に対する進行中の研究は白血病のリスクの増加に関する追加の情報を与えるかもしれない。しかしながら、放射線で誘起される白血病のリスクは被ばく後数十年の間に減少する故に、それの罹患率及び死亡率への寄与は時間とともに重要でなくなると考えられる。3国の汚染地域の集団の白血病とガン死亡率に関しては多くのチェルノブイリ後の研究がある。しかし、多くの研究は方法論的限界を持ち、統計的力に欠けている。それ故、現在、甲状腺ガンを除く、白血病とガンの発生が、汚染地区の子供、胎児期に被ばくした人々、成人居住者に増加しているという確信できる証拠は無い。しかし、大部分の固形ガンに対しては、潜伏期間が、白血病及び甲状腺ガンより長く−10〜15年以上−事故の放射線学的影響を完全に評価するには早すぎる。
・勧告
 事故に帰せられるガン発生の増加に関して、明白なデータは無いけれども、ガンの発生の増加が報告されている。従って、ARS生存者について心・血管病検査を含む、検診、幼児期に被ばくした成人の甲状腺ガン・スクリーニング等の調査と研究を続ける必要がある。
<図/表>
表1 チェルノブイリ事故の間に放出された主な放射性核種
表2 チェルノブイリフォールアウトで汚染された地域
表3 チェルノブイリ事故で被ばくした集団と線量
表4 1986〜2000年までに診断された甲状腺ガン発生数(国別・年齢別)
図1 チェルノブイリ事故後の大気中への放射性物質放出の割合
図2 チェルノブイリ事故後の居住地域内物体表面の降下物沈殿状況(1986年、2000年)
図3 陸上環境中の放射性核種の主な移行経路
図4 個人農業と集団農業のミルク中の137Cs濃度(ウクライナRovno地区)
図5 人への放射線線量の経路

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<関連タイトル>
チェルノブイリ事故から20年 (02-07-04-20)

<参考文献>
(1)Twenty Years After the Chernobyl Accident by IAEA Director General Dr. Mohamed ElBaradei,http://www.iaea.org/NewsCenter/Statements/2006/ebsp2006n005.html
(2)Chernobyle Legacy : Summary Report,http://www.iaea.org/Publications/Booklets/Chernobyl/chernobyl.pdf
(3)Chernobyl Legacy: Environmental Consequences & Remediation,http://www-pub.iaea.org/MTCD/publications/PDF/Pub1239_web.pdf
(4)Lynn R. Anspaugh,Environmental Consequences of the Chernobyl Accident and their Remediation: Twenty Years of Experience,Chernobyl conference,Vienna,6-7 September,2006
(5)Chernobyl Legacy: Health Effect: World Health Organization,http://www.who.int/ionizing_radiation/chernobyl/who_chernobyl_report_2006.pdf
(6)E Cardis,Cancer Effects of Radiation Exposure from Chernobyl Accident,Chernobyl conference,Vienna,6-7 September,2006
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