<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 放射線による生物影響
<小項目> 健康リスク評価
<タイトル>
BEIR-Vによるリスク評価 (09-02-08-03)

<概要>
 米国科学アカデミー研究審議会の「電離放射線の影響に関する委員会:Committee on the Biological Effects of Ionizing Radiation (BEIR)」の1990年報告(BEIR-V)によれば、遺伝障害発生のリスクは、0.01 Sv、100 万人出生児当り平衡時で、常染色体優性異常が自然発生率の1%、先天異常は第一世代で10人、平衡時10−100 人、その他の異常はきわめてわずかである。
 発癌の生涯リスクは全年齢の一般公衆の場合、ガンマ線 0.1 Sv、10 万人当り、白血病は男 110−女 80、白血病以外の全ての癌では 660−730 人、合計約800人の癌死亡が予測される。
 胎児被曝による重度精神遅滞では、受胎8−15週が最も感受性が高く、1Gy当り43−48% である。
<更新年月>
1998年12月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.米国科学アカデミー研究審議会の「電離放射線の影響に関する委員会:Committee on the Biological Effects of Ionizing Radiation (BEIR)」は、1990年に「低レベル電離放射線被曝による健康影響」と題する報告書を公刊した(BEIR-V)。この報告書は、BEIR委員会の放射線影響に関する5番目の報告書である。
 この報告書の主たる目的は、原爆線量再評価(DS86)に伴う原爆被爆生存者の発癌データの見直しおよび寿命追跡調査期間の延長を考慮にいれ、また、新しい統計解析手法を取り入れて、最新の放射線リスクを求めることであった。

2.遺伝的影響
  表1 にBEIR−Vによる遺伝的障害のリスク推定値を示す。全体としてみるとUNSCEAR 1988年報告書で示されたリスク評価と大きな違いはない。
 遺伝的障害のリスクをまとめると、次のように言える。0.01Svの被曝を受けて生まれた第一世代の子供100万人につき、優性異常では、臨床的に重篤な異常が5−20人、軽微なものでは1−15人の遺伝疾患の過剰発生が予測される。これらの異常の自然発生率はそれぞれ、100万人当り2500人、7500人である。世代を経た平衡時の過剰発生率は、双方とも自然発生率の1%である。先天性異常については、第一世代で10人、平衡時で10−100人となる。その他の異常は第一世代においても1ないし5人以下と少なく、また平衡時においても大きな増加はない。
 この報告書では、遺伝リスク推定の方法として、染色体異常のリスク推定以外は全て、倍加線量法を用いており、放射線遺伝疾患発現の倍加線量は、広島、長崎の原爆被爆生存者のデータや動物実験のデータなどを総合的に解析した結果、従来と同じ1Gyを採用している。

3.発癌のリスク
 (1)リスク推定の方法
 BEIR-Vによる発癌リスク推定は、主にDS86による広島、長崎の原爆被爆生存者の再評価線量、および追跡期間の延長による若年被曝者のデータの蓄積などの新しいデータに基づいている。この他に放射線治療を受けた強直性脊椎炎患者のデータ、放射線治療を受けた子宮頚癌患者、結核患者のなどのコホートのデータも用いられている。推定されたリスクは、一部の例(乳癌の発生リスク)を除き、すべて癌死亡リスクである。線量反応関係は、対象としたコホートを癌の種類、線量、被曝者の性、被曝時年齢、被曝後の時間、(追跡調査の場合)その追跡期間などの因子により交差分類し、ポアソン回帰分析により求めている。この方法では、放射線リスクの時間的変化など詳しい解析が可能である反面、癌の種類によっては各メッシュごとのデータ数がきわめて小さくなり、統計的に有為な解析ができない場合もある。このため、リスクの推定は 1)白血病、2)呼吸器系癌、3)女性乳癌、4)消化器系癌、5)その他の全癌の5群について行われている。
 BEIR−Vにおける線量反応関係の特徴は、1)相対リスクモデルを採用していること、2)ある線量に対するリスク係数 (r)は、被曝者の性(S)、被曝時年齢(E)のみではなく、被曝後の時間(T)にも依存していること(時間依存性)である。これまでのBEIR−IIIやUNSCEAR88などでは、相対モデル、相加モデルの違いはあるものの、リスク係数はいずれも被曝後の時間に依存しない、いわゆるコンスタントリスクモデルが用いられていた。
 (2)各部位のリスクモデル
 過剰相対リスクrは、線量(d)および他の修飾因子β(S,E,T,--)から
   r=f(d)・g(β)と表される。発癌までの最短潜伏期(Latency)は、白血病に対して2年、その他の癌についてはすべて10年と仮定されている。リスクの時間依存性が導入されているため、発癌の持続期間(Plateau)は仮定されない。
 各癌部位(群)に対する関数モデルをまとめると次のようになる。
 1)白血病(主に、原爆被爆生存者のデータから推定されている。)
   線量関数f(d):線形2次関数(低線量域でのDREFを内包する)
   修飾因子β:E,T (性差はない)
     f(d)=α1d+α2d2
     g(β)=exp [β1 I (T≦15)+β2 I (15 < T ≦ 25)]   if E ≦ 20
          exp [β3 I (T≦25)+β4 I(25< T ≦ 30)]   if E > 20
      α1=0.243(0.291)   α2=0.271(0.314)   β1=4.885(1.349)
      β2=2.380(1.311)   β3=2.367(1.121)   β4=1.638(1.321)
     I は( )の条件が満たされるとき 1、それ以外では 0 の関数である。
     係数α、βの( )は推定された係数値の標準誤差を示す。
 被曝時年齢20才以下の群で、被曝後2−15年の過剰相対リスクが最も高い。この群では、被曝後25年以上で約1/130に減少する。被曝時年齢21才以上の群では、被曝後初期の過剰相対リスクは、20才以下の群の被曝初期の約1/12である。被曝後30年以上では両群にリスクの差はない。被曝後2−5年のリスクは、原爆被爆生存者の追跡データは被曝後初期5年間を含まないため、5−9年、10−14年のデータから外挿されている。このため過小評価の可能性があることに注意が必要である。
 2)呼吸器系癌
   線量関数f(d):線形関数
   修飾因子β:S,T (被曝時年齢に依存しない)
     f(d)=α1d
     g(β)=exp [β1 ln (T/20)+β2 I(S)]
      α1=0.636(0.291)   β1=−1.437(0.910)   β2=0.711(0.610)
     関数I(S) は男性に対して 0、女性 1 である。
 女性の過剰相対リスクは男性のほぼ2倍であるが、(自然発生率が約半分であるため)過剰死亡数では、男女に大きな差はない。被曝後10年で癌死亡が始まり、時間と共に減る。
 3)女性乳癌
 放射線による乳癌の発生は、被曝者のホルモン状態に依存する。原爆被爆生存者のデータ、およびカナダの結核治療患者のデータから癌死亡リスクが推定された。
   線量関数f(d):線形関数 、 修飾因子β:E,T  (女性のみ)
     f(d)=α1d
     g(β)= exp [β1+β2 ln (T/20)+β3 ln2 (T/20)]   if E ≦ 15
           exp [β2 ln (T/20)+β3 ln2 (T/20)+β4(E−15)]   if E > 15
      α1=1.22(0.610)   β1=1.385(0.554)   β2=−0.104(0.804)
      β3=−2.212(1.376)   β4=−0.0628(0.0321)
 0−14才で被曝した群の相対リスクが最も高い。この群では、被曝後 10−20年まで単調に増加し、その後減少する。15才以上で被曝した群では、被曝時の年齢とともにリスクは小さくなる。40才以上での被曝による死亡リスクはきわめて小さい。
 乳癌発生リスクの解析も行っているが、数値モデルとしては与えられていない。
 4)消化器系癌
   線量関数f(d):線形関数 、 修飾因子β:S,E 
     f(d)=α1d 、g(β)= exp [β1 I(S)+σE] 
     σE=0   if E ≦ 25
        β2(E−25)   if 25 < E ≦ 35
        10β2    if E > 35
      α1=0.809(9.327)   β1=0.553(0.462)   β2=−0.198(0.0628)
 被曝後の時間による死亡リスクの変化はみられない。女性の過剰相対リスクは、男性の約1.7倍である。25才以下の被曝によるリスクが最も大きく、被曝時年齢と共に減る。
 5)その他の癌
   線量関数f(d):線形関数 、 修飾因子β:E 
   f(d)=α1d
   g(β)=1   if E ≦ 10
        exp [β1 (E−10)]   if E > 10
      α1=1.220(0.519)   β1=−0.0464(0.0234)
 相対リスクの性差、被曝後の時間への依存性はみられない。被曝時年齢 10 才以下の群の過剰相対リスクが最も高く、10 才以上では年齢と共に単調に減少する。

4.癌死亡の生涯リスク
 BEIR-Vではガンマ線被曝として、1) 全身の組織、器官に0.1Sv の一回照射を受けた場合(一般公衆)、2)全身に年当り1mSv の照射を一生涯連続して受けた場合(一般公衆)、3)全身に年当り10mSvを18−65才にわたって連続して受けた場合(職業被曝)の3ケースについて生涯リスクの推定を行った( 表2 )。 いずれの場合も、被曝集団は1980年の年齢別死亡率、癌死亡率を持つ米国人定常人口である。放射線被曝を受けない場合の、癌死亡数は全死亡者数10万人当り、約2万人である。これに対して、放射線による過剰死亡数は、ケース 1)で全死亡者数10万人当り、男770、女810、平均約800人である。同様にケース 2)で520−600人、ケース3)で 2,880−3,070人と推定される。
  表3 にBEIR-III、UNSCEAR88との比較を示す。BEIR-IIとの比較では、白血病以外の癌について 、DREFが考慮されていない(BEIR-IIIのリスクモデルでは、DREFは 2.5である)ことに注意が必要である。

5.その他の身体的影響
 胎児被曝の影響が検討されているが、明確なリスクを推定するに至っていない。ただ重度精神遅滞については、広島、長崎の原爆被爆生存者のデータから、受胎8−15週の被曝の影響が最も大きいこと、しきい値の存在は明確ではなく、1Gy当りのリスクは直線モデルで約43%、直線2次モデルで48%程度であることが推定される。
<図/表>
表1 BEIR-Vによる放射線の遺伝的障害リスク
表2 低LET放射線による癌死亡の生涯リスク予測(BEIR-V)
表3 一般公衆の被曝に伴う生涯リスク予測の比較

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<関連タイトル>
放射線の遺伝的影響 (09-02-03-04)
晩発性の身体的影響 (09-02-05-01)
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がん(癌) (09-02-05-03)
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放射線と突然変異 (09-02-06-02)
ICRP1977年勧告によるリスク評価 (09-02-08-01)
国連科学委員会(UNSCEAR)によるリスク評価 (09-02-08-02)

<参考文献>
(1)BEIR-V,1990. Health Effects of Exposure to Low Levels of Ionizing Radiation. Committee on the Biological Effects of Ionizing Radiations,Board on Radiation Effects Research,Commission on Life Sciences National Research Council. National Academy Press,Washington,D.C.
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